学位論文要旨



No 112945
著者(漢字) 新海,俊一
著者(英字)
著者(カナ) シンカイ,シュンイチ
標題(和) 鉄道旅客流動に基づく都市空間構造の分析
標題(洋)
報告番号 112945
報告番号 甲12945
学位授与日 1997.06.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3953号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 元教授 原,広司
 新潟大学(東京大学元教授) 教授 高橋,鷹志
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
内容要旨 【1】はじめに

 本研究は、都市が抱える様々なシステムのうちで、都市基盤設備としての鉄道ネットワークを対象とするが、ネットワークそのものではなく、これを利用して移動する旅客の挙動の方に着目する。各旅客のトリップの起終点、経路に関する情報等を整理した後に、ネットワークのノードとして機能する鉄道駅を、既存の土地利用や地理的な枠組みとは異なる方法で分類する手法を開発し、都市空間の構造解明への新たなアプローチとする。また、ネットワーク上の人流に対するモデルを作成し、これを用いて予測される旅客流動と現実の旅客流動との相違を比較しながらモデルをより完全なものへと近づけていく過程で、都市の交通流動に関するメカニズムを探求するものである。

【2】論文構成

 本論分は5章から構成され、更に全体は3編に分けられる。第1編の第1章は導入部で、首都圏鉄道網における旅客流動に関する自他による研究状況が解説される。第2編の第2章、第3章は、鉄道旅客流動に関する既往のモデルの紹介と、本論において新たに構築したモデルの解説である。

 第3編の第4章、第5章は、第2編で提示した局所的モデルを用いて、いかに都市空間が記述できるかについて論じる。

【3】都市像を描くための道具

 本論では鉄道旅客流動の観点から首都圏の「都市像」を描くために次の4つの道具を提示した。

 1)駅の分類方法に基づく視点

 2)駅間の距離に基づく視点

 3)隣接駅間断面交通量に基づく視点

 4)鉄道網の分析に基づく視点

 ここでは上記の道具を用いて首都圏鉄道網における旅客流動から見た都市像を提示する。首都圏に居住する者の多くは、昼間都心部に集中するが、その原因は通勤・通学における目的地である職場や学校が都心部に集中している、あるいは娯楽施設や商業施設などの集客力を持つ施設が都心部に集中しているためだと考えている。そこで近年、飽和状態に陥った都心部の人口密度を低下させるための策として都市施設や職場を都心部から郊外へ移転させるべきだという議論が盛んになされている。首都機能分散や、首都機能全体の移転などの議論は、まず官公庁の施設が率先して郊外へ移転することで人口集中を緩和する牽引力たらんとする発想に基づいている。確かに都心部への昼間人口集中は、特定の目的(たとえば通勤・通学、買い物、娯楽など)を持つ人の流動(以下目的流動と呼ぶ)に負うところが大きい。しかし、目的地たる施設を都心部から郊外へ移転させさえすれば都心部の混雑は解消されるのであろうか。

 本論では鉄道駅の利用形態を出発地/目的地型の利用と通過型の利用とに分けることで駅を分類する方法を提案した。この分類方法を提案する前提として、まず各駅における旅客流動生産量と吸収量とを定義した。また、ある駅において旅客流動生産量と吸収量のどちらが優位であるかによって旅客流動生産駅と吸収駅を同じように定義した。これを用いて、全ての駅を旅客流動生産量優位駅、同吸収量優位駅、同生産量・吸収量均衡駅の3つに分類すると、確かに都心部には多数の旅客流動吸収量優位駅が分布している。しかし同時に郊外にも都心部ほどの密度ではないが旅客流動吸収量優位駅が分布している。したがって、都心部だけに旅客流動の目的地が偏っている訳ではない。密度から見れば都心部には郊外よりも旅客流動の目的地が数多く分布しており目的流動の主体(旅客)が都心部に集中して混雑を引き起こしていると考えられるが、郊外にも旅客流動の目的地が分布していることに注意すれば、土地利用に関しては首都圏が無条件に都心部一極集中型の都市構造を持っているとは言えない。

