学位論文要旨



No 112935
著者(漢字) 中野,夕香里
著者(英字)
著者(カナ) ナカノ,ユカリ
標題(和) 病院医療の質の評価のための"Clinical Indicator"の探索 : 胃癌、大腸癌の手術例について
標題(洋)
報告番号 112935
報告番号 甲12935
学位授与日 1997.04.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1239号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 開原,成允
 東京大学 教授 武藤,徹一郎
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 助教授 甲斐,一郎
 東京大学 助教授 高山,忠利
内容要旨 【序論】

 医療の質の向上に対する認識が高まっている。医療の質評価に関する研究は、構造、過程、結果の各側面より数多く行われてきたが、実際に現場に応用された例は少ない。米国ではJCAHO(Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organizations)により"Clinical Indicator"というモニタリング手法が開発されようとしている。これは多くのケースを併せて解析することにより、実施された医療を的確に示す指標を探し出し、この指標を観察することにより間接的に医療の質をモニタリングし、その改善の目標とするものである。

 本研究では、外科領域の特定な疾患の患者についてのデータを分析することにより、上述の"Clinical Indicator"を探索することを目的とする。

【方法】

 患者因子、入院から退院までのケア因子、中間的結果、最終的結果を示す変数を病歴から収集しその関係を分析した。対象病院は東京近郊の5総合病院とし、胃癌、大腸癌、直腸癌の根治手術を受け1991年1〜12月に退院した患者についてのデータを病歴から収集した。収集した変数は以下のとおりである。

 〈患者因子〉年齢、性別、癌のステージ、術前の併存症、手術時の喫煙習慣

 〈ケア因子〉術前日数、手術時間、術後の抗生物質の予防的投与日数、術後の膀胱カテーテルおよびドレーンの留置日数、再手術の有無

 〈中間的結果〉 術後の合併症の発現

 〈最終的結果〉 術後在院日数

 癌のステージは胃癌研究会、大腸癌研究会の定めるものに従った。術後のカテーテル、ドレーン、抗生物質の投与に関しては、術後4日目以降を対象とした。また、感染の発現の判定は先行研究の基準に従った。

【結果】

 分析対象患者は胃癌291人、大腸癌176人、直腸癌90人となった。

1.胃癌

 ケアの提供状況は、相互に関連を示し、術後のケアの提供量が連動する状況が想定された。患者の属性とケアの内容および提供量との間には一定の関連は認められなかった。中間的結果として取り上げた術後合併症では特に感染発現が多く、多くのケア因子は感染群で非感染群よりも有意に高値を示した。術後感染の発現を従属変数とし、患者因子およびケア因子を独立変数としてロジスティック回帰分析を行った結果、術後感染の発現は、膀胱カテーテルおよびドレーンの留置日数により87.3%の確立で予測できることが示された。最終的結果として取り上げた術後在院日数は、ケアの提供状況を示す変数と正の相関を示し、術後在院日数を従属変数とした重回帰分析の結果、術後の在院日数は患者因子にはあまり影響されず、ケア因子、術後感染の発現状況との関連が強いことが示された。

2.大腸癌

 ケアの提供状況については、胃癌の場合と同様に、ケア相互に連動する状況と、患者属性との間に一定の関連のない状況が示された。中間的結果である術後合併症ではやはり感染発現が多く、また患者因子との関連は認められなかった。術後の感染発現の有無とケア因子との間に関連は認められたが、感染とケア提供状況との間に一定の方向性は確認されなかった。術後感染の発現を従属変数とし、患者因子およびケア因子を独立変数としてロジスティック回帰分析を行った結果、ドレーンの留置日数、手術時間、カテーテル留置日数により、術後の感染発現の82.8%が予測され得ることが示された。最終的な結果として取り上げた術後在院日数は、ケアの因子と関連をもち、ケア提供量が多いと術後の日数が長い状況が示された。重回帰分析の結果、術後在院日数は患者因子にはあまり影響されず、ケア因子、術後感染の発現状況との関連が強いことが示された。

3.直腸癌

 ケアの提供状況については、胃癌の場合と同様に、ケア相互に連動する状況と、患者属性との間に一定の関連のない状況が示された。中間的結果である術後合併症ではやはり感染発現が多いが、患者因子・ケア因子ともに関連は認められなかった。術後感染の発現を従属変数とし、患者因子およびケア因子を独立変数としてロジスティック回帰分析を行った結果、カテーテル留置日数、手術時間、ドレーンの留置日数により、術後の感染発現の85.5%が予測され得ることが示された。最終的な結果として取り上げた術後在院日数は、患者因子、ケアの因子ともに関連を示さなかった。重回帰分析の結果、術後在院日数は患者因子にはあまり影響されず、ケア因子、術後感染の発現状況との関連が強いことが示された。

