衝撃波と渦度をもつ一様でない流れとの干渉は自然現象の中で多くみられるが、特に"衝撃波と渦の干渉"、すなわち、渦が衝撃波を通過する際にどのような変化を起こすかという問題は工学的観点から重要な研究である。本研究のテーマは、その中でも、乱流境界層が衝撃波と干渉することによってどのように変質するかを解明するための基礎になるものと考えている。 一様でない流れが衝撃波を通過する場合、その流体の渦度は急激に変化することが知られているが、その現象はEuler方程式の関係に従っており、急激な渦度の変化は粘性の効果によるものではなく、圧縮性の効果によるものであることがわかる。本研究では、主にその渦度変化に焦点を当て、したがって扱う流れは非粘性流であると仮定し、Euler方程式をこの現象の基礎方程式として考えている。その基礎方程式のもと、単純な平面衝撃波と理想化した渦モデルの干渉について有限差分法による数値計算を行った。数値計算法には2次精度のHarten-Yee風上型TVD時間陽解法を時間分割法により拡張したものを用い、渦モデルは簡単な2種類の渦流れ、2次元円形渦及び3次元軸対称縦渦をいくつかの仮定に基づき定式化し、衝撃波と干渉する流れ場として適用した。 まず、平面衝撃波と2次元円形渦モデルの計算結果では、渦核内の渦度が衝撃波との干渉によって急激に増加することが確認されたが、その渦度分布には衝撃波面に接する方向への増加傾向が生じることがわかった。衝撃波を通過する流体の渦度変化に関して、1957年、Hayesによって示された式が知られているが、この計算に使われた2次元渦モデルをそのHayesの式に適用し、渦核内の渦度変化に対して解析的な評価を行ったところ、Hayesの式中に含まれる衝撃波面の変形による効果を無視したにもかかわらず、その評価は前述の数値計算結果と定量的によく一致し、その波面に接する方向への増加傾向もよく捕らえることができる。この増加傾向の原因はHayesの式から考えると、干渉する渦核内に密度分布があることと、その渦核が衝撃波を通過する際に各々の位置で流速の位相が異なっていることにあると理解できる。また、衝撃波面の変形効果を除いた評価がよい一致を示すことから、渦核内の渦度に対する衝撃波の変形による影響は小さいと考えることができる。 平面衝撃波と2次元渦の干渉においてもう一つ注目すべき点は、干渉の際、平面衝撃波には2つの分岐点(triple point)が生じて2次衝撃波を形成してゆき、その2つのtriple pointから放出される正負一対の渦層が現れることである。この渦層に対して衝撃波の変形による影響を調べるため、この干渉現象に衝撃波の変形を表わすShock Dynamicsを適用し、その方程式に対して数値計算を行った。その結果、干渉が強くなるにしたがって衝撃波面の変形に不連続が生じることがわかった。そして、その不連続の位置は2次衝撃波の生じる2つのtriple pointとよく一致している。この波面の不連続が2次衝撃波を形成する原因であるが、このメカニズムは、衝撃波が物体境界で反射して形成されるMach反射と本質的に全く同じものである。 このような衝撃波面に不連続がある場合には、Hayesの渦度変化に関する式において、波面変形による効果は無視することができなくなる。Euler計算の結果にみられるtriple pointから生じる渦層は、この波面の変形効果によるものであると考えられる。 また、この渦層は強い干渉において現れる接触面と深い関係がある。渦の回転強さを大きくした場合、その密度分布にはtriple pointから発生する接触面が現われてくる。その場合にも渦度分布には上に述べたような一対の渦層が生じていることが確認できるが、その位置はこの接触面と一致していることがわかる。このことは密度不連続面と圧力勾配とのなす角度の関係から説明することができる。渦度方程式において、接触面が圧力勾配の中にある場合、方程式右辺に含まれる密度勾配と圧力勾配の外積は0ではなくなり、したがって、この場合には同じ位置に渦層が存在しなければならない。その一つの例が衝撃波と円形渦の強い干渉で現れてくるようになると説明することができる。 平面衝撃波と軸対称な縦渦モデルの数値計算を行った結果では、軸付近の軸方向流れが著しく減速され、やがて渦核が発散して逆流領域を生じることが確認された。さらに計算を進めてゆくと、その逆流領域内に、その逆流方向とは反対の回転流れが現われてくる。この計算結果に対して流線を求めてみると、2つの閉曲線が形成していることがわかるが、このような流れは非圧縮流れにおけるVortex Breakdownと同じ形態である。この数値計算では3次元軸対称方程式を解いているため、この場合のVortex Breakdownはbubble型のbreakdownに分類される。渦の回転強さをさらに大きくした強い干渉では、渦核の発散が激しくなり、複数の逆流領域を生じる計算結果が得られた。 これらの計算結果では、衝撃波前方では存在しなかった回転方向の渦度が干渉後、急激に増加していることがわかる。この方向の渦度はHayesの渦度変化に関する式によって急激な変化が予想されるが、この数値計算に用いた縦渦モデルをHayesの式に適用し、その渦度変化を解析的に評価した。この場合、Euler計算の数値的振動によって厳密な比較は行えなかったが、その渦度の半径方向分布が負の方向へ直線的に増加する傾向がはっきりと捕らえられた。このような線形的な負の渦度分布は非圧縮におけるHillの球形渦の渦度分布と類似しており、その流線には球形渦と似た閉曲線が現われてくるものと考えられる。Hayesの式によって解析的に求めた渦度変化を積分することにより、軸方向流れの減速を見積もり、軸上の流れに澱み点が生じる場合のcriteriaを求めた。その結果、衝撃波強さと渦の回転強さを表わす一様流Mach数とswirlパラメータの関係を明示的に示すことができた。この著者の提案するcriteriaは、上述のEuler計算の結果とよい一致を示しており、有用な境界線であると思われる。 このHayesの式では、衝撃波との干渉における回転方向の渦度の生成は、衝撃波前方の密度分布が存在することを必要十分条件としているため、渦の回転がある必要はないことがわかる。そこで、全エンタルピーを変化させることによって密度変化を与えた、回転のない軸対称流の計算を行った。その結果、衝撃波との干渉後、円周(回転)方向に軸をもつ渦度が生じて、閉曲線を1つもつbubble型のbreakdownを確認することができた。このように、全エンタルピー分布の変化は回転方向に軸をもつ渦度を生成する効果をもつため、加熱などによって全エンタルピーが変化した流れではbreakdownを引き起こす原因になると考えられる。 また、縦渦の計算結果と回転のない軸対称流の計算結果を比較してみると、Hayesの式による評価では回転方向の渦度変化は同じ程度であるが、干渉後の流れの形態は縦渦の計算例の方が複雑で、流線には複数の閉曲線が形成されている。この点について、Euler計算の結果のうち、回転方向の渦度の分布を比較すると、縦渦の計算例では、干渉後、その逆流領域に符号が逆、すなわち、"正"の方向の渦度が生じていることがわかる。 ここで、衝撃波後方での流れなどに適用すべき、一般の非粘性流れにおけるCroccoの渦度方程式では、回転方向の渦度の生成には密度分布による効果の他に、回転流れによる効果が含まれおり、この効果が衝撃波後方の流れの中では非常に影響してくる。このことから、逆流領域内において、回転のない軸対称流では渦度が生成されない。しかし、縦渦の場合には、軸方向の渦度はHayesの式によれば衝撃波と干渉した時点でその方向の渦度は変化せず、渦の回転強さはほとんど変化しない。このため、このほとんど変化しない回転流れが衝撃波後方の流れ場と干渉して、回転方向の渦度はさらに変化を生じる。このように、渦の回転運動は干渉後の流れに及ぼす影響は非常に大きいと考えられる。 以上、本研究では衝撃波と渦の干渉では圧縮性効果によって著しい渦度変化が起こることに注目して議論してきたが、このような急激な渦度の変化は乱流境界層などの渦層に対して大きな影響を及ぼすものと考えられる。 |