学位論文要旨



No 112968
著者(漢字) 外林,秀之
著者(英字)
著者(カナ) ソトバヤシ,ヒデユキ
標題(和) エルビウム添加光ファイバ増幅器および半導体光増幅器を用いた能動モード同期レーザに関する研究
標題(洋)
報告番号 112968
報告番号 甲12968
学位授与日 1997.09.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3960号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 廣瀬,明
内容要旨

 近年、エルビウム添加光ファイバ増幅器や半導体光増幅器などの光直接増幅技術をはじめとする各種光技術の進展に伴い、超高速・超長距離光伝送技術の研究が盛んに進められている。超高速光通信システムを構築するには単に短いパルス幅を求めるだけではなく、スペクトル特性、タイミングジッタ、波長可変性、安定性、高繰り返し周波数、繰り返し周波数可変性、コンパクト性、コストなど様々な点がパルス光源に要求される。システム応用上重要な1.55m帯に関しては、利得媒質としてエルビウム添加光ファイバ増幅器やInP系の半導体光増幅器が利用でき、これらを利得媒質として用いたパルス光源が開発されてきた。本研究の目的は、エルビウム添加光ファイバ増幅器および半導体光増幅器を用いた能動モード同期レーザの解析を行い、その特性を明らかにすることにある。さらにその解析結果から短パルス生成のための共振器設計指針を示す。

 短パルス生成法としては、モード同期という手法が広く用いられているが、その中でも能動モード同期法は、上に挙げた要求される仕様の多くを満たすため応用上非常に重要な手法である。従来までは、能動モード同期の特性を表すのにSiegmanらによるモード同期理論が幅広く用いられてきた。しかし要求されるパルス幅が短くなるにつれ、従来までは考慮されていなかった波長分散性や光非線形性の効果が顕著に現れるようになり、従来のモード同期理論では正確なパルス特性予測が行えなくなってきている。

 第3章では、光ファイバレーザについてこの両者の効果を取り入れた新しいモード同期理論を構築し、解析的にパルス特性評価を行っている。両者の効果を取り入れた場合は、固有解としてチャープを有したsech形のパルスが得られることを示した。このパルスの特性は、帯域幅制限のある分散性増幅器中のオートソリトンと似ている。すなわち、正常分散領域でも固有値が存在すること、異常分散におけるパルス幅は正常分散におけるそれよりも幅が狭いこと、生成パルスはチャープを有し異常分散領域の方がチャープは少ないこと、などである。異常分散領域では非線形性が大きくなるほど生成パルスのパルス幅は狭くなる。

 さらに線形波である非レーザパルス成分と非線形波であるレーザパルス成分との利得差からレーザパルスの安定性を議論し、得られる最短パルスの評価を行った。つまり、非線形性が大きくなりパルス幅が狭くなると、レーザパルス発振に必要な利得が大きくなり、線形パルスである非レーザパルスが発振してしまうためパルス幅に限界がある。

 次に離調に対する安定性の考察も行った。雑音光からパルス生成までに必要な周回数の間に、パルスの中心位置が定常状態におけるパルス幅よりもずれてしまうと安定なパルス発振は行えないことを示した。

 波長分散および非線形を考慮に入れたモード同期理論によるパルス特性評価結果は、数値解析により確認され評価の正しさが裏付けられている。

 最後にこれらの結果を踏まえて、より狭いパルスを生成するための共振器設計指針を示した。通常は利用できる光パワーは限られているため、短パルス生成のためには、分散値が異常分散となるように波長を選び、波長分散値はあまり大きな値とはせず、変調周波数を上げ、共振器帯域幅を広げ、共振器長を長くすれば良いことを示した。

 第4章では、第3章で行った波長分散および非線形の効果を考慮した解析によるパルス特性の確認を図1に示すような構成で実験により行った。実験では、偏波不安定をさけるため共振器を全て偏波保持ファイバで構成した。

図1.偏波保持エルビウム添加光ファイバレーザ

 変調周波数およびフィルタ幅を変化させてパルス幅を測定した結果、実験結果と波長分散及び非線形を考慮に入れたモードロック理論および数値解析結果の3者はよく一致した。このため第3章で行った解析が正しいことが確かめられた。20GHz、4.92ps、時間幅帯域幅積0.45のパルス生成に成功した。

 次に、離調による影響を調べ、タイミングジッター特性の測定を行った。2GHz変調時で250kHz以上離調するとパルス生成が行えないことが分かった。タイミングジッターの測定により、離調のない場合がもっともジッターが少なく、2GHz変調時で0.950psであった。

 次にラショナルハーモニックモード同期による逓倍パルス列生成を行い、5ps、80Gbpsパルス列生成に成功した。変調周波数を縦モード間隔の1/n離調する事により、繰り返しn倍のパルス列生成の原理を解明した。

 偏波保持ファイバで共振器を構成する場合、各コンポーネント間の軸ずれが短パルス生成に問題となることを指摘し、理論的検討を行った。偏波分散媒質と偏光子の組み合わせにより周波数軸上で周期的な透過率の変化が起きる。軸ずれによりこの現象が誘発され、フィルタの帯域が十分に生かされずに理論値よりも幅が広いパルスが生成されることが分かった。軸ずれの許容度は少なくとも数度以内である。

 光ファイバレーザは共振器長が数十mであり、温度変化や振動などの外乱により不安定となりやすい。一方、半導体レーザを用いた短パルス発生技術は、コンパクトで安定かつ長寿命なため、光通信をはじめ様々な応用が期待される。共振器内における光子寿命は1-サブps程度と小さい一方、注入キャリアの寿命時間はサブnsと、両者の比が3桁程度異なる。このため、高周波変調に特徴的な出力な共振減少や、急峻な利得変動に対しては緩和振動による短パルスを生じやすい原因となっている。第5章、第6章では、図2に示すような外部リング共振器半導体レーザを用いたパルス特性を数値解析および実験により明らかにした。

図2.外部リング共振器半導体レーザ

 第5章では外部リング共振器半導体レーザの能動モード同期における動作解析を数値計算により行った。第2章で調べたように繰り返しが数GHz程度になってくると、上順位の寿命時間と同程度になりパルス波形がひずむ。得られるパルスは利得スイッチングによって得られるパルスと同じ性質を有していることが分かった。まず利得飽和の影響によりパルス形状が先頭方向に傾く。従って、変調周波数を共振器周波数より高い方に離調する事により、利得をパルスの中心に集め、すそ野の部分を損失過剰にすることで、幅が狭く比較的形状のきれいなパルスが得られることを示した。このようにして得られるパルスはダウンチャープ特性を有している。従って、このパルスを正常分散媒質に通すことにより線形圧縮が行える。

 高調波モード同期では、変調周波数が共振周波数と同程度となるため、効率的な変調が行えないことが分かった。

 半導体光増幅器に加える電流を変調する直接変調形は、半導体光増幅器が光増幅と光変調の機能を兼ねているためチャープが大きくなる。そこで半導体光増幅器では光増幅のみを行い、外部に光変調器をおく外部変調形の共振器構成を提案し、その解析を行った。その結果、直接変調形に比べて狭いパルスが得られる、高調波モード同期が行える、チャープの少ないパルスが生成される、という利点があることが示された。

 第6章では、能動モード同期外部リング共振器半導体レーザの特性を測定し、第5章で行った解析が正しいことを確かめた。

 まず、共振器周波数(1.830GHz)での変調時には、パルス幅85.7ps、帯域幅10.9GHzのチャープパルスが生成され、その形状は先頭方向へ傾いていることが確かめられた。次に、変調周波数を離調していった場合、適切な量の離調によりパルス幅短縮化が行えることを確認した。離調により生成される短パルスは正常分散ファイバにより線形圧縮が行えることから、数値解析で示されたようにパルスの中心付近ではほぼ線形なダウンチャーピングを有していることが確認された。位相雑音の測定により、変調周波数離調で短パルス化が行える一方、タイミングジッターが増大する欠点があることが分かった。離調および線形圧縮の組み合わせにより、繰り返し1.8844GHz、パルス幅7.86ps、タイミングジッター3.84psのパルス生成が行えた。

 また高調波モード同期特性も調べた。共振器周波数変調で86psパルスが、第2次高調波で25psとなり、数値解析とよく一致している。また第3次高調波以上では、共振周波数以上となるため、変調度が下がる事が観測された。

 エルビウム添加光ファイバ増幅器と半導体光増幅器との大きな相違点は、上順位の実効的なキャリア寿命時間である。エルビウム添加光ファイバ増幅器の場合は寿命時間が数ms以上であるため、数GHz以上のパルス列の利得は平均パワーで決まり、波形ひずみが生じない。このためエルビウム添加光ファイバレーザで得られるパルスは概して、時間波形の面でもスペクトル特性でも素性が良く応用範囲が広い。しかし共振器長が長いため、何らかの安定化対策が必要であり、全体としては大がかりな装置となってしまう。半導体光増幅器は、構造自体が超小型であり、非常に安定であるという大きな利点がある。しかしキャリア寿命時間がサブnsであるため、数GHz以上のパルス列の波形ひずみは避けがたい。また本質的にチャープを生じる増幅器であるのも大きな欠点である。従って、半導体光増幅器を使った半導体レーザは時間波形およびスペクトル特性を整えるために様々な工夫が必要である。両増幅器を使ったレーザはそれぞれに利点欠点がある。

 本研究では、エルビウム添加光ファイバ増幅器および半導体光増幅器を用いた能動モード同期レーザに関する動作解析を行った。解析結果、数値シミュレーション結果、実験結果は非常に良く一致している。本研究で行った解析および共振器設計は、将来の光通信分野などへ大きく寄与すると考える。

審査要旨

 本論文は,「エルビウム添加光ファイバ増幅器および半導体光増幅器を用いた能動モード同期レーザに関する研究」と題し,エルビウム添加光ファイバ増幅器および半導体光増幅器を増幅媒質とした能動モード同期レーザの理論解析および実験を行うことによって,波長1.5m帯における光短パルス生成のためのレーザ設計の指針を得ることを目的としている。

 本論文は7章から構成されている。

 第1章は「序論」であり,光ファイバ通信システムの研究の歴史を概観した後,能動同期レーザによる超短光パルス発生技術の必要性と技術的課題について論じている。

 第2章は「エルビウム添加光ファイバ増幅器および半導体光増幅器による光パルス増幅」と題し,1.5m帯の光増幅が行えるエルビウム添加光ファイバ増幅器および半導体光増幅器の利得特性について比較している。

 第3章は「能動モード同期光ファイバレーザにおける非線形および波長分散を考慮した能動モード同期理論」と題し,光ファイバレーザについて,光ファイバの波長分散および非線形の効果を取り入れた新しいモード同期理論を構築し,解析的にパルス特性評価を行っている。

 これまでは,能動モード同期の特性を表すのにSiegmanらによるモード同期理論が幅広く用いられてきた。しかし,高パワーのポンプ光源が利用できるようになった事,要求されるパルス幅が短くなってきた事から,従来までは考慮されていなかった光ファイバの波長分散性や光非線形性の効果が顕著に現れるようになり,従来のモード同期理論では正確なパルス特性予測が行えなくなってきている。本章の解析では,波長分散および非線形の両方の効果を取り入れた場合において,パルス波形の解析解を導き,固有解としてチャープを有したsech形のパルスが得られることを示した。この理論によるパルス特性評価結果は,数値解析により確認され,評価の正しさが裏付けられている。

 最後にこれらの結果を踏まえて,より狭いパルスを生成するための共振器設計指針を示した。

 第4章は「能動モード同期エルビウム添加光ファイバレーザの作成」と題し,第3章で行った波長分散および非線形の効果を考慮した解析によるパルス特性を実験により検証した。

