現在の下水処理法の主流である活性汚泥法は100年近い歴史を持ち、さまざまな視点から研究されてきた。その間に、下水からの有機物の除去に加えて窒素やリンの除去も考えられるようになり、それらの機能を担う異なった微生物群の特性を考慮されるなど活性汚泥への理解も近年格段に深まってきたと言える。このような学術的な活性汚泥に対する理解を背景に、活性汚泥プロセスをその微生物学的な構造に基づいて数学的にモデル化しようと言う試みがさかんに行われている。そこでの問題点の一つがプロセス全体の律速段階になることの多い高分子化合物の加水分解による低分子化の段階をどうモデル化しその速度をどう表現するかである。とくに、窒素・リンの除去まで考慮する場合、在来の活性汚泥のように好気条件だけではなく、電子受容体として硝酸・亜硝酸の存在する無酸素条件や酸素も硝酸・亜硝酸も存在しない嫌気条件での加水分解速度がプロセスの効率に大きく影響する。嫌気・無酸素条件下での加水分解速度は測定する適当な方法が一般的には無いばかりか、呼吸速度測定を用いた従来からの間接的代謝速度の測定法も用いることが出来ない。つまり、加水分解反応は活性汚泥のモデリングの視点からきわめて重要であるにもかかわらずそのための充分な情報が得られていない。本研究は、このような背景に基づき、高分子有機物の加水分解の速度に関して、栄養塩除去の立場から最も重要な電子受容体の違いという因子の影響について、純粋培養細菌および実験室馴養活性汚泥を用いて実験的に検討したものである。 本研究は、「Extracellular Enzymatic Hydrolysis of Macromolecules in Nutrient Removal Activated Sludge Processes(栄養塩除去活性汚泥法における細胞外酵素による高分子化合物の加水分解)」と題し10章よりなる。 第1章は「序論」であり、本研究の背景、その目的と範囲が記されている。 第2章は「文献レビュー」であり、下水中の有機物の特性と下水処理における加水分解反応の重要性や加水分解に関する基礎的・工学的な既存の知見がまとめられている。 第3章は「研究方法」であり、研究全体を通じて用いた実験装置や分析方法がまとめられている。加水分解反応の速度を定量的に測定するためにモデル基質としてでんぷんを選んでいることが本研究の一つの特徴である。本章ではその分析法も記されている。 第4章以降が研究結果の章である。第4章は「純粋培養系による実験」と題し、でんぷんを基質としてその加水分解速度に関する諸問題を、でんぷん加水分解酵素アミラーゼ生成細菌であるBacillus amyloliquefaciensおよびPseudomonas saccharophilaの2つの純粋細菌を用いて検討した。この2種の純粋培養の場合、加水分解酵素は細胞に付着せず溶液中に放出されること、放出された酵素の活性は電子受容体の違いにより影響を受けないが、酵素の合成には電子受容体の種類が大きく影響し、嫌気・無酸素工程では減少し好気工程では増加することがわかった。 第5章「でんぷんの加水分解とその代謝」では、室内馴養活性汚泥を用いてでんぷんの加水分解特性を調べている。実験結果は、第4章の純粋培養での結果と大きく異なり、加水分解酵素は汚泥内に捕捉されていてほとんど溶液中に放出されないことがわかった。また、加水分解速度は生物量に対して一次、基質濃度に対してモノー型の反応速度式に従うこと、酵素活性そのものは電子受容体の種類で影響されないことが示された。 第6章は「回分式活性汚泥法における酵素活性」であり、比較的単純な反応おこなう加水分解酵素の活性を実験室内で運転した回分式活性汚泥法(SBR)において測定したものである。SBR中での酸性およびアルカリフォスファターゼ、アルファグルコシダーゼ、プロテアーゼの活性は嫌気行程でも好気行程でも有為な変動を示さなかった。活性汚泥法はで、固液分離によってバイオマスのみがプロセス内に長期間維持され処理水は短い滞留時間で流出して行くことから、細胞外酵素を汚泥内に維持しその活性を余り変化させずに維持できるような微生物種を優占させるような生物学的選択圧が存在することが指摘されている。 第7章は「細胞内蓄積有機物、呼吸速度および収率」と題し、加水分解速度の評価に伝統的に用いられてきた呼吸速度による方法が細胞内蓄積物質の存在により妨害される点について検討している。その結果として、より一般的な状況でモデリングに利用できる新しい収率の概念を提案している。 第8章は「運転条件の酵素活性に対する影響」であり、汚泥滞留時間(SRT)の減少により系内の総加水分解活性は減少するが生物量あたりの活性は逆に増加することをしめした。 第9章は「モデリングの視点」と題し、本研究で得られた結論である「加水分解活性は嫌気・無酸素・好気条件ではほとんど変化しない」と言う点を活性汚泥モデルの中で具体的に実現する方法についてシミュレーションにより検討し、具体的な手法を提案している。 第10章は「結論および今後への提言」であり、本研究全体を総括し結論をまとめた上で今後行うべき研究について提言している。 本論文の最大の功績は、これまでの活性汚泥の数学モデルでは嫌気・無酸素条件下での加水分解速度を極端に小さくとらなければ計算上うまくシミュレーションが出来ないとされてきたことに対し、実際の活性汚泥の系では加水分解速度ができるだけ安定しているような生物学的選択圧が働いているという考え方を実験的根拠とともに示し、既存のモデルでの加水分解速度の表し方に対する修正を迫った点である。この点は、今後の活性汚泥モデルの発展に大きく影響を与えるであろう。以上のような観点から、本研究は都市工学とりわけ環境工学の発展に大きく寄与するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |