学位論文要旨



No 113000
著者(漢字) ゴエル,ラジャビ
著者(英字) GOEL,RAJEEV
著者(カナ) ゴエル,ラジャビ
標題(和) 栄養塩除去活性汚泥法における細胞外酵素による高分子化合物の加水分解
標題(洋) EXTRACELLULAR ENZYMATIC HYDROLYSIS OF MACROMOLECULES IN NUTRIENT REMOVAL ACTIVATED SLUDGE PROCESSES
報告番号 113000
報告番号 甲13000
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3977号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 助教授 古米,弘明
内容要旨

 国際水環境学会(IAWQ)のタスクグループにより活性汚泥法の標準的な数学モデルとしてActivated Sludge Model No.2(ASM.2)が開発され、栄養塩(NおよびP)除去活性汚泥法のシミュレーションおよび設計のために使われている。このモデルには栄養塩除去活性汚泥法で生じるさまざまな反応プロセスが組み込まれており、その中で、有機化合物の分解の第一ステップが懸濁性・コロイド状・高分子状の化合物の加水分解である。下水中の有機物の40-60%はこのような高分子化合物であるとされ、ASM.2においては遅分解性有機物と定義されている。遅分解性有機物の下水中の割合が非常に大きく、しかもそれらがまず加水分解されて初めて微生物によって利用されることから、その加水分解のステップは活性汚泥法において重要な意味を持つ。とくに栄養塩除去活性汚泥法では、嫌気条件および無酸素条件(酸素は無く硝酸または亜硝酸が電子受容体として存在する条件)での代謝が除去に関与する微生物の増殖のカギとなるので、嫌気条件・無酸素条件での加水分解速度はプロセス全体の性能に影響を与えかねない。本研究では、嫌気・無酸素・好気と言った電子受容体の異なる条件が加水分解速度に与える影響を純粋培養細菌および活性汚泥を用いて実験的に検討し、また、これに関連するいくつかの運転条件の影響や細胞外高分子化合物と細胞内蓄積有機物の挙動の違いについても実験的解析を行った。さらに、以上の実験的解析結果の妥当性をASM.2を用いたシミュレーションで検討した。

 まず、電子受容体の差異が加水分解速度に与える影響をBacillus amyloliquefaciens(グラム陽性)およびPseudomonas saccharophila(グラム陰性)を用い、でんぷんをモデル基質として調べた。その結果は表1にまとめた。程度の違いはあるものの、B.amyloliquefaciensおよびP.saccharophilaともに、嫌気条件および無酸素条件で培養した菌体のでんぷん加水分解活性は、好気培養菌体の活性より著しく小さかった。見かけ上、増殖速度と加水分解活性は比例しているように見える。また、ろ過により分離した菌体とその上澄み中の酵素活性を測定したところ、でんぷん加水分解酵素は溶液中に放出されて存在し、一度放出された酵素の活性はその後の嫌気・無酸素・好気の各条件の違いによっては変わらないことがわかった。

表1.純粋細菌株を用いた実験結果のまとめ

 次に、実験室内で10リッターの容量の嫌気好気式活性汚泥リアクター(SBR)を運転して、この汚泥を用いた回分実験を行った。その結果、でんぷん加水分解反応はでんぷん濃度に関しては飽和型(Monod型)の、また菌体濃度に関しては1次の速度式に従うことがわかった。その飽和定数は532mg/L、最大加水分解速度は10.7mg/d・mg biomassであった。純粋細菌とは異なり、活性汚泥の加水分解酵素は汚泥に結合して存在していた。さらに、汚泥を嫌気・無酸素・好気の各条件で培養した後のでんぷん加水分解活性に大きな差異はなく、汚泥の増殖時の電子受容体の条件の影響は小さいことがわかった。

 一方、でんぷん代謝時の呼吸速度の変化パターンも活性汚泥を用いて実験的に検討した。結果として、でんぷんの代謝においては加水分解が律速段階になっていること、でんぷんの加水分解の結果として生じる産物の一部はでんぷんの定量に用いたヨウ素でんぷん法(SIC法)では捕捉できない程度に低分子化しているが微生物は利用できないような化合物が含まれること、また、加水分解産物は溶液中に蓄積されることがわかった。

