人為的な温室効果ガスの増大により気候変化が生じることが不可避ではないかと考えられるようになり、その影響を評価することが重要となっている。水環境に関する影響については、IPCCの1995年の報告書においても未だ定量的な検討が十分にされておらず、とりわけ特定の地域に対する評価が遅れている。本論文は、わが国の諏訪湖及び天竜川流域を対象にして、水量及び水質への気候変化の影響を評価しようとしたものである。 本論文は「Water quantity and quality assessment for Suwa Lake and Tenryu River basin regarding the impact of future climate change」と題し、全8章からなる。 第1章は「Introduction」で、本研究の背景、目的、意義について述べている。 第2章「Literature review」では、まず水資源に対する気候変化の影響に対する既往の研究をIPCCの1995年の報告書を中心にしながらレビューしている。次に本研究で扱う水収支や水質のモデルについて、本研究への応用を念頭におきながら既往のモデルに関する研究をレビューしている。 第3章は「Statistical downscaling of GCMs climate variables using airflow indices」である。気候変化の水資源への影響評価に当たって、大きな障害になっているのは、将来の気候変化の予測の根拠となっている大循環モデル(GCMs)が与える結果の空間的解像度が数百キロ四方と粗いという問題である。実際の水文流出予測では、対象地域の降水量が必要で、またそれも月間平均ではなく極値を含むものでなければならない。そこで、水文流出に対する気候変化の将来予測のこのようなきめ細かい値を求めるために統計的なdownscalingの手法を用い、これを対象流域に適用した。GCMの出力として与えられる気流に対する主たる指標(気圧など)と対象地域各地点の降水量、気温、雲量、などの気象パラメータとの関係を対象地域の過去17年間の毎日の地上観測データを元に統計的に求め、GCMによる将来予測値を元に将来の各地点の気象パラメータを求めるた。この結果は、現在最も必要性が高いと考えられている部分であり、先進的な成果を示している。なお、この作業はイギリスDerby大学との共同研究の成果である。 第4章は「Water balnce model」である。従来から提案されている水収支のモデルを改良した上で、天竜川に適用している。ダムなどの人工物の影響と自然の流出が峻別されていないという点が今後の課題として残るが、月毎の流量と降水量、気温などとの関係がこのモデルで表現でき、GCMの月間平均値を入力して将来の流量を推定した結果、地点と既設による流量の増加または減少を予測している。 第5章は「Heat balance and water temperature modeling」である。湖沼については、夏季の成層期間とその強度が水質に大きな影響を与える。ここでは熱収支のモデルを改良し、それを諏訪湖に適用している。その適用に当たっては第3章で行ったdownscalingによる対象地点の日毎の将来気候の予測値を用いた。このような気候予測値を用いることによって、より現実的な推定が可能になり、また日単位で起きる成層期間の変化を捉えることに成功している。成層期間が前後にそれぞれ半月程度伸びるという結果が得られている。天竜川沿いの水温分布については、別のモデルを改良して適用しており、夏季の上昇が著しいことを示している。 第6章は「In-stream water quality modeling」である。河川においては溶存酸素が生物の生息にとって最も重要な因子になり、その減少に最も関連するのが有機物であるBODである。これらの変化をモデルによって表現している。4章で求めた天竜川各地点の流量と5章で求めた水温をモデルに入力することによって月毎の平均的な水質変化を求めている。その結果、年間を通じて溶存酸素が減少すること、BODが増加することが示されている。 第7章は「Lake eutrophication model」であり、諏訪湖の成層構造について第5章で求めた結果を元に植物プランクトンの働きなどを組み込んだ生態系モデルによって、諏訪湖の水質変化を予測している。その結果、夏季の溶存酸素の低下が見られることを示している。 第8章は「Conclusions and recommendations」であり、成果を総括すると共に、今後の課題を抽出している。 本研究は、気候変化が水環境に与える影響という、未だ十分に評価されていない課題に挑戦したものである。個々のモデルは既存のものを改良したものであり、またその改良と適用にはさらに改善の余地もあろうが、それらを総合して実際の湖沼と河川流域に適用した点は、気候変化の影響評価の具体化への重要な貢献として評価される。よって本論文は環境工学の発展に大きく寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |