学位論文要旨



No 112950
著者(漢字) 金,光旭
著者(英字) Jin,Guang-Xu
著者(カナ) ジン,グァンシュ
標題(和) 社会内処遇の研究 : 保護観察の多様化と対象者の法的地位を中心に
標題(洋)
報告番号 112950
報告番号 甲12950
学位授与日 1997.06.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第137号
研究科 法学政治学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芝原,邦爾
 東京大学 教授 井上,正仁
 東京大学 教授 宇賀,克也
 東京大学 教授 長谷部,恭男
 東京大学 教授 佐伯,仁志
内容要旨

 刑事政策の世界的動向をみた時、いまや施設内処遇から社会内処遇へと犯罪者処遇の重点を転換すべきであるとする思潮が一般的になりつつあるといわれている。1990年に、第8回国連犯罪防止会議において、「国連非拘禁措置最低基準規則」(United Nations Standard Minimum Rules for Non-Custodial Measures)が採択されたのは、このような思潮を表わす象徴的な出来事であったように思われる。日本においても、犯罪者の社会復帰を図るためには、行刑の社会化を図るのみでは限界があり、社会内処遇の刑事政策上の比重をさらに高めるべきであるという認識が一般的思潮であるといって間違いないだろう。

 一 ところで、日本の社会内処遇は、いかなる状況にあるだろうか。社会内処遇を発展させるためには、まず、日本の社会内処遇がいかなる現状にあり、いかなる問題点を抱えているか、そして、今日、特に対処しなければならない課題がなにかを検討する必要がある。

 まず、社会内処遇の効果を挙げるための前提条件である組織基盤が十分に確立されているか否かが問われなければならない。

 現行保護観察制度は、わずかな予算と保護観察官定員をもって発足せざるを得なかった。そのため、戦後における社会内処遇の展開をみると、比較的最近まで、その重点は、いかに保護観察官のアイデンティティを確立するかに置かれてきたように思われる。そして、この目的を達成するために、様々な処遇施策が展開されてきた。にもかかわらず、これらの施策は必ずしも当初の目的を達成できたとはいいがたい。今日の保護観察官は、依然として、過剰の事件負担量を強いられており、法の予定した役割を果たせないでいるのである。

 一方、保護司の資源も、問題がないわけではない。高齢化の問題、「地域性」、「民間性」の低下の問題などが指摘されている。

 しかし、社会内処遇の抱えている困難は、資源の問題にとどまらない。保護観察対象者の個性、ニーズの変化が、社会内処遇に困難な課題を提起しているのである。終戦直後は、目の前の困窮した対象者の差し当たっての問題を解決し、それに対して生活手段を与えることで精一杯だったといわれる。しかし、今日の対象者の問題性をみれ ば、いわゆる「処遇困難」の内容が遥かに多様になっている。すなわち、生活難の問題を抱えている対象者が依然として存在する一方、成人、少年を問わず、薬物関連の問題を抱えている対象者が相当な割合を占めており、暴力団関係者も、少なからず保護観察対象者の中に含まれているのである。

 以上のような問題状況に対して、現在の社会内処遇は有効な打開策をもっているだろうか。また、この打開策の模索のあり方に問題はないだろうか。処遇資源不足に対応すべく展開されてきた施策の主たる関心は、保護観察官の増員や保護観察官の処遇への直接参加であった。しかし、保護観察官不足の問題は、今日の保護観察が抱えている問題の一つにすぎない。それとならんで、今日多様化している対象者のニーズに答えることができるような多様な処遇施策が要請されているのである。

 ところで、注目すべきは、近年、社会内処遇において新しい動向が見られることである。すなわち、対象者の個性、ニーズに合わせて、処遇の濃淡、処遇の内容等を異にする様々な処遇施策が登場してきたのである。これら新しい処遇施策は、伝統的な処遇施策の不足を補う部分がある反面、新たな課題を提起している。すなわち、これらの処遇施策の多くは、積極的処遇を志向するものであるが、処遇の積極化に伴って、対象者の人権擁護の観点から留意すべき場面が増えてきたのである。例えば、「類型別処遇」や「中間処遇」はいずれも取消等「不良措置」の活用を処遇指針の内容の一つとしているが、取消は、対象者にとっては、社会内で享有していた自由のすべてを剥奪されることを意味するのである。このように、これらの処遇施策のどの部分を肯定し、どの部分を問題視すべきかを検証することが、社会内処遇の今後の発展のために不可欠の作業のように思われる。

 比較法的視点からみても、日本の社会内処遇は多くの課題を抱えていることが分かる。上述の「国連非拘禁措置最低基準規則」は、非拘禁措置を一層促進することに関する諸原理と非拘禁措置に付された者に対する最低限の保障を定めている。そして、伝統的プロベーション、パロールの充実化、伝統的プロベーション、パロール以外の新しい自由刑の代替処分を勧告している。これらの勧告に照らして日本の社会内処遇の制度及び運用を考察した場合、例えば、社会奉仕や損害賠償命令について、その導入の是非を巡って本格的な議論が必要とされよう。また、現行保護観察制度に関しても、例えば遵守事項に関する現行法制度について見直すべきところがないかを検討する必要があろう。しかし、前述の日本の社会内処遇の現状にかんがみれば、現在、日本にとって、さしあたって対処しなければならないことは、いかに運用における種々の困難を着実に解決するかであるように思われる。そして、新しい問題打開策を模索する中で、対象者の人権をいかに保障するかが今日、日本の社会内処遇が抱えている緊急な課題であるように思われる。

 二 日本の社会内処遇の現状と問題点に対する検証に基づいて得た以上のような問題意識の下で、論文は、現在、社会内処遇において展開されている多様化施策の中で、とりわけ重要な三つの制度、すなわち、分類処遇制度、類型別処遇制度、及び中間処遇制度について考察し、そして、新しい処遇施策を積極的に試みる中で、対象者の人権擁護の観点から、いかなる点を問題視すべきかにつて検証した。

 上述三つの制度はいずれも今日社会内処遇が抱えている困難な状況に対する打開策を積極的に打ち出そうとする点で、その基本的姿勢は評価すべきであると思われる。

 しかし、他方で、例えば、類型別処遇は、「夜間訪問」など対象者の家宅に対する積極的な訪問や、取消等「不良措置」の活用、警察機関との連携等を処遇指針に盛り込んでいる。ここからも明らかなように、処遇の積極化は、処遇者が対象者の私生活の領域へ介入する密度を高めるだけでなく、取消等「不良措置」や捜査機関への告発の頻度を高めるなど、対象者にとって不利益な場面を増大させる側面を持ち合わせていることも事実である。処遇の積極化は、対象者の人権に十分配慮を払ったものでなければ、社会内処遇の健全な発展はありえない。

 このような問題意識の下で、本論文は、主に日常的な処遇活動の中で行う家庭訪問、遵守事項違反及び再犯後の仮出獄取消手続、及び再犯後の捜査機関への情報伝達の三つの問題に焦点を合わせて、対象者の人権保障の観点から現行制度及び運用上の問題点について検証した。

 そして、検討した結論としては、例えば、対象者が処遇の過程でもっとも不利益を受ける仮出獄取消のような場合でさえ、取消審理から全く排除されているなど、現行法制度及び運用は、対象者の人権保障の観点からみて問題がないといいがたいように思われる。

 しかし、保護観察対象者ともいえ人権の享有主体であり、その人権に十分な配慮をしなければならないことを考えれば、対象者の取消手続への参加をより積極的に認めていく方向で現行法制度及び運用を改善する余地が大きいように思われる。

 これからも、犯罪者の処遇に占める社会内処遇の比重はますます高まるだろう。処遇の多様化はさらに進めるべきであり、そのためには、これまでにはなかった新たな処遇方法の採用も考えなくてはならないであろう。しかし、その際には、その手段の客観的な効果だけでなく、それによって、侵害される虞れのある対象者の人権の保障を常に考えなくてはならない。対象者の人間としての人格を尊重することなしに、真の有効な処遇はなしえないように思われる。

審査要旨

 本論文は、犯罪者に社会内での生活を営ませながらその改善更正を図る処遇形態である社会内処遇についての総合的研究である。序論、第1部「社会内処遇の現状と問題点」、および、第2部「社会内処遇の課題」から成る。以下、その要旨を述べる。

