学位論文要旨



No 112987
著者(漢字) 田,旺帝
著者(英字)
著者(カナ) チョン,ワンジエ
標題(和) 偏光全反射蛍光XAFS法による酸化物単結晶表面上のMo及びPt触媒活性点の非対称・異方性構造解析
標題(洋) Asymmetric/Anisotropic Structure of Active Mo and Pt Sites on Metal-Oxide Single Crystal Surfaces by Means of Polarization-Dependent Total-Reflection Fluorescence XAFS
報告番号 112987
報告番号 甲12987
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3313号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 山内,薫
 東京大学 教授 浜口,宏夫
内容要旨 【序】

 無機酸化物表面に金属あるいは金属酸化物を担持した担持金属および金属酸化物触媒において、酸化物担体は活性構造を高分散させるだけではなく、金属と担体との相互作用により構造、モルフォロジー、配向および電子状態を変える役割をもつ。従って、担体との相互作用により形成された活性点の非対称異方性構造と反応中のその変化を知ることは触媒反応機構の解明に重要である。

 広域X線吸収微細構造(EXAFS)法は長距離秩序構造を持たない系について環境によらず、構造解析が可能であるため粉末触媒の構造決定に幅広く適用されてきた。しかし、粉体触媒ではサンプルが等方的であり、EXAFSの角度依存性が失われてしまうため、非対称/異方的構造に関する情報を直接に得ることができない。

 一方、偏光全反射蛍光EXAFS法は酸化物単結晶基板をモデル担体として、その上に触媒活性構造を担持することにより、基板と入射X線との角度を変えることができ、シンクロトロン放射光の偏光性を利用して、表面垂直方向(基板に垂直方向の原子配列)と平行方向(基板表面の二次元面内の原子配列)を分離し、測定することができる。更に全反射蛍光法と組み合わせることより基板表面上に存在する微量成分を測定することが可能な手法である。しかしながら、この偏光全反射蛍光EXAFS法は、吸収端が17keV以上の高エネルギー領域に存在する触媒的に重要なMo,Ru,Rhといった元素に対して適用が難しいと考えられてきた。そこで私は、博士課程において、測定法の改良を試み、20keVに吸収端をもつMo/TiO2(110)の偏光全反射蛍光EXAFSスペクトルを測定した。さらに、ギ酸分解に対し、高活性を示す平面型Pt4核クラスター([Pt4(-CH3COO)8])触媒のモデルとして[Pt4(-CH3COO)8]/-Al2O3(0001)を取り上げ、その構造の変化をin-situ PTRF-EXAFS法で追跡した。

【偏光全反射蛍光EXAFS法の改良とCdTe検出器の適用】

 2章と3章においては吸収端が17keV以上の高エネルギー領域存在する元素に対して既存の偏光全反射蛍光EXAFS測定法の改良について述べた。原子番号が40以上の元素のX線吸収端は17keV以上の高エネルギー領域側にあり、臨界角が極端に浅くなるため、その全反射条件での測定は困難である。また、多くの逆格子点でBragg条件を満たし、結晶からの回折線が発生しやすくなるため、EXAFS測定が困難である。それらの測定上の問題点を解決するため、まず、高精度で角度調整が可能な4軸ゴニオメーター装置を用いることで、全反射条件を満たすことが可能なことを示した。次に、担体である単結晶基板から発生する回折X線が特定の方向に発生することを利用して、CdTeのように小型の検出器を用いて、回折線の入らない位置を見つけ、測定する事ができることを見いだした。以上の改良により全反射条件下でMo K-edge EXAFSの測定に世界で始めて成功した。

【偏光全反射蛍光EXAFS法によるMo oxides/TiO2(110)の構造解析】

 私は選択的酸化反応に対して活性を示すチタニア担持モリブデン酸化物触媒のモデルとして、ルチル型TiO2(110)の単結晶を基板として取り上げ、改良された偏光全反射蛍光EXAFS法を用いて表面構造を測定した。

 ルチル型TiO2(110)の単結晶は図1に示すように[001]方向に対し、酸素列が並ぶ異方性表面構造をもつ。図1のように基板垂直方向(E//[110])と2種類の基板平行方向(E//[110]とE//[001])に電場ベクトルの偏光方向をおき、3方向でEXAFSの測定を行った。このようにMo K-edgeのEXAFSを全反射条件下で、さらに面内方向を考慮し測定した例は初めてである。

図1.TiO2(110)の表面構造と測定方法.