 次に行ったのは、でんぷん以外の化合物を基質とした加水分解酵素活性の測定である。すなわち、酸性フォスファターゼ・アルカリフォスファターゼ・プロテアーゼ・-グルコシダーゼの活性をSBRにおける嫌気好気サイクルの過程で測定した。これらの活性は15-25%程度の変動はあるものの、嫌気・好気の過程ではそれほど大きな変化は無かった。この汚泥を別の反応槽で嫌気または好気条件で培養して上の加水分解酵素活性の変化を調べた結果、酵素によりその挙動は異なっていた。-グルコシダーゼは、細胞内酵素であるデヒドロゲナーゼと同様に、好気条件のほうが嫌気条件より活性の増加が大きかったが、プロテアーゼではその差異は顕著でなかった。タンパク合成の阻害剤であるテトラサイクリンを用いて酵素の新たな合成を止めた系での酵素活性の減少からこれらの酵素の不活化速度を調べたところ、酵素によりその速度は異なり、たとえば酵素量が10%減少するのに必要な時間はアルカリフォスファターゼおよび-グルコシダーゼではそれぞれ46時間および1時間であった。また、これらの加水分解酵素はいずれも活性汚泥フロックに結合していた。菌体滞留時間(SRT)が水理学的滞留時間に比べて著しく長い活性汚泥のような系では不活化速度の遅い酵素が菌体に結合して存在していたほうが圧倒的に有利であり、そのために純粋培養細菌とは異なって嫌気好気のサイクルにおいても加水分解酵素活性に大きな変化がみられなかったのであろう。

 汚泥の増殖速度と酵素活性の関係を見るために、SRTの酵素活性に対する影響を調べる実験を、-グルコシダーゼおよびプロテアーゼに関してSBRを用いて行った。SRTが小さくなると、すなわち増殖速度が大きくなるとこれらの酵素活性は増加する傾向が見られたが、確実な結論を得るには至らなかった。

 数学モデルを構築する上で、高分子化合物の加水分解に関して問題となるのは細胞外の高分子化合物と細胞内の蓄積有機物をいかに区別するかである。従来、細胞外高分子の加水分解速度の推定には呼吸速度の測定が用いられてきたので、細胞内蓄積有機物が呼吸速度のプロファイルに与える影響について検討した。酢酸やグルコースなどの低分子基質の代謝時には、上澄み中の基質を摂取している期間と上澄み中の基質が無くなり細胞内に蓄積した有機物を利用している期間の2つの相が見られた。これらの2つの相での蓄積有機物(ポリヒドロキシアルカノエイトまたは炭水化物)およびバイオマスの定量から、蓄積有機物およびバイオマスそれぞれに対して収率を求めることが出来る。SBRのように有機物蓄積能力を持つ汚泥が出来やすいリアクターでは、摂取された有機物の14〜58%が細胞内ポリマーとして一時的に蓄積されることが確認され、上澄みに有機物が残っている期間のみの呼吸速度のデータから算出した収率は過大評価になっていることが示された。また、呼吸速度の変化パターンからは細胞外高分子と細胞内蓄積有機物の区別は難しいことが確認された。

 細胞外高分子と細胞内蓄積有機物の分析上の区別が必要なことから、細胞外多糖類の新たな定量法としてルテニウムレッド法の応用を試みた。その結果、可溶性でんぷんは活性汚泥に単純に吸着することでの上澄みからの除去は無視できることがわかった。この方法をでんぷんの加水分解メカニズム解明に応用することは今後の課題である。

 本研究で得られた結果は活性汚泥においては加水分解速度は電子受容体の種類にはあまり影響されないことを示している。ところが、モデル上はその速度を嫌気あるいは無酸素状態において極端に低く設定しなくては他のパラメータをうまくキャリブレーションできないことがわかっている。そこで最後に、ASM.2を用いて加水分解速度を低く設定することと同様のシミュレーション結果を得られるようなパラメータのキャリブレーション方法を検討した。モデル上では加水分解産物をさらに低分子化するプロセスである発酵プロセスの速度を小さく設定することは加水分解速度減少と同様の効果があり、また、放流水リン濃度のシミュレーション結果がリン蓄積微生物の増殖収率に対してきわめて鋭敏であることが示された。

 本研究において、実験的には、高分子化合物の加水分解速度が嫌気・無酸素・好気の各条件で大きく異なる可能性は小さいことが示された。今後、栄養塩除去活性汚泥法の数学モデルをキャリブレーションして行く上で、嫌気・無酸素・好気条件で加水分解速度を変化させることのかわりにどのようなメカニズムを想定してゆくかについてはさらなる実験的・理論的検討が必要である。

審査要旨

 現在の下水処理法の主流である活性汚泥法は100年近い歴史を持ち、さまざまな視点から研究されてきた。その間に、下水からの有機物の除去に加えて窒素やリンの除去も考えられるようになり、それらの機能を担う異なった微生物群の特性を考慮されるなど活性汚泥への理解も近年格段に深まってきたと言える。このような学術的な活性汚泥に対する理解を背景に、活性汚泥プロセスをその微生物学的な構造に基づいて数学的にモデル化しようと言う試みがさかんに行われている。そこでの問題点の一つがプロセス全体の律速段階になることの多い高分子化合物の加水分解による低分子化の段階をどうモデル化しその速度をどう表現するかである。とくに、窒素・リンの除去まで考慮する場合、在来の活性汚泥のように好気条件だけではなく、電子受容体として硝酸・亜硝酸の存在する無酸素条件や酸素も硝酸・亜硝酸も存在しない嫌気条件での加水分解速度がプロセスの効率に大きく影響する。嫌気・無酸素条件下での加水分解速度は測定する適当な方法が一般的には無いばかりか、呼吸速度測定を用いた従来からの間接的代謝速度の測定法も用いることが出来ない。つまり、加水分解反応は活性汚泥のモデリングの視点からきわめて重要であるにもかかわらずそのための充分な情報が得られていない。本研究は、このような背景に基づき、高分子有機物の加水分解の速度に関して、栄養塩除去の立場から最も重要な電子受容体の違いという因子の影響について、純粋培養細菌および実験室馴養活性汚泥を用いて実験的に検討したものである。

