骨量や骨形態の維持には、重力や力学的負荷による刺激が必要であり、宇宙飛行での微小重力環境下や長期臥床の力学的負荷軽減により骨量は著明に減少することが知られている。しかしながら、力学的負荷による刺激やその軽減が骨代謝に及ぼす機序は未だに不明な点が多く残されており、この解明は、骨リモデリング、骨量、骨形態の維持機構のメカニズムを明らかにするのみならず、臨床的にも重要な意義を持つと考えられる。 我々は、力学的負荷の軽減が骨へ及ぼす影響を明らかにするため、尾部懸垂ラットを用いて検討を行った。尾部懸垂ラットは、アメリカ航空宇宙局(NASA)のグループによって考案されたもので、ラットの尾部を懸垂し前肢のみで接地させ後肢を力学的負荷から解放することにより後肢の骨量減少をきたす実験モデルである。このモデルは、前肢で自由に歩行が可能であることから、ストレスなどの全身性の影響を受けにくく、力学的負荷軽減による局所的な骨量減少機序を解明する上で優れており、広く検討がなされている。 尾部懸垂ラットにおける骨量減少の機序には、骨形成と骨吸収の両過程が関与していると考えられるが、両者の役割及びその相対的関係については十分に明らかにされていない。我々は、これらを解明するため、尾部懸垂ラットに骨吸収のみを選択的に抑制するビスフォスフォネートを投与し、その骨に対する効果を検討した。ビスフォスフォネートは、ピロリン酸の生体内で安定な誘導体であり、骨の主要な無機成分であるハイドロキシアパタイトに高い親和性で結合し、骨吸収を選択的にかつ強力に抑制する薬剤である。本薬剤は、既に骨量減少を呈する運動抑制モデル動物や尾部懸垂ラットに使用され、脛骨近位部での海綿骨量の増加作用や、骨強度の増加作用が報告されている。しかしながら、長管骨は骨代謝状態の異なる皮質骨と海綿骨が各部位により様々な比率で存在しており、骨の部位によってビスフォスフォネート投与の効果も異なると考えられるが、長管骨の全域にわたる詳細な効果は検討されていない。 そこで本研究は、ビスフォスフォネート投与した尾部懸垂ラットの大腿骨・脛骨において、骨代謝状態が異なる海綿骨・皮質骨それぞれの骨量・骨強度の変化や組織学的所見の相違を検討することにより、力学的負荷軽減が骨形成と骨吸収のそれぞれに及ぼす影響を長管骨の全域にわたって詳細に明らかにすることを目的とした。同時に、本病態における治療薬としてのビスフォスフォネートの臨床的有用性についても詳細に検討した。 4週齢、雄のラットの尾部を2週間懸垂することにより、大腿骨の骨量が著明に減少した。さらに、大腿骨を微小な領域に分割し各領域の骨密度を解析したところ、尾部懸垂により全ての領域で骨量減少が確認された(図1)。ビスフォスフォネート投与により海綿骨を多く含む骨幹端部では著明に骨量が増加したが、皮質骨に富む骨幹部では骨量に変化は見られなかった(図1)。 図1 14日間の尾部懸垂による大腿骨各領域の骨塩量(BMD)。大腿骨を長軸方向に20分割し、遠位部より1〜20番とした。●:非懸垂群(太線)、○:非懸垂+pamidronate投与群、■:懸垂群、□:懸垂群+pamidronate投与群。 このような、大腿骨の部位によるビスフォスフォネート反応性の相違の機序を明らかにするため、骨幹端部・骨幹部それぞれの骨量の経時的変化を検討した。骨幹端部では、尾部懸垂開始日から懸垂7日目までは非懸垂群で骨量の増加が認められたが、懸垂群の骨量は殆ど増加しなかった。懸垂7日目から14日目の間では懸垂群、非懸垂群ともに骨量は僅かに増加したのみであった(図2)。ビスフォスフォネート投与により、懸垂開始日から懸垂7日目までに懸垂群で認められる骨量の相対的な低下が完全に改善され、懸垂7日目においてビスフォスフォネート投与群の骨量は懸垂・非懸垂ともにvehicle投与群の骨量を上回った。懸垂7日目から14日目の間では、懸垂群・非懸垂群ともにビスフォスフォネート投与による骨量の増加は顕著でなかった(図2)。一方、骨幹部では、懸垂群の骨量の増加は非懸垂群に比較して懸垂開始日から懸垂14日目まで、一様に低下していた。この骨量減少は、懸垂開始日から懸垂14日目までの期間、ビスフォスフォネート投与によっても殆ど回復しなかった(図2)。すなわち、海綿骨ではビスフォスフォネートによるの骨量増加作用は主に懸垂初期に見られるため、この時期の骨量減少は骨吸収の亢進に伴うものと考えられる。これに対し、皮質骨における持続的な骨量減少は、ビスフォスフォネート投与により改善しないことから、骨吸収を介さない持続的な骨形成の低下によりもたらされたことが明らかになった。 図2:尾部懸垂による、大腿骨骨幹端部および骨幹部における骨塩量の経時的変化。左段:骨幹端部、右段:骨幹部。●:非懸垂群、○:非懸垂+pamidronate投与群、■:懸垂群、□:懸垂群+pamidronate投与群。*7日、14日のそれぞれの非懸垂群に比較して、P<0.05の危険率で有意。+7日、14日のそれぞれの懸垂群に比較して、P<0.05の危険率で有意。 組織学的検討もこの結果を裏付けた。懸垂14日目では、脛骨近位部および大腿骨骨幹端部において海綿骨量が低下したが、ビスフォスフォネート投与により完全に回復した。骨形態計測によりこの骨量低下の回復の機序は、骨形成を高めることによるのではなく、骨吸収を抑制して骨代謝回転を抑えた結果であることが明らかになった。一方、主に皮質骨から成る大腿骨骨幹部では、尾部懸垂により皮質骨幅が著明に低下した。皮質骨の骨外膜側において骨石灰化速度の遅延とアルカリフォスファターゼ陽性の骨芽細胞層の著明な減少が認められたことから、骨外膜での骨形成の低下が皮質骨量の減少に深く関与することが明らかとなった。この骨外膜側での骨形成の低下は、ビスフォスフォネート投与により改善せず、従って皮質骨幅の低下も回復しなかった。 次に、大腿骨の破断強度を骨幹部と頚部に分けて測定した。海綿骨と皮質骨の両者から成る14日間の懸垂により大腿骨頚部の破断力は、この部位で骨量が減少したことと並行して低下が認められた。ビスフォスフォネート投与により大腿骨頚部の破断力は、この部位での骨量の増加を反映して有意に増強した。一方、懸垂14日後の大腿骨骨幹部の破断力も皮質骨の骨量の低下と並行して著明に低下した。ビスフォスフォネートの投与を行っても、骨幹部での骨量増加が認められなかったことと並行して、この部位での破断力は変化を示さなかった。 図3:大腿骨頚部及び骨幹部の破断力。左段:大腿骨頚部における圧迫試験による破断力(N:Newton)、右段:大腿骨骨幹部における3点曲げ試験による破断力。 *14日非懸垂群に比較してP<0.05の危険率で有意。+14日懸垂群に比較してP<0.05の危険率で有意。 以上の成績より、懸垂初期の急速な骨量減少は、海綿骨での骨吸収の一過性の亢進が主な病態であるが、以後は海綿骨及び皮質骨での持続的な骨形成の低下により骨量減少が進行することが明らかになった。特に皮質骨では骨外膜側での骨形成の低下により骨量が減少する。ビスフォスフォネートは力学的負荷軽減の初期に見られる骨吸収亢進による海綿骨での骨量・骨強度の低下を完全に阻止し、海綿骨を主体とする骨幹端部において優れた予防効果を示す。一方、主に皮質骨から成る骨幹部での、持続的な骨形成の抑制に基づく骨量および骨強度の低下に対しては、ビスフォスフォネートは十分な予防効果を示し得ない。長期にわたる力学的負荷の軽減による皮質骨での骨量・骨強度の低下に対しては、骨膜下の骨形成を促進させる薬剤が必要であると考えられた。 |