タバコガ(Helicoverpa assulta)は交信攪乱による防除が困難であり、これを成功に導くには攪乱機構の解明が不可欠である。本研究では本種の交信攪乱機構を行動生理学的および電気生理学的に追求し、交信攪乱が困難である原因および交信攪乱法適用の条件を検討した。さらに交信攪乱防除に成功した種との間で比較を行い、交信攪乱法の適用の難易に関連する生理学的性質を考察した。 1.性フェロモンに対するタバコガ雄成虫の行動的および電気生理的反応 性フェロモンに対する雄の行動反応を室内風洞を用いて調べたところ、雄は、遠距離、近距離いずれの行動反応も明瞭に示し、これらの反応を指標としたバイオアッセイが可能であった。反応が強く現われる羽化後日齢、暗期開始後の時間などの条件を検討した。 雌から同定されている7成分(2種の主成分、2種の微量成分と3種の関連成分)の行動活性を調べた。主成分単独(1成分)では活性がなかったが、2種の主成分の混合物(2成分)にはフェロモン活性が認められた。これに微量成分や関連成分を加えても活性に明瞭な差はなかった。しかし、歩行距離を指標とする新しいバイオアッセイ法(Free Flight Treadmill法)により微量成分の行動活性が検出された。 行動活性をもたない成分も電気生理的活性があれば交信攪乱作用を示す可能性があるので、上記7成分をEAG(触角電図)法で調べた結果いずれも活性が示された。そこで交信攪乱実験には1成分、2成分、4成分、7成分の4種の攪乱剤を用いた。 2.風洞を用いた交信攪乱効果の評価 高濃度の攪乱剤による汚染を防ぐため野外に設置した風洞を用いて、攪乱処理条件下での雄の行動反応を調べた。その結果、攪乱剤の成分組成と関係なく遠距離行動反応の抑制による高い攪乱効果が示された。しかし、低濃度では2成分、4成分、7成分の攪乱効果が明らかに1成分よりも高かった。さらに、低濃度の攪乱剤を用いて室内二重風洞で調べたところ、遠距離行動反応を抑制する効果は上と同様、2成分、4成分が1成分より高かった。なお、高い攪乱効果を示した処理濃度でも交尾阻害効果は認められなかった。 3.交信攪乱機構としての順応と馴化 交信攪乱効果を得るのに重要な遠距離行動反応の抑制には、攪乱剤により性フェロモン感受性の低下が生じる必要がある。これには感覚器における「順応」と、中枢における「馴化」が想定されたので、まず順応を触角電図(EAG)法を用いて調べたところ、順応は生じるが回復が早いこと、また、攪乱剤の組成は順応の程度に影響しないことがわかった。つぎに、馴化を二重風洞で攪乱処理後に所定の回復時間を与えた雄の行動反応で調べたところ、馴化を起こす効果は2成分と4成分が明らかに1成分よりも高かった。 4.交信攪乱の適用しやすさと順応の種間比較 タバコガと交信攪乱法が成功しているシロイチモジヨトウの2種間で順応を比較したところ、シロイチモジヨトウの方がより順応を生じやすく、しかもより回復が遅かった。この結果と交信攪乱法の適用しやすさの関連性が示唆された。 本研究ではタバコガを用いて行動学的および電気生理学的手法による交信攪乱効果の評価システムを確立した。このシステムにより攪乱効果および攪乱機構が攪乱剤の組成によって異なること、交信攪乱には雄の遠距離行動反応の抑制が重要であることなど、重要な知見が得られた。遠距離行動反応の抑制には順応や馴化により性フェロモン感受性が低下することが重要であるが、タバコガでは順応が生じにくく、これが本種に交信攪乱法の適用を困難にしている一因と考察した。本研究で確立したシステムに準じれば、交信攪乱法の合理的適用拡大につながることが期待される。 本論文は性フェロモンによる害虫制御の進展に有用な方策を示すとともに、学術的にも多くの生理学的知見を与えるものであり、よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |