学位論文要旨



No 112971
著者(漢字) 喜多山,篤
著者(英字)
著者(カナ) キタヤマ,アツシ
標題(和) 芳香族炭化水素の微生物分解に関する研究
標題(洋)
報告番号 112971
報告番号 甲12971
学位授与日 1997.09.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3963号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 古崎,新太郎
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 輕部,征夫
 東京大学 助教授 関,実
内容要旨

 本論文は筆者がこれまでに行ってきた芳香族炭化水素の微生物分解についての研究をまとめたものである。本研究では、benzeneを用いた集積培養により土壌から単離されたPseudomonas aeruginosa JI104を研究対象として、そのbenzene分解に関与する酵素系について、遺伝子のクローニングならびにその酵素の基質特異性、反応特異性などの解析をおこなった。また、これらのbenzene分解に関与する酵素の工学的応用についても検討した。本論文は、以下に示す7つの章から構成される。

第1章緒言

 第1章では既往の研究を紹介し、本研究の背景を述べた。土壌・水圏に棲息する微生物の中には、様々な芳香族炭化水素を分解資化するものが存在する。これまでに芳香族炭化水素の好気的微生物分解に関する研究は、大きく分けて次の二つの目的で行われてきた。有機合成の困難な化合物を立体選択的・反応位置選択的な酵素反応を利用して分解中間代謝産物として合成することと、PCB(polychlorobiphenyl)やTCE(trichloroethylene)をはじめとする難分解性環境汚染物質の分解無毒化を目指すバイオレメディエーションへの応用である。すなわち、微生物の持つ優れた分解能をにより生産される反応産物を利用する方向、及び分解反応自体を利用する方向で研究が進められてきた。

 細菌による芳香族炭化水素の好気的条件における分解経路は、以下のような特徴が知られている。種々の芳香族炭化水素(初期基質)は、側鎖の酸化、芳香環への酸素添加反応及びそれに続く脱水素反応などの一連の反応により、一旦catechol又はその誘導体に転換され、そこではじめて芳香環の開裂が起こる。ここまでの分解経路、upper pathwayはそれぞれの分解系に固有の経路である。それに対して、主要中間代謝産物であるcatechol(又はその誘導体)以下のTCA回路に入るまでの分解経路、lower pathwayは、菌株・分解系によらず共通であり、芳香環の開裂する位置によってortho-pathway,meta-pathwayの二つが知られている。

 土壌菌によるbenzeneの中間代謝産物cis-benzene dihydrodiolはエンジニアリングプラスチックpolyparaphenyleneの原料となるが、その工業的生産法は確立されていない。そこで、benzene分解菌又はその変異株を用いてcis-benzene dihydrodiol(cBG)の生産が検討されてきたが、その生産効率は十分なものではなかった。cBGの更なる生産性向上を目指すためには、関与する酵素の発現を制御し、また同時に酵素機能の強化を行う必要があると考えられた。その目的を達成するための第一歩として、関与する酵素の遺伝子クローニングの必要性を指摘した。

第2章初発酸素添加酵素の遺伝子クローニング

 土壌より単離したbenzene分解菌Pseusomonas aeruginosa JI104のbenzene分解に関与する酵素系の解析のために、ショットガンクローニング法により酵素遺伝子の単離をおこなった。第2章ではJI104のbenzene分解において、分解経路の最初の反応を触媒する酵素の遺伝子クローニングの結果について記述した。JI104はbenzeneの初発酸素添加酵素として少なくとも3種類の酵素を持っていることを明らかにした。そのうちの一つ、benzeneに2酸素原子を添加し、cis-benzene dihydrodiolに転換する酵素活性を持つ酵素は、その塩基配列の解析からbiphenyl分解菌Pseudomonas pseudoalcaligenes KF707株のbiphenyl dioxygenase(BphA)と同一の酵素であることが判明した。

 残りのbenzene初発酸素添加酵素はいずれもbenzeneをphenolに転換する酵素活性を持つ。そのうちの一つは、indoleに対しても酸素添加能を示し、indigoを生成する。この酵素(benzene monooxygenase,BMO,BmoABCDEF)は、塩基配列の解析からtoluene monooxygenaseとして報告されている酵素、Burkhorderia pickettii PKO1のT3MO(TbuA1UBVA2C)、Pseudomoans mendocina KR1のT4MO(TmoABCDEF)と遺伝子構造上、高い相同性を示した。

 JI104株の様に、一つの菌株が、ある一つの初期基質の分解代謝を行う複数の分解経路(分解酵素系)を同時に所有している例はこれまで報告がなく、複数の分解経路を有する芳香族化合物分解菌の存在を初めて明らかにした。

第3章初発酸素添加酵素の活性の解析

 第3章ではJI104よりクローニングした初発酸素添加酵素のうち、benzene monooxygenase(BMO,BmoABCDEF)について、その酵素活性(基質特異性、反応位置特異性)を実験的に検証した。BMOはbenzeneを初めとして幾つかの芳香族炭化水素を基質とすることが判った。BMOと相同性の高いT3MO、T4MOはtolueneを基質とした場合、それぞれm-cresol、p-cresolのみを反応産物として生成する。しかし、BMOの場合にはtolueneはo-cresol、m-cresol、p-cresolの3つの反応産物が同時にほぼ同じ割合で生成されるという、反応の位置特異性が弱いというきわめて珍しい酵素活性を示すことを明らかにした。また、BMOはTCEをはじめとする有機塩素化合物に対して分解活性を持つことを明らかにし、バイオレメディエーションへの応用の可能性を示した。

第4章芳香環開裂酵素の遺伝子クローニング

 第4章ではJI104の芳香族炭化水素分解において、芳香環の開裂という分解経路上で中心的な反応を触媒する酵素の遺伝子クローニングの結果について記述した。JI104が芳香環メタ位開裂酵素として、3つの相同なcatechol2,3-dioxygenase(XylE)と1つの2,3-dihydroxybiphenyl-2,3-dioxygenase(BphC)を持っていることを明らかにした。3つのxylE遺伝子は近傍の遺伝子構造の解析から、それぞれ異なる分解オペロン中にコードされていることがわかった。また、塩基配列を解析した結果、相互に相同性が高いことを明らかにした。

 第2章で述べたように、JI104とKF707は同一の分解酵素系(bphオペロン)を持っていたが、xylE遺伝子をプローブにして、genomic Southern blottingを行うと、JI104とKF707で異なるパターンを示した。このことより、JI104はKF707よりさらに一つxylE遺伝子を多く持っていることが明らかとなった。

第5章芳香環開裂酵素の活性の解析

 第5章ではJI104よりクローニングした芳香環メタ位開裂酵素(3つのXylE及び1つのBphC)について基質特異性の違いを検討した。基質としてcatecholとその誘導体を用い、基質特異性のパターンを解析した。また、XylEJI104-1がtoluene分解プラスミドTOL上のXylETOLと非常に相同性が高いにも関わらず、基質特異性のパターン、酵素の(熱)安定性などに大きな違いが見られた。そこで、一次構造上の僅かな違いのうちどの部分がそのような違いを引き起こしているのかを明らかにするため、両酵素遺伝子に保存されているSa/lサイトを利用して酵素のキメラ化を行った。その結果、酵素のC末端側に基質特異性を決定している部位が存在することがわかった。最近になって、芳香環メタ位開裂酵素としてはじめてBphCKKS102、BphCLB400の立体構造がX線結晶解析によって明らかにされた。類縁酵素であるXylEとBphCのマルチプルアライメントを行い、BphCの基質結合部位を参照して、XylEにおいて基質特異性を決定していると思われるアミノ酸4残基の領域を推定した。PCR法を用いた部位特異的アミノ酸置換及びランダム変異導入により、この部分が基質特異性を決定している主要部位であることを確認した。

第6章クローニングした遺伝子、酵素の応用

 第6章ではJI104よりクローニングしたBenzene分解に関与する酵素の工学的応用について検討した。JI104のbiphenyl dioxygenase、BphAを発現するE.coliを用いてcBGの生産を試みた。その結果、約1mg/lのcBGを20時間で生産できることを見出した。また、benzene monooxygenase(BmoABCDEF)を発現するE.coli及びJI104を用いてTCEの分解を試みた。JI104はtoluenenで酵素系の発現を誘導しなくてもTCEを分解した。TCE分解能を示す他の芳香族炭化水素分解菌では、tolueneによる分解酵素系の誘導が必要であり、JI104はこの点でバイオレメディエーションに用いる菌株としては非常に有利であると思われる。また、JI104の芳香環開裂酵素catechol2,3-dioxygenase、XylEと抗体結合活性を持つprotein Gとのキメラ蛋白質を作成し、免疫測定の標識酵素としての応用性について検討した。その結果、このキメラ蛋白質を用いて、g/mlオーダーの抗原を再現性よく検出することができた。

第7章結言

 第7章では結言として本研究の結果を簡潔にまとめ、今後の研究の展望について述べた。

 これまでの芳香族炭化水素の微生物分解に関する研究では、「一つの菌株では、(一つの初期基質に対して)一つの分解酵素系によりその代謝は行われる」と考えられていたようである。類似構造を持つ初期基質に対しては、酵素の基質特異性の緩さを利用して、一つの分解酵素系により代謝していると考えられてきた。しかし、今回単一の菌株において、複数の分解酵素系が共存していることを初めて明らかにした。その後、他の幾つかの菌株でも同様の報告がなされ、単一基質に対する複数の分解酵素系の共存が、普遍的であることが判った。また、benzene monooxygenaseとしてクローニングした酵素は、既知のtoluene monooxygenasesと遺伝子構造上非常に似ていた。しかし、これらのtoluene monooxygenasesとは異なり、tolueneをはじめとする幾つかの類似構造を持つ基質に対して反応位置特異性が低いという、酵素としてきわめて珍しい性質を持つことを発見した。

 発表状況、

 1.Cloning and characterization of extradiol aromatic ring-cleavage dioxygenases of Pseudomonas aeruginosa JI104.

 Kitayama,A.,Achioku,T.,Yanagawa,T.,Kanou,K.,Kikuchi,M.,Ueda,H.,Suzuki,E.,Nishimura,H.,Nagamune,T.,and Kawakami,Y.

 J.Ferment.Bioeng.82(3)p.217-223,1996

 2.Gene organization and low regiospecificity in aromatic-ring hydroxylation of a benzene monooxygenase of Pseudomonas aeruginosa JI104.

 Kitayama,A.,Suzuki,E.,Kawakami,Y.,and Nagamune,T.

 J.Ferment.Bioeng.82(5)p.421-425,1996

 3.カテコール2、3-ジオシゲナーゼープロテインGキメラ蛋白質の作成とその免疫測定への応用

 上田 宏、喜多山 篤、鈴木 栄二、長棟 輝行

 化学工学論文集

 4.The amino acids region affecting the substrate specificity of catechol2,3-dioxygenase(投稿準備中)Kitayama,A.et al

 5.TCE degradation by Pseudomonas aeruginosa JI104(投稿準備中)Kitayma,A.et al

審査要旨

 土壌・水圏に棲息する微生物の中には、様々な芳香族炭化水素を分解資化するものが存在する。芳香族炭化水素の好気的微生物分解に関する研究は、有機合成の困難な化合物を立体選択的・反応位置選択的な酵素反応を利用して分解中間代謝産物として合成するバイオコンバージョンへの応用と、PCB(polychlorobiphenyl)やTCE(trichloroethylene)をはじめとする難分解性環境汚染物質の分解無毒化を目指すバイオレメディエーションへの応用とが考えられる。

 本論文では、土壌より単離されたbenzene分解菌Pseudomonas aeruginosa JI104よりbenzene分解反応に関与する酵素遺伝子をクローニングし、そのDNA塩基配列および遺伝子構造の解析、発現系の確立、酵素活性の解析などを行うことを研究目的とした。また、こうして得られた情報を元に、酵素の工学的応用としてcis-benzene glycol(cBG)生産などのバイオコンバージョンおよびTCEの分解などのバイオレメディエーションへの応用を検討した。本論文は、以下の7章より構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景と目的を述べている。まず、芳香族炭化水素の好気的な微生物分解について、tolueneおよびbiphenylの例を中心に既往の研究を紹介し、研究の現状をまとめている。次に、本研究で用いたbenzene分解菌Pseudomonas aeruginosa JI104について記述している。