 Mo/TiO2(110)(p)のPTRF-EXAFS振動はそれぞれの測定方向に対し、異なるスペクトルが観測され、基板原子の影響を受け、非対称構造をもつモリブデン酸化物が形成されていることがわかった。従って、そのスペクトルは偏光方向に対して複雑に依存するため、通常のカーブフィッティングによる解析は非常に困難である。そこで、既存のMoO3酸化物の局所構造を元に様々なモデル構造を作り、多重散乱も含めた理論計算と実験結果とを比較し、構造最適化を試みた。その結果、TiO2(110)基板の[110]方向に0.335nmのMo-Mo結合を持つ、モリブデンダイマー種がTiO2(110)の酸素列を跨ぐようにして、Titaniaの表面上に存在しているモデル構造を提案した。このとき、基板のMo-Tiの結合距離は0.296nmでモリブデンダイマー種は表面から0.220nmの位置にあることがわかった。

 5章においては微量のカチオンによりモリブデン酸化物(Mo/TiO2(c))の構造が変化することを偏光全反射蛍光EXAFS測定より観測した成果を述べた。測定の結果、図3に示すように、どの方向からもおなじような振動が観測され、偏光依存性をもたず、対称的な表面構造の形成が考えられる。解析の結果、0.176nmのMo-O結合をもつ正四面体的なMoO42-構造でTiO2(110)上に存在することがわかった。このように非対称構造をもつモリブデン酸化物が、微量に存在するカチオンにより表面の性質が変化し、その上に形成されるoverlayerの構造が変わることは、触媒活性点構造の制御の観点から非常に興味深いことである。

図2.Mo/TiO2(p)のMo K-edge偏光全反射蛍光EXAFSスペクトルとシミュレーション結果.図3.Mo/TiO2(c)のMo K-edge偏光全反射蛍光EXAFSスペクトルとシミュレーション結果.
【担持Pt4核クラスター触媒】

 6章ではシリカ担持Pt4核クラスター触媒について取り上げた。この触媒は通常のPt担持触媒よりギ酸分解反応に対し高い活性と選択性(CO2,H2 100%)をしめす。PtL3EXAFS,FT-IRにより反応中Ptクラスター構造が誘導期によりtetramerからdimerに変化し反応活性構造であるモノマーに変化することを見いだした。

 一方、7章ではシリカ担持Pt4核クラスター触媒より高い活性をしめすアルミナ担持触媒での活性構造を調べるためモデル触媒として[Pt4(-CH3COO)8]/-Al2O3(0001)を取り上げてin-situ PTRF-XAFS chamber(2章)を用い、反応中での構造変化を追跡した。担持直後において、s偏光及びp偏光ともにPt-O結合のみが観察された。その結果から、担体上には[Pt4(-CH3COO)8]の構造が壊れ、単核としてPt原子が存在することが示唆される。有効配位数の結果によるmodel calculationからPtはoxygen surface latticeの3-fold hollow siteに存在していることが分かった。さらにこれを373Kで水素還元処理した結果、表面平行方向(s)ではPt-Pt結合(0.27nm)が観察されたのに対して、表面垂直方向(p)ではPt-Pt結合が観察されなかった。さらにp/s偏光の有効配位数の比の結果から,Pt原子は還元により移動し、1原子層の構造で-Al2O3(0001)上に平行に存在していることが分かった。こうした一原子構造の形成は担体と白金微粒子との間の強い相互作用に由来する物と考えられる。さらに、673Kでの水素還元処理によって凝集が進行し、Pt微粒子は三次元粒子状に成長することが観察された。

【結論】

 以上の結果から偏光全反射蛍光EXAFS法は触媒的に重要な金属元素(Z≧40)に対して適用できることが示された。このことにより、担体表面に存在する触媒活性点の三次元的な非対称構造解析の新たな方法を提供できると考える。また、この手法は反応中での活性構造決定においても有効であると考えられる。

審査要旨

 無機酸化物表面との化学的相互作用によって分散された金属あるいは金属酸化物の触媒活性構造は一般に異方的および非対称的であることが多い。また、反応分子の吸着や触媒反応の結果、異方性・非対称性が現れることも予想される。本論文では、触媒的に重要な重金属元素の偏光全反射蛍光X線吸収微細構造(PTRF-XAFS)が測定できるその場観察用装置を作製して、それを用いて表面垂直方向(基板に垂直方向の原子配列)と平行方向(基板表面の二次元面内の原子配列)を分離し、金属原子周囲の非対称構造を解析することに成功している。本論文は、8章よりなる。

 第1章では、本研究分野に関する一般的概説と本論文の位置づけを述べている。

 第2章では、本研究に用いた手法と装置について詳述している。

 第3章では、吸収端が17keV以上の高エネルギー領域に存在する重金属元素のPTRF-XAFSスペクトルを測定するための、偏光全反射蛍光XAFS測定法の改良について述べている。重金属元素では全反射の臨界角が極端に浅く、また多くの逆格子点でBragg条件を満たし結晶からの回折線が多くなるため、元素番号40以下のXAFS測定に比べその測定は格段に困難となる。それらの測定上の問題点を解決するため、高精度で角度調整が可能な4軸ゴニオメーター装置を用い、また回折X線が特定の方向に発生するためCdTeのような小型の検出器を用いることで回折線の入らない位置を見つけ、重金属元素のPTRF-XAFSが測定できることを見いだした。

 第4章では、全反射条件下でMo K-edge EXAFSの測定に初めて成功して、異方性Mo構造の解析を述べている。選択酸化反応に対して活性を示すチタニア担持モリブデン酸化物触媒のモデルとして、酸素列が1次元的に並ぶ異方性表面構造を持つルチル型TiO2(110)の単結晶を基板に用い、その表面にMo酸化物を担持し、PTRF-EXAFSスペクトルを測定している。基板垂直方向(E//[110])と2種類の基板平行方向(E//[110]とE//[001])に電場ベクトルの偏光方向をおき、3方向でのEXAFS測定に成功した。そのスペクトルは偏光方向に対して複雑に依存するため、通常のカーブフィッティングによる解析は困難なため、既存のMoO3酸化物の局所構造を元に様々なモデル構造を作り、多重散乱も含めた理論計算と実験結果とを比較し、構造最適化を試みた。その結果、TiO2(110)基板の[110]方向に0.335nmのMo-Mo結合を持つモリブデンダイマー種が形成され、基板の酸素列を跨ぐようにして配列している構造が唯一測定スペクトルを再現することを見いだした。この時、基板のMo-Tiの結合距離は0.296nmでモリブデンダイマー種は表面から0.220nmの位置にある。

 第5章では、微量のアルカリカチオンにより前章の担持モリブデン構造が変化することを偏光全反射蛍光EXAFS測定により見いだした。解析の結果、0.176nmのMo-O結合をもつ正四面体的なMoO42-構造がTiO2(110)上に存在すると結論している。

 第6章では、新規シリカ担持Pt4核クラスター触媒を調製し、ギ酸分解反応中、4核、2核、単核、そして球状超微粒子へとダイナミックに構造変化することを見いだした。

 第7章では、アルミナ担持Pt触媒のモデル触媒として[Pt4(-CH3COO)8]/-Al2O3(0001)を作製し、PTRF-XAFS装置を用い解析したPt構造について述べている。担持直後においては、単核としてPt原子が酸素原子の3中心サイトに存在し、373Kで水素還元すると、1原子層Pt構造が形成され、さらに673Kでの水素還元によって3次元Pt微粒子が成長することを観察している。

 第8章では、本論文全体を通しての結論を述べている。

 以上、本論文は触媒的に重要な金属元素(Z≧40)に対して偏光全反射蛍光XAFS法が適用できることを示し、担体表面に存在する触媒活性点の3次元的な非対称構造解析に成功したもので、表面物理化学に貢献するところ大である。また、本論文の研究は、本著者が主体となって考え実験し解析したもので、本著者の寄与は極めて大きいと判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53998