学位論文要旨



No 112993
著者(漢字) ギュルレル・ディレック・エンギン
著者(英字)
著者(カナ) ギュルレル・ディレック・エンギン
標題(和) 1995年兵庫県南部地震における強振動の3次元数値解析 : 地下構造の不均質性と破壊過程の複雑性が与える効果
標題(洋) 3D SIMULATION OF NEAR FIELD STRONG GROUND MOTION DURING 1995 KOBE EARTHQUAKE : EFFECTS OF IRREGULARITY OF UNDERGROUND STRUCTURE AND COMPLEXITY OF RUPTURE PROCESS
報告番号 112993
報告番号 甲12993
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3970号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 南,忠夫
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 助教授 宮武,隆
内容要旨

 1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震は、後に多くの未解決の問題を残している。地震動の特性が単純でなく、「震災の帯」と呼ばれる断層に平行した被害の集中した地域がみられた。被害地域の観測点では、S波到着後に特徴的な長周期パルス波が観測されている。このパルス波は、短周期構造物および固有周期1秒程度のやや長周期構造物に致命的な損傷を与えたといわれ、地震工学上解明が重要なものであるが、これを十分に説明できる研究はなされていない。

 これまで、この地震による被害を説明するために数々の研究がなされ、その中で3次元の地盤構造および震源過程が考慮されてきた。しかし、長い地動継続時間を引き起こすような沖積層が報告された研究はない。既往の研究でも地動の増幅効果は説明できるものの、長周期に引き延ばされた地動については説明できておらず、解明すべき課題として残されている。これを解明するためには、直下地震動の特性を支配する地下構造および震源過程をより細かい部分まで考慮する必要がある。

 本研究では、この地動の長周期挙動およびその効果の解明を主目的とする。このために、兵庫県南部地震時の神戸周辺における弾性波伝播のシュミレーションをおこなった。地表面における速度場計算には、スタッガードグリッドを用いた有限差分法を使用した。不均質媒質に対する計算プログラムの開発およびプログラムの有用性の検証には点震源解析を用いた。

 既往の研究と異なり、3次元不均質地盤と複雑な震源過程をより細かく考慮する。このために、まずインバージョンによる既往の研究結果から使用すべき破壊過程を抽出し、震源パラメータの妥当性検証のための数値計算をおこなった。これにより新たに3番目の副断層の考慮が必要であるとわかったため、3つの震源断層からなる破壊過程モデルを構築し、まだ解明されていない3番目の断層の効果について調べた。さらに、地下構造探査の既往調査結果を基に、被害地域周辺の地下構造を岩盤と3種類の沖積層からなるものとしてモデル化した。この地下構造モデルにおける岩盤と沖積層の境界は、既往の研究とは異なり、切り立ったものとはなっていない。

 この不均質地盤構造および3震源断層を考慮した数値計算結果は、概して観測記録の特徴をよくあらわしたものとなった。2破壊のみを考慮した計算結果では、震央付近の観測点についてはよく説明できるものの、震央からやや離れた東側の観測点における長い地動継続時間については説明できなかった。この東側地域は地下構造が複雑であり、高い応力を持った3番目の断層破壊の効果が顕著であった。それぞれの断層がもたらす最大地動速度を計算したところ、3つ断層の重ね合わせの効果でもって大被害地域を説明できた。

 計算結果より、神戸付近の沖積層地盤はとりわけ地震動の増幅および焦点効果による地震エネルギーの集中をもたらすことがわかった。この効果に加え、特に破壊断層が角度を変える震央東側の地域では、断層の複雑な形状も複雑な地震動をもたらす原因となっていることがわかった。既往の研究では沖積層と岩盤の境界の存在が大きな地震動増幅を産み、これが被害集中域をもたらしたと推測しているが、本研究により、この効果に加え不均質な沖積層地盤の考慮も観測記録の説明には不可欠であることが示された。

審査要旨

 1995年兵庫県南部地震にして対しては、多面的に研究がなされたにもかかわらず多くの未解決の問題を残している。例えば「震災の帯」と呼ばれる断層に平行した地域に被害が集中して,気象庁は史上初めて震度7を認定するに至った。これは都市直下地震の最重要現象の一つであり,その解明は第1級の重要性を有している。不幸にしてこの地域の本震の地震動記録は存在しないため,地震動の推定が必要である。

 一方,この地域の近傍の観測点では、S波主要動において,日本では初めてという特徴的な長周期パルス波が観測されている。このパルス波は、短周期構造物および固有周期1秒程度のやや長周期構造物に致命的な損傷を与えたもので,地震工学上解明が重要なものであるが、これを十分に説明できる研究はなされていない。これまで、この地震による強震動を説明するために数々のシミュレーション研究がなされ、その中で3次元の地盤構造および震源過程が考慮されてきた。しかし、これらの研究では地動の増幅効果は説明できるものの、長周期に引き延ばされたパルス地動の波形については十分に再現されておらず、解明すべき課題として残されている。これを解明するためには、直下地震動の特性を支配する地下構造および震源過程を詳細に考慮したシミュレーションを行なう必要がある。

 直下地震は,限定された領域においてであれ強い地震動を発生するため,構造物等の設計では,損傷過程を考慮するため,非弾性(したがって非線形)系の時刻歴解析を必要とする。しかしそのためには,従来のように速度や加速度の最大値だけでは役に立たず,入力する設計地震動を時刻歴の形で与えなければならない。これを実現できるシミュレーション手法の開発は今後の耐震設計に不可欠なので,世界的に開発の競争がなされている。

 直下地震では対象サイトと震源が近いため,両者は分離して扱うことができないなどの制約があるが,一方で計算機の能力の向上により,1千万程度の自由度で弾性波動方程式の時刻歴を追跡することが可能になってきている。併せて,地震学の進歩により,大地震の震源過程の詳細な推定が可能になってきている。特に上記の兵庫県南部地震の主要動の周期を含む1秒帯は,工夫次第では現在の弾性波動シミュレーションにより十分に再現できるものである。以上を要約すれば,直下地震に対する構造設計には,震源を考慮した時刻歴シミュレーションを不可欠とするが,同時にそれを可能にする条件も備わっている。

 本論文はその試みの一つであって,兵庫県南部地震の強震動に見られた,工学的に重要な1秒前後の周期帯を再現することと,その結果として精度の高いシミュレーション手法を見出すことを狙いとしており,このために弾性波伝播の3次元シュミレーションをおこなったものである。

 計算手法は,近年確立された知見に基づいて,速度場および応力場を未知量とし,速度の時間増分を応力の空間1階導関数で計算し,応力の時間増分を速度の空間1階導関数で定めるMadariagaの2段階スキームを用い,それぞれの空間差分はstaggered gridにより計算精度を向上している。また,震源のインバージョン解析結果を与件として,一度,震源の力学過程を推定し,これを計算の時刻歴入力として使用することで力学的適合性を高めている。

 まず点震源および比較的単純な性状をもつ仮想断層に対するシミュレーションを行い,計算プログラムの開発およびプログラムの有用性の検証を行なった。その際,3次元不均質地盤と複雑な震源過程をより細かく考慮するために、宮武のスキームにより,震源インバージョンによる既往の研究結果から破壊過程の力学要素を抽出し、これを波動計算の初期条件に用いた。

 地震断層としては,公表されている研究結果を考慮した2断層面モデルから出発し,その上で震源パラメータの妥当性検証のために種々の条件で数値計算を行なっている。その結果,既往の断層モデルの設定では不十分であり新たな地震断層の考慮が必要であることを明らかにしている。そこで,一部のインバージョン研究でその存在が議論されている地震断層も考慮して3つの震源断層からなる破壊過程モデルを構築し、さらに、地下構造探査の調査結果を基に、被害地域周辺の地下構造を岩盤と3種類の沖積層からなるモデルとして多数の数値計算を実行した結果、既往の結果と比較して,観測記録の特徴をよくあらわした強震動波形を見出している。既往の2個の断層の破壊のみを考慮した計算結果では、震央付近の観測点の強震動波形はよく説明できるものの、震央からやや離れた,被災地東部の観測点における大振幅震動を説明できなかった。この東側地域は地下構造が複雑であり、かつ重大な被害が発生していながら,従来の研究ではその強震動の生成が説明されなかったものである。しかし,新しい3断層モデルのシミュレーションによって,大被害地域の波形の主要部分について観測記録とよく一致する波形が得られ,高い応力を持った3番目の断層破壊の効果が顕著であることが検証されたと認められる。

 以上のように本研究は,種々のパラメータの組み合わせに対する膨大なケースの試算を系統的に実施することにより、兵庫県南部地震の被害の主要因である地震動の再現に成功すると共に,結果として直下地震の主要動を,十分な精度で推定することが可能な弾性波動シミュレーションを確立したものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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