上皮成長因子(epidermal growth factor;EGF)は、種々の細胞で認められる特異的なレセプターと結合することにより細胞の増殖や分化を促進するとともに、ホルモンの合成・分泌など分化した細胞の機能を促進することが知られている。胎盤のトロホブラストにおいてもラット、マウスおよびヒトでEGFレセプターが認められ、EGFは胎盤の発育ならびに機能と密接に関連し、胎子の発育に重要な役割を果たしていると考えられている。 一方、アミノ酸は胎子の発育を考える上で蛋白質合成あるいはエネルギー産生の基質として最も重要な栄養素の一つで、母体から胎子へのアミノ酸輸送は胎子の発育に決定的な役割を果たしている。血中アミノ酸濃度は一般に母体血に比べ臍帯静脈血および胎子血で高濃度に維持されることが知られており、母体血中のアミノ酸は、母体血と胎盤の接点である胎盤微絨毛膜で、能動的に胎子側に輸送されると考えられている。しかしながら、胎盤微絨毛膜におけるアミノ酸輸送の調節因子については明らかにされていない。 そこで、第2章ではまず、胎子胎盤発育に及ぼすEGFの影響、ついで、妊娠後期のラットにおける血中アミノ酸濃度について母体血-臍帯静脈血-胎子血相関について検討し、さらに母体血、臍帯静脈血、および胎子血中アミノ酸濃度に及ぼすEGFの影響を検討した。また、妊娠後期の胎盤組織の細胞外液中アミノ酸濃度に及ぼすEGFの影響についても検討した。第3章では、胎盤微絨毛膜小胞を用いて妊娠後期の胎盤微絨毛膜におけるアミノ酸輸送活性の測定条件を設定し、ついでEGFの胎盤微絨毛膜におけるアミノ酸輸送活性に及ぼす影響を検討した。 1.胎子発育および生体内のアミノ酸濃度に及ぼす影響 ラットの胎盤にはEGFレセプターが存在し、胎子発育が急速に進む妊娠後期にその発現数が増加することから、EGFは胎子あるいは胎盤の発育と密接に関連すると考えられているが、EGFの胎子あるいは胎盤の発育に及ぼす作用については、不明な点が多い。そこで妊娠ラットにEGFを投与し、胎子/母体増体重比および胎盤/母体増体重比を評価したところ、これらの比はEGFの用量に依存して増加する傾向を示し、胎子あるいは胎盤の発育に対してEGFは促進的に作用していることが明らかになった。また、EGFは胎盤通過性がないことから、これらの作用は、EGFが直接胎子に作用したためではなく、胎盤の発育および機能に影響を及ぼしたためであると考えられた。 アミノ酸は胎子発育において主要な栄養素であるにもかかわらず、生体内のアミノ酸濃度に及ぼすEGFの影響については、ほとんど報告されていない。そこで、まず血中アミノ酸濃度について母体血-臍帯静脈血-胎子血相関を観察したところ、ほとんどのアミノ酸が母体血中に比べ臍帯静脈血および胎子血中で高濃度に維持されていることから、胎盤でのアミノ酸輸送は能動的な輸送機構を介することが明らかとなった。また、血中総アミノ酸濃度に占める各アミノ酸濃度の割合は、アラニン、ロイシンおよびバリンの割合が臍帯静脈血および胎子血中で高く、さらにロイシンおよびバリンの割合は、母体血中に比べて高い値を示した。したがって、これらのアミノ酸は胎子の発育上重要な位置を占めていると考えられた。ついで、母体血、臍帯静脈血、胎子血血中アミノ酸濃度および胎盤組織の細胞外液中アミノ酸濃度に及ぼすEGFの影響を検討したところ、EGF投与により数種のアミノ酸では母体血中濃度の低下が認められ、特にプロリン濃度の低下はEGFの用量に依存する傾向が認められた。また、血中アミノ酸濃度の母仔相関において、プロリンは胎子血/母体血比および臍帯静脈血/母体血比でEGF用量依存性の増加を示すことが明らかとなった。したがって、EGFは胎子胎盤へのアミノ酸供給、特に、胎盤を介した母体から胎子へのプロリンの供給を促進すると推測された。一方、EGFの静脈内ボーラス投与による胎盤迷路部の細胞外液中アミノ酸濃度への影響をマイクロダイアライシスで解析した結果、EGFの投与により迷路部の細胞外液中のプロリンを含む数種のアミノ酸の濃度が低下する傾向を示し、これらのアミノ酸はEGFにより迷路部のトロホブラストへの取り込みが促進すると考えられた。また、葉間部の細胞外液中濃度では、ほとんどのアミノ酸で変化は認められなかった。 妊娠後期のラットにおいてEGFは胎子の発育を促進することが認められたが、この作用には、EGFによる胎盤発育の促進ならびに胎子胎盤へのアミノ酸供給、特に、血中アミノ酸濃度の胎子血/母体血比および臍帯静脈血/母体血比でEGF用量依存性の増加が認められたプロリンの母体から胎子への供給増加が重要な役割を果たしていると推測された。 2.胎盤微絨毛膜におけるアミノ酸輸送活性に及ぼす影響 第2章の結果からEGFは胎盤でのアミノ酸輸送の調節に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。微絨毛膜小胞を用いたアミノ酸輸送の解析は、代謝による影響を除去できることや、小胞内外のイオン環境を設定できることから、胎盤のアミノ酸輸送を解明する上で有用な方法と考えられる。そこで、胎盤より微絨毛膜小胞を調整しプロリン、ロイシンおよびアラニンの輸送活性を測定した。調整した微絨毛膜小胞は80%以上がright side outの一層の膜から構成される小胞であった。NaClあるいはcholine chloride存在下でのプロリン、ロイシンおよびアラニンの取り込み実験から、ラット胎盤微絨毛膜小胞でのプロリン輸送はNa依存性で、ロイシン輸送はNa非依存性であることが明らかとなった。また、アラニンにはNa依存性と非依存性の2つの輸送系が認められ、さらに、Na依存性のアラニン輸送には親和性の異なる2種類の輸送系(A-1,A-2)が存在することが明らかとなった。 EGFを投与したラットより調整した微絨毛膜小胞を用いてプロリン、ロイシンおよびアラニンの輸送活性を測定したところ、微絨毛膜小胞の純度を示すパラメーターにはEGF投与による影響は認められず、EGFは微絨毛膜小胞の純度および微絨毛膜面の方向性には影響を及ぼさないと考えられた。 ラット胎盤微絨毛膜小胞におけるプロリンの取り込みでは、EGF用量依存性にVmaxの増加が認められ、EGFは胎盤微絨毛膜でのプロリン輸送活性を増加することが明らかとなった。また、EGFによるプロリン取り込みのVmaxの増加は、EGF100群ではKmの増加を伴わず、EGF200群では、Vmaxの増加とともにKmの増加が認められた。EGFによるプロリン取り込みのVmaxの増加は、EGF100群ではKmの増加を伴わず、EGF200群では、Vmaxの増加とともにKmの増加が認められたことから、EGFによる絨毛膜小胞でのプロリン輸送活性の増加は、EGF100群ではプロリン輸送担体の量的な増加、すなわち輸送担体の発現数の増加に起因し、EGF200群では、プロリン輸送担体の量的な増加に加え、生理的には活性の検出されない異なる親和性のプロリン輸送担体の発現が誘導された可能性が考えられたため、結果には示さなかったが、対照群、EGF100群および200群でのプロリンの取り込みの親和性をScatchard plotにより検討した。Scatchard plotによる解析結果から、原因については特定できなかったが、EGF用量依存性に低下する傾向が認められた。したがって、Lineweaver-Burk plotではEGF100群でのKmの増加は確認できなかったが、Scatchard plotからEGFの投与によりプロリンの取り込みの親和性は、連続的に変化したものと推測された。 一方、ロイシンおよびアラニンの微絨毛膜小胞における取り込みのKmおよびVmaxには、EGF投与による影響は認められず、妊娠後期におけるEGFの連続皮下投与はロイシンおよびアラニンの微絨毛膜での輸送活性に影響を及ぼさないことが明らかとなった。したがって、第2章の実験1ではEGF投与によるロイシンの母体から胎子胎盤への移行の増加が示唆されたが、これは微絨毛膜での蛋白量当たりの輸送担体発現数増加に基づくものではなく、胎盤発育の促進に伴う可能性が考えられた。しかしながら、第2章の実験2でのマイクロダイアライシスを用いた解析では、EGFのボーラス投与によるアラニンおよびロイシンの胎盤迷路部の細胞内への取り込み増加が示唆され、微絨毛膜小胞を用いた解析結果と異なるものであった。この違いは、EGFの投与方法(連続皮下投与とボーラス投与)によるEGFの作用持続時間あるいは血中濃度の違いによるものと考えられた。 胎盤微絨毛膜小胞の輸送活性はEGFの連続皮下投与により、プロリンでは増加したが、アラニンおよびロイシンでは変化は認められなかった。したがって、EGFはプロリンの胎盤微絨毛膜での輸送活性を促進させる因子で、アミノ酸の胎盤微絨毛膜輸送を選択的に調節する因子の一つと考えられた。 以上のことから、妊娠後期のラットでは、EGFによる胎盤発育の促進ならびに、胎盤微絨毛膜を介した母体から胎子へのプロリン輸送活性の増加が、胎子の発育促進に重要な役割を果たしているものと考えられた。 |