自食作用は、現在解析の進んでいない細胞生物学の重要課題の1つであり、近年多くの研究者が参入し始めている分野でもある。申請者の所属研究室において既に自食作用不能変異株が多数分離されていたが、それらは互いに区別されるような表現型を示さず、解析が困難であった。APG遺伝子の解析が進みつつあるが依然としてその分子機構や制御機構は不明である。 申請者は、博士課程のテーマとして、自食作用の制御機構に関する新しい知見を得ることを目的として新規に変異株の分離を行いその解析を進めた。本来栄養飢餓によって誘導される自食作用が栄養培地中でも構成的に進行する変異株の分離に着手した。そのために申請者の研究室で開発された液胞膜酵素アルカリ性ホスファターゼの改変タンパク質の液胞内活性化に基づく自食作用の検出法を応用した。その結果4個の変異株が得られ、遺伝解析の結果2つの相補性グループに分かれる劣性変異であった。CSC1遺伝子のクローニング、構造解析を進め、この遺伝子がAAAファミリーに属するATPaseの1つをコードすることが明らかとなった。変異遺伝子の塩基配列の決定により独立に得られた2つの変異csc1-1,csc1-2ともにSHR領域と呼ばれる高度に保存された部位の1アミノ酸の置換による点突然変異であることを明らかにした。CSC1遺伝子破壊株では、自食作用が強く抑えられることが判った。野生株に変異遺伝子を高度に発現させると構成的に自食作用を誘導することから変異は機能獲得型の対立遺伝子をコードしていることが示された。この自食作用の誘導にはATPase活性が必要であることが示され、CSC1遺伝子が自食作用に重要な役割を担っていることが示唆される。 CSC1遺伝子は液胞の可溶性酵素カルボキシペプチダーゼYの局在異常vps4、エンドサイトーシス不能end13変異と同一の遺伝子の変異であること判明した。事実csc1-1変異はCPYの細胞外への分泌、エンドサイトーシスの異常が認められた。これらの結果はこれらの機能に共通の細胞内構造としてのエンドソームが自食作用にも重要な役割を担っていることを強く示唆している。生化学的な解析から得られたCSC1と相互作用する60kタンパク質の同定と細胞内局在の解析からオートファゴソームの形成過程に関する新しい知見が得られることが期待される。 なお本論文の前半部分は既に3名の共著論文として公表されているが、論文提出者が主体となって解析したことを確認した。さらに後半部分は近日中に投稿予定である。 以上のように白濱佳苗はCSC1,CSC2遺伝子の同定、構造解析を進め、自食作用の膜動態の解明に重要な手がかりとなる結果を得た。今後の発展が期待される研究であり、東京大学理学系研究科の博士号に十分であると審査委員全員一致で判断した。 |