0.緒言 蛍光性有機化合物は、これまでに多種多様な構造のものが報告されており、実用例も多い。近年,従来にない様々の機能を持つ蛍光物質が要求されていることから,既存の化合物の修飾に加えて、新しい分子構造を持つ蛍光性有機化合物の開発が求められている。2,2’-ビピリジンは、化学的、熱的に安定であり、キレート化合物として広く知られるが、一般に無蛍光性であり、効率の良い蛍光を示す誘導体は、3,3’-ジヒドロキシ体が知られているのみである。本研究では、ビピリジン骨格を持つ新規な蛍光性化合物の開発、機能化を目的とし、6,6’-ジアミノ-2,2’-ビピリジン(DA)及びその誘導体を合成し、その蛍光特性を明らかにするとともに、分子認識ホストとしての機能性評価、そして固相中での特異な発光挙動の解析を行った。 1.2,2’-ビピリジン誘導体の蛍光特性 2,2’-ビピリジン誘導体の光物性を明らかにするため種々の誘導体を合成し、それらの吸収・発光スペクトルの測定を行った。アミノ及びクロロ置換2,2’-ビピリジンは既法により合成した(Fig.1)。 DAは熱的、化学的に安定であり、アミノ基は容易に酸化されない。DAはシクロヘキサン中で364.5nmに、エタノール中で404.0nmに効率の良い発光を示した(Table1)。発光強度変化は濃度に対して一次で、蛍光スペクトルの形は吸収スペクトルとほぼ鏡像であることから、DAの蛍光は、最低励起状態からの単分子発光であることが明らかとなった。また、蛍光強度は溶媒中の溶存酸素に影響されなかった。環窒素へのプロトン化による吸光係数と量子収率の低下が見られないこと、および吸収スペクトルのシミュレーションから、最低エネルギー吸収バンドはn-*型ではなく-*型遷移であると結論された。 次に、置換基の種類、位置について検討した。4-アミノ置換体(4A,44DA,44AC,46AC)はほとんど蛍光を示さず(〜10-2)、またクロロ置換体(4C,6C,44DC,66DC)は、全く蛍光を示さなかった。しかし、6-アミノ誘導体は、いずれも近紫外領域に効率よい蛍光を示した(>0.4,Table1)。6Aの蛍光はDAと同様の効率であることから、6-位に一つ以上のアミノ基を有することが蛍光性発現に重要であることがわかった。なかでも、非対称置換体であるACが他の約二倍(〜0.8)の量子収率を持つという興味深い結果が得られた。ACの発光は、大きなストークスシフトと高い量子収率を示し、励起状態での分子内電荷移動の寄与が示唆された。そこで、アミノ基の電子供与性を増大させることを目的としてアルキル置換を行い、電子供与性が増加したことをpKa値により確認した(pKa(DA):6.4、pKa(Hx2):6.8).アルキル化により、蛍光極大波長は20〜50nm長波長シフトした(Table1)。しかし量子収率はやや減少し、ストークスシフトの増大も見られなかった。 Fig.1.Structure of 2,2;-bipyridine derivatives.Table1.Absorption and emission maxima of substituted 2,2’-bipyridines. 以上、6-位にアミノ基を有する一群の2,2’-ビピリジシ誘導体が、高効率の発光を示し、安定性の高い新規蛍光性化合物であることを明らかにした。またこれらは、固体状態でも強い発光を示した。 2.蛍光応答性ホスト化合物 ジアミノビピリジンは、複数の分子間相互作用部位を有し、かつ強い蛍光を示すという特徴を持つ。また、ピリジン環窒素への相互作用により、発光を直接制御することが可能である。これを利用して、生体で重要な働きをするリン酸エステルの認識にともなって発光変化を示す、蛍光応答性ホスト化合物の開発を目指した。実験はホスト濃度を一定とし、ゲスト濃度を変化させた際の吸収・発光スペクトルの変化を観測した。シクロヘキサン中でHx2をホストとしてゲストを変化させたところ、リン酸ジエステルと高選択的に会合し、その会合定数はK=1.7x107M-1と大きな値となった。リン酸ジエステルの添加によりHx2はプロトン化することが、吸収スペクトル変化から示された(Fig.2)。また、400nmの発光が大きく減少し、500nmにプロトン化したHx2由来の発光がわずかに見られた。一方カルボン酸との会合定数は小さく、またプロトン化を示す吸収とは異なる変化を示し、発光は減少するのみであった(Fig.3)。以上のことから、リン酸エステルはHx2とイオン的に会合するが、カルボン酸は水素結合的に会合することが示唆された。 次にゲストをリン酸エステルに固定し、ホストの構造を変化させた。