内容要旨 | | 兵庫県南部地震の震源過程を決定するために、強震記録・遠地地震波および測地学的データを用いた逆解析が数多くおこなわれてきた。しかしながら、逆解析に用いられている神戸の強震記録が断層破壊の指向性の影響を強く受けているため、野島・須磨断層間で断層がステップする地点における破壊過程については、まだよく調べられていない。 震央からわずか数キロメートルに位置する明石海峡大橋はこの地震により大きな影響を受け、4つある基礎のうち北側の2つの基礎が北東方向へ、南側の2つが西方向へ、それぞれ45〜75cm移動した。また、主塔で観測された揺れは最大100カインにも達した。これらの記録は断層近傍のものであるという重要性にもかかわらず、推定地動が求められていないばかりか十分な説明もなされていない。 本研究では、明石海峡大橋の主塔の振動記録と基礎の永久変位を用いて、野島・須磨断層間の断層過程を求める。 まず、主塔位置における自由表面地動を、地盤-構造物の相互作用を考慮した主塔の構造モデルを構築し、主塔の振動記録から再現した。この再現地動は指向性に阻害されることがないため、明石海峡直下の震源過程を解明する上で大変有用なものである。 海峡の地下構造は、1995年12月に実施された爆破震源観測のデータのうち、明石海峡大橋の4つの基礎で観測されたものを用いて求めた。沖積層下の地層はP波速度5.2-5.5km/sの岩屋花崗岩であることがわかった。この浅部地下構造は、およそ30年前の爆破震源観測で明らかにされた地下構造より詳細なものである。 海峡直下の震源過程は、波形のモデリングによって求める。まず、既往の研究で求められた野島断層と須磨断層のみを考慮した断層過程を用いて合成波形を求め、さきに求めた主塔位置における自由表面地動と比較したところ、地震波形のはじめの10秒間については説明できるものの、それ以後に現れる2つのフェーズの説明はできないことがわかった。このうち振幅が最大であるフェーズについては、その振幅の大きさおよび両主塔位置でのフェーズ到達時刻を考慮すると、主断層間のギャップ位置における断層過程によるものであるとわかった。 また、野島・須磨断層の主破壊のみを用いた基礎の永久変位の計算結果では、北側と南側で基礎の移動方向が反対であることを説明できず、両主塔間での断層破壊の存在が明らかになった。そこで、両主塔間に断層を新たに仮定し、その断層の幾何学的特性値を変位の観測値と計算値のフィッティングによって求めた。最適値は、strike、dip、rake、それぞれN97°E、85°、222°と求まった。またこの小断層の総滑り量および地震モーメントはそれぞれ269cm、2.52×1018Nm(MW=6.2)と計算できた。このモーメントは地震の総モーメントのおよそ1割である。 すべりの時刻歴は、総ライズタイム2秒のtwo-ramp関数を仮定して、観測波形と合成波形のフィッティングによって求めた。モーメントの90%をはじめの1秒間に、残りの10%を次の1秒間に解放する解が最適解となった。また、この小断層の破壊は、震源での破壊開始の10秒後に始まる。このことは、明石海峡下の破壊が野島・須磨断層の大すべりによってもたらされた可能性を示唆している。 本研究で、既往の研究で求められている野島・須磨断層の破壊モデルだけでは明石海峡大橋の基礎付近の地震動および基礎の永久変位を十分には説明できないことが明らかになった。また、断層近傍での観測データと計算値との不合を説明するためには、野島断層と須磨断層が跳ぶ海峡直下での右横ずれ正断層の存在が必要である。この小断層の破壊は小さいものの、橋の両主塔位置では最大地動速度をもたらした。このことは破壊が橋の直下の浅い地点で発生したことを考えれば適当である。 |
審査要旨 | | 兵庫県南部地震の震源過程を決定するために、強震記録・遠地地震波および測地学的データを用いた逆解析が数多くおこなわれてきた。しかしながら、これらのデータは神戸を含む本州側に限られており,しかも神戸の強震記録が断層破壊の指向性と表層の軟弱地盤の影響を強く受けている。このため、本震の震源域であり,かつ大きなエネルギーを放出した野島断層・明石海峡・須磨断層地域間における破壊過程については、明らかにされていない。 本震の震央からわずか数キロメートルに位置する明石海峡大橋はこの地震により大きな影響を受け、4つある基礎のうち北側の2つの基礎が北東方向へ、南側の2つが西方向へ、それぞれ45〜75cm移動した。また、主塔で観測された揺れは最大100カインにも達した。これは断層近傍の大振幅振動がほぼ振り切れることなく記録された貴重なデータであるが,本来が風による振動の監視のためのものであるため,そのままでは周波数帯域が地震解析に不適である。さらに,吊橋主塔の振動が介在するため,これから直接地震動を推定することはできない。このため相当の補正をしない限り解析に利用することは困難である。 本論文は、明石海峡大橋の主塔の本震時振動記録と基礎の永久変位記録、他の地震動記録および地殻変動記録,既往の地震学的震源解析結果を利用しつつ,独自の精密な解析を行ない,本震の震源域での断層過程を求めるものである。 まず、主塔位置における地震動を推定している。この目的のために,地盤-構造物の相互作用をも考慮した主塔の構造モデルを構築し、主塔の振動記録から地震動を逆推定している。吊橋主塔はケーブルの振動を含む多数の固有振動を生じうるので,主塔の振動記録は入力波形から大きく歪むことになる。しかし計算および検証のために実施した常時微動の観測研究の結果,0.5-1.0秒の周期帯域は伝達特性がほぼ平坦であることが明らかとなった。この帯域では,地震動はひずむことなく主塔の振動記録に反映される訳であり,極めて重要な発見であると認められる。またこの帯域の推定地震動は,明石海峡直下に生じた震源過程を解明する上で大変有用なものである。 地震動は表層の比較的軟弱な層によって大きく増幅・変調される。このため,浅層地下構造を精密に調査しておく必要がある。そこで海峡の地下構造データを得る目的で、1995年12月に爆破地震全国共同プロジェクトとして実施された爆破震源観測に参加して,明石海峡大橋の4つの基礎に特別の測点を設置して観測している。観測記録では,波浪に発生因をもつと考えられる雑音が大きかったが,周波数分析により,信号と雑音を分離する方法を見出し,これにより走時データを得るのに成功している。そしてこれを用いた解析の結果,P波速度5.2-5.5km/sの岩屋花崗岩を基底とする浅部下構造が明らかにされたが,これは、およそ30年前の爆破震源観測で得られ,兵庫県南部地震の震源解析に使用された現行の地下構造データより詳細なものである。 一方で,海峡直下の震源過程のモデルから,やはり地震動波形が得られる。こうして2つの独立な地震動が得られるので,照合することができる。まず、既往の研究で採用されている野島断層と須磨断層のみのモデルを仮定して,その震源時間関数を用いて合成波形を求め、さきに橋梁の震動から求めた地震動と比較したところ、地震波形のはじめの10秒間については説明できるものの、それ以後に現れる2つの大振幅フェーズの説明はできないことを見出した。このうち振幅が最大であるフェーズについては、その振幅の大きさおよび両主塔位置でのフェーズ到達時刻を考慮すると、主断層である野島断層・須磨断層間の不連続位置における断層過程を想定しない限り説明できないことがわかった。 また、野島断層・須磨断層の破壊のみを用いた基礎の永久変位の計算結果では、北側と南側で基礎の移動方向が反対であることを説明できず、これからも両主塔間での断層破壊の存在の必要なことを明らかにしたうえで、両主塔間に断層を新たに仮定し、その断層の幾何パラメータを,残留変位の観測値と計算値のフィッティングによって求めている。得られた最適値は、strike、dip、rake、それぞれN95°E、85°、223°であり,またこの小断層の総すべり量および地震モーメントはそれぞれ262cm、2.44×1018Nmと計算されている(このモーメントは地震の総モーメントのおよそ1割に当たる)。すべりの時刻歴は、震源時間関数を震源のインバージョン解析で定着しているtwo-ramp関数(立ち上がり時間2秒)を仮定して推定し,モーメントの80%をはじめの1秒間に、残りの20%を次の1秒間に解放する解を最適解として見出している。こうして,既往の研究で仮定されている,野島断層・須磨断層の破壊モデルだけでは明石海峡大橋の基礎付近の地震動および基礎の永久変位を十分には説明できないことが明らかになった。また、永久変位と主要動の12秒後に現れる大きなパルス波とを説明するためには、野島断層と須磨断層が跳ぶ海峡直下において、右横ずれ正断層の存在が必要であることがわかった。この小断層の破壊は小さいものの、橋の両主塔位置では最大地動速度をもたらしたと考えられる。また,推定地震動に見られたもう一つの食い違いは,上で説明した独自の地盤特性から生じる増幅を考慮することで完全に解消されることを明らかにしている。 以上のように本研究は,兵庫県南部地震の本震の震源直近の明石海峡大橋にあって,振り切れなかった貴重な震動記録を,独創性の高い精密な解析を駆使することで解読し,これまでの地震学および地震工学で得られなかった震源直近での地震動を高い信頼性で復元するとともに,これから結論される地震のメカニズムを明らかにしたものである。この成果は地震学の観点からも,耐震工学の観点からも高い意義を有している。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |