学位論文要旨



No 112966
著者(漢字) 岸,武行
著者(英字)
著者(カナ) キシ,タケユキ
標題(和) 電界の燃焼に及ぼす影響に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 112966
報告番号 甲12966
学位授与日 1997.09.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3958号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 教授 松為,宏幸
内容要旨

 電界の燃焼に及ぼす影響に関する研究は,昔から数多く行われてきた.しかしながら,燃焼場に電界を印加すると,火炎が変形する,あるいは,放電がおこり新たなる活性種が発生するなどして,電界を印加していない場合との比較が難しくなる.また,燃焼の研究においては,様々な実験形態,実験条件が存在し,それらから得られ互いに比較できる特性値が少ない.予混合火炎の燃焼速度は,その特性値の一つであるが,その燃焼速度に及ぼす電界の影響については,影響があるという説と,ないという説とに二分されている.本研究では,燃焼に及ぼす電界の影響に関して,上記の理由から,特に予混合火炎の燃焼速度に及ぼす電界の影響について取り上げた.

 まず,電界を印加した場合に,燃焼速度の測定にどのようなことに注意し,考慮しなければならないかを確認するために,今までの研究報告を吟味した.その結果,電界印加時に燃焼速度の変化を測定する方法として,A)火炎からバーナへの熱伝達を用いる方法,B)容器内の予混合気の火炎伝ぱを用いる方法,C)火炎位置の変化により評価する方法の3つに分けられることがわかった.そこで,窒素を一様流,予混合気としてメタン-空気予混合気を用い,予混合気を焼結金属円筒バーナの内側から外側へしみ出させて点火し生じた対向流予混合火炎に,バーナ自身を一つの電極とし,もう一方の電極として一様流中に電極を設置して直流電界を印加した.また,窒素流に粒子を混入し,レーザシートを入射することで流れ場を可視化した.そして,バーナ表面温度を測定することにより火炎からバーナへの熱伝達が電界印加時に変化するかどうか,および,火炎位置が電界印加時に燃焼速度の変化以外の理由で変化するかどうかを調べた.その結果,電界印加時に火炎からバーナへの熱伝達が変化すること,および,電界印加により一様流の流れ場が変化し,その変化は燃焼速度の変化がなくとも火炎位置を変化させることが確認された.また,前記の,B)容器内の予混合気の火炎伝ぱを用いる方法は,火炎速度および火炎面積の測定という平均的手法である.この場合,火炎に及ぼす電界の影響が均一でないことが予想される.そこで,このような平均的手法と,LDVのような局所的方法とで違いがあるかどうかを確認するため,ノズルバーナを用いたメタン-空気予混合火炎に,バーナ出口および出口から下流に設置した金網電極により直流電界を印加し,平均的手法として火炎面積法,局所的手法としてLDVによる火炎近傍の流速を測定し火炎流入直前の未燃混合気の流速を燃焼速度と定義する方法で,電界印加によるそれぞれの方法による燃焼速度の変化の測定結果を比較した.そして,火炎が電界印加により変形する場合,火炎面積法,すなわち平均的手法と,LDV,すなわち局所的手法との測定結果に矛盾が現れることが確認された.よって,電界印加によって火炎が変形すると,正確に燃焼速度の変化を測定することが困難であることがわかった.以上から,電界印加時における,燃焼速度の測定時に特に問題となりうる点を列挙すると,1)電界印加によってバーナへの熱伝達が変化すること,2)電界印加によって火炎が変形すること,3)電界印加によって流れ場が変化すること,となる.

