学位論文要旨



No 112940
著者(漢字) 田川,陽一
著者(英字)
著者(カナ) タガワ,ヨウイチ
標題(和) 発生工学の手法を用いたインターフェロン-の生理機能解析
標題(洋)
報告番号 112940
報告番号 甲12940
学位授与日 1997.05.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3301号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 横田,崇
内容要旨

 インターフェロン(IFN)は抗ウイルス活性を持つ物質として発見され、その後、細胞増殖抑制、主要組織適合抗原(MHC)クラスI,IIの発現増強、マクロファージやNK細胞の活性化など、様々な生物学的作用を誘導することが知られるようになった。タンパク質の構造などの違いによりIFN-/とIFN-に分類されており、そのレセプターは別々に存在する。しかし、レセプターからのシグナル伝達経路の一部を共有しているため、共通の遺伝子の発現誘導もみられる。IFN-は、主にコンカナバリンA(Con A)などのT細胞マイトジェンで活性化されたT細胞やNK細胞で産生され、免疫機能の活性化を促すことから"免疫IFN"とも呼ばれている。CD4陽性のヘルパーT細胞(Th)は、IL-2やIFN-を産生するTh1タイプとIL-4やIL-6、IL-10を産生するTh2タイプに分類されるが、IFN-は、その前駆細胞であるTh0細胞をTh1に分化誘導するサイトカインと考えられている。このようにIFN-は多くの機能を持っているが、生体内における役割については不明な点が多い。IFN-遺伝子の生体における機能を知るためには、その遺伝子を過剰発現(gain of function)させたり機能欠損(loss of function)させたりして、それらを総合的に解析する必要がある。本研究では、感染・炎症におけるIFN-の役割を知るために、IFN-遺伝子を破壊したマウス(KOマウス)を作製し、肝炎をモデルとして本サイトカインの役割を解析した。

 我が国において約200万人存在すると言われている肝炎は、ウイルスやバクテリアの感染、アルコール、薬剤などにより引き起こされることが知られているが、その発症のメカニズムについては明白でなく、特に、ヒトのウイルス性肝炎においては、ウイルスの増殖による直接的な細胞障害よりも免疫システムの活性化による肝障害の影響が大きく、感染細胞に対してT細胞依存的な細胞障害が働いていると考えられている。B型及びC型肝炎ウイルス(HBVとHCV)による肝炎患者の血中にはIL-1やIL-2、IL-6、TNF-、IFN-が高レベルに検出され、これら炎症性サイトカインが肝炎発症に寄与している可能性が示唆されている。さらに、B型肝炎の患者の肝臓からもIFN-がRT-PCR法により検出された報告や肝炎患者の肝臓ではIFN-のレセプターの発現が検出された報告もあることなどから、IFN-がヒトのウイルス性肝炎の発症に関わっている可能性が考えられている。さらに、ウイルス性肝炎だけでなく、アルコール性肝炎においてもIL-1やIL-6、TNF-などのサイトカインの上昇が報告されている。しかしながら、肝炎を抑制するためにあるサイトカインは産生された可能性や発症に伴ってあるサイトカインは誘導されるが炎症反応に無関係である可能性も考えられ、どのサイトカインが肝炎の発症に関与しているかは明らかにされていない。

 また、ConAをマウスの静脈内へ投与すると、12-24時間後に肝炎が誘導されることが知られている。LPS/P.acnes誘導肝炎はヌードマウスでも発症するのに対し、ConA誘導肝炎はヌードマウスやSCIDマウスでは発症しないことからT細胞依存的であることが知られており、免疫システムの活性化によって発症するヒトの肝炎のモデルと考えられている。さらに、IL-1やIL-2、IL-6、TNF-、IFN-などの炎症性サイトカインのレベルが上昇していることから、これらのサイトカインの役割について議論になっている。

