ポリイミドは優れた耐熱性をもつ材料であるが、堀江研では脂環基をもつジアミンからポリイミドを合成することによって、優れた光学性質および誘電特性を持つポリイミドが得られることを報告してきた。この高機能化は脂環基の導入によって電荷移動が制限されたことに由来すると考えられる。芳香族ポリイミドは耐熱性光導電材料として検討されているが、その量子収率は低い。芳香族ポリイミドの光導電性は基底状態で作られた電荷移動錯体の励起によるものと知られている。本研究は、興味深い脂環式ジアミンを持つポリイミドについて、耐熱性光導電材料としての用途を目指して、芳香族ポリイミドの光導電性と比べながらその光導電性を検討し、光導電性の機構を調べ、電子供与体のドープによる光導電性増加の効果を評価した。 脂肪族ジアミンを持つポリアミド酸、PAA(PMDA/DCHM)とPAA(PMDA/DMDHM)はピロメリット酸無水物(PMDA)と4,4’-ジアミノジシクロヘキシルメタン(DCHM)、そして、PMDAと3,3’-ジメチル-4,4’-ジアミノジシクロヘキシルメタン(DMDHM)から合成し、芳香族ポリイミドPI(PMDA/ODA)はPMDAとオキシジアニリン(ODA)から溶媒としてN,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)を使用して合成した。ポリアミド酸の粘度はそれぞれ[]=1.02、1.13,1.21dl/gのものを用いた。モデル化合物としてはPMDAとシクロヘキシルアミン(CHA)から合成したM(PMDA/CHA)と、PMDAとn-ブチルアミン(BA)からのモデル化合物BPMDIを用いた。テトラメチルフェニレンジアミン(TMPD)は電子ドナーとして使用した。使ったポリイミドとモデル化合物の化学構造はFigure1に示す。 光電流測定試料は、5%のポリアミド酸をITOガラスの上にスピンコートして、50℃で12時間、160,180,200℃で1時間ずつ熱イミド化した。電極はITOガラスと銀ペーストを用いたサンドイッチ型でITOガラスの方から分光器を通して照射を行った。光電流の測定は微小電流計(PM-18U,TOA Co.Ltd.)を、光源としてはキセノンランプ(100V/500W)を用いた。 芳香族ポリイミドと脂肪族ジアミンを持つポリイミドの光導電性を調べるために、吸収が一致する波長(OD=0.3)それぞれの光電流の測定を行った。厚み1.0mの芳香族ポリイミドと脂肪族ジアミンを持つポリイミドフィルムを用いて、105-106V/cm,(100V),までの電界で測定を行った結果、両方とも電界が増加するとともに光電流も増加している結果が得られた。芳香族ポリイミドと比べて、脂肪族ジアミンを持つポリイミドの光電流は大きく、脂肪族ジアミンを持つポリイミドで光導電性が向上することが観測された。両方のフィルムの吸収スペクトルで、脂肪族ジアミンを持つポリイミドの吸収は390nmで、芳香族ポリイミドはもっと長波長側の490nmまで吸収が伸びているのが観察されるが、これは電子受容体であるピロメットイミド基と電子供与体であるジフェニルエーテル基との間に電荷移動によって基底状態で電荷移動錯体が形成されのが原因である。1.0mのフィルムを5.0×105V/cm電圧をかけて光電流の波長依存性を測定し、その量子収率を計算した結果、脂肪族ジアミンを持つポリイミドは芳香族ポリイミドよりは短波長側で、光電流の波長依存性をより強く示した。その量子収率を比べて見ると、脂肪族ジアミンを持つポリイミドと芳香族ポリイミドの量子収率は370nmと400nmで、それぞれ2.1×10-5,5.6×10-6で、脂肪族ジアミンを持つポリイミドの方が芳香族ポリイミドより4倍以上大きい量子収率を示した。このように基底状態で電荷移動相互作用が制限されていると考えられる脂肪族ジアミンを持つポリイミドの方で光導電性が高い結果が得られた。 芳香族ポリイミドの蛍光スペクトルは、基底状態で形成された電荷移動錯体(CTC)によって広くて構造のないスペクトルを示し、この電荷移動錯体が励起され光電流のキャリヤ(ホール、電子)となっていることはよく知られている。脂肪族ジアミンを持つポリイミドの光導電性の機構を調べるために、1.0mのフィルムを用いて、UV吸収および蛍光スペクトルを測定し、熱処理による蛍光の変化とそのときの光電流を測定した。吸収および蛍光スペクトルの測定結果、吸収スペクトルとは違う、蛍光励起スペクトルの長波長側で長いテイリングを示し、蛍光スペクトルでは430nmでモノマー発光と見られる強いピークがみられるが、長波長側を励起した時にはモノマー発光とは違う長波長側へシフトしている成分が観測された。このシフトしている成分は、熱処理時間依存性の結果から、基底状態での弱い分子間の相互作用によるものと推測された。すなわち、フィルムを200℃で熱処理した時、熱処理時間が長くなると長波長側へシフトしている蛍光スペクトルだけが大きく増加し、520nmで新しいピークが観察された。この長波長(520nm)でモニタした蛍光励起スペクトルは、熱処理時間によって長波長側にシフトしていて、7時間熱処理した時は300nm以外に480nmに新しいピークが観測された。