学位論文要旨



No 112985
著者(漢字) コズロフ・アレキサンダー・イワノヴィッチ
著者(英字) Kozlov Alexander Ivanovich
著者(カナ) コズロフ・アレキサンダー・イワノヴィッチ
標題(和) NaYゼオライトスーパーケージ内に補捉されたバナジウム錯体の合成と触媒特性
標題(洋) Synthesis,characterization and catalytic performance of vanadium complexes encapsulated in NaY zeolite supercages
報告番号 112985
報告番号 甲12985
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3311号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 山内,薫
 東京大学 助教授 川島,隆幸
内容要旨

 精密合成化学において、生成物選択性だけでなく、立体選択性・位置選択性100%、転化率100%の触媒の実現がもっとも望まれている。更に、触媒自身を分離・回収することも環境浄化の観点から重要な要請の一つである。選択性100%の触媒を調製するには、生体触媒である酵素に見られるように活性点周辺の構造を精密に設計するだけでなく、活性点から離れた高次構造をも精密に制御して、初めて達成される。二の目的を不均一触媒で実現するためには、触媒活性を分子レベルで制御可能な金属錯体を規則正しい高次構造をもつゼオライト細孔内に調製することで達成できるものと考えられる。私は、一連のV錯体触媒をNaYゼオライトのスーパーケージ内に世界で初めて合成し、その構造や触媒挙動を研究した。

1.[サンプル調整法]

 本研究では、スーパーケージ内にV錯体を固定化するため二つの方法を採用した。一つは、フレキシブルリガンド法と呼ばれるもので、あらかじめスーパーケージ内に存在するVO2-にリガンドを仕込み、これを反応させて、スーパケージ内でV錯体を調整する方法である。通常のバナジウムに見られるV5-は元来、移動度が高いため、スーパーケージ内での合成が難しい。そこで、特に本研究では、V4-を選び、VO(2÷)の酸化反応を防ぐため、Ar下での合成を行った。これにより、Vをスーパケージ内に留め、錯体をスーパケージ内に合成することに成功した。もう1つは、テンプレート合成法と呼ばれるもので、スーパーケージ内に存在するVO2-に、リガンド原料を反応させ、リガンドを合成するとともに、V錯体を同時に細孔内に調製する方法である。前者の方法でVピコ錯体は、NaY外表面に存在するバナジウムピコリン酸錯体に比べて、安定性が増していることがわかった。しかしながら、酸素の活性化能力はほとんどなく、酸素を酸化剤とする触媒作用の検討を断念し、均一触媒で見られる過酸化物を用いた触媒試験を行った。過酸化水素水溶液を用いた場合、バナジウムピコリン酸錯体と過酸化水素が反応し、可溶性の錯体が形成されることがわかった。そこで、尿素過酸化水素アダクトを用いて、非水溶媒系で反応性を検討した。まず、ESR,EXAFS,XANES、UV-VISで、バナジウムピコリン酸錯体と過酸化水素との反応で生じる化学種の同定を行った。ESRシグナルは反応に伴い、減少する。すなわち、酸化数が4+から5+に変化していることを示している。図3にEXAFSの振動を、図4にXANESのスペクトルを示した。標準化合物との比較から、バナジウムモノピコリン酸過酸化物錯体ができていることが推定された。

図3 EXAFS:過酸化水素処理NaY内包バナジウムピコリン酸(実線)、処理前(波線)、VO(Pic)2H2O/BN(50%)+VO(O2)(Pic)*2H2O(50%)の重ね合わせ(点線)図4 XANESスペクトルa)VO(pic)2-NaY調製後、b)過酸化水素処理後、(c)VO(O2)(Pic)H2O/BN,(d)H[VO(O2)(pic)2*H2O]/BN図5 2,5ジメチルヘキサンの反応位置選択性

 リン酸錯体、シッフ塩基であるVサレン錯体を合成し、後者の方法で、Vサレン錯体の合成に成功した。

2.[バナジウムピコリン酸錯体のNaY内での合成]

 上記で述べた、フレキシブルリガンド法で合成したバナジウムピコリン酸錯体のキャラクタリゼーションをESR,FT-IR,EXAFSで行った。バナジウムピコリン酸錯体結晶や、NaY外表面に固定化したバナジウムピコリン酸錯体の結果と比較した結果、フレキシブルリガンド法により、バナジウムピコリン酸錯体が合成されることがわかった。特にESRでは、そのg値および超微細分裂値Aの異方性から、V=OとV-ligandの共有性に関する情報が得られることを見いだした。さらに、このバナジウムピコリン酸錯体はソックスレー抽出により抽出できないことやXRFにより求めたバルク組成とXPSで求めた表面組成を比較したときに、バルク組成に比べ、表面組成が小さくなることおよび図1に示すようにスーパーケージ内のNa分布を示すXRDピーク強度比が大きく変化し、スーパーケージ内のNa分布の再分配が生じていることから、バナジウムピコリン酸錯体は、スーパーケージ内に固定化して存在することが分かった。一方、分子動力学計算により、バナジウムピコリン酸錯体の存在位置を計算したところ図1に示すようにスーパケージ内に存在することが分かった。置換型バナジウムピコリン酸錯体についても同様な検討を行ったが、それぞれ、NaYのスーパーケージ内に合成されることがわかった。しかし、そのゼオライト細孔との相互作用は、置換基により異なることがわかった。

図1 XRDパターン(a)VO-NaY,(b)NaY細孔内に捕捉したVO(pic)2図2 バナジウムピコリン酸のコンピュータシミュレーション
3.[バナジウムピコリン酸錯体のNaY内のH2O2に対する反応性と触媒特性]

 バナジウムピコリン酸は酸化反応を触媒することが期待されたので、酸素との反応性、酸素共存下での安定性を調べた。その結果、NaY内に存在するバナジウムピコリン酸

 これに、炭化水素を反応させると、溶液反応同様の活性を示すことを見出した。また、溶液反応と比べると、不完全ながら、形状選択性や反応位置選択性を示すことを見出した。図5に2,5-ジメチルヘキサンの反応位置選択性の結果を示した。直鎖分子であるため、チャンネルを分子鎖方向に配向して移動するため、1の炭素位置が攻撃されやすくなることが予想されたが、反応結果も同様に1位の位置の反応性が上がることがわかった。また、炭化水素やアルコールの反応はhomolyticな反応機構でいくことが分かった。即ち、V(O2)ラジカルが生成し、図6に示すような[VOOH+R・]内圏錯体を形成して反応が進行していることが示唆された。

4.[シッフ塩基バナジウム錯体]

 シッフ塩基であるサレン錯体をフレキシブルリガンド法およびテンプレート法で調製した。ESR,XAFS,FTIR、XRD,XPS,XRF等のキャラクタリゼーションの結果、バナジウムサレン錯体はスーパケージ内に合成されていることがわかった。テンプレート法によりバナジウムサレン錯体をNaY細孔合成した例は世界で初めてである。さらにいくつかの置換型バナジウムサレン錯体を合成に成功した。ESRの測定から、サレンリガンドを修飾することで電子状態を変化させられることがわかった。

5[結論]

 以上の結果をまとめると

 1.V錯体をスーパケージ内に合成に成功した。

 2.Vピコリン酸錯体のキャラクタリゼーションを行った。

 その触媒活性を検討し、溶液的な活性をもつこと。位置選択性、形状選択性が有ること。homolyticに反応が進行することを見いだした。

 3.Vサレン錯体をテンプレート法で初めて合成に成功した。サレンリガンドを修飾することで、反応性を改質できること可能性を見いだした。

図6 VO(pic)2-NaYの反応機構
審査要旨

 触媒合成化学において、生成物選択性だけでなく高い立体選択性・位置選択性と高い転化率を有する触媒の実現が望まれている。高選択性触媒を調製するには、触媒である生体酵素に見られるように活性点周辺の構造を精密に設計するだけでなく、活性点から離れた高次構造をも精密に制御する必要がある。本論文では、これを不均一系触媒で実現するために、分子レベルで制御可能な活性金属錯体を、規則正しい高次構造をもつゼオライト細孔内に合成する研究を遂行している。

 本論文は、6章からなり、一連のバナジウム錯体触媒をNaYゼオライトのスーパーケージ内に世界で初めて合成し、その構造や触媒挙動についての研究を述べている。

 第1章では、本研究分野に関する一般的概説とゼオライト細孔内錯体合成に関する種々のアプローチを説明し、さらに本論文の研究についての位置づけを述べている。

 第2章では、本研究に用いた触媒合成法とキャラクタリゼーション法とをまとめて詳述している。本研究では、スーパーケージ内にV錯体を固定化するため二つの方法を採用している。一つは、フレキシブルリガンド法と呼ばれるもので、あらかじめスーパーケージ内に存在するVO2+にリガンドを仕込み、これを反応させて、スーパーケージ内でV錯体を調製する方法である。他は、テンプレート合成法と呼ばれるもので、スーパーケージ内に存在するVO2+にリガンド原料を反応させ、リガンドを合成するとともにバナジウム錯体を細孔内に調製する方法である。前者の方法でバナジウムピコリン酸錯体及びシッフ塩基であるバナジウムサレン錯体を合成し、後者の方法で、バナジウムサレン錯体の合成に成功している。

 第3章では、フレキシブルリガンド法で合成したバナジウムピコリン酸錯体のキャラクタリゼーションをESR、FT-IR、EXAFSで行った結果について述べている。バナジウムピコリン酸錯体はソックスレー抽出により抽出できないことや、XRFにより求めたバルク組成とXPSで求めた表面組成を比較した時に、バルク組成に比べ表面組成が小さくなること及びスーパーケージ内のNa分布を示すXRDピーク強度比が大きく変化することなどから、バナジウムピコリン酸錯体はスーパーケージ内に固定化されていることが分かった。また、分子動力学計算もスーパーケージ内の存在を示唆した。

 第4章では、NaYゼオライト内バナジウムピコリン酸錯体のH2O2に対する酸化触媒特性について述べている。過酸化水素水溶液を用いた場合、バナジウムピコリン酸錯体と過酸化水素が反応し、水溶性の錯体が形成されることが分かった。そこで、尿素過酸化水素付加体を用いて非水溶媒系で反応性を検討した。まず、ESR、EXAFS、XANES、UV-VISで、バナジウムピコリン酸錯体と過酸化水素との反応で生じる化学種の同定を行ったところ、酸化数が4+から5+に変化し、バナジウムモノピコリン酸過酸化物錯体ができていることが示唆された。これに炭化水素類を反応させると、溶液反応同様の活性を示すことを見い出した。また溶液反応に比べると、不完全ながら形状選択性や反応位置選択性を示すこと、末端の炭素位置が攻撃されやすくなること、反応は[VOOH+R・]内圏錯体を形成するhomolyticな機構で進むことが分かった。

 第5章では、シッフ塩基であるサレン錯体をフレキシブルリガンド法及びテンプレート法で調製した結果を述べている。ESR、XAFS、FT-IR、XRD、XPS、XRF等のキャラクタリゼーションの結果、バナジウムサレン錯体はスーパーケージ内に合成されていることが分かった。テンプレート法によりバナジウムサレン錯体をNaY細孔内に合成した例は世界で初めてである。さらにいくつかの置換型バナジウムサレン錯体の合成にも成功している。

 第6章では、本論文全体を通しての結論と研究の展望を述べている。

 以上、本論文はバナジウムピコリン酸錯体及びバナジウムサレン錯体をNaYゼオライトスーパーケージ内に合成することに初めて成功し、種々の解析法を併せてキャラクタリゼーションを行い、さらに選択酸化触媒としての可能性を見い出したもので、触媒基礎化学に貢献するところ大である。また、本論文の研究は、本著者が主体となって考え合成し解析したもので,本著者の寄与は極めて大きいと判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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