コロナは太陽大気の最外層の領域であり、数百万度の高温プラズマの状態にある。コロナが高温であると1940年代にEdlnが発見して以来、多くの観測や理論が、この高温コロナの生成要因を研究してきたが、いまだに解明できない。太陽観測衛星「ようこう」の観測データを使ったShimizu(1995,PASJ,47,251)のマイクロフレアの研究によれば、観測限界以下のエネルギー領域で発生頻度が急増してでもいない限り、フレアやマイクロフレアのような明らかな活動現象で発生するエネルギーのみでは、コロナ加熱の必要エネルギー量に足りないことがわかった。裏を返せば、活動現象と同程度もしくはそれ以上に多量のエネルギーが(準)定常構造で発生している可能性がある。そこで我々は準定常構造に注目し、コロナ加熱の解明の第一段階として、(1)どれだけの量のエネルギーが高温コロナを維持するのに必要か?(2)どこの場所でエネルギーが注入されているのか?の2つの問いについて観測から答えを与える。 「ようこう」搭載軟X線望遠鏡(SXT)で太陽コロナを見ると多くのループ構造が目につく。これらは、高温プラズマが磁力線に閉じ込められた磁気ループであり、その1本1本は周囲のコロナから磁力線によって切り離された空間である。準定常状態のループでは、ループ内の加熱の空間分布がループの軸に沿った温度構造という観測可能な量に現れるので、ループそしてその温度構造は加熱のようすを知る大切な観測対象である。本論文は「ようこう」SXTで準定常的にみえるコロナループにいて、まず、(i)ループの幅、時間変化、温度構造などを観測から求め、コロナループに共通した性質について考察する。そして、(ii)定常コロナループに成り立つというScaling則を観測的に求め、最後に、(iii)温度構造から加熱の空間分布について推論する。 1コロナループの温度構造 「ようこう」SXTが観測した活動領域から、フレアとは直接の関係が無い構造で、観測時間内(〜30分)に著しい形状変化を伴わない16のコロナループを解析に用いた。ループの全内部エネルギーが変化する時間スケールは、後述の総損失エネルギーから推定される冷却時間より長いので、これらのループは準定常状態にある。プラズマの温度とemission measureは、"Filter Ratio Method"の手法により、2種類(thin & thick Al)のフィルターで取得した画像から求めた。観測時間(〜30分)の平均の描像として、コロナループの軸に沿った湿度構造について、実際の2例を図1上段に示す。ループの湿度は中央部が高温で、両端(以後、"ループの足元"と呼ぶ)に向かって低温になっている。そして、この温度構造はコロナループに共通する構造であることを発見した。これはループの中央部での加熱の存在を示し、とくに、sharpな温度ピークを持ついくつかのループ(図1b)では、温度ピークにエネルギー源が集中していることを示す。 各点での熱伝導フラックスFCは、Spitzerの熱伝導係数(0T2.5=10-6T2.5erg/s/cm/K)によれば、T3.5の勾配だけで求まる: そして、足元近傍におけるT3.5構造の直線的な形は、中央部を源とする熱伝導フラックスが、あまり変化せずに足元へ流れていることを示す。結果として、熱伝導損失が足元から逃げ、また、輻射損失は熱伝導損失より1桁少ないことがわかった。 図1:[上段]温度の3.5乗T3.5,[下段]加熱分布EH. 一方、emission measure EM構造にも中央で高く足元で低い傾向を発見した。EMは で表されるので、ループのガス圧pg、視線方向の厚さl、そしてループ内の高温成分の割合f(filling factor)の少くとも1つは、中央で大きく足元で小さいという傾向があることを観測は示唆している。まず、コロナループのプラズマは充分高温高密度なので、非一様なガス圧は存在しえない。また、画像上でのループの太さは頂点近傍でも足元でもほとんど変化がないので、視線方向の厚さが頂点近傍と足元で変化しているとは考えにくい。そこで我々は一つの可能性としてfilling factorの変化を指摘した。しかし、「ようこう」SXTの観測のみではfilling factor変化の確証をえることは難しく、SOHO衛星や将来のより高分解能のX線観測と組み合わせた今後の課題である。本当にfilling factorの変化があるならば、熱伝導損失は4倍程度抑制される。 ループ全体を一つに見た場合、その変化は準定常的とみえたが、ループの各点では、とくに温度構造において、数分スケールの微細な構造の変化がみられる。光子雑音に比べて充分変化の大きい現象を6例調べたところ、寿命(5〜10分)と解放エネルギー(1027-28erg)の点で、マイクロフレアと類似するが、形態変化の点で異った現象のようである。これらは準定常ループを形作る個々の加熱現象に対応している可能性があり、今後の重要か課題である。 2Scaling則 コロナループという閉空間に加熱があると、ガス圧や温度が自発的に調節され、Scaling則と呼ばれる物理量の相関関係が生じる。Rosner et al.(1978,ApJ,220,643)をはじめとする過去のモデル計算を再評価すると、以下の2つのScaling則にまとめられる。 図2:Scaling則:-観測/…理論。◇:活動領域ループ/・:静穏領域ループ。 ここで式中の各表記は、ループの最高温度Tm、ガス圧pg、長さL、総損失エネルギーを示す。式の比例係数は、ループ内の加熱が、全体に一様に注入されているか、頂上一点に注入されているか、で若干変化するが、相関関係の巾数は不変の普遍的な法則と予想されている。 前節で温度構造解析を行ったコロナループでは、ループからの熱伝導損失と輻射損失がより確かに求められ、ループの総損失エネルギーも求まった。そのため我々は、"エネルギーScaling則"について、はじめて観測的に直接議論できる。観測データによってと(pg・)の間のよい相関関係(図2b)を発見し、その回帰直線(実線、下式)はモデル計算とよく一致する。ただしfilling factorとしては1を仮定している。 また、我々はSXTで観測した活動領域内のコロナループに対してTmと(pg・L)の間にも良い相関関係("温度Scaling則")を発見し(図2a diamond)、回帰直線(実線) を得た。図中の点線が示すようにモデル計算とは、値はほぼ一致する。しかし、低温部(〜3MK)ではズレが見え、相関の巾数も若干異なる。比較のために、静穏領域のループ(図2a filled circles)の値をプロットすると、モデルと観測はよく一致していることが判明した。これらのことから、我々は、温度Scaling則は基本的には成立しているものの、活動領域のループには、静穏領域にない何らかの付加的な要因がずれを引き起こしていると考えた。この要因を確定するにはいたっていないが、いくつかの可能性を考察した。特に観測対象が一温度ではなく、微量だが高温(>6MK)な成分も含んだ複合構造である場合、同様のずれを引き起こすことから、多温度構造がこの問題の鍵であることを指摘した。 3 コロナループの加熱分布 最後に、観測された温度構造から加熱分布EHを考える。熱伝導損失よりも1桁程度小さい輻射損失は無視し、熱伝導Dominantの仮定で加熱分布EHを求めた。(filling factor≡1。) 微分計算は温度構造の揺らぎを拡大してしまうので、5CCD-pixels(〜109cm)の平滑化をしてグローバルな構造のみ議論する。実際の2例を図1の下段に示した。(3〜5)×10-2erg/s/cm3程度の不定性があるので細かいことは言及できないが、足元付近への加熱の集中は見えず、一様加熱もしくは頂点加熱のように、ループ中央部に無視できない加熱があることを示している。とくに図1bのように温度ピークがある場合にはループ上部に明らかな加熱の集中が見られる。 本論文ではループの加熱に関して、必要量と発生場所に注目し、必要量は活動領域内で従来値より1桁大きな107〜108erg/s/cm2をえて、発生場所は、ループの足元ではなく頂点に近い領域であることを示した。また温度構造の解析の過程で、ループ全体の準定常性に潜む、ループ内各点の時間変化が見られた。前述の通り、これらは個々の加熱現象に対応している可能性があり、今後、コロナループで実際に起きている加熱機構を解明するための手がかりである。 |