本研究は、医療施設において提供されている医療の状態についてモニタリングしたり、評価したりするためのツールとして米国において開発、現場適用が進められているクリニカル・インディケーターの考え方を、わが国の消化器外科領域において適用する可能性およびクリニカル・インディケーターの開発の方法論について検討を進めたものであり、以下の結果を得ている。 5病院を退院した消化器癌患者557名について、診療録からの情報を用いて分析を行った結果、 1.消化器癌術後に患者に提供される医療行為の量は、複数の行為の間で相互に正の関連を示し、医療行為の提供量はその種類にかかわらず連動して増加する状況が観察された一方、患者の属性や疾病の進行度との間には一定の関連を示さないためことが示された。 2.術後の患者に提供される医療行為の種類と量は同一病院内においてもばらつきのあることが確認された。 3.術後の患者の術後合併症の発現状況においては術後の感染の発現が最も多く、感染発現患者には、非発現患者よりも統計的に有意に多くの医療行為が提供されていることが確認された。また、術後の感染の発現の有無を従属変数とし、患者の属性、疾病の進行度、医療行為の提供量を独立変数としてロジスティック回帰分析を行った結果、術後の感染の発現の有無は、術後の膀胱カテーテルの留置日数、ドレーンの留置日数等の医療行為の量を示す変数により、その80%以上が予測されることが示された。但し、データ分析においては、感染の発現と医療行為の発生についてその時間的前後関係を示す情報は含まれていない点から、両者の因果関係については結論を得ることはできなかった。 4.患者の術後の在院日数は、同じ病院内でもばらつきのあることが確認され、術後在院日数を従属変数とし、患者の属性、疾病の進行度、医療行為の提供量、術後の感染症の発現の有無を独立変数として重回帰分析を行った結果、術後の在院日数は、患者の属性や疾患の進行度にはあまり影響されず、医療行為の提供状況と術後の感染の発現と強い関連をもつ点が示され、術後の在院日数がこれらをモニタリングするためのクリニカル・インディケーターとして機能し得る可能性が示唆された。 5.術後の感染発現状況は、病院の感染防止、感染管理活動の構造的側面について評価した結果と一貫する結果を示し、従来より医療結果との関連が不明確である点を指摘されてきた構造的側面の評価の有用性が示された。 6.本研究では診療録を用いた後ろ向き調査によりデータを収集しているが、感染の発現時点の確定や、医療行為についての詳細のデータが得られにくく、クリニカル・インディケーターの開発に当たっては、これらの点を解決し得る調査の設計が必要であることが示唆された。 以上、本論文では、消化器外科領域において術後患者に対する医療の提供状況をモニタリングするための指標の探索を通じて、臨床現場において有効性の高いクリニカル・インディケーター手法の確立のための方法論を検討しており、関連する調査研究の発展に重要な示唆を与えると考えられ、学位の授与に値するものと考える。 |