学位論文要旨



No 112937
著者(漢字) ガッファル・サルダル・アブドゥル
著者(英字) GAFFER SARDER ABDUL
著者(カナ) ガッファル・サルダル・アブドゥル
標題(和) バングラデシュにおける農業金融システムの構造と負債償還問題
標題(洋) Structure of Agricultural Credit Systems and Repayment Problems in Banglandesh
報告番号 112937
報告番号 甲12937
学位授与日 1997.05.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1833号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業・資源経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 生源寺,真一
 東京大学 教授 藤田,夏樹
 東京大学 教授 泉田,洋一
 東京大学 助教授 藤田,幸一
 東京大学 助教授 中嶋,康博
内容要旨

 本論文で主に検討される仮説は,「制度金融による農業融資が償還期限内に返済されているかどうかは,借り手の償還能力に依存している」である。

 バングラデシュの農業信用システムは,高い償還不履行率に苦しんでいる。融資の回収が十分でなく,返済の期限を過ぎたものが危険なレベルにまで達したため,信用制度が十分に機能しなくなるおそれがでている。この結果,農家への信用供与にも問題が生じつつある。

 発展途上国の農業金融の償還問題は,借り手の側面並びに制度的側面から,たびたび分析されてきた。しかし,そこで得られた結論は,借り手の償還意欲の低さ,貸出制度の機能不全等であった。借り手の償還能力の低さは,もちろん指摘されてきたが,必ずしも十分な実証研究は行われてこなかった。償還能力とは,家族全員の必要額が支払われた後の価値のことである。

 農業融資の低償還率のバングラデシュについて包括的なレビューを行った後に現実の農業経営と農業融資の現状を観察し,上記に設定した仮説の検証を行った。そのための基礎データは,1995年11月にバングラデシュの農村で筆者が行った現地調査に基づいている。

 本論文の第1部(第1章)は,バングラデシュの農業経済全体の特徴を検討して,後章の分析の準備行っている。農産物の低価格は,農業収入を減少させ,そして償還能力の低さにも影響を与えている。また,バングラデシュの農業構造の重要な特徴である土地所有の再分割と零細・分散化が,土地生産性を損なう結果となり,やはり低償還率の要因となっている。

 第2部(第2章〜第7章)は,バングラデシュの農業金融問題をマクロ的側面から検討している。第2章では,バングラデシュの農業金融全般を扱っている。農業融資額は,年々増えているものの,延滞額が著しく増加したために目標どおりの伸びは達成されなかった。1994-95年の制度金融による信用供与は14,903.8億タカで目標額の76%に過ぎなかった。しかも,1984-85年価格にデフレートすると,7,762.2億タカとなり,1984-85年の実績を下回っている。制度金融部門が必ずしも十分に機能していないために,小農はいまだに非制度的な金融部門から借入れざるをえないのである。制度金融は,農村の人々の資金需要のわずかな比率しか占めていない。

 バングラデシュの農村信用プログラムは,償還効率が甚だ貧弱であるという問題を持っている。1977年に導入された特別農業信用計画(SACP)は,融資の延滞額を増やす結果になった。担保を必要としない,条件を緩めた融資だったからである。この制度の核となるはずの代理人組織(村長,徴税官,農業普及員,農業信用組合委員会など)が責任ある役割を果たしていないことも多い。融資の実行と償還の実態をモニタリングするプロセスが役に立たなくなってしまった事例もある。

 第3章から第7章までは,農業信用の償還効率の視点からバングラデシュの農村金融制度の評価を試みている。1994-95年の償還率は,それぞれ,バングラデシュ農業銀行Bangladesh Krishi Bank26.96%,ラジシャイ農業開発銀行Rajshahi Krishi Unnayan Bank16.98%,バングラデシュ農村開発局(BRDB)7.31%,バングラデシュ協同組合銀行Bangladesh Samabaya Bank Limited0.86%,ショナリ銀行Sonali Bank14.94%,ジョノタ銀行Jonata Bank26.02%,オグロニ銀行Agrani Bank31.04%,ルパリ銀行Rupali Bank14.67%である。グラミン銀行Grameen Bankのシステムは,ユニークな融資システムを採用し,グループを基礎とした個人への信用供与を行い,毎週返済させている。