シクロヘキサン中では、Hx2が最も大きな会合定数を示し、アミノ水素のないPr4の105倍となった(Table3)。これは、ピリジン環窒素へのプロトン化により生じたリン酸アニオンが,アミノ水素と水素結合することで安定化を受けることで、強く会合した結果と考えられる。Hx2とリン酸エステルとの会合体構造をFig.5のように推定した。 アセトニトリル中でも、Hx2が最も大きな会合定数を示したが、アミノ水素の有無による差は小さかった(約4倍)。これは、シクロヘキサンより極性の大きいアセトニトリル中では、いずれのホストでもピリジン環窒素へのプロトン化による会合体形成が、支配的になるためと考えられる。また、シクロヘキサン中と比較して、プロトン化したホストの発光(500nm)が強く観測されたことから(Fig.4)、会合体形成を発光変化の形で取り出すことに成功した。 Fig.5Fig.2.Titration of Hx2 with diphenyl phosphate in cyclohexane.(a)Absorption spectrum(b)emission spectrum.Fig.3.Titration of Hx2 with hexanoic acid in cyclohexane.(a)Absorption spectrum(b)emission spectrum.Fig.4.Titration of Hx2 with diphenyl phosphate in acetonitrile.(a)Absorption spectrum(b)emission spectrum.Table2.Association constants(K/M-1)of Hx2 with guests in cyclohexane.Table3.Association constants(K/M-1)of hosts with diphenyl phosphate.3.固相中における特異な発光挙動 固相中での分子間無輻射エネルギー移動は、光化学、生体反応、光学材料において重要な過程であることから数多くの研究がなされており、その到達距離はForster型(dipole-dipole相互作用)の場合、最大でも10nmと報告されている。しかし、シクロヘキサン凍結溶媒中では、Et4と3,3’-ジヒドロキシ-2,2’-ビピリジン(33OH)混合系において、非常に長距離のエネルギー移動を示唆する結果が得られたので、より詳細な検討を行った。 蛍光スペクトルの測定(励起波長:285nm)は、シクロヘキサン及びヘキサン中で行った。Et4と33OHの発光は、単独では常温、-195℃ともに、それぞれ約400nmと約500nmであり、単量体からの発光であることが確認された(Table4)。Et4(3.0x10-5M)+33OH(10mol%)の混合物は、常温ではいずれの溶媒中でもEt4の青色発光(394nm)のみが見られた(Fig.6)。それに対し-195℃では、ヘキサン中では常温と同様、Et4の青色発光(397nm)のみが観測されたが、シクロヘキサン中では青色発光強度が85%低下し、33OHの緑色発光(484nm)は20倍に増大した。550nmで観測した励起スペクトルの形はEt4のそれと一致したことから、緑色発光はEt4から33OHへの励起エネルギー移動に由来することが確認された。凍結媒体中でのEt4および33OHの均一な分布を仮定すると、Perrinモデルから、励起Et4が33OHへのエネルギー移動で失活するEt4-33OH間の最大距離は、63nmと非常に大きな値となる。 この値が「見せかけ」である原因として、シクロヘキサンの凍結の際、Et4と33OHが溶媒の結晶粒界に追い出されることによる濃縮効果が考えられる。しかし種々検討を行った結果、濃縮効果のみでは、この長距離エネルギー移動を説明できないことが示された。 また緑色発光の溶媒依存性について検討したところ、極性に依らず六角形構造を持つ溶媒を凍結したときのみ緑色発光が観測された。 緑色発光を示すもの:シクロヘキサン・1,4-ジオキサン・1,3,5-トリオキサン 緑色発光を示さないもの:メチルシクロヘキサン・シクロヘキサノール・シクロペンタン・テトラヒドロフラン・n-ヘキサン・3-メチルペンタン 以上の結果から、この長距離エネルギー移動には、凍結溶媒の結晶場が何らかの関与をしていると推定される。 Table4.A bsorption and luminescnce maxima of Et4 and33OH.Fig.6.Luminescence spectra of Et4and33OH in solid state.Concentration of Et4was3.0x10-5mol dm-3. |