 「序論」において、著者は、問題の所在を明らかにする。第2次世界大戦後の刑事政策の動向の特徴は、自由刑の処遇効果の限界が自覚され、犯罪者処遇の重点が施設内処遇から社会内処遇に移行しつつあることである。しかし、わが国における社会内処遇の中核を占める保護観察制度は、保護観察官の不足、保護司の高齢化、および、その特色とされてきた地域性・民間性の低下等の処遇態勢上の不備を有する一方、その対象者に薬物犯罪者や暴力団関係者等が増加するに至って、処遇自体の困難性も増し、処遇の方策の面でも、対象者の個性・ニーズに合わせた処遇の多様化の推進を迫られている。この処遇の多様化の傾向は、処遇効果という視点からは望ましいものであるが、その反面、処遇内容が必然的に積極的なものになり、対象者の自由制限の程度を強める結果ともなる。そのため、処遇対象者の人権の保護についての配慮が以前にも増して必要となる。本論文は、以上の問題意識のもとに、保護観察制度を中心とした社会内処遇制度の総合的考察を行うものである。

 第1部「社会内処遇の現状と問題点」では、社会内処遇の諸制度について、歴史的考察、国連準則を中心とした国際的動向の考察、および、わが国における社会内処遇の実態の考察を通して、総合的にその全体像を明らかにすることを試みている。

 第1章「日本の社会内処遇の歴史的展開」では、わが国における執行猶予、仮釈放、および保護観察の制度について、戦前からの発展の歴史を考察する。現行の保護観察制度は、全面的に国家の責任において社会内処遇を実施するものであり、戦後になって初めて導入されたものであるが、わが国には戦前から、民間人を主体とする保護事業の長い歴史があり、それが、現在の保護司の制度を支えており、また、社会内処遇の実務の現場において犯罪者の社会復帰の理念が根強く保持されている理由であることを指摘する。

 第2章「社会内処遇に関する国際的動向」では、まず、1990年の第8回国連犯罪防止会議で採択された「国連非拘禁措置最低基準規則」が、国際的レベルでの社会内処遇についての指針を示す注目すべき準則であるという認識の下に、その成立の背景と経緯に遡りながら、その内容の検討を行い、それは、ダイバージョンの推進、既存のプロベーションやパロールの充実、新しい自由刑の代替処分の開発等の非拘禁処遇の促進のための指針と、非拘禁措置に付される対象者の人権保障の二つの基本的指針から成ることを指摘する。そして、この準則を軸として、国連文書等の分析をとおして、世界の諸領域における社会内処遇の動向を明らかにしている。

 第3章「日本の社会内処遇の問題点」では、現行の社会内処遇制度の主領域における個別的問題を検討したうえで、わが国においても、社会奉仕命令等新しい非拘禁処分の導入の検討も必要ではあるが、より重要なことは、既存の社会内処遇制度の中核的地位を占めている保護観察の充実であることを指摘する。そして、その点で、従来から指摘されている--保護観察官の人員不足のため保護観察官と保護司との協動態勢が十分機能しないという--処遇態勢上の不備ということも確かに重大な問題ではあるが、その認識のみでは将来の展望は開けず、これからは処遇内容の充実にも積極的に目を向けて行かなければならないとして、処遇の多様化こそが喫緊の課題であるとする。

 第2部「社会内処遇の課題」は、「保護観察処遇の多様化施策」と「保護観察対象者の人権保障」の2つの章から成る。

 第1章「保護観察処遇の多様化施策」では、わが国で推進されている保護観察における処遇の多様化の主な内容をなす分類処遇、類型別処遇、中間処遇について検討する。

 第1節「分類処遇」では、まず、昭和61年以来の現行分類処遇制度を、それ以前の昭和46年の導入時からのものとの比較において検討する。そして、新制度においても、対象者を処遇が困難であると予測されるもの(A)と処遇がそれほど困難でないと予測されるもの(B)との2グループに分類する点では、旧制度と異ならないものの、旧制度では、分類の基礎となる評定項目が再犯危険性だけでなく、必要とする処遇の密度、保護観察上の困難性をも含んだ複合的なものであったのに対し、新制度では、それが再犯予測に関連するものに絞られており、分類処遇の目的がより明確なものになっていること等を指摘する。

 そして、今後の課題として、現行制度は対象者の分類の基準については明確であるものの、分類後の処遇内容については必ずしも具体的でないため、処遇対象者、処遇内容、および処遇方法の間に有機的な適合が保たれた制度とする必要があること、新制度においても、保護観察官の直接担当方式に重点を置いたものである点は払拭されていないので、保護司やその他のボランティアによる処遇をより積極的に組み込んだものとすべきこと等を指摘する。

 第2節「類型別処遇」では、平成2年に導入された類型別処遇制度は、前出の分類処遇制度が対象者を分類すること自体に重点を置く余り、分類された対象者ごとの処遇内容を明確に示しえなかったとの批判に応えるため、対象者のタイプやそれぞれに特有の問題と保護司等処遇する側の特性とを共に視野に入れた処遇内容の区別に重点を置いたものとなっており、また、実際の処遇において個々の保護観察官・保護司の能力の差等により処遇内容にばらつきが出ることを補い、個々の処遇者が実際に処遇を行うに当たっての指針となるものであり、内容的にも、これまで個人的経験にとどまり、処遇をする側全体に共有されることが少なかった経験的に蓄積された処遇方策の内容を整理し、体系化して、今後の処遇に資するためのものである、と位置づける。

 そのうえで、現行制度の内容的分析に及び、代表的な類型であるシンナー等乱用対象者、覚醒剤事犯対象者、暴力組織関係対象者等につき、その認定基準、認定手続、処遇指針の内容等に立入って検討する。そして、これらの処遇困難な類型の対象者に対する処遇方針の特徴として、カウンセリング等の心理治療的処遇技法が盛り込まれていることと、「精神科医等専門家の協力を求める」、「BBS会員によるともだち活動の活用を考慮する」等の社会資源の積極的活用を強く志向していること、を指摘する。特に、通常は個々の保護観察対象者ごとに処遇を行うのが原則であるのに対し、前者については、対象者の有する問題の共通性に着目し、対象者を一つのグループに集めて処遇を行う「集団処遇」の一層の活用が、そして後者については、「更生保護会」の活用が、それぞれ重視されている点を指摘する。

 第3節「更生保護施設における処遇--中間処遇を中心に」では、同じく保護観察対象者に対する処遇の多様化という視点から、仮釈放者の保護観察のうち、特に更生保護会における中間処遇について検討する。更生保護会(直接更生保護会)は、更生保護事業法に基づき、宿泊施設を有し、刑事施設からの満期釈放者や仮釈放等により保護観察を受けている者で、適当な住居のないものを宿泊させ、食事の供与、生活指導、就職の援助等を行う団体である。現在、仮出獄者の3割以上が更生保護会に帰住しているが、仮釈放審査にあたっては、帰住予定地の環境調整の結果が殊に重要な要因とされているため、更生保護会居住の仮釈放者の多くにとっては、実際上、更生保護会があってはじめて仮釈放が可能となるという事情があり、それが仮釈放を積極化するためにも重要な役割を果たしていることを指摘する。

 著者は、社会内処遇を多様化するために、この更生保護会を、生活訓練に重点を置いた処遇施設として活用することの重要性を強調し、かかる視点から、特に、現在実施されている「中間処遇」--すなわち、無期刑受刑者および執行すべき刑期が8年以上の長期受刑者で仮釈放された者に対して、本人の同意を前提に、施設内処遇から社会内処遇への円滑な移行を目的として、仮出獄当初の1か月間を更生保護会に居住させて、計画的・集中的処遇を行う制度--の実態につき、対象者の選定基準、選定手続、対象者に課される特別遵守事項、社会生活に対する不安除去のためのカウンセリング、対人関係についての指導、就職援助、社会奉仕活動等への参加援助、帰住予定地の近親者・雇用主との文通指導等の処遇内容等に立入って、具体的に検討する。そして、この制度が、きわめて有望な処遇プログラムであると評価する反面、それが本人の同意を前提として行われているにもかかわらず、対象者に課される特別遵守事項には、更生保護会への居住、当該施設の規則の遵守、外泊の場合の許可申請等が含まれ、それに違反したときは仮出獄の取消措置が取られることになっていることとの間に矛盾があることや、更生保護会の経営難の実態や地域住民の理解を得ることの困難性等の問題が存在することを指摘する。

