学位論文要旨



No 112980
著者(漢字) 白濱,佳苗
著者(英字)
著者(カナ) シラハマ,カナエ
標題(和) 酵母を用いた自食作用の分子遺伝学的研究 : 構成的な自食作用を示す突然変異株の単離とその解析
標題(洋) Molecular genetical studies on autophagy in the Yeast,Saccharomyces cerevisiae.Isolation and characterization of the CSC mutants.
報告番号 112980
報告番号 甲12980
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3306号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川口,昭彦
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 教授 渡辺,昭
 東京大学 助教授 箸本,春樹
 基礎生物学研究所 教授 大隅,良典
内容要旨

 外界からの栄養の供給が断たれると、細胞は自己の細胞質成分を非選択的に液胞に取り込んで分解する自食作用を誘導する。自食作用は、真核細胞に普遍的に存在する、大規模な膜動態を伴う現象である。栄養源飢餓を感知すると、細胞質中にカップ型の中間構造体を経て、二重膜構造体であるオートファゴソームが形成される。オートファゴソームの外膜は液胞膜と速やかに融合し、液胞内にその内膜構造体、オートファジックボディを送り込む。オートファゴソーム、及びオートファジックボディの膜は、細胞内の他のいずれとも異なった特徴を持つことが形態学的に示されているが、その膜の起源、並びに形成機構は未だ解明されていない。

 我々の研究室では、酵母(Saccharomyces cerevisiae)を用いてこれまでに14の自食作用不能変異株を単離している。これらapg変異株群はすべてオートファゴソームを形成できないが、栄養源飢餓に対する他の応答は正常であるため、その遺伝子産物はオートファゴソーム形成にきわめて近い領域で機能していることが予想される。また、分泌経路を通らずに液胞に輸送されるアミノペプチダーゼ(API)の輸送にも欠損を持つことから、栄養条件下においても機能していることが考えられる。

 酵母では、自食作用は栄養源飢餓条件下にのみ誘導される。私は、自食作用の制御機構の解明には、APG遺伝子群の解析とは異なる手段が有効であると考え、本研究において、栄養条件下に自食作用を誘導する変異株を単離し、その解析を行った。

結果1.csc変異株の単離と解析

 栄養条件下において自食作用を誘導する変異株を単離するために、アルカリ性ホスファターゼ(ALP、Pho8p)活性に基づいた自食作用の生化学的な検出法を用いた。液胞膜タンパク質であるALPは、前駆体として合成され、分泌経路を通って液胞に輸送されると液胞内プロテアーゼによる成熟化を受け活性を獲得する。ALPの膜貫通領域を欠失させたPho860pは細胞質中に存在し、栄養源飢餓条件下に自食作用の進行に伴って液胞へ輸送されると初めて成熟化を受け、ALP活性を提示する。Pho860pを発現する野生型酵母細胞を変異原処理し、富栄養培地プレート上でALP活性を示すコロニーを選択した。それらの中から、光学顕微鏡観察により、液胞内にオートファジックボディを蓄積する変異株を4株単離した。遺伝学的解析の結果、これらはいずれも核性の単一劣性変異であり、2つの相補群(csc1,csc2:Constitutive Sequestration of Cytosol by autophagy)に分けられた。

 csc1-1、csc2-1変異株のPRB1遺伝子を破壊した結果、csc1-1/prb1、csc2-1/prb1二重変異株細胞のいずれにおいても、栄養培地中で液胞内にオートファジックボディの蓄積が観察された。さらに、csc1-1、csc2-1変異株細胞で見られるALP活性が、これらの二重変異株では検出されないことから、csc変異株におけるALPの活性化は、Pho860pが液胞内に輸送されたことをを示す。

 Apg1タンパク質は、その活性が、自食作用の誘導に必須なセリン/スレオニン型プロテインキナーゼである。csc1-1、csc2-1変異株のAPG1遺伝子を破壊したところ、これらの二重変異株のALP活性は、いずれにおいても野生型株の示すレベルに低下した。以上の結果より、csc変異株では、栄養条件下においても自食作用が誘導されていることが示された。

2.CSC1遺伝子の単離

 csc1-1変異株の窒素源飢餓条件下での生存率の低下、並びに富栄養培地中での自食作用の誘導という変異形質の抑圧を指標に、CSC1遺伝子を酵母のゲノムライブラリーより単離した。CSC1遺伝子は437アミノ酸残基からなるAAA(ATPase Associated to a variety of cellular Activity)ファミリーに属する親水性のATPaseをコードする。AAAファミリーに属するタンパク質は、膜融合過程(NSF/Sec18p)やオルガネラの形成過程(Pas1p、Pas8p)等、細胞内の様々な現象に関わっているが、それらに共通する機能は明らかではない。csc1-1、csc1-2変異株における変異部位を決定した結果、いずれも291番目のグルタミン酸がリジンに置換した同一の変異を持つことが明らかになった。この変異は、SRH領域と呼ばれるATP水解活性領域の他にAAAファミリーで高度に保存された領域に起こったものである。SRH領域の機能は未だ解明されていないが、AAAファミリーに共通する機能を知る上で重要であると考えられている。

3.CSC1遺伝子産物の機能解析

 CSC1遺伝子産物(Csc1p)の機能を解析するために、csc1遺伝子破壊株(csc1)を作製した。csc1株は生育可能であり、栄養培地中での増殖遅延も見られなかった。Csc1pに対して作製した特異抗体を用いたイムノブロッティングの結果、Csc1p及びCsc1pE291Kはいずれも安定な約50kDaのタンパク質であった。細胞分画法により、細胞内での局在様式を検討した結果、いずれのタンパク質も主に細胞質中に遊離の状態で存在し、一部が沈殿画分に検出され、その局在様式に大きな変化は見られなかった。これより、csc1-1変異株で見られる栄養条件下での自食作用の誘導は、Csc1pとCsc1pE291Kの間の量的安定性並びに局在性の違いによるためではないと考えられる。

 栄養条件下での自食作用の誘導を検討した結果、csc1株では自食作用を反映するALP活性が検出されなかった。csc1株中で、csc1-1(csc1E291K)を多コピーベクター上で発現させるとALP活性の上昇が見られた。さらに、野生型細胞中で、Csc1pE291Kを過剰発現させることで、栄養条件下での自食作用が観察された。これより、csc1E291Kは、過剰発現させることで優勢に働く、gain-of-function変異であることが示された。ATP水解活性領域内の179番目のリジンをアラニンに置換したcsc1K179AE291Kcsc1株に導入することにより、ATP水解活性が栄養条件下での自食作用の誘導に関わるか検討した。csc1K179AE291Kを導入したcsc1株は、自食作用を反映するALP活性がATP水解活性領域内にのみ変異を持たせたものと同様に低い値を示した。これらの結果は、Csc1pE291Kが、ATPaseとしての機能を有しており、その活性が栄養条件下での自食作用の誘導に関わっていることを示唆する。

 CSC1遺伝子は液胞タンパク質やエンドサイトーシスによって取り込まれた物質の液胞への輸送に必要なVPS4/END13/GRD13と同一であった。vps4の属するクラスE vps(vacuolar protein sorting)変異株群では、クラスEコンパートメントと呼ばれる蛍光色素FM4-64によって染色される構造体が蓄積する。この構造体は、後期エンドソームが肥大化したものと考えられている。csc1-1変異株をFM4-64で処理すると、クラスEコンパートメントが観察された。この蛍光像は、csc1株においても見られるが、野生型株では観察できない。このことは、Csc1pが後期エンドソームの機能に重要な役割を担っており、csc1-1変異によってその機能が果たせなくなることを示している。さらに、液胞タンパク質カルボキシペプチダーゼYの輸送に対するcsc1-1変異の影響を検討した結果、csc1株同様に、ゴルジ体型前駆体が細胞外に分泌されていた。以上の結果は、Csc1p/Vps4pが後期エンドソーム機能に関与することを表している。

まとめ

 本研究では、自食作用の制御に関わる新たな因子の同定を目的に、栄養条件に関わらず自食作用を誘導する変異株の単離とその解析を試みた。その結果、新たにCSC1、CSC2の2つの因子が自食作用に関わることを見出した。CSC1は、AAAファミリーに属するATPaseで、VPS4/END13/GRD13と同一である。液胞へのタンパク質の輸送過程には、自食作用、エンドサイトーシス、液胞タンパク質の生合成経路、及びAPIのように直接細胞質から輸送される4つの経路がある。これまでに、液胞タンパク質の生合成とエンドサイトーシスの経路が後期エンドソームにおいて、合流していることが示されているが、本研究によって、自食作用の経路にも後期エンドソーム機能が深く関わっていることが初めて明らかになった。最近、動物細胞においても、自食作用とエンドサイトーシスの経路に密接な関係があるという形態学的な研究結果が報告されている。今後、後期エンドソームと自食作用、即ちオートファゴソームの形成過程の関係が明らかになることが期待される。

審査要旨

 自食作用は、現在解析の進んでいない細胞生物学の重要課題の1つであり、近年多くの研究者が参入し始めている分野でもある。申請者の所属研究室において既に自食作用不能変異株が多数分離されていたが、それらは互いに区別されるような表現型を示さず、解析が困難であった。APG遺伝子の解析が進みつつあるが依然としてその分子機構や制御機構は不明である。

 申請者は、博士課程のテーマとして、自食作用の制御機構に関する新しい知見を得ることを目的として新規に変異株の分離を行いその解析を進めた。本来栄養飢餓によって誘導される自食作用が栄養培地中でも構成的に進行する変異株の分離に着手した。そのために申請者の研究室で開発された液胞膜酵素アルカリ性ホスファターゼの改変タンパク質の液胞内活性化に基づく自食作用の検出法を応用した。その結果4個の変異株が得られ、遺伝解析の結果2つの相補性グループに分かれる劣性変異であった。CSC1遺伝子のクローニング、構造解析を進め、この遺伝子がAAAファミリーに属するATPaseの1つをコードすることが明らかとなった。変異遺伝子の塩基配列の決定により独立に得られた2つの変異csc1-1,csc1-2ともにSHR領域と呼ばれる高度に保存された部位の1アミノ酸の置換による点突然変異であることを明らかにした。CSC1遺伝子破壊株では、自食作用が強く抑えられることが判った。野生株に変異遺伝子を高度に発現させると構成的に自食作用を誘導することから変異は機能獲得型の対立遺伝子をコードしていることが示された。この自食作用の誘導にはATPase活性が必要であることが示され、CSC1遺伝子が自食作用に重要な役割を担っていることが示唆される。

 CSC1遺伝子は液胞の可溶性酵素カルボキシペプチダーゼYの局在異常vps4、エンドサイトーシス不能end13変異と同一の遺伝子の変異であること判明した。事実csc1-1変異はCPYの細胞外への分泌、エンドサイトーシスの異常が認められた。これらの結果はこれらの機能に共通の細胞内構造としてのエンドソームが自食作用にも重要な役割を担っていることを強く示唆している。生化学的な解析から得られたCSC1と相互作用する60kタンパク質の同定と細胞内局在の解析からオートファゴソームの形成過程に関する新しい知見が得られることが期待される。

 なお本論文の前半部分は既に3名の共著論文として公表されているが、論文提出者が主体となって解析したことを確認した。さらに後半部分は近日中に投稿予定である。

 以上のように白濱佳苗はCSC1,CSC2遺伝子の同定、構造解析を進め、自食作用の膜動態の解明に重要な手がかりとなる結果を得た。今後の発展が期待される研究であり、東京大学理学系研究科の博士号に十分であると審査委員全員一致で判断した。

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