 以上の3点を考慮した実験装置および方法として,以下のような装置および方法を考案した.すなわち,円筒状の焼結金属(以下,円筒バーナと表記する)の外側から内側へ予混合気をしみ出させて点火し生じた円筒状の予混合火炎(以下,円筒予混合火炎と表記する)に,円筒バーナの内側で中心軸上に設置した電極(以下,中心電極と表記する)および円筒バーナ自身を電極として電界を印加し,火炎半径の変化を調べる方法である.予混合気はメタン-空気予混合気を用いた.なお,円筒予混合火炎の近傍に拡散火炎を生じさせないため,円筒バーナに用いる焼結金属円筒を3つの部分に分け,中心部分からのみ予混合気をしみ出させて円筒予混合火炎を生じさせ,その両端の部分からはごくわずかの窒素をしみ出させた.中心電極については,電界印加時に放電を防止するため,素材として焼結金属円筒を用い,表面からごくわずかの窒素を吹き出させた.この方法により,当量比が1.55から1.65までの範囲において最大印加電圧が直流で正負とも9000Vとなった.この方法では,火炎の半径を測定するため,上記の3点のうち1)は関与しない.2)については,火炎は電界印加時に半径が変化するものの,円筒状という形状は変化しない.2)における問題の原因は,火炎の変形によって,火炎に及ぼす電界の影響が均一でなくなることであった.本実験装置では,火炎の円筒状という形状が変化しないことから,電界の影響が火炎に均一に及んでいると考えられる.従って,2)についても結果的に関与しないと考えられる.3)については,実験結果と併せて考えることにする.なお,本実験方法では,電界無印加時において,予混合気流量を一定のまま当量比を,燃焼速度が増加するように変化させると,火炎半径が増加することを確認している.

 上記の装置および方法で直流電界を印加すると,中心電極が+,すなわち電界の向きが燃焼ガスから未燃混合気への向きにおいて7000V以上で,火炎半径が増大することが確認された.中心電極が負の場合(以下,中心電極の電位を印加電圧と表記する),すなわち,電界の向きが未燃混合気から燃焼ガスへの向きにおいて9000Vまで火炎半径に変化は見られなかった.印加電圧が+7000V以上の場合に火炎半径が増大したことは,電界印加により燃焼速度が増大したと考えられる.なお,流れ場を可視化により調べると,電界印加時に,燃焼速度の測定において重要である未燃混合気の流れ場に変化は見られなかった.燃焼ガスの流れについては,円筒バーナの半径方向の速度成分において,印加電圧が正の場合,中心電極の向きに加速される傾向,印加電圧が負の場合,中心電極から離れる向きに加速される傾向が確認された.ここで,印加電圧が負の場合に火炎半径に変化がないこと,正の場合で+7000Vに満たない時は火炎半径に変化が見られず,+7000V以上で変化が見られること,および,同じ電圧では,正の場合と負の場合とで,荷電粒子が受けるクーロンカの絶対値は同じであることを考慮することで,燃焼ガスの流れ場の電界印加による変化は,火炎半径を変化させることはないと考えられる.したがって,前記の3)電界印加によって流れ場が変化すること,についても本実験では結果的に関与しないものと考えられる.なお,印加電圧が+7000V以上でイオン電流が+7000Vに満たない時に比べ急激に増大した.イオン電流は,火炎中で生成されるイオン・電子の数によって決定されることから,印加電圧が+7000V以上において,イオン・電子の生成が促進されていることが考えられる.イオン・電子の生成反応については,ラジカルが関わっていることが知られている.よって,印加電圧が+7000V以上でイオン・電子の生成反応,およびラジカルに関わる反応が促進され,結果として,燃焼化学反応に電界が影響を及ぼしていることを示唆しているものと考えられる.

 以上のことから得られた知見をまとめると,次のようになる.すなわち,燃焼速度に及ぼす電界の影響を調べる場合,1)電界印加によってバーナへの熱伝達が変化すること,2)電界印加によって火炎が変形すること,3)電界印加によって流れ場が変化すること,以上3点に注意する必要がある.この3点を考慮し,熱伝達を考慮する必要がなく,火炎が変形せず,測定対象である火炎半径が流れ場の変化の影響を受けない実験方法を編み出し,燃焼速度に及ぼす直流電界の影響を実験的に調べた.その結果,向きが燃焼ガスから未燃混合気への向きの電界を印加すると,印加電圧によっては燃焼速度が増大することが確認された.その場合,イオン電流が,燃焼速度が変化しない印加電圧の場合に比べ増大していることから,電界印加によりイオン・電子の生成反応が促進され,結果として燃焼化学反応に電界が影響を及ぼしていると考えられる.

