内容要旨 | | 本論文で主に検討される仮説は,「制度金融による農業融資が償還期限内に返済されているかどうかは,借り手の償還能力に依存している」である。 バングラデシュの農業信用システムは,高い償還不履行率に苦しんでいる。融資の回収が十分でなく,返済の期限を過ぎたものが危険なレベルにまで達したため,信用制度が十分に機能しなくなるおそれがでている。この結果,農家への信用供与にも問題が生じつつある。 発展途上国の農業金融の償還問題は,借り手の側面並びに制度的側面から,たびたび分析されてきた。しかし,そこで得られた結論は,借り手の償還意欲の低さ,貸出制度の機能不全等であった。借り手の償還能力の低さは,もちろん指摘されてきたが,必ずしも十分な実証研究は行われてこなかった。償還能力とは,家族全員の必要額が支払われた後の価値のことである。 農業融資の低償還率のバングラデシュについて包括的なレビューを行った後に現実の農業経営と農業融資の現状を観察し,上記に設定した仮説の検証を行った。そのための基礎データは,1995年11月にバングラデシュの農村で筆者が行った現地調査に基づいている。 本論文の第1部(第1章)は,バングラデシュの農業経済全体の特徴を検討して,後章の分析の準備行っている。農産物の低価格は,農業収入を減少させ,そして償還能力の低さにも影響を与えている。また,バングラデシュの農業構造の重要な特徴である土地所有の再分割と零細・分散化が,土地生産性を損なう結果となり,やはり低償還率の要因となっている。 第2部(第2章〜第7章)は,バングラデシュの農業金融問題をマクロ的側面から検討している。第2章では,バングラデシュの農業金融全般を扱っている。農業融資額は,年々増えているものの,延滞額が著しく増加したために目標どおりの伸びは達成されなかった。1994-95年の制度金融による信用供与は14,903.8億タカで目標額の76%に過ぎなかった。しかも,1984-85年価格にデフレートすると,7,762.2億タカとなり,1984-85年の実績を下回っている。制度金融部門が必ずしも十分に機能していないために,小農はいまだに非制度的な金融部門から借入れざるをえないのである。制度金融は,農村の人々の資金需要のわずかな比率しか占めていない。 バングラデシュの農村信用プログラムは,償還効率が甚だ貧弱であるという問題を持っている。1977年に導入された特別農業信用計画(SACP)は,融資の延滞額を増やす結果になった。担保を必要としない,条件を緩めた融資だったからである。この制度の核となるはずの代理人組織(村長,徴税官,農業普及員,農業信用組合委員会など)が責任ある役割を果たしていないことも多い。融資の実行と償還の実態をモニタリングするプロセスが役に立たなくなってしまった事例もある。 第3章から第7章までは,農業信用の償還効率の視点からバングラデシュの農村金融制度の評価を試みている。1994-95年の償還率は,それぞれ,バングラデシュ農業銀行Bangladesh Krishi Bank26.96%,ラジシャイ農業開発銀行Rajshahi Krishi Unnayan Bank16.98%,バングラデシュ農村開発局(BRDB)7.31%,バングラデシュ協同組合銀行Bangladesh Samabaya Bank Limited0.86%,ショナリ銀行Sonali Bank14.94%,ジョノタ銀行Jonata Bank26.02%,オグロニ銀行Agrani Bank31.04%,ルパリ銀行Rupali Bank14.67%である。グラミン銀行Grameen Bankのシステムは,ユニークな融資システムを採用し,グループを基礎とした個人への信用供与を行い,毎週返済させている。 第3部(第8章〜第10章)は,バングラデシュの農業信用の現地調査に基づいて分析を行っている。融資の回収が十分行われなかった理由として大きく4つの点が指摘された。 1)信用支払いのメカニズムと回収プロセスにかかわる制度的な要因 2)農家の経営成果の低さに関する要因 3)政府干渉の要因 4)自然災害などの偶発的要因 これらの要因は,直接的もしくは間接的に償還率に影響している。償還能力の高さは借り手に融資の返済を促すということが,現地調査から明らかにされた。償還能力は,様々な要因に依存しており,農業金融制度のデザインによっても,その大きさは変えることができる。農民の融資償還能力は,以下のような要因によって決定されていることが現地調査より明らかとなった。 1)銀行と借り手の投資の選択 2)信用制度の効果的な管理と利用 3)グループに基礎を置く投資 4)融資償還の期限の厳守と適切性 5)農業生産に好ましい経済政策 償還能力とは,返済することへの金融的動機付けが密接に関連している。償還能力の裏付けがなければあ,力づくの回収努力を行っても,満足の行く償還効率は到達できない。農業金融における償還の問題を解決するためには償還能力を高めることが重要だが,そのためには需要者(借り手)側の要因に応じた制度的フレームワークの再デザインが必要である。 |