学位論文要旨



No 113002
著者(漢字) マニ,デビヤニ
著者(英字)
著者(カナ) マニ,デビヤニ
標題(和) 需要サイドからみたインド大都市における上下水道サービスの改善方策にあり方に関する研究
標題(洋) IMPLICATIONS OF A DEMAND ORIENTATION IN PLANNING FOR WATER AND SANITATION IN INDEAN MILLION-PLUS CITIES
報告番号 113002
報告番号 甲13002
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3979号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 助教授 原田,昇
 東京大学 助教授 大方,潤一郎
 東京大学 助教授 城所,哲夫
内容要旨

 上下水道サービスの改善における、需要サイドに対する配慮は、より効率的なサービス供給のために重要であるという認識が、最近、国際援助機関の中で広まりつつある.こうした認識は、従来の、供給サイド主体の整備計画の失敗と、急速な都市化が進行する第3世界の実状を踏まえた計画への要請から登場した.しかし、需要の意味をどのように捉えるかという問題は、いまだ明確にされておらず、また、供給サイド主体の整備計画から需要サイドの要請を取り入れた計画策定への移行の含意は十分に研究されていない.そこで、本研究では、従来の研究成果を踏まえつつ、インド大都市について、需要サイドからみたインド大都市における上下水道サービスの改善方策のあり方に関する研究を明らかにすることを目的とする.

 本研究では、上下水道サービスの改善に対する消費者の支払い意志額をサービス需要の指標として用い、供給範囲、利用料金決定、制度・組織上の改善における、需要サイド重視への転換の意義について検討する.都市化が進行する典型的なインドの大都市では、財政的、制度的制約に起因した、いわば因襲化された事実ともいうべき、サービス供給戦略の失敗が露呈している.インド大都市においては、都市内の各地域が様々に異なる地域に分断され、それに応じ、公共諸機関・諸組織も分断化されている状況である.計画的に整備された上下水道網は、都市の豊かな地域に限定され、急速に拡大するスラムや都市周辺地域では、その場しのぎの衛生システムに頼らざるを得ない状況である.これらの地域は、いわば、低レベルでの均衡状態とも言える状態に陥っている.さらに、上下水道システムの代替的手段の利用が広く行われ、あるいは補助金投入のもとで、料金体系が低レベルに抑制されてきた経緯がある.このような複雑な要因が低レベルでの均衡状態を作り出してきた原因と考えられる.また、サービス水準の向上に伴う利用料金の上昇が、この低レベルでの均衡状態からの脱出方策として提案されてきた.一方で、この種の提案の限界についても、また種々の議論の対象となっている.

 ケーススタディの対象都市として、インド大都市の典型的な発展パターンを示していると考えられるアーメダバードとバンガロールを選択した.都市の規模は同一であるが、各都市は、成長速度、経済基盤、地域における当該都市の重要性、上下水道整備に関する制度・組織などの点で差異が見られる.アーメダバードでは、サービスの供給が、主に市営企業と多くの組織によって為されているのに対し、バンガロールでは、単一の州上下水道公社により、都市圏全域に渡るサービスが供給されている.水道料金については、アーメダバードの場合、不動産税の一部として徴収されるが、バンガロールではメーター表示に応じて徴収される.こうした差異に関わらず、両都市では共に、供給範囲が不十分であり、サービスが不確実であるという問題に直面している.すなわち、供給サイドの条件に基づき行われる計画策定は、消費者のサービスに対する需要に対応しきれないと言える.

 両都市から、それぞれにおける、行政区域、社会経済状況、サービスシステムに基づいて、4つのコミュニティを比較対象地域として抽出した.市域内においては、中高所得者層に対して計画的な上下水道網の敷設が成されているのに対し、都市周辺部では、中所得者層に非計画的な供給が、スラムにおいてはコミュニティがサービスを共有するという状況である.上水供給および下水処理における、サービス水準の改善に対する支払い意志額を判断するために、各コミュニティにおいて価値意識法調査を行った所、サービス改善に対する反応は、各コミュニティでの現在のサービス水準、環境基準に応じた供給エリア拡大に対する長期的戦略、インド政府により決定された基準値等の差異によって異なることが確認された.

 サービスの消費形態や利用料金はコミュニティにより大きく異なり、この差異はアーメダバードにおいて特に顕著であった.アーメダバードでは上水の供給源は水道管と井戸に限定されるが、バンガロールにおいて、その供給源は多様である.スラムにおける公衆衛生の水準は、バンガロールに比べ、アーメダバードのそれは非常に低いものであった.上水と下水処理改善に対する平均的支払い意志額は、全てのコミュニティにおいて、アーメダバードのほうが高額であった.どのコミュニティにおいても、上水の改善に対する支払い意志額は、実際に必要とされる費用よりも若干低く、一方、下水処理については支払い意志額が大きく下回った.重回帰分析の結果によれば、公共以外によるサービス供給の存在が、上水サービス改善に対する支払い意志の低下を招いていることが確認された.下水処理サービスについては、利用料金の徴収への期待と衛生の必要性に対する認識の欠如が、支払い意志額に負の効果を与えている.一方、所得、財産レベルおよび教育水準が、上水と下水処理サービスの改善に対する支払い意志額の上昇につながると言える.

 以上の結果から、本研究では公的組織の失敗や代替的手段利用の進展という状況下において、需要サイドに対する配慮の重要性が結論づけられた.しかしながら、支払い意志額は上下水道に対する代替的手段の存在や補助金による歴史的な料金抑制の有無によって大きく左右されることが分かった.消費者のサービスに対する要請のみに基づいて、サービスの改善を行うこともまた限界がある.代替的手段の利用は、環境負荷の増大および公共の上下水道整備に対する支払い意志額に対する悪影響といった点を考慮すると、次第に減少させるべきである.そのためには、計画過程における、より多くの住民参加が必要不可欠である.調査結果によれば、支払い意志額が、改善のために必要な全ての費用を賄いきれないことが確認されたが、これに対する方策として、サービス水準を低く設定すること、価格体系を段階的に引き上げること、補助金を投入すること、等が考えられよう.重回帰分析によれば、公共機関によるサービスの供給に対して、住民は極めて懐疑的であるという結果が得られた.従って、信頼性確保を目的とする維持、管理、運営および効率性向上を目的とする料金徴収といった、特定の部門については民営化する方法も考えられよう.

 上下水サービスの改善、とりわけ利用料金の引き上げは、システム固有の既得権に起因する大きな抵抗に直面することが予想される.従って、今後の研究課題として、供給システムに関わる種々の主体に対する、インセンティブに関する詳細な検討が挙げられよう.さらに、支払い意志額調査に基いて需要を決定していく為に、調査手法をより洗練されたものにしていくことも、今後の重要な課題である.

審査要旨

 この研究は、急速な都市化が進行する第3世界の実状を踏まえ、とくに需要サイドからの要請を取り入れた上下水道サービス(公共サービスの一例として)の改善方策のあり方を明らかにすることを目的としている.

 本研究では、上下水道サービスの改善に対する消費者の支払い意志額をサービス需要の指標として用い、供給範囲、利用料金決定、制度・組織上の改善における、需要サイド重視への転換の意義について検討した。まず、研究対象国であるインド大都市での状況について、都市内の各地域が様々に異なる地域に分断され、それに応じ、公共諸機関・諸組織も分断化されている状況である.計画的に整備された上下水道網は、都市の豊かな地域に限定され、急速に拡大するスラムや都市周辺地域では、その場しのぎの衛生システムに頼らざるを得ない状況である.これらの地域は、いわば、低レベルでの均衡状態とも言える状態に陥っている、と分析する。さらに、上下水道システムの代替的手段の利用が広く行われ、あるいは補助金投入のもとで、料金体系が低レベルに抑制されてきた経緯があるとする。

 ケーススタディの対象都市として、インド大都市の典型的な発展パターンを示していると考えられるアーメダバードとバンガロールを選択した.都市の規模は同一であるが、各都市は、成長速度、経済基盤、地域における当該都市の重要性、上下水道整備に関する制度・組織などの点で差異がある.

 両都市から、4つのコミュニティを比較対象地域として抽出した.市域内においては、中高所得者層に対して計画的な上下水道網の敷設が成されているのに対し、都市周辺部では、中所得者層に非計画的な供給が、スラムにおいてはコミュニティがサービスを共有するという状況である.上水供給および下水処理における、サービス水準の改善に対する支払い意志額を判断するために、各コミュニティにおいて価値意識法調査を行った所、サービス改善に対する反応は、各コミュニティでの現在のサービス水準、環境基準に応じた供給エリア拡大に対する長期的戦略、インド政府により決定された基準値等の差異によって異なることが確認された.

 サービスの消費形態や利用料金はコミュニティにより大きく異なり、この差異はアーメダバードにおいて特に顕著であった.上水と下水処理改善に対する平均的支払い意志額は、全てのコミュニティにおいて、アーメダバードのほうが高額であった.どのコミュニティにおいても、上水の改善に対する支払い意志額は、実際に必要とされる費用よりも若干低く、一方、下水処理については支払い意志額が大きく下回った.重回帰分析の結果によれば、公共以外によるサービス供給の存在が、上水サービス改善に対する支払い意志の低下を招いていることが確認された.下水処理サービスについては、利用料金の徴収への期待と衛生の必要性に対する認識の欠如が、支払い意志額に負の効果を与えている.一方、所得、財産レベルおよび教育水準が、上水と下水処理サービスの改善に対する支払い意志額の上昇につながると言える.

 以上の結果から、本研究では公的組織の失敗や代替的手段利用の進展という状況下において、需要サイドに対する配慮の重要性が結論づけられたとしている。しかしながら、支払い意志額は上下水道に対する代替的手段の存在や補助金による歴史的な料金抑制の有無によって大きく左右されることが分かった.消費者のサービスに対する要請のみに基づいて、サービスの改善を行うこともまた限界がある.調査結果によれば、支払い意志額が、改善のために必要な全ての費用を賄いきれないことが確認されたが、これに対する方策として、サービス水準を低く設定すること、価格体系を段階的に引き上げること、補助金を投入すること、等が考えられよう.重回帰分析によれば、公共機関によるサービスの供給に対して、住民は極めて懐疑的であるという結果が得られた.従って、信頼性確保を目的とする維持、管理、運営および効率性向上を目的とする料金徴収といった、特定の部門については民営化する方法も考えられよう.

 このように、本研究は、基礎的な都市サービスである上下水道を対象としながら、需要サイドの意識や価値に着目して、公共サービスの水準や費用負担を検討したものであり、今後の発展途上国における、公共サービス向上のための受容者の意向に添った供給方式を進めていくための理論的枠組みをさらに豊かにする研究として評価される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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