学位論文要旨



No 112989
著者(漢字) 大内,雅博
著者(英字)
著者(カナ) オオウチ,マサヒロ
標題(和) フレッシュコンクリートの自己充填性評価システム
標題(洋)
報告番号 112989
報告番号 甲12989
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3966号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 堀井,秀之
内容要旨

 自己充填コンクリートの使用がコンクリート構造物の耐久性の向上および合理的な施工の実現に寄与するとの立場から,本研究では,自己充填コンクリートを普及させることを目的として,最優先に取り組むべき課題である配合設計,および打設現場における受入検査について,合理的なシステムを構築するために必要な要素技術の開発を行った.以下にその概要を述べる.

 第一章は序論であり,本研究の背景と目的を述べた.そして,自己充填コンクリートが広く使用されるために早急に取り組むべき課題を,配合設計と打設現場における受入検査の二つとし,それぞれのシステムに必要な要素技術について説明した.配合設計については,個々の使用材料から適切な配合を設定する技術,およびコンクリート試験から配合を評価・調整する技術の二つから成り立つが,本研究では後者の開発を優先した.コンクリートまたはモルタルの試験から,配合中の高性能減水剤添加量,および水粉体比を評価する方法の必要性を述べた.打設現場における受入検査については,試料の採取を必要としない,コンクリート全量について連続的に自己充填性を試験できる装置の開発の必要性を述べた.以下,各章において,各要素技術の開発について説明した.

 第二章では,モルタル試験から高性能減水剤添加量を定量評価する方法,および適切な高性能減水剤添加量を推定する方法を開発した.モルタルのフロー・ロート試験から得られる相対フロー面積比mと相対ロート速度比Rmの比が,水粉体比に関わらずほぼ高性能減水剤添加量のみで決定されることが明らにし,その比m/Rmを高性能減水剤の効き目の指標と定義した.m/Rmが大きいほど,粘性一定条件下でのモルタルの変形性が大きく,高性能減水剤の効果が大きいと言うことが出来る.本指標を用いることにより,一組のフロー・ロート試験結果から,水粉体比とは独立に高性能減水剤の効果を評価することが可能となる.モルタル試験から得られたm/Rmを,自己充填性を得るためのモルタルの適切な変形性・粘性に対応するm/Rmと比較することにより,高性能減水剤添加量の増減の判断が可能となる.

 高性能減水剤添加量とm/Rmの関係は,ほぼ直線関係であることが明らかとなった.従って,高性能減水剤添加量とその効果の関係を定式化することが可能となった.さらに,高性能減水剤の添加量と効き目の関係の直線を切片(効き目0に対応する直線の外挿値)と傾き(m/Rmの増加量に対する高性能減水剤添加量の増加量の比)の積が,使用する粉体の種類によらず,使用する高性能減水剤の種類のみで決定されることが分かった.従って,ある高性能減水剤添加量に対応するm/Rmが求められれば,高性能減水剤添加量とm/Rmの関係を示す直線を引くことが可能となり,適切な性状を得るための高性能減水剤添加量を求めることが可能となる.

 第三章では,モルタルの相対フロー面積比mおよび相対ロート速度比Rmから,水の影響を高性能減水剤の効果とは独立に評価し,適正な水粉体比を推定するための方法を提案した.水粉体比一定条件下でのmとRmの関係については既存の式Rm=Am0.2を利用したが,高性能減水剤,粉体の種類や細骨材容積比を変えたモルタルについて指数部分を再検討し幅広い配合のモルタルに対応する指数を検討した結果,水粉体比と係数Aの直線関係の相関を高めるためには0.4乗の方が適当であると判断した.従って,Rm=Am0.4とした.

