学位論文要旨



No 112990
著者(漢字) 賈,仰文
著者(英字)
著者(カナ) ジャ,ヤンウェン
標題(和) 水・熱収支を統合した分布型モデルの開発と東京圏への適用
標題(洋) Integrated Analysis of Water and Heat Balances in Tokyo Metropolis with a Distributed Model
報告番号 112990
報告番号 甲12990
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3967号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 ヘーラトA.S.
 東京大学 助教授 河原,能久
 東京大学 講師 黄,光偉
内容要旨

 水や熱エネルギーの循環が連成して生じていることは論を待たない.例えば,太陽からの日射は地表面での蒸発散を駆動する要因であり,地表面での土壌水分量はそこでの顕熱フラックスと潜熱フラックスとの配分に大きな影響を与える.また,水と熱エネルギーの循環は,大気との間で相互作用を有するとともに,土地利用から大きな影響を受ける.したがって,水収支と熱収支は同時にかつ総合的に解析されることが必要である.

 本論文の目的と内容は次のようである.(1)東京での水及び熱収支の特徴を統計的に抽出し,都市化と気象変化が水・熱収支に及ぼした影響を同定すること,(2)地表面での浸透と熱輸送過程に力点を置き,水・熱循環の動態を検討すること,(3)複雑な土地利用を有する流域での水・熱輸送過程を解析するために分布モデルを開発すること,(4)そのモデルを東京に適用し,都市計画や河川管理,生態環境の改善などに有用な情報を提供すること,(5)都市気候モデル中の接地境界層モデルを改良するのに役立つ地表面過程のモデルを提案することである.

 まず,東京における水・熱収支の全体像を把握するために巨視的な観点から解析した.都市域における水・熱循環は2つのシステム,すなわち自然のシステムと人工的なシステムとに分類される.自然のシステムに対しては,透水性を有する地表面や水面で可能蒸発量や潜熱フラックスの算出をPriestley-Taylor方程式により行った.一方,人工的なシステムに対しては,統計的なデータまたはindex法により水供給,下水,地下水から河川や下水管への浸出などの水収支やエネルギー消費などを算出した.都市化の影響の評価は,高度に都市化の進展した東京都23区と都市化の緩やかな多摩地区での比較により行った.気象変化の影響は気象条件の異なる3カ年(1992年,1993年,1994年)の比較により検討した.なお,それらの解析結果の妥当性は,下水処理場への流入水量と東京タワーでの風速,気温から算出される顕熱フラックスに対する検証により確認された.

 次に,浸透過程について検討した.浸透過程は重要な水文過程の1つであり,表面流出や地下水涵養,実際の蒸発散などに大きく関与している.非定常降雨時における多層構造を有する地中への浸透モデルを,Green-Amptモデルを一般化することにより導出した.2層及び3層構造の土壌を例にとり,一般化した浸透モデルの数値解を厳密なRichards方程式の解と比較した.その結果,本研究で提案した浸透モデルは,Richards方程式の解と良好に一致する解を与えつつ,必要な計算時間を10分の1以下に短縮できることを確認した.土壌の鉛直方向の不均質性は,多くの場合に成層構造を有する土壌として取り扱うことができるが,本モデルは物理法則に立脚した特徴を有しつつ計算時間の大幅な短縮を可能とするものであり,工学的に極めて有効なモデルとなっている.さらに,異なる土層構造が浸透過程に及ぼす影響に関しても検討した.

 水・熱循環の解析モデルの骨格となる鉛直1次元の水・熱輸送モデルを構築した.計算格子内の土地利用の非均質性を表現するためにネスティング法(モザイク法)を採用した.この方法は複雑な土地利用を有する流域では統計的な手法よりも合理的である.土地利用をまず3種類(水域,土壌-植生域,不浸透域)に大分類した.土壌-植生域はさらに裸地,丈の低い草地および農耕地,丈の高い樹木に,また,不浸透域は低層都市域と都市キャノピーとに細分類した.水・熱の輸送過程に関しては,大雨時には前述の浸透モデルを適用して地表面での浸透と流出を算出し,その他の気象条件では不飽和土壌中での水分の再配分を計算した.地表面での蒸発散の推定にはPenman-Monteith方程式を,顕熱フラックスの算出には空力学的方法とMonin-Obukhovの相似理論を,また地表面温度を効率的に算出するためにForce-Restore法を使用した.このモデルを東京都多摩市の車橋小流域に適用し,河川流量に対して実測値と比較した.その結果,計算値と実測値とは良好な一致を示し,1次元の水・熱輸送モデルの基本構造の妥当性を確認した.

 次に,水・熱輸送に対して,より一般的な物理則に則った分布型モデルを構築し,多摩川の中流域に適用した.このモデルでは,前述の1次元モデルを分布型モデルの鉛直構造を表現するのに使用し,水平方向の地中の水輸送に関しては,土地利用,土壌,気象条件に場所的な変化を考慮して飽和地下水流れの方程式を解いた.このため,地下水位の表面流出に与える影響などを検討することが可能となった.河道内の流れは小流域ごとに計算された流出量を基にkinematic wave法により算出された.この分布型モデルを多摩川中流域に適用した結果,流域の下流端で3年間にわたり観測された流量変化を極めて良好に再現することや,このモデルが水収支の場所的な変化や熱フラックスの分布,地表面温度,土壌水分量,地下水位などを合理的に算出することを確認した.したがって,このモデルを用いて都市化や気象変化が水や熱の輸送過程に及ぼす影響を検討した.さらに,GISソフトウエアを用いてデータの入力や結果の表示の効率化を計った.

 最後に,水・熱輸送に関する分布型モデルを東京都全域に適用した.計算には多大な情報が必要であり,まず必要なデータの調査と作成を行った.計算結果の妥当性を領域単位や観測地点毎での比較により行った.また,都市化の進行と気象変化の与える影響を検討した.都市化の影響は,水循環においては浸透過程と蒸発散過程の抑制と表面流出過程の顕在化となって現れている.また,熱エネルギーの循環については顕熱フラックスの大きな領域の拡大と潜熱フラックスの減少である.気象変化,特に降雨量の大小は都市化の影響よりもはるかに顕著であった.

 以上の成果を要約すれば,本研究は,物理則に立脚した水・熱輸送過程を連成させた分布型モデルを開発し,小流域から東京都全域にわたるスケールでの水収支と熱収支を同時に解析できるような計算システムを構築したものである.そのためにデータの取得,加工,及びモデルの検証を行うとともに,計算時間の短縮化を計った.また,東京における都市化や気象変動が水循環や熱エネルギー循環に及ぼした影響を定量的に検討した.ここで提案したモデルは気象モデルで使用される地表面過程に対するモデルの改良をも示している.

審査要旨

 本論文は「Integrated Analysis of Water and Heat Balances in Tokyo Metropolis with a Distributed Model(水・熱収支を統合した分布型モデルの開発と東京圏への適用)」と題し、流域における水の循環を熱環境と連成させて解析したものである。水と熱エネルギーの循環は大気中で相互作用を有すると共に、土地利用から大きな影響を受ける。そして都市域のように複雑な土地利用を示す流域においては分布モデルを開発することが必要であるので、水・熱輸送過程を統合的に考慮した分布型モデルの開発を行ったものである。このモデルを用いた予測により、河川管理や都市計画、生態環境の改善等に有用な情報を提供することが出来る。

 まず、東京における水・熱収支の全体像を把握するために巨視的な観点から解析した。都市域における水・熱循環は2つの系、すなわち自然系と人工系とに分類される。自然系に対しては、透水性を有する地表面や水面での可能蒸発量や潜熱フラックスをPriestley-Taylor方程式により行った。一方、人工的な系においては、統計資料やindex法により水供給、下水道への流出、地下水から河川への浸出、上水道・下水道管からの漏水、人工排熱等を算出した。解析結果の妥当性は下水処理場での処理水量と東京タワーで観測されている風速、気温から算出される顕熱フラックスに対する検証により確認された。

 次に、水文過程の重要な因子で都市化の影響を強く受ける浸透過程について検討した。表面流出、地下水涵養、蒸発散に着目すると、非定常的な降雨と地層構造を考慮できるモデルが必要となる。Green-Amptモデルを一般化し、3層構造の基本モデルを構築した。本モデルは厳密なRichards方程式の解と良好に一致する解を1/10の計算時間で与えることが出来ることを確認しており、大きな発展性を有するモデルとなった。

 水・熱循環の解析モデルの骨格となる鉛直1次元の水・熱を連成した輸送モデルを構築した。計算格子内の土地利用の非均質性を表現するためにネスティング法(モザイク法)を採用した。この方法は複雑な土地利用を示す流域では、経験的な手法より合理的である。土地利用を先ず3種類(水域、土壌-植生域、不浸透域)に分類した。土壌-植生域はさらに裸地、低い草地、高い樹木域に、不浸透域は低層都市域と都市キャノピーとに細分し、6分類とした。大雨時には前述の浸透モデルを適用して地表面での浸透と流出を算出し、その他の気象条件では不飽和土壌中での水分の再配分を計算した。地表面での蒸発散の推定にはPenman-Monteith方程式を、顕熱フラックスの算出には空気力学的方法とMonin-Obukhovの相似理論を、また地表面温度を効率的に算出するためにForce-Restore法を使用した。このモデルを東京都多摩市の車橋小流域に適用し、河川流量の実測値と良好な一致を得た。

 次に多摩川中流域を対象として、より広範な流域に展開できる分布型モデルの構築を行った。この流域では上流端と下流端に流量観測点があり、モデルの入・出力条件を同定できる。ここでは鉛直構造を表現するためには前述の1次元モデルを用い、水平方向の地中の水輸送に関しては、土地利用、土壌、気象条件に場所的な変化を考慮して飽和地下水流れの方程式を解いた。このため、地下水位の表面流出に与える影響などを検討することが可能となった。河道内の流れは小流域毎に計算された流出量を基に、kinematic wave法により算出された。この分布型モデルを多摩川中流域に適用した結果、流域下流端での3年間に亘る流量の観測値を良好に再現できることが確認された。また、水収支の場所的な変化や熱フラックスの分布、地表面温度、土壌水分量、地下水位などを合理的に算出することを確認した。さらに、GISソフトウェアを用いてデータの入力や結果の表示の効率化、高度化が行われている。

 さらに、水・熱輸送に関する分布型モデルを東京都全域に適用した。計算には多大な情報が必要であり、先ず必要なデータの調査と作成を行った計算結果の妥当性を領域単位や観測地点毎での比較により行った。また、都市化の進行と気象変化の与える影響を検討した。都市化の進展は、浸透過程と蒸発散過程の抑制に現れ、また表面流出の顕在化となって現れる。熱エネルギーの収支に関しては、顕熱フラックスが大きな領域が殖え、潜熱フラックスが減少して行く。これは計算結果を東京23区と多摩地域とで比較すると明確となる。気象変化、特に降雨量の大小は都市化の影響よりも遥かに強く水・熱循環に影響を与えることが、1992年から1994年に亘る3年間の解析で分かった。

 以上要するに、本論文は物理則に立脚した水・熱輸送過程を連成させた分布型モデルを開発し、小流域から東京都全域にわたるスケールまでの水循環と熱循環を同時に解析できる体系を構築したものである。現実の課題に解答を提供できるように計算時間の短縮を図ると共に、水と熱の地表面過程に改善を加えた。本論文で得られた成果は、今後の河川計画の中心課題に有力な解決手法を与えるものであり、河川工学に寄与するところが大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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