学位論文要旨



No 112996
著者(漢字) ムナシンゲ・ヘワ・マタラゲ・スニル
著者(英字)
著者(カナ) ムナシンゲ・ヘワ・マタラゲ・スニル
標題(和) 材料特性が確率的に変動する不均一体の挙動に関する上限・下限の解析 : 地表地震断層問題への適用
標題(洋) Analysis on Optimistic/Pessimistic Behavior of Heterogeneous Bodies with Statistically Varying Material Characteristics : Application of Earthquake Fault Problems
報告番号 112996
報告番号 甲12996
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3973号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀,宗朗
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 助教授 古関,潤一
内容要旨

 直下地震の脅威の一つに,活断層が地表に現れた地震断層がある.これは基盤のずれによって引き起こされる断層であり,付近の構造物や都市に強い強震動や地盤の大変形を引き起こす可能性がある.強震動や大変形に対処するためには,過去の地震記録をもとにした評価の他に,数値解析によって地表地震断層の発生の可能性や起こりうる強震動等の規模を予測することが考えられる.力学的には断層は変位の不連続面としてモデル化されるため,表層地盤を弾塑性体や粘弾塑性体とすると,地表地震断層をひずみが局所的に集中したせん断帯として扱うことができる.せん断帯の発生は数学的には最も不安定な分岐解とみなせるため,周囲の地盤構造の乱れの影響を受けやすい.また,弾塑性体・粘弾塑性体の初期値・境界値問題は大規模な非線形問題となるため,この分岐解を数値的に計算することは容易ではない.

 以上のように,地表地震断層の挙動を数値解析によって予測する際には,地盤の不均一性の影響を考慮し,非線形問題を正しく解くことが課題となる.本研究は次の2つの方針により,この課題の解決を図っている.不均一性の取り扱いに関しては,さまざまな不均一性を持つ地盤の挙動としてもっとも起こりやすいと思われる挙動を挟むような,挙動の範囲を与える力学理論を構築することを試みる.なお,不均一体のモンテカルロシミュレーションによってもっとも起こりやすい挙動を見つけることは,断層挙動の数値解析が大規模になればなるほど非現実的である.構築される理論は,もっとも起こりやすい挙動が入る範囲を推定するものであり,この意味で実用性が期待できる.非線形問題の数値解法に関しては,汎用性の高い数値解析アルゴリズムを大規模有限要素法解析に組み込むことで対処する.なお,非線形問題の解が分岐する場合,もっとも不安定な解を見つける分岐解析を行うことが必要であるが,計算規模が大きくなるほどこの分岐解析は煩雑になる.そこで,適当な乱れを与えることで自動的に不安定な解に到達することを期待し,非線形方程式の解法である繰り返し計算による増分制御法を適用し,増分に関する制約をさまざまに変えることができるような数値アルゴリズムを有限要素解析手法に組み込むことを試みる.

 本研究の構成と成果は次のように整理できる.最初に,不均一体の取り扱いに関する理論を構築する.不均一材料の材料特性の上下限を与えるHashin-Shtrikman変分原理を拡張し,任意の境界条件のもとでの任意の線形不均一弾性体の挙動の上下限を与える変分原理を導く.個々の点の弾性は未知であるが,代わりに弾性に関する確率密度関数が与えられたものを想定すると,このような不均一体の確率的にもっとも起こりやすいと期待される挙動に対して,拡張されたHashin-Shtrkimanの変分原理から上限と下限となる挙動を導くことができる.これは不均一体が非線形な弾塑性体である場合にも適用できるため,もっとも起こりそうな挙動を挟む挙動の範囲を決定することができる.本研究では,簡単な線形・非線形体の例題を設定し,拡張されたHashin-Shtrikmanの変分原理の妥当性・有効性を検証した.

 次に弾塑性体の数値解法に関して,Newton-Rapson法と増分制御法を組み合わせた線形方程式の解析のアルゴリズムを非有限要素法解析に組み込む.アルゴリズム自体は既に確立されているが,大規模計算を行う有限要素法に組み込む際には,繰り返し計算の収束性の検討や,増分の設定方法に注意が必要である.組み込まれたアルゴリズムでは,増分に対する重みを調節することで変位制御・荷重制御・弧長法に対応できるようになっており,汎用性を高めている.なお,制御を変えることで解の追跡の際の方法が変わるため,非線形問題が分岐解を持つ場合に制御の方法に依らない解が計算されれば,これは最も不安定な解と見なすことができる,したがって,より確実に分岐解を見つけることが期待できる.材料非線形性のみならず幾何学的非線形性をもつ例題に対して,このアルゴリズムを組み込んだ有限要素法解析を行い,妥当性や限界を検証した.

 最後に,拡張されたHashin-Shtrikman変分原理と,汎用性の高い数値解析アルゴリズムを組み込んだ有限要素法解析を用いて,地表地震断層の伝播に関する数値シミュレーションを行った.このシミュレーションでは,もっとも起こりやすいと期待される挙動の上限と下限を計算することができた.比較するデータがないため,得られた結果に関する定量的な議論はできないが,少なくとも直感的に妥当と思われる範囲が得られている.また,特別な要素を使用したり要素分割に工夫をせずとも,明瞭なせん断帯が発生し,開発された非線形体に対する有限要素法の妥当性も支持できた.

 本研究では、不均一な地盤を伝播する地表地震断層に対し,もっとも起こりやすいと思われる挙動の上下限を与える有限要素法が開発された.現時点での解析は,準静的な2次元状態であり,比較的簡単な弾塑性構成則を仮定している.したがって,3次元状態の解析とともに地盤の実際的な構成則を適用できるよう,開発された有限要素法解析を拡張することが当面の課題である.

審査要旨

 本論文は,地表地震断層を念頭に,構造や材料特性が不明確な物体に関し,期待される挙動の上限・下限を与える力学理論の構築とそれに基づく数値解析手法の開発を目指したものである.論文の主要な内容は次の2点である.第一点は,物体の材料特性を確率的に与えた場合にもっとも起こりうる挙動をはさむ挙動を厳密に設定することであり,挙動の上限と下限を与える2つの仮想的な物体を定義することに成功した.第二点は,地表地震断層を非弾性体のせん断帯としてモデル化した場合,分岐を伴って成長するせん断帯を特殊な要素を導入せずに数値解析できるような,ロバストな非線形有限要素法解析手法を開発することである.各々の点について,数値シミュレーションによって妥当性・有効性を検証し,地表地震断層の発生・進展の数値解析を行った.適当な幅をもった上限・下限を与える解が計算され,また,得られたせん断帯も適当なものであった.

 本論文に関する審査会の評価は,論文の質に関しては問題となることがない,という意見が主であった.地表地震断層の発生・伝播を最終的な目標にすえて,地震学・地球物理学と応用力学・応用数学の境界領域を目指した意図や,数値計算を念頭においた数理モデルや解析理論の構築,それに基づく解析手法の開発という趣旨は十分理解できるものであることが了解された.

 論文の審議は,次の3項目に関して集中して行われた.

 最初の問題点は非線形問題に対する数値解析の妥当性である.軟化型の構成則を持つ材料や構造の挙動を有限要素法で用いた場合,発生するせん断帯の幅がメッシュサイズによることは知られている.これは,数学的には,せん断帯の幅が無限小となる解が存在するためである.メッシュサイズへの依存性を除くため,有限変形を考慮する等の対策が提案されているが,本研究で用いた解析手法では,特に工夫をこらすことなく,メッシュサイズへの依存度が比較的小さい結果が得られている,したがって,軟化型構成則の数値解析に共通する問題点を克服しているように思われる点が議論された.原因の一つとして,数値解析例が限られていることもあるが,せん断帯が十分発達した後には,数値結果にメッシュサイズの影響があることが説明された.この他,数値解析で用いられた構成則が,普通の弾塑性構成則とは若干異なることも理由となりうることも説明された.構築された理論では,さまざまな弾塑性構成則を持つ材料の平均挙動を考えるため,その上限や下限を与える仮想的な材料の構成則は滑らかなものとなる.この滑らかな構成則は,有限変形を取り込むことと同じように,メッシュサイズが数値解析結果に与える影響を除いていることが議論された.

 次のポイントが解析結果の応用である。研究の最終的な目標が地表地震断層のシミュレーションであることは理解できるものであるが,解析の妥当性を検証し有効性を実証するためには,何らかの実験データや実測データとの比較・対応が不可欠であることが指摘された.論文の力点は,不均一構造の取り扱いに関する理論と非線形問題の大規模数値解法の提案にとどまっているが,比較的簡単な問題に対する数値解析結果の妥当性は検証されていること,また,他の数値解析結果との比較が既に行われていることが説明された.さらに,近い将来に他の研究機関で行われている実験結果と比較検討をする予定であることが紹介された.これは医療用CTスキャナーを用いた地震断層のモデル実験であり,断層の発生や進展の際に,付近の地盤の変位やひずみ,また,断層の形状に詳細なデータを得ることができる.したがって,同じ条件で解析を行って得られる上限・下限の間に実測データが入るか否かを調べ,理論や解析手法の妥当性を検証することができる計画があることが了解された.

 最後の指摘は,数値解析プログラムの詳細についてである.アルゴリズム自体に新規なものがないため,プログラムを作成するにあたって,何が困難であり,また,どのような点が工夫されているかが,必ずしも明確とはならない.しかし,具体的なコーディングは説明されていないものの,要素内の積分の方法,収束条件の設定等,いくつかの点は論文に明記されていることが説明された.数値解析が主となる研究では,得られた数値計算結果が成果の主なものとなるが,作成されたプログラムでのプログラミングの工夫点や改良点を何らかの形で示すことが望まれるとのコメントがあった.

 以上の点に関しても,本論文では,現時点での十分な検討がなされていることや,また,将来の課題として明確に問題点を示していることが審査会で示された.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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