No | 112979 | |
著者(漢字) | 美濃川,拓哉 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミノカワ,タクヤ | |
標題(和) | ウニ胚における内胚葉・中胚葉誘導に関する研究 | |
標題(洋) | Studies of endoderm and mesoderm induction in echinoid embryos | |
報告番号 | 112979 | |
報告番号 | 甲12979 | |
学位授与日 | 1997.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第3305号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ウニの16細胞期胚は大きさと予定運命の異なる3種類の割球から構成されている。動物極側の中割球(動物半球)は全て外胚葉に分化する。大割球は予定外胚葉領域の一部、予定内胚葉領域全てと中胚葉の一部である二次間充織細胞(SMC)の予定領域のほとんど全てを含んでいる。小割球は予定中胚葉領域であるが、その子孫細胞のほとんどは一次間充織細胞(PMC:骨片形成細胞)に分化し、一部、体腔嚢細胞(SMC子孫細胞の一種)に分化する。 従来の研究から、ウニの内胚葉・中胚葉分化機構には、小割球からの誘導の関与が示唆されている。小割球と予定外胚葉領域である動物半球を組み合わせた再構成胚(以下、再構成胚)を作成した場合、動物半球細胞の一部が予定運命を変更して原腸に分化する事が明らかになっているが、この実験は小割球に原腸誘導能があることを示している。ウニ胚の発生運命決定機構を説明する仮説(Davidson 1989,Development 105:421)は、上記の原腸誘導現象を基礎にしている。この仮説は、小割球子孫細胞以外の全ての細胞が基本的に同じ分化能を持つことを前提とし、初期卵割期の小割球が発揮する誘導能が、隣り合う細胞の発生運命を方向づけ、内胚葉・中胚葉が分化すると考える。この仮説によれば正常胚と再構成胚は、小割球からの誘導を受けた後は基本的に同じ発生過程をとり、したがって、発生してくる再構成胚は正常発生胚と基本的に同じ発生能をもっていることになる。しかし従来の研究は、再構成胚が正常胚と相同の分化能を持つかについて、原腸と色素細胞の分化については確認しているが、それ以上の分化能については明らかにしていない。さらに小割球からの初期卵割期における誘導が、正常発生過程における予定原腸領域の正常な分化に必要であることが示唆されているが(Ransick & Davidson 1995,Development 121:3215)、再構成胚における内・中胚葉誘導のタイミングが正常発生のそれと同じかどうかについてはこれまで研究されていない。上記の問題について再構成胚の発生機構を詳細に研究することは、正常発生過程の機構を理解する方法のひとつとして重要と考えられる。 本研究では、再構成胚における小割球からの内胚葉・中胚葉誘導能を実験発生学的手法を用いて解析した。はじめに、小割球は、予定外胚葉領域である動物半球細胞に、全ての種類のSMC由来中胚葉細胞の分化を誘導する能力を持つかどうかを形態的、分子的指標を用いて検討した(第一章)。次に、再構成胚のSMCが、その分化能だけでなく、潜在的な能力の面でも正常胚のSMCと等価であるかどうかを調べた(第二章)。最後に、再構成胚の発生過程における原腸誘導の起こるタイミングと、小割球からの短期間の誘導をうけた動物半球胚の後期発生能について検討した(第三章)。 動物半球と小割球からなる再構成胚は原腸、色素細胞、胞胚腔細胞、筋肉細胞の予定領域を含まない。小割球からの誘導で、動物半球細胞がこれらの全ての種類の細胞に分化するかどうかを調べるため、再構成胚作成実験を行なった。 再構成胚でも正常胚同様にPMCの胞胚腔への移入に続いて原腸陥入が始まり、原腸先端からSMC様細胞(以下induced SMC)が出現した。この原腸とinduced SMCは蛍光色素を用いた細胞系譜追跡実験の結果、共に動物半球由来である事が確かめられた。さらに再構成胚由来のプルテウス幼生において、色素細胞、胞胚腔細胞、筋肉細胞、体腔嚢細胞の4種全てのSMC由来中胚葉細胞の分化が確認された。細胞系譜追跡実験から、少なくとも色素、胞胚腔、筋肉細胞の3種は動物半球由来であることが明らかになった。さらに再構成胚から、胞胚期以降に小割球子孫細胞を完全に除去する実験を行なった結果、小割球からの誘導を受けた動物半球由来細胞のみからなる実験胚にも体腔嚢が分化することが確認された。 以上から、小割球は、再構成胚において、原腸と全てのSMC由来中胚葉細胞の分化を誘導する能力を持つことが明らかになった。 正常胚から実験的にPMCを除去した場合、正常発生過程では骨片形成能を発現しないSMCが骨片形成細胞に分化することが知られている。これはSMCの機能的特徴である。この潜在的骨片形成能が、予定外胚葉由来である再構成胚のinduced SMCにも備わっているかどうかを確かめるため、再構成胚のPMCを全て除去した。 PMCを除去された再構成胚のinduced SMCのうち、一部の細胞は本来PMCが骨片を形成する領域である胞胚腔の植物極側に移動して、そこで正常胚の骨片と同様の形態的特徴を持つ骨片を形成した。そして、実験胚はプルテウス幼生に発生した。この時、induced SMCはPMCに特異的に発現する細胞表面糖蛋白質のひとつであるmsp130を発現している事が蛍光抗体法で示された。 以上の実験から、予定外胚葉細胞に由来するinduced SMCも、正常胚のSMCと同様に、PMCの非存在下で発現される潜在的な骨片形成能を持っていることが明らかになった。この結果は、再構成胚のinduced SMCが、第一章で示したように正常胚のSMCと形態の点のみならず、潜在的な機能の点からも同等であることを示している。 第一章、第二章の研究から、小割球からの誘導によって、動物半球細胞の一部は発生運命を変更し、原腸とinduced SMCに分化する事が明らかになった。つぎに、小割球からの誘導の起きている時期を明らかにするために、以下の実験を行なった。 まず最初に、原腸誘導に十分な動物半球と小割球との接触期間を明らかにするため、再構成胚から様々な時期に小割球子孫細胞を除去する実験を行なった。その結果、媒精後8時間までに小割球子孫細胞を除去した場合、実験胚はほとんど原腸を形成しないが、それ以降での除去では原腸分化が起こった(図1)。この実験から、原腸誘導には小割球と動物半球が媒精後8時間(胞胚期)まで接触していればほぼ十分であることがわかった。 次に、媒精後8時間まで単離培養条件下においた小割球を32細胞期の動物半球と組み合わせる実験を行なった。その結果、発生段階の異なる細胞を組み合わせた再構成胚でも原腸誘導の起こることが明らかになった(図2)。この結果は、小割球子孫細胞が単離培養条件下でも原腸誘導活性を発現する能力を失わない事を示している。 また、媒精後8時間まで単離培養条件下においた小割球子孫細胞と32細胞期動物半球を組み合わせ、再構成後2時間目に小割球子孫細胞を完全に除去した場合、実験胚は原腸を形成した。しかし、媒精後6時間まで単離条件下においた小割球を32細胞期動物半球と2時間接触させる実験を行なった場合には、ほとんど原腸が形成されなかった(図2)。この実験から、(1)単離培養条件下の小割球子孫細胞の、動物半球細胞に対する原腸誘導活性は媒精後8時間以降に顕著になること、(2)32細胞期から2時間後までの動物半球も、小割球子孫細胞が誘導能を発現していれば、それに反応する能力を持つことと、(3)原腸誘導に重要な細胞間相互作用には、誘導能を発揮している小割球子孫細胞と動物半球の2時間の接触で十分であることが明らかになった。上記の一連の実験結果から、小割球子孫細胞は胞胚期になって原腸誘導活性の発現を開始していると考えられる。 上記の各実験で得られた実験胚を飼育した結果、正常胚と形態的に区別できない後期幼生をへて変態し、稚ウニにまで発生した。この稚ウニを構成する細胞は、その全てが予定外胚葉領域由来だが、個体発生初期に小割球からの誘導を受けている。この結果は、個体発生初期(胞胚期)の、小割球子孫細胞からの短い期間(数時間)の誘導が後期発生過程における正常な細胞分化を方向づけるのに十分であることを示唆している。 今回の一連の研究から、小割球子孫細胞は、予定外胚葉領域である動物半球にたいして、形態的にも、細胞の潜在的な機能の面からも正常胚のものと変わらない原腸と全ての種類のSMC由来中胚葉細胞の分化を誘導する能力を持つことが明らかになった(第一章、第二章)。さらに小割球子孫細胞が予定外胚葉細胞にたいして原腸を誘導する活性を発現しているのは胞胚期であることが示された(第三章)。Ransick & Davidson(1995)は、卵割期(16-32細胞期)における小割球および小割球子孫細胞からの誘導シグナルが、正常胚の大割球による原腸形成に重要であることを示していた。