 そこで、IFN-遺伝子KOマウスを作製するために、マウス染色体上のIFN-遺伝子の第1エクソン中の翻訳開始コドンに大腸菌のlacZ遺伝子とネオマイシン耐性遺伝子(neo)を挿入した標的遺伝子破壊ベクターを構築した(図1A)。エレクトロポレージョン法により、この標的遺伝子破壊ベクターをマウス胚性幹(ES)細胞に導入し、4クローンが正確な相同遺伝子組換え体であることをサザン解析により確認した(図1B,C)。これらの相同遺伝子組換えクローンについて胚盤胞インジェクションによりキメラマウスを作製したところ、1つのクローンの生殖系列への伝達が確認され、IFN-KOマウスの作製に成功した。IFN-KOマウスは、SPFの環境下では、健康であり外見上異常は見られなかった。また、IFN-KOマウスの脾臓細胞をIFN-を誘導するConAやPMA+イオノマイシンなどで刺激しても、ノザン解析やELISAにおいてIFN-は検出されず(図1D,E)、その代わりに、IFN-遺伝子に挿入したlacZ遺伝子の発現がX-Gal染色により確認された。

 本研究において作製されたIFN-KOマウスに30g/1g体重のConAを投与したところ、コントロールのマウスに比べて血清中のトランスアミナーゼレベルの上昇が見られず(図2)、病理像も正常であったため、ConA誘導肝炎の発症にはIFN-が重要な役割を果たしていることがわかった。細胞の様相をTUNEL法とDNA解析により調べたところ、この肝炎において肝実質細胞にアポトーシスが起きていることがわかった。このとき、肝臓で同時に発現亢進の見られたTNF-やIL-1、誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)についても、やはりそれぞれのKOマウスや阻害剤投与マウスで発症を検討した。特に、抗TNF抗体を投与すると、ConA誘導肝炎の発症を抑制できたという報告があることから、TNF-の関与する可能性が考えられていた。しかし、TNF-KOマウスとIL-1/KOマウスでは、野生型のマウスとConAに対する感受性に差を認めなかったことから、TNF-及びIL-1/はConA誘導肝炎の発症に関与していないことがわかった。iNOSの特異的阻害剤として知られるL-NMMAを投与したマウスにおいても肝炎を発症したことから、iNOSの発現も関係ないことがわかった。アポトーシスに関与すると考えられるfas遺伝子の発現を調べたところIFN-KOマウスの肝臓で低下しており、また、Fasのアポトーシスシグナルの伝達に関与しているプロテアーゼICE(IL-1b converting enzyme)遺伝子の発現も低下していた。肝臓におけるFasリガンドの発現は確認されたが、ConA投与による発現上昇はなかった。そこで、IFN-がFas-Fasリガンドシステムを活性化して肝実質細胞のアポトーシスを誘導している可能性を調べるために、fas遺伝子に変異のあるIprマウスにおけるConA誘導肝炎の感受性を調べたところ、ConA誘導肝炎の発症が抑えられたことを血中のトランスアミナーゼレベルとDNAの断片化解析により確認した。以上の結果により、ConA誘導肝炎ではIFN-がFas-Fasリガンドシステムを活性化することによって、肝細胞にアポトーシスを引き起こしていることを初めて明らかにした。

 ヒトのウイルス性肝炎の場合もIFN-の亢進が認められることから、同様の機構が働いている可能性が考えられる。また、アポトーシスの誘導はウイルス感染防御においても大きな役割を果たしている可能性があり、本研究はIFNの生理的・病理的役割について新しい示唆を与えるものである。

図1.IFN-遺伝子ノックアウトマウスの作製.(A)IFN-遺伝子ノックアウトマウス作製のための標的遺伝子組換えベクターの構築。 (B-C)相同遺伝子組換えESクローンのサザン解析。染色体DNAをBamHI消化した後、(B)5’側のプローブ、及び、(C)3’側のプローブを用いてハイブリダイゼーションを行った。(D)PMAとイオノマイシンで活性化した脾臓細胞のRNAについて、IFN-cDNAをプローブにノザン解析した。(E)ConA及び)PMAとイオノマイシンで活性化した脾臓細胞の培養液中のIFN-タンパク質をELISA法により測定した。図2.ConA誘導肝炎に対するIFN-ノックアウトマウスの感受性。IFN--/-マウス(オス26匹)とIFN--/+マウス(オス27匹)に30ug/1g体重のConAを投与して、12時間後の血中トランスアミナーゼレベルを測定した。*P<0.001、**P<0.01。
審査要旨

 本論文は、2章からなり、第1章は、インターフェロン(IFN)-遺伝子欠損(KO)マウスの作製、第2章は、コンカナバリンA(ConA)誘導肝炎の発症機構について述べられている。

 本研究では、感染・炎症におけるIFN-の役割を解析することを目的として、IFN-KOマウスを作製している。KOマウスは、マウス染色体上のIFN-遺伝子の第1エクソン中の翻訳開始コドンに、大腸菌のlacZ遺伝子とネオマイシン耐性遺伝子(neo)を挿入して作製した。IFN-KOマウスは他のグループによっても作製されているが、本研究により作製されたIFN-KOマウスは、単に遺伝子を欠損させれているだけでなく、IFN-の産生細胞がlacZ遺伝子の発現によって検出できる点が優れている。

 次に、作製されたIFN-KOマウスを用いて、申請者は肝炎における本サイトカインの役割を解析している。本研究で用いられたConA誘導肝炎は、ヒトのウイルス性肝炎や細菌、薬物による肝炎のモデルとされるもので、ConAがT細胞に作用した結果産生されてくるIFN-やTNF-、IL-1などのサイトカインが、発症に重要な役割を果たしているのではないかと考えられている。

 IFN-KOマウスにConAを投与したところ、コントロールマウスに比べて有意に低感受性になっていることが示された。このとき、野生型マウスでは肝実質細胞にアポトーシスが認められるのに対し、IFN-KOマウスでは起こっていなかった。この結果、ConAにより誘導されたIFN-が肝細胞のアポトーシスを引き起こし、肝炎を発症させていることが初めて示された。

 ところで、抗TNF抗体によってConA肝炎の発症が抑制されるという報告が既にあることから、申請者は、TNF-の役割についても検討している。TNF-KOマウスを用いて同じように発症を検討したところ、TNF-KOマウスでもConAに対する感受性は変わらないことがわかった。IL-1についても、IL-1/のダブルKOマウスを用いて発症を検討したが、感受性に差を認めなかった。従って、これらのサイトカインはConA肝炎の発症には関与していないと考えられる。抗体を用いた以前の解析は、交叉反応の結果である可能性が示唆された。

 さらに別の報告で、肝実質細胞のアポトーシスに一酸化窒素が関与する可能性が示されていたため、申請者は誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)の発現誘導を検討した。その結果、IFN-KOマウスの肝臓ではこの酵素の発現誘導が起こらないことがわかった。しかし、iNOSの特異的阻害剤をマウスに投与してもConA肝炎の発症に差は認められなかったことから、IFN-KOマウスで肝炎が発症しないのは、この酵素の誘導阻害によるものではないと結論している。KOマウスや酵素阻害剤を用いた解析から得られたこれらの結論は、従来のConA肝炎の発症機構に対する考え方を覆すものであり、ヒト肝炎の発症機構の解明に大きく貢献するものと評価できる。

 次に申請者は、アポトーシスのメカニズムについて検討を加えている。アポトーシスに関与することが知られているfas遺伝子の発現を調べたところ、IFN-KOマウスでは約1/2に低下していることがわかった。また、fas遺伝子に変異のあるIprマウスでは肝炎の発症が抑えられたことから、ConA肝炎にみられる肝細胞のアポトーシスには、IFN-によるFas-Fasリガンドシステムの活性化が関与していることを初めて明らかにした。しかし、IprマウスのConAに対する感受性はIFN-KOマウスよりも高いことから、Fasを介した経路以外に、IFN-による肝実質細胞の直接的なアポトーシスの誘導も考えられ、アポトーシスの分子機構の解明が今後の検討課題として残された。

 本研究ではConA誘導肝炎において、IFN-が重要な役割を果たしていることを初めて明らかにしたが、ヒトのウイルス性肝炎や、アルコール性肝炎、敗血症などの場合もIFN-の亢進が認められ、同様の機構が働いている可能性がある。また、IFNによるアポトーシス誘導能の発見は、ウイルス感染時に、感染細胞の周辺非感染細胞にアポトーシスを誘導することによって、感染の拡大を防いでいる可能性を提起するものであり、IFNの生理的・病理的役割について新しい示唆を与えるものである。

 なお、本論文第1章は、岩倉洋一郎博士(東京大学)、第2章は、岩倉洋一郎博士、関川賢二博士(家畜衛生試験場)と三田村圭二博士(昭和大学)との共同研究であるが、論文提出者が主体となってIFN-KOマウスの作製および肝炎の発症機構の解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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