内容要旨 | | 水資源プロジェクトにおける決定は通常,単に物理的,技術的な基準のみならず,環境的な観点にも立脚していなければならない.いかなる水資源計画もそれが実行に移される自然環境を十分に理解した上で立案されることが必要である.アジア諸国では高い人口密度と経済成長率を背景に,土地利用や水資源利用に関連する活動が活発に展開されている.そのため,環境や水資源工学の専門家は,経済社会活動の発展につれて,より堅固な洪水制御と同時によりよい環境を求めるという社会的要請に直面している.このような問題に対して,専門家には従来の概念や技術を固守するのでなく,視野を広げて新しい概念や技術を受け入れることが必要である.今後必要となる水資源計画は,とりわけアジアでは,技術的に適合しているだけでなく,環境面からみても健全なものでなくてはならない. 現在進行中の植生の伐採は環境問題の専門家にとって重大な問題の一つである.従来多くの河川における洪水問題において,河道内の植生の伐採は河道の洪水疎通能力を高める対策の一つであった.河岸の植生は,河川技術者が通常考えているように,洪水の時期に河岸付近の流速を減少させ堤防を保全する一方,洪水の流下を阻害する.洪水の水位が上昇し植生の繁茂する高水敷へと氾濫するようになると,高水敷上の植生は水位をさらに上昇させことになり,河道の洪水疎通能力を減少させるものと考えられている.このため,河道の洪水疎通能力を確保ための実際的な方法として植生の伐採がしばしば行われることになる.しかし,この方法は河川環境に対しては脅威を与えることになり,そこでの生物多様性は大きな影響を被ることになる.本来不確実性の高い環境における洪水制御計画は周到に検討されなければならない.また,洪水現象そのものも,多くの不確実な要因,例えば,地形・地質学的な不確かさ,水文学的な不確実性,河道の横断面形状などの不確実さを内包している.そのため,洪水制御計画は現象に関連する要因の不確実さや要因間の相互関係を十分に考慮して立てられなけれならない. 本論文では信頼性解析を河川における洪水制御と河川環境の保全計画に適用したものである.なお,実際の河川として鬼怒川への適用を行っている.河川システムの洪水に対する安全性や信頼性は様々な地点での外力に抵抗する能力に依存する.対象とする外力の選定はどのような河川システムの機能喪失を考察するかによる.本研究では,洪水流量が河道の容量を超え,堤防を越流する場合を対象とする.したがって,外力は河川流量である.一方,前述のように,河川では地形や植生が時間的にも空間的にも変化するために不確かさが生じており,河道の洪水疎通能力を変化させることになる.ここでは,このような問題を種々の要因の有する不確実さのみならずそれらの相関関係をも考慮した1次元解析を行う. まず,河道の横断面形状の不確実性が河道の治水安全性に及ぼす影響を検討し,設計に使用できる図表を作成した.また,断面形状の不規則性の影響によりエネルギー補正係数や運動量補正係数が水位変動に伴って如何に変化するかを説明した.河川技術者は通常マニングの粗度係数を流れの抵抗の指標とするが,その粗度係数が任意の地点で水位とともにいかに変化するを算出した.それらの諸係数が一定ではなく変化するものであることを,河川計画での実務とは異なり,重要な問題として提示した. 次に,水位における不確かさをそれに影響を及ぼす種々の要因に不確かさと関連づけ,統計的な分布特性を検討した.その結果,水位の不確かさの構造と重要な影響因子とを明らかにした. 2次モーメント(first order second moment)法とその改良(advanced first order second moment)法を用いて,河道の疎通能力の不足を検討した.また,要因間の相関と不確かさを検討した.注目すべき点は,自然河川の複雑な横断面形状を台形などのより単純な形状に置き換えることなく,不規則な形状や複断面形状を正確に取り扱ったことである.また,危険度評価図の概念を提案し,ある時刻,ある断面での安全度が低下する要因を容易に検出できるようにした.さらに,不確実さの主要な因子については図面を工夫し,ある断面での流量の不確実さを最大にする要因の分析を行った.改良された2次モーメント法(advanced first order second moment)を用いて興味深い問題を提示した.すなわち,その方法により作用する外力と抵抗力の限界値を算出することが可能であることを示した.計画の立案者にとって解析結果がもたらす物理的な重要性は,洪水の危険が切迫したものになる各要因の閾値を得ることができることである. これまで植生の保全が叫ばれてきた.航空機による空中写真により得られた鬼怒川の植生分布のデータを解析した.流れの1次元解析を念頭に置いて,空中写真から植生域の大きさの抽出と植生の高さに応じた分類を行った.モデルでは植生が水深に応じて洪水期に倒れることを考慮した.そのような現象は鬼怒川の13km区間での現地観測にて実際にも確認されている.極めて大きな外力と抵抗力の多数の組み合わせに対しても計算を行った.計算結果に基づいて,植生の成長とともに河道の疎通能力が低下することによって生ずる洪水の危険性を,植生をランダムに伐採することなく最小限にする方法を提案した.これは水資源計画の立案者に河川環境を保全しながら洪水制御に有効な方法となっている. |
審査要旨 | | 本論文は「Reliability Analysis for the Planning of Flood Control and Environmental Conservation(河川における洪水制御および自然保全計画のための信頼性解析)」と題し、信頼性解析を、河川における洪水制御と環境保全計画に適用したものである。河川あるいは水資源計画においては、今後ますます環境的な観点が重要になる。こうした環境的な観点に立脚し、生物の多様性に配慮した自然度の高い河川計画を追求した場合には、河道の中に自然要素、たとえば植生、が多く現れ、不確実性が増大する。こうした背景を考慮し、本論文は水文的な不確実性のみでなく、地形の不確実さ、河道の形状の不確実さ、植生の不確実さが河川計画、特に洪水制御計画に与える影響を定量的に明らかにしたものである。 論文は11章より構成されており、第1章は論文の構成を示している。第2章では信頼性解析一般、及び河川堤防の設計に関する信頼性解析に関する過去の文献の調査を行い、本論文の主題である生物の多様性に配慮した自然度の高い河川計画を導入した場合の課題を抽出している。 第3章では信頼性解析、確率分布関数、河川の流れの1次元解析法など、本論文で用いる手法に関する理論を取りまとめている。第4章では河川システムの洪水に対する安全性や信頼性について考察し、本研究では洪水流量が河道の容量を超え、堤防を越流する場合を対象とする事を明らかにしている。したがって、外力は河川流量であり、抵抗力は堤防の高さである。一方、河川では地形や植生が時間的にも空間的にも変化するために不確かさが生じており、河道の疎通能力を変化させ、出現する水位に不確かさを与えることになる。 第5章では最深河床が縦断的にどのように変化しているかを鬼怒川を対象として、明らかにした。そして、河床の縦断方向変化の不確かさと水位の不確かさの構造とを関連付け、統計的な性質を明らかにした。第6章では河道の横断形状の不確かさと河道の治水安全性に及ぼす影響を検討し、設計に使用できる図表を作成した。また断面形状の不規則性の影響によりエネルギー補正係数や運動量補正係数が水位変動に伴って如何に変化するかを説明した。また流れの抵抗を表すマニングの粗度係数が水位とともに如何に変化するかを考察した。これらの例に示されるように、現実の河道の形状が計画された断面から変位している情況を確率的に表現し、水位の出現確率に及ぼす影響を定量的に評価したことは、河川計画の実務に有用な情報を提供できる重要な成果である。 第7章では2次モーメント法(first order second moment)を用いて、河道の疎通能力の不足を検討した。また、要因間の相関と不確かさを検討した。この計算過程では自然河川の複雑な横断面形状を台形などのより単純な形状に置き換えることなく、不規則な形状や複断面形状を正確に取り扱っている。また、危険度評価図の概念を提案し、ある時刻、ある断面での安全度が低下する要因を容易に検出できるようにした。さらに、不確かさの主要な因子については図面を工夫し、ある断面での流量の不確かさを最大にする要因の分析を行った。 第8章では改良された2次モーメント法(Advanced first order second moment)を用いて興味深い問題を提示した。すなわち、その方法により作用する外力と抵抗力の臨界値を算出することが可能であることを示した。この解析結果は、洪水の危険が切迫したものになる各要因の臨界値を計画の立案者に知らせることが出来、意思決定支援システムを構築するために重要な貢献をする事が出来る。 第9章では鬼怒川を対象に航空機による空中写真により得られた植生分布のデータの分析を行った。流れの1次元解析を念頭に置いて、空中写真から植生域の大きさの抽出と、植生の高さに応じた分類を行った。モデルでは植生が水深に応じて洪水期に倒されることを考慮した。こうしたことは鬼怒川の現地踏査でも確認されている。第10章では外力と抵抗力の多くの組み合わせに対して計算を行った。計算結果に基づいて、植生の成長とともに河道の疎通能力が低下する事によって生ずる洪水の危険性を、植生をランダムに伐採することなく最小限にする方法を提案した。これにより水資源計画の立案者に、河川環境を保全しながら洪水制御に有効な方法を見出す一つの手法を提供できることとなった。 以上要するに、本論文は現実の河道の自然要因の不確かさを信頼性解析に取り入れる体系を構築し、河川計画の意思決定過程に確率的な、定量的な情報を与えることが出来ることを示した。本論文で得られた成果は、今後の河川計画の中心課題に有力な解決手法を与えるものであり、河川工学に寄与するところが大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |