触媒合成化学において、生成物選択性だけでなく高い立体選択性・位置選択性と高い転化率を有する触媒の実現が望まれている。高選択性触媒を調製するには、触媒である生体酵素に見られるように活性点周辺の構造を精密に設計するだけでなく、活性点から離れた高次構造をも精密に制御する必要がある。本論文では、これを不均一系触媒で実現するために、分子レベルで制御可能な活性金属錯体を、規則正しい高次構造をもつゼオライト細孔内に合成する研究を遂行している。 本論文は、6章からなり、一連のバナジウム錯体触媒をNaYゼオライトのスーパーケージ内に世界で初めて合成し、その構造や触媒挙動についての研究を述べている。 第1章では、本研究分野に関する一般的概説とゼオライト細孔内錯体合成に関する種々のアプローチを説明し、さらに本論文の研究についての位置づけを述べている。 第2章では、本研究に用いた触媒合成法とキャラクタリゼーション法とをまとめて詳述している。本研究では、スーパーケージ内にV錯体を固定化するため二つの方法を採用している。一つは、フレキシブルリガンド法と呼ばれるもので、あらかじめスーパーケージ内に存在するVO2+にリガンドを仕込み、これを反応させて、スーパーケージ内でV錯体を調製する方法である。他は、テンプレート合成法と呼ばれるもので、スーパーケージ内に存在するVO2+にリガンド原料を反応させ、リガンドを合成するとともにバナジウム錯体を細孔内に調製する方法である。前者の方法でバナジウムピコリン酸錯体及びシッフ塩基であるバナジウムサレン錯体を合成し、後者の方法で、バナジウムサレン錯体の合成に成功している。 第3章では、フレキシブルリガンド法で合成したバナジウムピコリン酸錯体のキャラクタリゼーションをESR、FT-IR、EXAFSで行った結果について述べている。バナジウムピコリン酸錯体はソックスレー抽出により抽出できないことや、XRFにより求めたバルク組成とXPSで求めた表面組成を比較した時に、バルク組成に比べ表面組成が小さくなること及びスーパーケージ内のNa分布を示すXRDピーク強度比が大きく変化することなどから、バナジウムピコリン酸錯体はスーパーケージ内に固定化されていることが分かった。また、分子動力学計算もスーパーケージ内の存在を示唆した。 第4章では、NaYゼオライト内バナジウムピコリン酸錯体のH2O2に対する酸化触媒特性について述べている。過酸化水素水溶液を用いた場合、バナジウムピコリン酸錯体と過酸化水素が反応し、水溶性の錯体が形成されることが分かった。そこで、尿素過酸化水素付加体を用いて非水溶媒系で反応性を検討した。まず、ESR、EXAFS、XANES、UV-VISで、バナジウムピコリン酸錯体と過酸化水素との反応で生じる化学種の同定を行ったところ、酸化数が4+から5+に変化し、バナジウムモノピコリン酸過酸化物錯体ができていることが示唆された。これに炭化水素類を反応させると、溶液反応同様の活性を示すことを見い出した。また溶液反応に比べると、不完全ながら形状選択性や反応位置選択性を示すこと、末端の炭素位置が攻撃されやすくなること、反応は[VOOH+R・]内圏錯体を形成するhomolyticな機構で進むことが分かった。 第5章では、シッフ塩基であるサレン錯体をフレキシブルリガンド法及びテンプレート法で調製した結果を述べている。ESR、XAFS、FT-IR、XRD、XPS、XRF等のキャラクタリゼーションの結果、バナジウムサレン錯体はスーパーケージ内に合成されていることが分かった。テンプレート法によりバナジウムサレン錯体をNaY細孔内に合成した例は世界で初めてである。さらにいくつかの置換型バナジウムサレン錯体の合成にも成功している。 第6章では、本論文全体を通しての結論と研究の展望を述べている。 以上、本論文はバナジウムピコリン酸錯体及びバナジウムサレン錯体をNaYゼオライトスーパーケージ内に合成することに初めて成功し、種々の解析法を併せてキャラクタリゼーションを行い、さらに選択酸化触媒としての可能性を見い出したもので、触媒基礎化学に貢献するところ大である。また、本論文の研究は、本著者が主体となって考え合成し解析したもので,本著者の寄与は極めて大きいと判断する。 よって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。 |