 使用粉体,高性能減水剤の種類および細骨材量を変化させたモルタル試験を行い,水粉体比と係数Aの関係に及ぼす要因を検討した.水粉体比と係数Aの関係を示す直線の傾きには高性能減水剤の種類の影響は見られないが,使用粉体および細骨材量には大きく影響を受けることが分かった.粒径の良いフライアッシュを使用した場合や細骨材量が少ない場合に直線の傾きが大きい,すなわち水粉体比の変化に対するモルタル性状の変動量が大きいことが明らかとなった.ただし,通常の粒度のセメントを使用した,細骨材容積比が40%のモルタルであれば,水粉体比と係数Aの関係を示す直線の傾きを概ね4とすることが可能であることが分かった.従って,今回提案した定式を用いることにより,本手法を利用した,モルタル試験に基づく適切な水粉体比の推定法を構築した.フロー・ロート試験の結果から,Rm=Am0.4を用いて係数Aの値を求める.そして,傾きを4と設定した水粉体比と係数Aの関係を示す直線から,自己充填コンクリート用モルタルとして適切なmおよびRmに対応する水粉体比を求める方法を提案した.

 直線を外挿することにより得られる切片,すなわちA=0に対応する水粉体比を拘束水比と定義した.本拘束水比と直線の傾きは共に,使用する粉体の種類および細骨材量に影響を受けることから,これらを用いることによる使用材料の評価法を提案した.従来の拘束水比および変形係数は,高性能減水剤を用いないモルタルの変形性についてのみから構築された指標であるが,本研究で提案した指標により,自己充填コンクリート用としての粉体および細骨材の評価が可能となる.

 第二章および第三章の成果を使用することにより,一組のモルタルフロー・ロート試験の結果から適切な水粉体比および高性能減水剤添加量を効率よく推定する手法を構築することができた.その際の前提条件は,通常の粒度・形状の粉体を使用し,高性能減水剤については,添加量と効き目の関係の直線の切片と傾きの積が既知であることのみである.

 第四章では,打設現場においてコンクリートの全量について連続して自己充填性を受入検査する試験装置の開発について説明した.試験器はアジテータ車とポンプ車の間に設置され,打設するコンクリートの全量が経由する.合格となるコンクリートは試験器を連続通過,不合格品は試験器によりその流れが停止するという明確な検査基準をなることを目標とした.

 コンクリートの自己充填性について連続的な試験方法は皆無であるため,試作器を作成し,従來のサンプル試験との違いを明らかにした.連続試験ではコンクリートの投入と試験が同時に行われるため,投入の衝撃が障害物の通過性状に影響を及ぼさないようにする必要性が明らかとなった.従って,試験器内でコンクリートが自重のみによって変形・流動する構造とした.障害物については,合格品を連続して通過させ,かつ不合格品を停止させることが既存の一重の平行鉄筋では不可能であることが明らかとなったため,平行な鉄筋で構成された鉄筋を二組,千鳥状に配置することを考案した.モルタル相の粘性が小さく粗骨材が分離しやすいコンクリートを明快に検知することを意図したものである.以上の検討をもとに完成した試験器のプロトタイプを実打設現場において使用し,本形式の有効性を確認した.さらに,障害物となる鉄筋の間隔を決定した.現在定義されている性能の自己充填コンクリートの品質を検査基準とする場合,鉄筋D13を中心間隔で70mm,およびコンクリート進行方向に40mmの間隔で千鳥状に配置することが適当であることが明らかとなった.

 従来のサンプル試験と比較して,本全量試験器の使用により受入検査を大幅に合理化させることが可能となるが,本試験器が実施工現場において広く使用されるようになるためには,さらに試験器の改良を行う必要がある.特に打設量の変動への対処について,具体的な方法を提案した.改良した試験器を実施工で使用し,成果をあげた.

 第五章は,本論文の結論であり,さらに今後の課題についても述べた.配合設計については,本研究成果を用いることにより構築した水粉体比および高性能減水剤添加量の調整法を,すでに提案されている粗骨材量および細骨材量の設定法と組合せることにより合わせることにより,自己充填コンクリートの合理的な配合設計法は完成したものと考えられる.さらに,簡易な自己充填性全量試験装置の開発により,打設現場での受入検査の合理化が可能となった.したがって,一般的な材料を用いて自己充填性を得るための配合設計を合理的に行い,かつコンクリートの全量について簡易な方法により受入検査した上で所要の自己充填性を有するコンクリートを打設するという,自己充填コンクリートの一般化にとって最小限の課題は解決できたと考えられる.本研究成果をもとにして開発した各要素技術はいずれも,人間の勘と経験に頼る部分が小さいため,製造および施工に携わる技術者の教育により,自己充填コンクリートの一般化の可能性が大きくなったものと考えられる.

 配合設計については,今後,個々の使用材料の特性値から適切な配合をより精度良く推定する技術の開発が必要となる.特に,粉体との組合せによって大きく変化する,適切な高性能減水剤添加量を推定する技術が重要である.打設現場における受入検査については,打設対象構造物の難易度と検査基準との関係を明確にすることが必要である.

審査要旨

 フレッシュコンクリートの自己充填性に関する取扱いを合理化することは,構造物の耐久性能向上と建設工事の合理化に貢献する自己充填コンクリートを一般化するために必要不可欠である.とりわけ,任意の材料を用いて自己充填性を得るための簡易な配合設計法,および打設現場での簡易な受入検査方法を開発することが,生コンクリート工場でコンクリートを配合設計・製造し,所要の自己充填性を有することを確認した上で打設するシステムを構築するために特に必要な技術となる.

 本論文では,最初に,合理的配合設計法を完成する上で課題となっていた,モルタル部分に所要の変形性および粘性を付与するための,水粉体比および高性能減水剤添加量の調整方法を構築するための研究成果を述べている.すなわち,様々な種類の粉体や高性能減水剤を用いて,水粉体比と高性能減水剤添加量の両方を変化させたモルタルのフロー試験およびロート試験を行い,モルタルの配合と変形性および粘性との関係を考察した.以下の新しい知見を得ている.

 (1)モルタルのフロー試験から得られるフロー面積とロート試験から得られるロートを通過する速度との比が,水粉体比に関わらず高性能減水剤の添加量によって決定されることを明らかにした.また,この比と高性能減水剤添加量との関係が直線関係であることも示した.さらに,この比が0となる時の高性能減水剤添加量とこの直線の傾きの積が,使用する粉体の種類によらず,高性能減水剤の種類ごとに一定の値となることを見出した.

 (2)モルタルのロート速度比とフロー面積比の0.4乗との比は,水粉体比が一定であれば高性能減水剤の使用量にかかわらず一定値となることおよび,その値は水粉体比と直線関係にあることを見出した.通常の粉体の場合,この直線の傾きはほぼ同一の値4をとることも見出している.

 これら新たに見出した関係を利用して,1組のモルタル実験結果からコンクリートの自己充填性に適した水粉体比と高性能減水剤添加量を求める方法を構築した.この方法の構築によって,すでに提案されている骨材量の設定方法と合わせると,自己充填コンクリートの合理的な配合設計法は完成したといえる.

 打設現場においてコンクリートの全量について連続して自己充填性を受入検査することは,自己充填コンクリートの普及発展にとって極めて重要である.そのための試験装置の開発に初めて成功した.試験装置はコンクリート運搬車とポンプ車の間に設置され,打設するコンクリートが合格品であれば全量がその装置を通過するのである.不合格品はこの試験装置を通過せず,その流れが停止するという明確な検査基準となっている.コンクリートはその自重によって,試験装置の中を変形しながら流動する.試験装置の試験器の構造は,コンクリートを自重によって変形・流動させるものである.平行な鉄筋で構成された鉄筋を二組,千鳥状に配置することによって合格品を連続して通過させ,かつ不合格品,特に粗骨材が分離気味のコンクリートを停止させるのである.鉄筋の間隔は,様々な自己充填性能を有するコンクリートについて試験を行って決定したものである.この装置は実施工現場においても使用され,打設現場での受入検査の合理化に大きく貢献している.

 本研究は以上に述べたように,自己充填コンクリートの製造および施工を一般化するための技術として貢献するところが極めて大きく,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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