 さて、駅間の距離に基づく視点から同じく一極集中と首都機能分散の効用を考えてみる。既に3章で詳説したように、首都圏の鉄道網は地形的特性を強く反映している。また、このために神奈川県内の駅と千葉県内の駅あるいは埼玉県内の駅の間を移動する人々は、よほど意図的に遠回りをしようと思わない限り一度都心部を経由して目的地に向かうはずである。したがって、必ずしも都心部を目的地としていない旅客も経路としては都心部の鉄道網を利用することになる。これが都心部混雑の原因である。この都心部を目的地とする旅客流動と都心部を経由する旅客流動の相乗効果によって都心部が混雑することになる。それではもし首都機能を郊外に分散させたらどうなるだろうか。現在の首都圏鉄道網は、複数の環状・放射状の路線が首都を中心としてネットワークを形成している。このため、これまで都心部に配置されていた官公庁や民間の就業施設をはじめとする首都機能が分散した場合、鉄道網ネットワークの構造、すなわち都心部を目的地としない旅客流動であっても都心部を跨いだ2駅間を移動する際には必然的に都心部を経由するという仕組みが前提にある以上、分散した機能と、そこに関わる人々とが同時に郊外に移転し、食住近接が達成されない限り、旅客のトリップ長が延びるばかりで都心部を通過動線とする旅客流動は減少しない。そして都心周辺部の駅間は新たに旅客の経路へと転換するためにこれまでよりも隣接駅間断面交通量が増大するはずである。

 隣接駅間断面交通量とはある駅間を通過する総旅客量であるが、集計された隣接駅間断面交通量からは、ある駅間を通過する旅客の出発地や目的地の分布を知ることができない。断面交通量が大きい駅間は利用頻度が高いと推定できるだけである。しかし本論で提示した隣接駅間断面交通量を初乗り駅別に分解する方法を用いることで、利用度が高いと思われる隣接駅間を利用する旅客のODパターンを知ることができる。ただしこの方法を首都圏全域に渡って適用するためには各鉄道事業者の協調による旅客の利用経路(乗り換え情報を含む)に関する詳細かつ大規模な調査データが必要である。このようなデータが未だ未整備である点については3章で行った小田急電鉄の駅間旅客流動データに基づくケーススタディの項で指摘した通りである。

 都心部に配置されている官公庁や民間の就業施設等が郊外に移転した場合にどのような新たな旅客輸送需要が発生するかを事前に把握し、その需要に対応可能なインフラ整備が可能であるか否かの検討が行われないままに首都機能の分散を推進しても、現在の首都圏の交通事情が改善されるとは期待できない。

 東京の都心部一極集中解消を総合的な面で実現するためには、まず首都圏の都市構造を支える鉄道網や道路網のネットワーク的特性を充分に把握し、現にある鉄道網の分析に基づく視点から構造改変によって新たに発生する需要を定量的に予測した上で物理的な施設移動の計画を立てるべきである。さもなければ現在の都心部における慢性的混雑が都心周辺部に波及するに過ぎず、依然として都市問題は解決されない。

【4】首都圏鉄道網における旅客流動から見た都市像

 以下に、本論で新たに提案した4つの道具を用いて記述された「都市像」を整理する。

 1)首都圏における都市基盤設備として鉄道網は都心部をネットワーク構造の中心としている。

 2)首都圏鉄道網ネットワークの構造的特性は、鉄道が敷設されている地形の特性を強く反映している。

 3)首都圏の旅客流動による駅間利用度は、主に郊外に比較的偏り無く分布する旅客流動生産量優位駅から、都心部の就業地に多く分布する旅客流動吸収量優位駅への流動で決定されており、都心の近傍と首都圏周縁部に分布する旅客流動生産量・吸収量均衡駅における乗降客数の大小は殆ど関係ない。

 4)郊外にも都心部と同様に旅客の通過経路上にあるために利用度が高いターミナル駅があり、このような駅の前後では旅客流動に大きな変化が見られる。

 5)都心部の混雑は、都心部を目的地として利用する旅客流動と都心部を通過経路とする旅客流動の相乗効果で発生している。

【5】おわりに1成果の総括

 本論は大きく4つのコンポーネントから成り立っている。まずネットワークを構成する頂点の特性、頂点相互の関係、枝の特性の個別分析、そしてネットワーク全体の総合的な分析である。本論の意義はこれら4つのコンポーネントを用いて首都圏鉄道網が示唆する都市空間構造を記述した点にある。以下に各コンポーネントに基づく成果を示す。