審査要旨

 修士(工学)岸武行提出の論文は,「電界の燃焼に及ぼす影響に関する実験的研究」と題し,6章から成っている.

 燃焼に及ぼす電界の影響に関する研究は数多く行われており,電界により火炎形状が変形することなどの現象は古くから知られている.しかしながら,これらの研究の多くは,個別の実験装置に限定された結果を報告しているのみであり,それらを統合し,電界が燃焼に及ぼす影響の機構を本質的に明らかにしたものは見あたらない.また,予混合火炎の燃焼速度に及ぼす電界の影響について,影響があるという説と,ないという説とに二分されている.

 本論文では,予混合火炎の燃焼速度に及ぼす電界の影響に関して,説が二分されている理由を実験により検証している.そして,従来の研究では電界印加時において燃焼速度が正確に測定されていないことを指摘し,その要因を除いた実験方法を提案し,それを用いて燃焼速度に及ぼす電界の影響を調べている.

 第1章は序論であり,今までに報告されている,燃焼に及ぼす電界の影響に関する研究を概説するとともに,本論文の背景および目的を述べている.

 第2章では,燃焼速度に及ぼす電界の影響に関する研究方法を整理,分類している.その結果,火炎からバーナへの熱伝達の測定により燃焼速度を測定する方法,容器内の予混合気の火炎伝ぱ速度から燃焼速度を求める方法、および火炎位置の変化により燃焼速度の変化を測定する方法の3つの代表例をあげている.そして,それぞれの方法において検証すべき点として,電界印加時においてバーナからの予混合気の吹出速度とバーナへの熱伝達との関係が線形のまま保たれているかどうか,電界印加により火炎が変形した場合に火炎伝ぱ速度から燃焼速度が正確に測定できるかどうか,および電界印加時に流れ場の変化により火炎位置が変化するかどうか,の3点をあげている.

 第3章では,第2章で指摘した3点を検証するために行ったいくつかの実験について,それらの方法および結果を述べている.これらの実験では,メタン-空気予混合気を用い,対向流予混合火炎およびノズルバーナ火炎を対象としている.実験結果から,電界印加によって,バーナへの熱伝達と予混合気の吹出速度との関係が線形でなくなること,火炎が変形すること,および流れ場が変化することという3点の要因により,燃焼速度が正確に測定されないことを明らかにしている.

 第4章では,第3章で示された要因を取り除いた実験方法を提案している.すなわち,ブロンズ製焼結金属円筒の外側から内側に,メタン-空気予混合気をしみ出させて点火し,円筒状の予混合火炎を形成させる方法である.焼結金属円筒自身を一つの電極とし,もう一方の電極として焼結金属円筒内部に設置した円筒状の中心電極を用いている.本バーナでは,予混合気の燃焼速度を変化させると火炎直径が変化することを確認し,これにより,電界を印加した場合の火炎直径の変化を測定することにより,燃焼速度の変化を測定することができる.また,火炎中の荷電粒子の挙動を調べるため,イオン電流を測定している.

 第5章では,第4章で提案された実験方法に基づいて行った実験について述べている.その結果,中心電極が正の場合に,すなわち既燃ガスから未燃ガスの方向に電界を印加した場合に,火炎直径が増大することを見出している.これは,電界印加による燃焼速度の増大を意味するものとしている.また,その理由としてイオン電流の測定結果によれば反応帯におけるイオンの生成反応が促進されていることは事実であり,それは同時にラジカルの生成が促進されている可能性があることを示唆し,それによって電界が燃焼化学反応に影響を及ぼし,そのために燃焼速度が増大するものと推測している.

 第6章は結論であり,本研究で得られた成果を要約している.

 以上要するに,本論文では,予混合火炎の燃焼速度に及ぼす電界の影響について,従来の研究では電界印加時に燃焼速度を正確に測定できなかった要因を指摘し,その要因を取り除いた実験方法を提案し,その実験により電界を印加したときの燃焼速度の変化を正確に測定している.これらにより,電界が燃焼に影響を及ぼす機構について重要な知見を与えており,燃焼学上貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54602