内容要旨 | | 砂浜はレクリエーションの場として,また,それにともなう観光収益を期待できる場として,国の貴重な財産である.そのため近年では砂浜の保全やビーチリゾートの開発のために工学的な見地からも多くの努力が傾けられており,また膨大な資金が投入されてきている.一方,台風時の高波浪やダム建設等による河川からの土砂供給の低下によって,近年,海浜の侵食が深刻化してきている.さらに将来予測される地球温暖化による海面上昇により,海浜侵食はより深刻なものとなることが予想される.そのため砂碓の確保や海岸構造物の適切な維持管理が海浜を適切に保全していく上で是非とも必要である.このような砂浜の保全と開発を合理的かつ経済的に進めていくためには,これまで研究の不足していた遡上域における海水の動きやそれに伴う地形変化に関する知見を深めていくことが必要である.そこで,本研究においては遡上域における流体現象と海岸過程を明らかにすることを主要な目的とする. 岸沖断面2次元において遡上域を含む波,流れ,および地形変化を予測する数値モデルの開発を行った.本モデルの基礎方程式としては,弱非線形性と弱分散性を考慮できるブシネスク方程式に,砕波と底面摩擦の影響を取り入れた方程式を採用している.計算対象は無限に長い一様勾配の非透水性の砂浜海岸とし,そこに規則波が入射する場合を想定する.海水の遡上運動は時々刻々の計算された水際線の動きから予測される.図1は海底勾配1/16の水路において,波高5cm,周期1.43sの規則波を入射したときの,一周期間における空間波形の時系列変化を示したものである.本図から分かるように,波の遡上および流下の様子が現地で見られるようによく再現されている.本モデルは砕波帯内における一周期平均の鉛直平均水平流速(戻り流れ)の影響も含んでいる.この戻り流れは波による寄与と岸向きの質量輸送である大規模渦による寄与とに分けて考えることができる.このうち大規模渦による寄与は岡安ら(1988)と同様に波高の自乗に比例させた形で与えている. 次に,勾配が1/16および1/9の2ケースについて,非透水性の底面を持つ実験水路において規則波による実験を行った.静水時の水際線よりも岸側の領域で,おのおの25cm間隔の4測点において,遡上波の層厚と流速の時系列変化を測定した.水位,流速,および水際線の時系列変化の計算結果と実験結果とを比較したところ,両者はよく一致しており,数値モデルは遡上域における波の場を良く再現している.今後,数値モデルにおける水際線の扱いを改良することで,さらに精度が向上するものと期待される. 底質の移動はDibajnia・Watanabe(1992)により提案されているシートフローにおける漂砂量算定式を本モデルに組み込むことにより計算を行った.遡上域における流速場の決定には,新たにラグランジュ的見方による方法を採用した.その際,砂粒子は水粒子と同じ速度を持っていると見なすことにより,漂砂量の計算を行った.一様勾配の初期地形をもつ造波水路において,規則波を入射させた場合について,本モデルによる計算結果と既往の実験結果との比較を行った.図2に計算結果と大規模模型水路による実験結果との比較を示す.このときの実験条件は波高0.81m,周期12.0sで,一様水深部の水深は4.5mである.上図は平均波高の空間分布の比較,下図は地形変化の比較であるが,本ラグランジュ流モデルは砂浜の侵食傾向を定性的にはよく再現していることが分かる.しかしながら,さらにモデルのキャリブレーションや改良を通して,定量的にもよく一致するように数値モデルを改善していくことが必要である. 図1:時刻t=10.0,10.18,10.36,および10.54sにおける空間波形分布図2:時刻t=10.72,10.90,11.08,および11.43sにおける空間波形分布図3:波高の空間分布(上)および地形変化(下)の計算結果と実験結果との比較 |
審査要旨 | | 砂浜は海岸の生態・防災・利用を含む多くの重要な機能を有しており,その侵食は世界中の多くの国が直面する重大な問題である.わが国においても近年の海岸侵食は著しく,全砂礫海岸を平均して6年で1mもの侵食速度となっている.海岸侵食の問題に取り組むためにまず必要なのが,浅海域における波浪変形とそれにともなう漂砂移動・地形変化の現象の理解である.中でも,砕波帯と遡上帯における水理現象は複雑であり,そこに焦点を当てた研究が必要となる.本論文はこの観点から,岸沖断面2次元問題において,波浪の非線形性を考慮して砕波・遡上帯における波動場の予測とそれに基づく漂砂移動・地形変化の予測のための数値モデルを提案したものである. 第1章は序論であり,海岸侵食の問題の重大さを述べた上で,中でも砕波・遡上帯の現象の研究の必要性を明らかにしている.そして,研究の目的として,ブシネスク方程式を用いた波浪の砕波・遡上,および漂砂と地形変化の数値モデルを構築し,室内実験によりこれを検証することを挙げている. 第2章は既往の研究のレビューである.伝統的な非線形長波理論を用いたものから始まってブシネスク方程式に基づくものなどを紹介し,遡上域を含む研究がきわめて少ないことを指摘して,本研究で取り扱う砕波・遡上域の波浪変形と漂砂の問題の位置づけを行っている. 第3章は本研究で提案する砕波・遡上帯での波浪変形数値モデルを解説している.用いた波動方程式はブシネスク方程式であるが,原方程式では砕波や遡上を取り扱うことができない.そこで,砕波によるエネルギー減衰項を導入し,実験結果に基づいて係数を評価している.また,漂砂移動に重要となる戻り流れの評価方法,底面流速の計算式を与え,さらに遡上を解くための汀線境界条件を導いて,砕波・遡上を含む波浪場解析モデルを提案している. 第4章は数値モデルの検証のための室内実験について述べている.遡上波の測定のためには,底面への埋め込み式の波高計群を設置し,遡上波形が精度よく測定できるようにした.そして,実験の手順および実験ケースについて説明している.実験結果では,平均水位,戻り流れ,波高,底面流速の非対称度について整理し,1/9と1/16の勾配について比較・検討している. 第5章では数値モデルによる計算結果と室内実験の結果とを比較している.水面変動および底面流速について,それらの時系列や,戻り流れ,波高,平均水位の岸沖分布,さらに遡上高を比較したところ,両者はおおむね一致し,数値モデルの有効性が確認された. 第6章では漂砂と地形変化について述べている.まず,砕波・遡上帯における岸沖漂砂に関する既往の研究成果をとりまとめることにより,もっとも合理的な評価式としてシートフローに対するものを選択した.これにラグランジュ的に追跡した流速変化を適用して漂砂量を評価することにより,遡上域も含めた漂砂量の評価が可能になる.そこで実際に計算を行い,大規模実験水路で行った実験結果と比較したところ,波高分布および地形変化ともに相当程度の一致を得ることができた. 第7章においては,以上の研究成果をまとめ,結論を述べるとともに今後の課題をとりまとめている. 以上のごとく,本論文は砕波・遡上帯を含む岸沖断面2次元の波浪変形および漂砂・地形変化の数値モデルを提案し,その有効性を検証したものであり,この成果は貴重なものである.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |