学位論文要旨



No 112982
著者(漢字) 孫,潤光
著者(英字)
著者(カナ) スン,ラングワン
標題(和) 置換ポリアセチレン及び希土類金属錯体におけるエレクトロルミネッセンス
標題(洋) Electroluminescence of Polyacetylene Derivatives and Lanthanide Complexes
報告番号 112982
報告番号 甲12982
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3308号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山本,智
 東京大学 教授 橋本,和江
 東京大学 助教授 長谷川,修司
 東京大学 助教授 岡本,裕巳
 東京大学 助教授 末元,徹
内容要旨

 ITO(インジウム-錫酸化物)コートガラス/poly〔(o-iso-propylphenyl)acetylene〕(PPA-iPr)/Mg/Al構造の単層デバイスを用いて、ポリアセチレン誘導体の一種PPA-iPrの低効率の赤色エレクトロルミネセンス(EL)を観測した。PPA-iPrにヨウ素をドープすることによって、ソリトン生成が観測される。この高分子の低発光効率は、基底状態の非縮退性によるものである。ポリアセチレンの置換基がmonophenylとdiphenylの誘導体、すわなちpoly(phenylacetylene)(PPA)とpoly(diphenylacetylene)(PDPA)では、緑のELが観測された。これらの高分子の中で、poly〔1-(p-n-butylphenyl)-2-phenylacetylene〕(PDPA-nBu)は、最も高い効率で緑色の発光を示す。上方転換(up-conversion)法によって、PDPA-nBuの溶液と薄膜形態の光励起発光(PL)寿命をそれぞれ測定し、溶液において寿命は350ps、薄膜では30psが得られた。このことから、鎖間相互作用には無輻射過程が高速化させることが結論される。電子輸送材料、2-(4-biphenylyl)-5-(4-t-butylphenyl)-1,3,4-oxadiazole(PBD)をPDPA-nBu中にドープすることによって、単層デバイスを用いて、EL効率を10倍増加させることに成功した。アルキル基とフェニル基で置換された一連のポリアセチレン誘導体、poly(1-alkyl-2-phenylacetylene)(PAPA)(アルキル基は、methyl、ethyl、n-hexylの3種)において、単層デバイスを用いて、青いELが観測された。アルキル基の側鎖長が長くなるほど、発光の色は青緑から真青に変化し、発光は強くなった。アルキル基とフェニル基のどちらか一方でしか置換されていないポリアセチレンの場合、このように強い発光は見られなかった。PAPAにPBDをドープしても、EL効率は改善されなかったが、このことからPAPAホスト・マトリクス内で、PBDが会合していることが考えられる。ポリアセチレン誘導体の発光色のチューニングは、主鎖の共役長を置換基によって、例えば、置換基の主鎖に対するアクセプター効果によって変化させることにより達成される。

Table 1 Physical properties of the polyacetylene derivatives studied

 パラ・カルバゾリル基によって置換されたpoly(diphenylacetylene)(PDPA-Cz)の発光は、黄緑で535nmにピークがある。この発光は、PDPA-nBuの発光(520nm)と比較すると、レッドシフトしている。また、パラ・カルバゾリル側鎖からの発光はなかった。ITO/PDPA-Cz/Mg/Al構造の単層デバイスとITO/PDPA-Cz/Alq/Mg/Al構造の二層デバイスを用いて、ELの性質を研究した。ただし、Alq〔tris(8-quinolinato)aluminum〕薄膜は、発光層と同様に電子輸送層として用いている。ITO/PDPA-Cz/Alq/Mg/Alは、約2%もの高いEL効率を示した。これは、ジアミンを正孔輸送層、Alqを電子輸送層として用いた場合より高い効率である。PDPA-CzとフラーレンC60のヘテロ構造から成るバイアス極性に依存しないELデバイスの特徴を報告する。PDPA-CzとC60の面間電荷移動の観点から、逆直流バイアス下におけるデバイス制御について議論する。

 プラズマ重合により、有機ELデバイス用の発光高分子を作製した。プラズマ高分子は、溶液から成形した高分子より、均質性、ピンホールフリーなどの点で優れている。芳香族高分子を生成するための最初の単量体としては、ナフタレンが最も適している事が知られている。ITO/plasma poly(naphthalene)(PPN)/Alの単層構造を用いると、PPNのEL効率は約0.01%になる。このEL効率は、化学的に重合させたPPV〔poly(paraphenylene vinylene)〕やPPP〔poly(paraphenylene)〕等のEL高分子を同様の単層構造デバイスで測定した場合と、同程度である。

Figure 1. Apparatus of plasma polymerization(a),the molecular structure of PPN(b),and the configuration of EL device(c).

 新しい、ユーロピウム錯体(EuM4N2)をITO/PVK:EuM4N2:PBD/Mg/Al単層ELデバイスにおける発光分子として用いた。ただし、PVKとはpoly(N-vinylcarbazole)のことである。バイアス電圧10V以上で、612nmにおける鋭い赤い発光(半値全幅8nm)が測定された。また、バイアス電圧20V(5mA/cm2)で、輝度は3cd/m2に達した。発光体として、テルビウム錯体〔tris(acetylacetonato)(1,10-phenanthroline)Tb〕を用いたELデバイスも製作した。ITO/PVK:Tb錯体/Mg/Al単層式デバイスにおいて、半値全幅15nmの鋭い発光が490nmと546nmに観測された。EL効率は0.1%(光子/電子)であった。Tb錯体の電子励起過程も調べた。

 (Eu,Gd)錯体Eu0.1Gd0.9(TTA)3(TPPO)2の発光色は、ITO/PVK:Eu0.1Gd0.9(TTA)3(TPPO)2:PBD/Mg/Al単層ELデバイスにおいて、白から赤まで、温度を77Kから室温まで変化させることによって、連続的にチューニングが可能である。この現象は、Gdキレートの三重項状態からのエレクトロフォスフォレセンスと、Gdキレート・ケージからEuキレート・ケージへの分子間のエネルギー移動効率の温度依存性によって説明される。

Figure 2. The coordinates of the emitting colors of the ITO/P VK:Eu0.1Gd0.9(TTA)3(TPPO)2:PBD/Mg/Al EL device varied from 77K to 300K are shown in the CIE x,y chromaticity diagram.
審査要旨

 本論文は、ポリアセチレン誘導体、および、ランタノイド錯体のエレクトロルミネッセンス(EL)を系統的に研究したものである。ELは発光ダイオードやダイオードレーザーとして広く応用されている現象で、その媒質としてこれまで主に無機半導体が用いられている。一方、有機材料を用いると、無機半導体では難しい青色の発光が実現できること、また、高い効率で長寿命の発光が可能であることなどの利点がある。論文提出者はこれらの点に着目して、ポリアセチレン誘導体とランタノイド錯体のELを詳しく調べた。

 本論文は全部で10章よりなる。第1章では、研究の背景ならびにELのメカニズムについてレビューを行っている。その上で、有機材料を用いるデバイスの開発の意義、目的と可能な応用について簡単に総覧している。

 第2章から第7章はポリアセチレン誘導体を用いたデバイスについての結果である。第2章では、poly[(o-iso-propylphenyl)acetylene]について単層構造のデバイスを製作し、その吸収スペクトル、蛍光スペクトル、ELを測定した。第3章では、poly[1-(p-n-butylphenyl)-2-phenylacetylene]を用いて、ポリアセチレン鎖に2個のフェニル基を導入した場合、発光効率が大きくなることを明らかにした。第4章では、3種のpoly(1-alkyl-2-phenylacetylene)(R=CH3,C2H5,n-C6H13)について、ELを調べ、アルキル鎖が伸びるほどピーク波長は短くなり、かつ発光効率が増大することを見いだした。第5章では、poly[l-(p-n-carbazolylphenyl)-2-phenylacetylene](PDPA-Cz)を発光媒質に用い、Alqを電子供与層として用いた2層構造のデバイスによって、2%を超える高い効率でELが観測されることを示した。第6章では、PDPA-Czを発光媒質に用い、C60層を入れた2層構造のデバイスを用いることにより、極性によらないELが観測された。これはC60が電子供与層としても正孔供与層としても働くことに着目したもので、交流で発光するデバイスとしての応用が考えられる。第7章では、プラズマ重合を用いて基板上にELのための高分子薄膜を直接形成する試みをはじめて行ってた。得られたデバイスのEL特性は現在のところ従来のスピンコーティングの方法によるものよりも劣っているが、今後の新しいデバイス形成法として注目される。

 第8章から第10章はランタノイド錯体についての結果である。第8章ではEu錯体(EuM4N2)についてELの濃度依存性を調べ、濃度を上げていくと612nmのEuイオンによる発光が卓越してくることを見いだした。第9章ではGd,Eu錯体についてELスペクトルの温度依存性を測定した。その結果、室温では612nmのEuイオンによる発光が支配的であるが、77Kまで冷却すると500nm付近のブロードな燐光成分が強くなることを示した。このことは、温度によって発光の色が連続的に変化することを意味し、温度センサー等への応用を提案している。第10章ではTb錯体(Tb(acac)3(Phen))を用いて、温度安定性のよい単層構造のELデバイスの製作にはじめて成功した。

 このように本論文では、ポリアセチレン誘導体、ランタノイド錯体を用いて、多くのELデバイスを開発し、その機構について系統的な検討を与えている。これらの結果は、有機材料を用いたELデバイスについての物理的理解を深めるとともに、将来の開発において重要な指針を与えるものと言える。

 上記の研究は、指導教官および研究協力者の指導、助言のもと、すべて論文提出者が主体となって着想し実行したものである。よって、本論文提出者、孫潤光は、博士(理学)の学位を授与できると結論した。

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