【考察】

 1.本研究において最終的結果指標として取り上げた術後在院日数は、提供されたケア因子や術後の感染症の発現と関連が深く、質をモニタリングする"Clinical Indicator"として有用であると考えられる。またデータの収集が容易であり、日常的なモニタリングも可能である。術後在院日数は種々の因子に影響されるので、複数の施設間での比較は困難であるが、病院内での利用には適していると考えられる。

 2.本研究において、術後の感染症の発現は患者の在院日数に強い影響を与える結果となった。また患者の属性以上にケア因子の影響を受けていた。質を評価するためには、術後在院日数と共に、術後の感染率を把握することも重要であると考えられる。そのためには、感染の発現の有無を判定する単純な方法が必要となるが、本研究では、病原体の検出、術後の発熱に伴う抗生物質の投与による感染率のモニタリングの可能性が示唆された。しかし、これらの変数は、病院の検体提出頻度や抗生剤投与基準等に影響を受けるため、実用に際しては、これらの点を考慮することが必要となる。

 3.癌のステージ等の患者因子は術後の膀胱カテーテルやドレーンの留置日数のような提供されるケア因子とは一定の関係を示さなかった。一方、これらのケア因子は術後の感染の発現や術後在院日数と強い関係を示しており、感染率、在院日数の変動は患者の属性ではなく、ケアの多様性の影響を強く受けていると考えられる。

 4.医療の質を日常的にモニタリングしていくためには、病院内に、そのためのシステムを設けることが必要である。米国では病院評価においてこのような組織の設置が認定の条件の一つになっており、この組織により質改善が活発に行われている。わが国でも、同様な組織体制の確立が望まれる。

【結論】

 1.手術患者の術後在院日数は、提供されたケアや術後感染の発現と強い関連を示し、質をモニタリングする"Clinical Indicator"として有用であることが確認された。

 2.術後感染は在院日数に強い影響を与える重要な因子であり、何らかの方法によりモニタリングすることの重要性が示唆された。

審査要旨

 本研究は、医療施設において提供されている医療の状態についてモニタリングしたり、評価したりするためのツールとして米国において開発、現場適用が進められているクリニカル・インディケーターの考え方を、わが国の消化器外科領域において適用する可能性およびクリニカル・インディケーターの開発の方法論について検討を進めたものであり、以下の結果を得ている。

 5病院を退院した消化器癌患者557名について、診療録からの情報を用いて分析を行った結果、

 1.消化器癌術後に患者に提供される医療行為の量は、複数の行為の間で相互に正の関連を示し、医療行為の提供量はその種類にかかわらず連動して増加する状況が観察された一方、患者の属性や疾病の進行度との間には一定の関連を示さないためことが示された。

 2.術後の患者に提供される医療行為の種類と量は同一病院内においてもばらつきのあることが確認された。

 3.術後の患者の術後合併症の発現状況においては術後の感染の発現が最も多く、感染発現患者には、非発現患者よりも統計的に有意に多くの医療行為が提供されていることが確認された。また、術後の感染の発現の有無を従属変数とし、患者の属性、疾病の進行度、医療行為の提供量を独立変数としてロジスティック回帰分析を行った結果、術後の感染の発現の有無は、術後の膀胱カテーテルの留置日数、ドレーンの留置日数等の医療行為の量を示す変数により、その80%以上が予測されることが示された。但し、データ分析においては、感染の発現と医療行為の発生についてその時間的前後関係を示す情報は含まれていない点から、両者の因果関係については結論を得ることはできなかった。

 4.患者の術後の在院日数は、同じ病院内でもばらつきのあることが確認され、術後在院日数を従属変数とし、患者の属性、疾病の進行度、医療行為の提供量、術後の感染症の発現の有無を独立変数として重回帰分析を行った結果、術後の在院日数は、患者の属性や疾患の進行度にはあまり影響されず、医療行為の提供状況と術後の感染の発現と強い関連をもつ点が示され、術後の在院日数がこれらをモニタリングするためのクリニカル・インディケーターとして機能し得る可能性が示唆された。

 5.術後の感染発現状況は、病院の感染防止、感染管理活動の構造的側面について評価した結果と一貫する結果を示し、従来より医療結果との関連が不明確である点を指摘されてきた構造的側面の評価の有用性が示された。

 6.本研究では診療録を用いた後ろ向き調査によりデータを収集しているが、感染の発現時点の確定や、医療行為についての詳細のデータが得られにくく、クリニカル・インディケーターの開発に当たっては、これらの点を解決し得る調査の設計が必要であることが示唆された。

 以上、本論文では、消化器外科領域において術後患者に対する医療の提供状況をモニタリングするための指標の探索を通じて、臨床現場において有効性の高いクリニカル・インディケーター手法の確立のための方法論を検討しており、関連する調査研究の発展に重要な示唆を与えると考えられ、学位の授与に値するものと考える。

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