 第2章ではJI104株のbenzene分解において、分解経路の最初の反応を触媒する酵素の遺伝子クローニングの結果が記述されている。JI104株はbenzeneの初発酸素添加酵素として少なくとも3種類の酵素を持っていることが明らかになったが、その内の一つでbenzeneに2酸素原子を添加し、cBGに転換する酵素活性を持つ酵素は、その塩基配列の解析からbiphenyl分解菌Pseudomonas pseudoalcaligenes KF707のbipehnyl dioxygenase(BphA)と同一の酵素であることが示されている。また、残りのbenzene初発酸素添加酵素はいずれもbenzeneをphenolに転換するbenzene monooxygenase活性を持つことが示されている。

 JI104株の様に、一つの菌株が、ある一つの初期基質の分解代謝を行う複数の分解経路(分解酵素系)を同時に所有している例はこれまで報告がなく、複数の分解経路を有する芳香族化合物分解菌の存在を遺伝子レベルで明らかにした初めての報告である。

 JI104株よりクローニングした初発酸素添加酵素のうち、benzene monooxygenaseの一つ(BMO)はindoleに対しても酸素添加活性を示しindigoを生成するが、第3章では、その酵素活性(基質特異性、反応位置特異性)を実験的に検討している。BMOはbenzeneをはじめとして幾つかの芳香族炭化水素を基質とするが、tolueneを基質とした場合o-cresol、m-cresol、p-cresolの3つの反応産物が同時にほぼ同じ割合で生成し、反応の位置特異性が弱いというきわめて珍しい酵素活性を示すことが明らかにされている。

 第4章ではJI104株の芳香族炭化水素分解において、芳香環の開裂という分解経路上で中心的な反応を触媒する酵素の遺伝子クローニングの結果が記述されている。JI104株が芳香環メタ位開裂酵素として、3つの相向なcatechol2,3-dioxygenase(XylE)と1つの2,3-dihydroxybiphenyl-2,3-dioxygenase(BphC)を持っていることが示されている。また、3つのxylE遺伝子は近傍の遺伝子構造の解析から、それぞれ異なる分解オペロン中にコードされていることが明らかにされている。

 第5章ではJI104株よりクローニングした芳香環メタ位開裂酵素(3つのXylE及び1つのBphC)について基質特異性の違いが検討されている。また、酵素のキメラ化及びPCR法を用いた部位特異的アミノ酸置換により、基質特異性を決定していると思われるアミノ酸4残基の領域を明らかにしている。

 第6章ではJI104株よりクローニングしたbenzene分解に関与する酵素の工学的応用について検討されている。JI104株のbiphenyl dioxygenase、BphAを発現するE.coliを用いてcBGの生産を試み、約1mg/lのcBGを約20時間で生産できることを見出している。また、BMOを発現するE.coli及びJI104株を用いてTCEの分解を試み、いずれの場合もTCEを効率よく分解することが示している。また、JI104株の芳香環開裂酵素catechol2,3-dioxygenase、XylEと抗体結合活性を持つprotein Gとのキメラ蛋白質を作成し、免疫測定の標識酵素としての応用性についても検討しており、このキメラ蛋白質を用いて、g/mlオーダーの抗原濃度を再現性よく検出できることが示されている。

 第7章では結言として、本論文を総括し、今後の展望を述べている。

 以上、本論文はbenzene分解菌のbenzene分解に関与する酵素遺伝子の単離、及び酵素活性の解析を行っており、本研究により単一基質に対する複数の分解酵素系の存在する例が遺伝子レベルで示された。これはバイオコンバージョンやバイオレメディエーションに応用される芳香族炭化水素の微生物分解の研究において、分解酵素系の進化、分解酵素の発現制御などを考える上で極めて重要な知見である。また、反応位置特異性の緩い初発酸素添加酵素の発見は、酵素活性の機能・構造相関を解析する上で貴重な知見を与えるものと思われる。さらに、解析した酵素の応用法として、機能性高分子の中間原料の製造・有機塩素化合物の分解・標識酵素としての利用が検討されており、生物機能を工学的に応用することを目的とした化学生命工学の進展に寄与するところが大きいと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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