 本研究は、「Extracellular Enzymatic Hydrolysis of Macromolecules in Nutrient Removal Activated Sludge Processes(栄養塩除去活性汚泥法における細胞外酵素による高分子化合物の加水分解)」と題し10章よりなる。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景、その目的と範囲が記されている。

 第2章は「文献レビュー」であり、下水中の有機物の特性と下水処理における加水分解反応の重要性や加水分解に関する基礎的・工学的な既存の知見がまとめられている。

 第3章は「研究方法」であり、研究全体を通じて用いた実験装置や分析方法がまとめられている。加水分解反応の速度を定量的に測定するためにモデル基質としてでんぷんを選んでいることが本研究の一つの特徴である。本章ではその分析法も記されている。

 第4章以降が研究結果の章である。第4章は「純粋培養系による実験」と題し、でんぷんを基質としてその加水分解速度に関する諸問題を、でんぷん加水分解酵素アミラーゼ生成細菌であるBacillus amyloliquefaciensおよびPseudomonas saccharophilaの2つの純粋細菌を用いて検討した。この2種の純粋培養の場合、加水分解酵素は細胞に付着せず溶液中に放出されること、放出された酵素の活性は電子受容体の違いにより影響を受けないが、酵素の合成には電子受容体の種類が大きく影響し、嫌気・無酸素工程では減少し好気工程では増加することがわかった。

 第5章「でんぷんの加水分解とその代謝」では、室内馴養活性汚泥を用いてでんぷんの加水分解特性を調べている。実験結果は、第4章の純粋培養での結果と大きく異なり、加水分解酵素は汚泥内に捕捉されていてほとんど溶液中に放出されないことがわかった。また、加水分解速度は生物量に対して一次、基質濃度に対してモノー型の反応速度式に従うこと、酵素活性そのものは電子受容体の種類で影響されないことが示された。

 第6章は「回分式活性汚泥法における酵素活性」であり、比較的単純な反応おこなう加水分解酵素の活性を実験室内で運転した回分式活性汚泥法(SBR)において測定したものである。SBR中での酸性およびアルカリフォスファターゼ、アルファグルコシダーゼ、プロテアーゼの活性は嫌気行程でも好気行程でも有為な変動を示さなかった。活性汚泥法はで、固液分離によってバイオマスのみがプロセス内に長期間維持され処理水は短い滞留時間で流出して行くことから、細胞外酵素を汚泥内に維持しその活性を余り変化させずに維持できるような微生物種を優占させるような生物学的選択圧が存在することが指摘されている。

 第7章は「細胞内蓄積有機物、呼吸速度および収率」と題し、加水分解速度の評価に伝統的に用いられてきた呼吸速度による方法が細胞内蓄積物質の存在により妨害される点について検討している。その結果として、より一般的な状況でモデリングに利用できる新しい収率の概念を提案している。

 第8章は「運転条件の酵素活性に対する影響」であり、汚泥滞留時間(SRT)の減少により系内の総加水分解活性は減少するが生物量あたりの活性は逆に増加することをしめした。

 第9章は「モデリングの視点」と題し、本研究で得られた結論である「加水分解活性は嫌気・無酸素・好気条件ではほとんど変化しない」と言う点を活性汚泥モデルの中で具体的に実現する方法についてシミュレーションにより検討し、具体的な手法を提案している。

 第10章は「結論および今後への提言」であり、本研究全体を総括し結論をまとめた上で今後行うべき研究について提言している。

 本論文の最大の功績は、これまでの活性汚泥の数学モデルでは嫌気・無酸素条件下での加水分解速度を極端に小さくとらなければ計算上うまくシミュレーションが出来ないとされてきたことに対し、実際の活性汚泥の系では加水分解速度ができるだけ安定しているような生物学的選択圧が働いているという考え方を実験的根拠とともに示し、既存のモデルでの加水分解速度の表し方に対する修正を迫った点である。この点は、今後の活性汚泥モデルの発展に大きく影響を与えるであろう。以上のような観点から、本研究は都市工学とりわけ環境工学の発展に大きく寄与するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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