またDavidson(1989)が提唱しているウニ胚発生運命決定機構に関する仮説は、再構成胚においても卵割期に小割球が誘導シグナルを発現することを必要としている。しかし、今回の再構成胚を用いた実験において、小割球子孫細胞は卵割期には動物半球細胞に原腸を誘導することはできないが、胞胚期には原腸誘導活性を発現した。したがって、小割球および小割球子孫細胞の発現する誘導活性には、Ransick & Davidson(1995)によって示された卵割期初期に現われる初期誘導シグナルと、本研究によって初めて明らかにされた胞胚期に発現する後期誘導活性の少なくとも2種類が存在する可能性が示唆される。この2種類の誘導活性のそれぞれ、特に後期誘導活性が、正常胚の発生運命決定機構においてどのような役割をはたしているかについては今後の研究課題として残されている。 | |
審査要旨 | 本論文は3章からなり、第1章は、動物半球と小割球からなるウニ再構成胚における中胚葉細胞の分化、第2章は、ウニ胚の予定外胚葉に由来する2次間充織細胞の骨片形成能、第3章は、ウニ胚の小割球子孫細胞と短時間結合された中割球子孫細胞における細胞運命の再編成について述べられている。 ウニ胚は、前世紀より発生学の代表的な実験材料として知られ、特に、細胞の調節能力の研究に適した材料として用いられてきた。16細胞期のウニ胚の植物極端に位置する小割球は、より動物極側に位置する割球の発生運命を内胚葉・中胚葉化させることが知られていた。実験的には、予定外胚葉領域である動物半球に植物極端より分離した小割球を移植することによって再構成胚を作ると、小割球の影響によって、予定外胚葉細胞が内胚葉と中胚葉に分化することが報告されていた。これらの知見から、小割球はその接触する細胞に対して誘導的なシグナルを発し、そのシグナルによって周辺細胞の発生運命を制御すると考えられてきた。しかしながら、このシグナルの分子的な背景はまったく不明であり、また、小割球からの誘導作用が発生のどの時期に現われるかも正確に決められていなかった。さらに、小割球の誘導作用をうけた予定外胚葉領域から生じた胚が、正常胚と同等の発生能をもつか否かの証明もなされていなかった。本論文の研究は、微細手術によって動物半球と小割球子孫細胞を結合した再構成胚を作った後、小割球由来細胞を除去し、動物半球のみからなる胚をつくり、その胚の発生能力を検討することによって、小割球からの誘導シグナルが発生のどの時期に現われるかを決定し、さらに、小割球の誘導シグナルを受けた予定外胚葉領域の発生能を、変態に至るまで調べている。その研究結果は、ウニの初期発生における細胞運命決定機構に関する最大の残された課題である、小割球の誘導シグナルの実体についての研究に突破口を開いたものである。 第1章において論文提出者は、本来中胚葉を作らない動物半球の細胞が小割球の誘導作用によって中胚葉細胞に分化し、その誘導されて出来た中胚葉細胞から、色素細胞、胞胚腔細胞、筋肉細胞、体腔嚢細胞の4種の細胞の分化することを初めて示した。第2章においては、小割球の誘導作用によって予定外胚葉細胞から分化した2次間充織細胞が、正常発生において骨片形成能を示す1次間充織細胞の非存在下では、1次間充織細胞に替わって骨片形成能を現わす事が示された。このことは、誘導されて予定外胚葉細胞から生じた2次間充織細胞が、その潜在能力においても、正常な2次間充織細胞と同等の分化能を持つことを証明するものである。第3章においては、予定外胚葉細胞を内胚葉と中胚葉に分化させる小割球の誘導作用が発生のどの時期に現われるかを調べ、胞胚初期であることを証明した。また、その時期に小割球からの誘導をうけた予定外胚葉細胞(動物半球)の発生能は、正常胚と同等で、変態して稚ウニを作りうることを明らかにした。 本論文に示された発見は、この分野において長く未解決であった重要な課題を解決している。問題を解明するためのアプローチは適切であり、信頼できる技術的裏付けが認められる。論文の文脈は合理性があり、英語力を含めて表現力も高い水準に達している。 なお、本論文第2章は、美濃川拓哉、浜口幸久、雨宮昭南の共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および検証を行なったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/53997 |