 第3部(第8章〜第10章)は,バングラデシュの農業信用の現地調査に基づいて分析を行っている。融資の回収が十分行われなかった理由として大きく4つの点が指摘された。

 1)信用支払いのメカニズムと回収プロセスにかかわる制度的な要因

 2)農家の経営成果の低さに関する要因

 3)政府干渉の要因

 4)自然災害などの偶発的要因

 これらの要因は,直接的もしくは間接的に償還率に影響している。償還能力の高さは借り手に融資の返済を促すということが,現地調査から明らかにされた。償還能力は,様々な要因に依存しており,農業金融制度のデザインによっても,その大きさは変えることができる。農民の融資償還能力は,以下のような要因によって決定されていることが現地調査より明らかとなった。

 1)銀行と借り手の投資の選択

 2)信用制度の効果的な管理と利用

 3)グループに基礎を置く投資

 4)融資償還の期限の厳守と適切性

 5)農業生産に好ましい経済政策

 償還能力とは,返済することへの金融的動機付けが密接に関連している。償還能力の裏付けがなければあ,力づくの回収努力を行っても,満足の行く償還効率は到達できない。農業金融における償還の問題を解決するためには償還能力を高めることが重要だが,そのためには需要者(借り手)側の要因に応じた制度的フレームワークの再デザインが必要である。

審査要旨

 発展途上国の農業開発に対して、農業金融が農業資本形成や革新技術の普及などの面で重要な貢献をなしうることは、農業経済学や開発経済学の分野でほぼ共通の認識となっており、途上国の政府や国際機関は、途上国における公的な農業金融システムの確立に力を注いできた。しかしながら、多くの途上国の農業金融システムのパフォーマンスは芳しくない。これを端的に示すのが、極端に高い債務不履行の比率である。

 本論文は、典型的な債務不履行問題を抱えているバングラデシュの農業金融を対象として、農業金融の制度的特質と資金借入農家の債務償還能力のふたつの観点から、債務不履行の動向とその要因について実証研究を行ったものである。本文は序章を含めて全11章から構成されている。

 序章で問題の構図と先行研究の成果を簡潔に示したのち、第1章では、農業金融のパフォーマンスを規定する要因という見地から、バングラデシュ農業の特質について考察を加えている。農産物価格の低位・不安定という政策的要因とともに、土地所有の再分割による農業経営の零細化という農業構造上のウィークポイントを、農業金融システムの不振の要因として指摘している。

 第2章では、インフォーマルな金融市場を含めて、バングラデシュの農業金融システム全体の構造を、歴史的な背景とあわせて整序するとともに、貸付残高や負債償還率の推移に関する時系列分析を行っている。公的金融の不振が農民のインフォーマルな金融市場への依存度を高める悪循環が存在することを指摘するとともに、返済期限をすでにオーバーしている債務と返済期限が到来した時点における債務とを分離して負債償還率を示すことにより、債務不履行問題が主として前者のタイプの債務にあるとの興味深いファインディングを得ている。

 第3章から第7章は、第2章と同様の着眼からの分析を主要な農業金融機関別に詳細に展開したものであり、金融機関ごとに組織構成、種類別融資実績、負債返済率の推移などの特徴が浮き彫りにされている。なかでも、例外的にきわめて高い負債返済率を記録しているグラミーン銀行のシステムを詳細に分析し、グループ金融によるモチベーションの維持に成功していること、そのために、頻繁な資金回収を行うシステムにも関わらず、取引費用の高騰が回避されているなどの知見を得ている。

 第8章と第9章では、借入農家を対象とする現地調査の結果を解析することを通じて、債務不履行の要因分析が行われている。調査は、経営と家計の両側面について、1年間の経済的フローならびに期末ストックの状態を詳細に明らかにしたもので、それ自体として途上国の農家経済に関する有用な情報として価値を持つ。申請者は、家計的側面と企業的側面が一体化した途上国の農家経済の特質と、農業金融に特有のfungibility problemを考慮し、農家経済余剰をもって返済能力の指標とすることを提案し、オーソドックスな投資基準との関係を明らかにしている。そのうえで、返済能力の欠如した農家に融資が行われているケースや、充分な返済能力がありながら債務を履行していないケースなどが、頻繁に出現していることを確認している。また、債務不履行の要因として、従来から指摘されている自然災害や金融機関の低いモラールなどのほか、投資選択の自由度の欠如や政府による金利減免措置といった要因を実証的に明らかにしている。

 第10章は結章であり、本研究で得られた知見の要約を示すとともに、バングラデシュの金融制度に対する若干の提案と、この分野における今後の研究課題が簡潔に述べられている。

 以上を要するに、本研究は発展途上国の農業金融における債務不履行の構造と要因を、マクロデータと農家調査データの双方に依拠して実証的に明らかにしたものであり、理論上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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