これは基底状態で形成された分子間の相互作用によるものと考えられた。このフィルムの光電流を測定した結果、熱処理によって光電流は1桁くらい大きくなっていることが測定された。これは熱処理によって分子間のパッキングがよくなっていくので、蛍光の強度が増加し、光電流も増加したものと思われた。 なお、ポリイミドの光導電性のキャリヤになっている主な活性種を調べるために、電子移動反応の研究によく使われるパルスラジオリシスを利用して(東京大学工学部原子力工学研究施設、LINAC)、その過渡吸収スペクトルを測定した。ピロメリットイミド基のモデル化合物としてBPMDIを用いた。溶媒は、アニオンラジカルを調べるためにTHFを、カチオンラジカルを調べるためはCH2Cl2を用いて、すべての測定は20ピコ秒のパルスを使って行った。モデル化合物の測定を通して、イミド部分のカチオンラジカルの吸収を510と560nmで観測し、720nmできれいなピークと660nmで幅の広い吸収を示すイミド部分のアニオンラジカルを観測した。ポリイミドフィルムPI(PMDA/ODA)の過渡吸収スペクトルでは、溶液の状態ではなくフィルムの状態なので、いろんな活性種が観察され、その中で、イミド部分のアニオンラジカルが660と720nmで、非常に速い減衰を持つジフェニルエーテル部分のカチオンラジカルは550nmで観測された。ジフェニルエーテル部分は電子供与性を持つためイミド部分へ電子移動が起り、電子を貰ったイミド部分がアニオンラジカルになっていると思われる。 また、分子間のパッキング依存性を調べるためにPMDAと脂肪族ジアミンのシクロヘキシル基に二つのメチル基を置換したDMDHMから合成したポリイミドPI(PMDA/DMDHM)を用いて、その光導電性をPI(PMDA/DCHM)と比較した結果、二つのメチル基のために電子供与性はすこし強くなるが、分子間のパッキングが悪くなっているので、PI(PMDA/DMDHM)では、光電流が全然観測されなかった。この結果から分子間のパッキングの程度は光導電性に大きく影響を与えていると考えられる。 これまでの結果によって、脂肪族ジアミンを持つポリイミドの光導電性は、分子間の"Mixed Layer Packing"Arrangementによって、ピロメリット基とN-シクロヘキシル基から基底状態で弱い分子間の相互作用が形成され、光励起によって励起状態で電荷移動が起って,イオンペアを形成し、印加された電圧によって助けられ、ピロメリット基のアニオンラジカルとN-シクロヘキシル基のカチオンラジカルのキャリヤが発生すると考えられる。 次の段階として、脂肪族ジアミンを持つポリイミドの光導電性を向上させるため、電子供与体による増感を目指して、強い電子供与体であるテトラメチルフェニレンジアミン(TMPD)を用いてその効果を評価した。さきに、脂肪族ジアミンを持つポリイミドの方が芳香族ポリイミドより光導電性が良いことを確認したが、その量子収率はまだ低いのである。電子供与体のドーピングの方法はPAA溶液の中にTMPDを溶解させて、スピンコートした後、イミド化した。厚さ約1mのフィルムを用いて、吸収スペクトルの測定によって、両ポリイミドフィルムの吸収が長波長側にシフトしていることを確認した後、そのフィルムを使って光電流を測定した。 Figure 1.Chemical structures of polyimides and their model compounds.Figure 2.Photocurrent generation as a function of appled electric field for 1m undoped polyimide films and 1m TMPD-doped polyimide films. Films were photoirradiated at 350nm for PI(PMDA/DCHM)(○),at 400 nm for PI(PMDA/DCHM)/TMPD(□),at 420 nm for PI(PMDA/ODA)(◇),and at 460 nm for PI(PMDA/ODA)/TMPD(△)where optical density is 0.3-0.5. Filled symbols denoted darkcurrents for corresponding system. Figure 2 に電界依存性を示したように、ドープした脂肪族ジアミンを持つポリイミドで一番大きい光電流が測定された。5×105V/cmの電界下で、脂肪族ジアミンを持つポリイミドフィルムの波長依存性を測定したが、ドナーのドープにより、長波長側まで大きく増感された光導電性が得られた。波長依存性の測定など全ての結果から、ドナーの効果は芳香族ポリイミドよりは脂肪族ジアミンを持つポリイミドの場合により顕著に現れた。光電流は積み重なっている分子間を通してキャリヤが移動しやすくなったとき、もっと大きい光電性を示すと報告されている。したがって、脂肪族ジアミンを持つポリイミドは分子内の電荷移動を持ったないために、分子内での電荷移動に妨げられずに、分子間の電子移動によって、キャリヤがよりうまく移動していくため、芳香族ポリイミドより大きい光導電性を持つと考えられる。 |