 第2章「保護観察対象者の人権保障」では、前章で論じた社会内処遇の多様化の動向が、基本的に評価すべきものであるものの、かかる処遇が積極的な形で実施されることにより、「積極的往訪」、「警察資源の活用」、「規制措置の活用」等、対象者の私生活領域への介入が強化され、その人権侵害の可能性も増大するため、処遇の多様化は対象者の人権保障との緊張関係の下に捉えられなければならないとの問題意識に立ち、それを、保護司等による家庭訪問、仮出獄の取消手続、および再犯発覚後の捜査機関への情報伝達という3つの場面を中心に、検討している。

 第1節「対象者の法的地位」では、その法的地位一般につき、アメリカ合衆国の問題状況等をも参考にしつつ、検討する。まず、従来わが国において保護観察対象者の人権を制約する法理は、受刑者のそれと同様、特別権力関係理論であったが、この理論は、判例により、在監中の受刑者との関係では実質的に否定されるに至っており、近時の学説においては、むしろ、憲法31条を根拠に行刑法律主義を認める立場が支配的であることを指摘し、保護観察対象者についても同様に、その権利の制約は法律に基づいて行われなければならないとする。

 次いで、アメリカ合衆国の問題状況について検討し、伝統的な「特権理論」--すなわち、プロベーションまたはパロールは、有罪と認定された者に与えられた権利ではなく、裁判所またはパロール委員会の配慮によって与えられる特権にすぎず、その取消手続には憲法上のデュープロセス条項の適用はないとする理論--が、1972年の連邦最高裁判所のモリッセイ事件判決により放棄されたことを指摘する。連邦最高裁は、この判決で、パロール取消手続に修正14条のデュープロセス条項の適用があるか否かについて、その取消により失われる利益が権利であるか特権であるかを基準とする考え方はすでに放棄されており、その取消にあたっていかなる手続的保障が必要であるかは、それによってその者が蒙る不利益の程度によって判断されるべきであるとしてこれを肯定し、取消手続において告発事実について告知を受ける権利、事前に意見を述べる権利等が保障されなければならないとした。そして、プロベーションの取消手続についても同様に、その翌年のギャグノン事件判決により、デュープロセス条項の適用が認められているとする。

 以上のような一般原則を前提として、第2節「対象者の人権保障」では、前出の3つの場面につき、この問題をより具体的に検討する。

 まず、「家庭訪問とプライバシー」の項では、担当者である保護司または主任官である保護観察官が対象者宅を訪ねる家庭訪問の制度(実務上は「往訪」と呼ばれる)の処遇上の機能を検討した後、家庭訪問とプライバシーの保護の関係につき、従来そのような視点からの議論はほとんど見られなかったが、その本格的検討が必要であることを指摘する。そして、この点では、憲法学や租税法学、行政法学等の領域で論じられている行政調査とプライバシー保護の関係についての研究成果が分析の基本的視座を与え得るとして、憲法35条および同38条が行政手続にも適用されるか否かが争われた川崎民商事件最高裁判決、ならびに、行政調査の要件と具体的な手続の適否が争われた荒川民商事件最高裁決定を主たる手がかりとして、家庭訪問の適正な手続的要件につき論じている。

 すなわち、個々の家庭訪問の具体的態様は千差万別であり、これを一定のパターンにはめこむことは妥当でないが、そのことは家庭訪問に一切のルールが必要でないことを意味するものではない。まず、家庭訪問には裁判官の令状等を必要とするものではないが、家庭訪問を行う客観的必要性があることを要し、恣意的な訪問は許されない。とりわけ、再犯発生等の危機場面での、もっぱら主観的憶測に基づいて行われる突然の往訪は妥当でないとする。訪問の事前通知については、電話連絡や事前の口頭による打ち合わせ等による事前通知のあることが望ましく、殊に、日没後の訪問については、事案によっては許されるものの、事前通知が必須の要件であるとする。

 次に、「仮出獄の取消手続」の項では、対象者の遵守事項違反または再犯を理由とする仮出獄の取消手続につき批判的検討を加える。まず、前出のアメリカ連邦最高裁の判例の内容をより立入って検討したうえで、わが国の取消審理手続を具体的に分析し、現行の手続はデュープロセス保障の見地から問題があるとし、対象者に、予定されている処分の内容およびその理由についての告知を受ける権利、および、審理に出頭して弁明・防御を行う権利を認めるべきであるとの提案を行っている。