(1)駅の分類方法

 1)乗降者数に占める乗車客数と降車客数の割合によって駅を旅客流動生産量優位駅、同吸収量優位駅、同生産量・吸収量均衡駅に分類する方法を提案し、首都圏の鉄道駅に適用した。

 2)小田急電鉄から提供された「平成5年度駅別相互発着表(年間集計)」に基づいて、小田急線(小田原線、江ノ島線、多摩線)の全駅における乗車客数、降車客数、乗降客数の実状を通勤定期券、通学定期券、定期券外乗車券の各カテゴリーについて調べた。

 3)鉄道駅の利用形態を出発地/目的地型の利用と通過型の利用に分け、この尺度を駅の分類方法として提案した。

 (a)ある駅において、乗降客数が通過旅客数よりも多い駅を"出発地/目的地型の駅"、通過旅客数が乗降客数よりも多い駅を"通過型の駅"と定義した。

 (b)乗車客数と降車客数の差が両者の平均の10パーセント以下の駅を"乗車客数・降車客数均衡駅駅"と定義した。

 (c)小田急電鉄から提供された「平成5年度駅別相互発着表(年間集計)」に基づいて乗車券種別毎に小田急線の全駅を出発地/目的地型の駅と通過型の駅に分類した。

 4)前述のデータを用いて小田急線の全駅における上り通過旅客数、下り通過旅客数、総通過旅客数の実状を通勤定期券、通学定期券、定期券外乗車券の各カテゴリーについて調べ、分析した。

(2)駅間の距離について

 1)鉄道網における任意駅間の直線距離、路線距離、時間距離に着目し、それぞれの特徴から駅相互の関係を分析した。

 2)駅間の直線距離、路線距離、時間距離の相互関係から首都圏鉄道網ネットワークの構造的特性を分析した。

 (a)首都圏における任意の2駅間の平均直線距離は40.7Km、標準偏差は24.2Kmである。

 (b)同じく任意の2駅間の平均路線距離は52.3Km、標準偏差は32.0Kmである。

 (c)同じく任意の2駅間の平均時間距離は43.0分、標準偏差は20.7分である。

 (d)首都圏における鉄道駅間の直線距離と路線距離の関係を調べたところ、両者の相関係数は0.944となり、強い相関が見られた。また、両者の間には"路線距離=直線距離×1.3"なる関係があり、道路網における直線距離と道路距離の関係に一致していることが分かる。

 (e)鉄道駅間の直線距離と時間距離の相関係数は0.857となり、強い相関ではないが、やや相関があることが分かる。平均直線距離を平均時間距離で除すると56.8Km/時になる。

 (f)路線距離と時間距離の関係を調べると、両者の相関係数は0.932となり、強い相関が見られる。平均路線距離を平均直線距離で除したものは首都圏における鉄道の平均運行速度を表すが、その値は73.0Km/時である。

(3)隣接駅間断面交通量の扱い方

 1)首都圏鉄道網を構成する路線に関して隣接駅間断面交通量の変化を調べ、各路線を分類するための7つのプロトタイプを提案した。

 2)隣接駅間の断面交通量のグラフの類型化によって、グラフの形状を決定している要因として、都心部と郊外という方向性と、路線の途中にあるターミナル駅の分布が重要な働きをしていることが分かった。

 3)乗降客数と通過旅客数に着目して首都圏全域での隣接駅間断面交通量を特定の駅を初乗り駅とする旅客流動毎に分解する方法を提案し、小田急線に適用した。

 (a)路線毎に隣接駅間の断面交通量の変化を調べ、(1)一変曲点型、(2)傾斜直線型、(3)下に凸型、(4)上に凸型、(5)単峰型、(6)多変曲点型、(7)水平直線型の7タイプに分類した。それぞれの代表的な例は、順に(1)JR東海道本線、(2)JR内房線、(3)東急新玉川線、(4)都営地下鉄新宿線、(5)営団地下鉄東西線、(6)JR横浜線、(7)JR久留里線である。

 (b)任意の駅を決め、この駅を初乗り駅とする継続乗車旅客数駅別に集計すると、初乗り駅における乗車客数が最大値になり、他の駅で旅客が順次降車していくにしたがってその値が減少していくため、初乗り駅を山の頂点とするグラフを全ての駅について描くことができる。このグラフを与えられた路線全駅について求め、互いに重ね合わせると路線全体の駅別継続乗車客数を表すグラフになる。このように首都圏全域における鉄道駅間断面交通量を初乗り駅別に分解するこによって、ある駅間の断面交通量がどのようなODペアで流動する旅客で構成されているのか、その内訳を知ることができる。

 4)前項の駅別通過旅客数と隣接駅間断面交通量の関係を利用した分析によって、旅客の乗降・通過に関する特性が乗車券種別毎に異なることが分かった。

(4)鉄道網の分析

 1)鉄道網ネットワーク上における隣接駅間の重要度を計量する尺度として、旅客の利用経路に基づく駅間利用度を提案した。

 2)首都圏鉄道網において混雑度が高い区間の分布を調べ、その原因がどのような旅客流動特性にあるのかをシミュレーションによって推定した。

 (a)首都圏鉄道網を均質なネットワークモデルでとらえ、任意の駅間を移動する旅客が常に最短経路を選択するものと見なした場合の各駅間の利用度を求めると、道路の場合と同様に、放射状路線の都心部付近(東海道本線、中央線など)の駅間や環状路線(山手線、武蔵野線など)の駅間が高い利用度を示すことが分かった。

 (b)最短経路に関する駅間の重みの分布状況と定期券旅客流動に基づく駅間の重みの分布状況はかなり異なる。これは、最短経路に関する駅間の重みを求めた際に仮定した鉄道網ネットワークにおける駅別発生交通量や駅間の交通需要、旅客の経路選択のメカニズム、各鉄道路線の輸送力の限界などの条件が現実と乖離していることを示している。

 (c)都心部の鉄道路線上で特定の駅間が高い利用度を示すのは、都心部を目的地とする旅客流動と都心部を経路として通過する旅客流動の相乗効果による。

 (d)首都圏において都心部に昼間人口が一極集中しているのは都心部が目的地でなくても都心部を必然的に経由しなければならない旅客流動を誘発する首都圏鉄道網ネットワークの構造的特性のためでもあることが分かった。

 3)重み付きの最短経路検索シミュレーションによって、首都圏鉄道網における駅間利用度は、主に旅客流動生産量優位駅から同吸収量への旅客流動で決定されることが分かった。

2問題点と課題

 本論を構成する4つのコンポーネントに関して、分析の過程で明らかになった問題点と課題を個別に述べる。

 1)"駅の分類方法"に関しては、ある駅を出発地/目的地型と通過型に分類する際に、乗降客数と通過旅客数の差が小さい場合にはいかに取り扱うべきかが明確に定義できない点が問題として残っている。これに対処するためには旅客流動パターン以外にどのような尺度が有効かを検討する必要がある。

 2)"駅間の距離"に関しては、駅間時間距離を算出する際に、各鉄道路線における列車の運行種別(普通/快速/急行/特急など)による時間距離の誤差については考慮せず、全ての路線で移動には普通列車の利用を想定しているが、算出された時間距離が我々の日常的体験にどれほど近いかが十分に検討されていない点が問題として残っている。

 3)"隣接駅間断面交通量"に関しては、本論では通勤・通学定期券利用旅客の流動を基にした断面交通量の分析を行っているに過ぎない。今後は定期券外乗車券利用旅客の流動をいかにして加味するか、またその結果定期券利用旅客の流動のみの場合とどのように分析結果に差異が生じるかを検討する必要がある。

 4)"鉄道網の分析"に関しては、本論の範囲では旅客の経路決定要因を路線距離最短経路のみに限定したが、実際には鉄道利用者の経路は所要時間や乗り換え回数、運賃などの様々な要因によって複雑に決定されている。これらの複数の決定要因を考慮した分析を行うことが必要である。

審査要旨

 本論文は首都圏鉄道網における旅客流動に関する調査・研究である。首都圏においては、大量輸送機関としての鉄道網が発達し、通勤・通学のみならず、業務、購買、余暇等の諸活動に伴う人流の大半が鉄道を利用して行われているが、その交通流動の特性について定性的、定量的に考察したもので、同時にその結果に基づくいくつかの旅客流動モデルを提案している。また、こうした旅客流動を現象として説明するのに必要な新しい概念を提示し、それらを使用して旅客流動からみた都市像を描いている。分析の対象を首都圏に限定しているが、提案した概念や分析手法等は汎用的で、また、旅客流動モデルもネットワーク一般に適用可能なものである。本論は、従来の交通工学とは異なる視点から都市内の移動現象を捉えることを目的としたものであり、その本質において都市論のひとつとして位置づけられるものである。

 論文は3編(5章)より成る。

 第1編は首都圏鉄道網における旅客流動についての考察である。

 第1章の鉄道旅客流動の動向は、交通工学、地理学、OR等の諸分野で従来行われてきた研究に対する概説で、同時に主要な交通統計データについての概要をまとめている。また、大都市交通センサスの諸データを用いて、首都圏の鉄道および旅客流動の現状について概観している。

 第2編は鉄道旅客流動のモデル化についての解説である。

 第2章の既往の局所的モデルは、主に交通工学の分野で用いられている交通需要予測モデルの概説と、大都市交通センサスを用いた首都圏の各駅別の現状分析である。ここでは駅別の終日の乗降者数を旅客流動生産量、同吸収量と呼び、その量的な差異より各駅を旅客流動生産量優位駅と同吸収量優位駅、同生産量・吸収量均衡駅に分類している。また、同一路線内での移動の完結性に基づき路線の自立度を定義している。さらに、各路線の隣接関係を隣接グラフとして捉え、その最大固有値を求めることにより、ネットワークとしてみた鉄道網における各路線の重要度について言及している。

 第3章の新しい局所的旅客流動モデルは、大都市交通センサスと小田急線のデータを用いて隣接駅間断面交通量を求め、そのグラフの形態分析を通して移動現象の特性を考察している。また、各トリップにおける駅の機能に着目し、通過型の駅と出発地/目的地型の駅に分類している。さらに、鉄道駅間の距離を直線距離、路線距離、時間距離の3つの視点から捉え、それぞれの相関関係について分析し、直線距離と路線距離の間に一般の道路網の直線距離と路線距離と同様の関係性があることを見いだしている。また、直線距離と時間距離および路線距離と時間距離の関係性についても言及している。

 隣接駅間断面交通量のグラフは現実に各路線を通過する旅客量を表しているが、その再現をいくつかのシミュレーションにより試みている。基準になるのは大都市交通センサスから求めた定期券旅客流動のグラフである。各駅の総当たりの組み合わせを考え、鉄道網上を最短路で移動するとの仮定の下に断面交通量を求め、基準と比較すると、交通流の発生・吸収が等確率に起きるという仮定に問題があることが判明している。これを修正するために旅客流動生産優位駅から同吸収駅への移動に限定した最短路移動と、同じ仮定で生産量、吸収量共に大きい駅間に限定した最短路移動のシミュレーションを行ない、後者の仮定の下で比較的良好な相関関係が再現できることを確認している。また、再現性の低い路線を詳しく調べ、並列した路線がある場合の最短路移動の仮定に原因があることを明らかにしている。

 第3編は全体のまとめと今後の研究の展開についての記述である。

 第4章の鉄道旅客流動に基づく都市像は、本論の分析結果のまとめと旅客流動からみた首都圏の都市像に関する記述で、これまでに提案してきた諸概念を用いた都市論を展開している。

 第5章の総括と展望は、本論の分析により明らかになった諸点を明示し、問題点と課題についてまとめ、最後に今後の展望を行なっている。

 以上要するに、本論文は首都圏の旅客流動を包括的に捉え、その特性を分析すると共に、現実の旅客流動の再現を可能とする仮定を明らかにしモデル化したものである。従来、旅客流動は大都市交通センサスのような統計資料として提示されることが多いが、本論文はその特性を分析することにより、新たな都市像を描くことが可能なことを実証的に示したもので、都市論に新たな展開を図る契機となるものと評価できる。これは建築計画学、都市計画学の分野に新たな視点を導入するもので、その意義は大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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