 この実験では,偏波不安定をさけるため共振器を全て偏波保持ファイバで構成した。まず,変調周波数およびフィルタ幅を変化させてパルス幅を測定した結果,実験結果と波長分散及び非線形を考慮に入れたモードロック理論および数値解析結果の3者はよく一致し,20GHz,4.92ps,時間幅帯域幅積0.45のパルス生成に成功した。

 次に,離調による影響を調べ,タイミングジッター特性の測定を行った。2GHz変調時で250kHz以上離調するとパルス生成が行えないことが分かった。また,1kHz以上の離調でもパルス幅が広くなってしまうことが確かめられた。タイミングジッターの測定により,離調のない場合がもっともジッターが少なく,2GHz変調時で0.950psであった。

 偏波保持ファイバで共振器を構成する場合,各コンポーネント間の軸ずれが短パルス生成に問題となることを指摘し,理論的検討を行った。偏波分散媒質と偏光子の組み合わせにより周波数軸上で周期的な透過率の変化が起きる。軸ずれにより,この現象が誘発され,フィルタの帯域が十分に生かされずに理論値よりも幅が広いパルスが生成されることが分かった。軸ずれの許容度は少なくとも数度以内である。

 第5章は「能動モード同期外部リング共振器半導体レーザによる短パルス生成の数値解析」と題し,外部リング共振器半導体レーザの能動モード同期における動作解析を数値計算により行った。半導体レーザは小型で安定であることから注目を集めているが,繰り返しが数GHz程度になってくると,パルス波形がひずみ,得られるパルスは利得スイッチングによって得られるパルスと同じ性質を有していることが分かった。

 利得飽和の影響によりパルス形状が先頭方向に傾くため,変調周波数を共振器周波数より高い方に離調する事により利得をパルスの中心に集め,すそ野の部分を損失過剰にすることで幅が狭く比較的形状のきれいなパルスが得られることを示した。このようにして得られるパルスはダウンチャープ特性を有しており,このパルスを正常分散媒質に通すことにより線形圧縮が行える事を示した。

 半導体光増幅器に加える電流を変調する直接変調形は,半導体光増幅器が光増幅と光変調の機能を兼ねているためチャープが大きくなる。そこで半導体光増幅器では光増幅のみを行い,外部に光変調器をおく外部変調形の共振器構成を提案し,その解析を行った。その結果,直接変調形に比べて狭いパルスが得られる,高調波モード同期が行える,チャープの少ないパルスが生成される,という利点があることが示された。

 第6章は「能動モード同期外部リング共振器半導体レーザからの短パルス生成」と題し,能動モード同期外部リング共振器半導体レーザの特性を測定し,第5章で行った解析が正しいことを確かめた。

 まず,共振器周波数(1.830GHz)での変調時には,パルス幅85.7ps,帯域幅10.9GHzのチャープパルスが生成され,その形状は先頭方向へ傾いていることが確かめられた。次に,変調周波数を離調していった場合,適切な量の離調によりパルス幅短縮化が行えることを確認した。離調により生成される短パルスは正常分散ファイバにより線形圧縮が行えることから,数値解析で示されたようにパルスの中心付近ではほぼ線形なダウンチャーピングを有していることが確認された。位相雑音の測定により,変調周波数離調で短パルス化が行える一方,タイミングジッターが増大する欠点があることが分かった。離調および線形圧縮の組み合わせにより,繰り返し1.8844GHz,パルス幅7.86ps,タイミングジッター3.84psのパルス生成が行えた。

 第7章は本論文の結論である。

 以上のように本研究では,エルビウム添加光ファイバ増幅器および半導体光増幅器を用いた能動モード同期レーザの特性を,理論・実験両面から解析し,短パルスを得るための共振器構造およびレーザの動作条件を明らかにした。本論文は,将来の超高速光ファイバ通信技術に寄与すると考えられ,電子工学への貢献が大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54603