 最後に、「再犯発覚後の捜査機関への情報伝達」の項では、特に覚醒剤事犯等の再犯が発覚した際の保護観察官や保護司の対応のあり方--すなわち、保護観察の処遇活動の過程で犯罪事実を発見した時に、それを捜査機関に告発することが許されるか否か--につき検討している。ここでも、著者は、税務調査等、他の行政領域における判例等を手がかりとして、問題の解決を試み、一般論としては、保護司等がことさらに保護観察活動を犯罪捜査のために利用するような場合を除き、告発が合理的範囲内の裁量に基づいて行われる限り、それは正当行為として守秘義務違反にはならないものの、その裁量の合理性という観点からは、保護観察の目的があくまで処遇を通じて対象者の改善更生を助けるところにあることを考えると、告発はある程度重大な犯罪の場合に限って許されるべきであり、かつ、告発を行う場合も、保護司が直接行うのではなく、必ず保護観察所を通して行うべきであるとする。また、覚醒剤事犯の再犯の疑いがある場合に、尿検査を必要とするときは、保護観察機関は直ちに麻薬取締官事務所に連絡して尿検査の実施を依頼するのが実務上の扱いであるが、このような両機関の連携の仕方には問題があるとする。

 以上が本論文の要旨である。以下、その評価を行う。

 本論文の長所としては、第1に、社会内処遇について、その歴史、国際的基準ないし比較法、わが国の実態、および、対象者の法的地位等の観点から、総合的に研究したわが国では初めての本格的論文であることをあげることができる。制度自体が、実務における試行錯誤の積み重ねにより、必ずしも統一性のないままに発展してきたものであり、かつ、実務家による単発的・断片的な紹介論文を除けば、先行業績の乏しいこの領域において、全体を総合的に把握し、問題点を整理・摘出したことが、本論文の優れた点である。

 第2に、社会内処遇について、単に総合的に問題を扱うだけでなく、処遇の多様化と対象者の権利保護の強化という2つの要因の緊張関係を統一的な軸として、各問題を分析したことをあげることができる。殊に、施設内処遇における受刑者の権利の保護についてはこれまでも議論されてきたのに対し、社会内処遇における対象者の権利保障については、これまで議論がほとんどなされておらず、本論文がその初めてのものといってよい。また、保護観察は、対象者との信頼関係が重要である点で、一般の行政措置とは異なった性格を有しているが、かかる特異性にも着目して分析を行っている。憲法論からも、わが国の仮出獄の取消手続にデュープロセス上問題があるという正当な指摘がなされている。社会内処遇の多様化に伴い、今後、対象者の権利保障を論じることが不可欠になってくることが予想されるが、この点に関する初めての本格的研究である本論文は、学界および実務界に貴重な貢献をなすものと考えられる。

 第3に、本論文が、著者自身の行った保護観察官や保護司に対するインタビュー、集団処遇や更生保護会における処遇についての実地調査等に基づき社会内処遇の実態を正確に把握し、その問題点を分析したものであることをあげることができる。社会内処遇は、対象者のプライバシー等の問題もあって、外部の研究者による実態調査がまったく行われておらず、実務家の紹介に頼って研究を進めてきたのが実情である。著者による実地調査の結果はまとまった形では論文に表わされていないものの、本論文がこのような調査に基づいたものであることは、問題の分析に先行業績には見られなかった深みを与えるとともに、問題点に関する著者の提言が、現実性を有した穏当なものとなることにも役立っている。この点も高い評価に値するといえる。

 しかし、本論文にも、短所とすべきところがないわけではない。第1に、本論文が総合的研究であることの反面ではあるが、個別の問題についての検討がやや淡泊なものにとどまっていると感じられる部分があることである。これらについては、問題の解決にあたり、もう少し踏み込んだ検討を行うべきであったと思われる。

 第2に、個別の問題の解決がアドホックなものにとどまっているのではないかと思われる点があることである。それぞれの結論は穏当なものであるが、それを導く一般的な指針が示されていればより望ましいものとなったと思われる。

 第3に、対象者の権利保障との関係で、デュープロセス等の手続的保障については詳しい検討がなされているのに対し、プライバシー権等の実体的権利の保障についての検討がやや不十分だと思われることである。この点については、今後、適切な補充がなされることを望みたい。

 しかしこれらの諸点は、社会内処遇についての初めての総合的な研究としての本論文の価値を大きく損なうものではない。したがって、本論文は、博士(法学)の学位にふさわしい内容と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53994