学位論文要旨



No 113003
著者(漢字) マニイルザマン・コンドカール・モハメッド
著者(英字)
著者(カナ) マニイルザマン・コンドカール・モハメッド
標題(和) GISを用いた災害対策計画立案支援システム : バングラデシュにおけるサイクロン対策
標題(洋) GIS-based Disaster Management System : For Cyclone Disaster Response in Bangladesh
報告番号 113003
報告番号 甲13003
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3980号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 助教授 柴崎,亮介
 東京大学 助教授 浅見,泰司
 東京大学 講師 貞廣,幸雄
内容要旨

 この論文の目的は,地理情報システム(GIS)を応用した災害対策支援システムを開発することにある。すなわち,災害時に立案する緊急対策計画や事前の対策計画さらには防災長期計画といった,国家レベルで行う一連の災害対策計画を支援するシステムの開発である。

 災害対策では効率性と迅速性がきわめて重要であり,これを可能にする有効なツールが望まれている。迅速性を求められる対策行動には被災度調査と救援活動があり,被災度調査に基づいて救援需要を把握し実際の救援活動を展開する。一方,効率性を求められる対策行動には救援物資の配送があり,救援物資に限りがあるため,できるだけ少ない量の救援物資でおさまる計画を立案する必要がある。そこでこの論文では,効率的かつ迅速な災害対策の実現を目指して,まず過去の災害事例でどの程度の被害がどの地域に広がったのかを分析し,災害危険度の分布を調べた。この災害危険度分布を用いることによって各地域の被災度を予測することができ,それを基に長期計画を含めた対策計画を立案することが可能になる。

 1990年代は国際自然災害抑制年間(IDNDR)に定められている。リモートセンシングや地理情報システム(GIS)といった情報科学技術の進歩を取り入れていくことは,IDNDRに関連する目標のひとつとして掲げられている。

 サイクロンは広域に被害をもたらす自然災害の典型であり,その被害の大きさは地形と気象特性によって地域ごとに異なる。従って被害予測を行うにあたっては,気象学的にも水理学的にもかなり複雑な問題を解く必要がある。また,影響が広域に及ぶために大容量の情報処理が必要であり,かつ,災害対策の緊急性から迅速な情報処理も必要とされる。このような状況から,サイクロン災害対策にはコンピューターによる地理情報処理が強く望まれている。バングラデシュではコンピューターをとりまく環境が未だ整っていないため,災害対策支援システムを設置するためのコストが大きな障害となっている。しかし,長期的視野に立って考えてみれば,災害対策の仕組みを改善することによる効果はコストの障害を埋め合わせるにあまりあるものであろう。実際,GISを用いたシステムの事例は,バングラデシュ政府内,民間組織内ですでに利用され始めている。

 上記のようなサイクロンをとりまくバングラデシュの事情を踏まえ,この論文ではGISを災害対策に応用した支援システムを開発する。

 バングラデシュにおける過去のサイクロンに関する記録データに関しては,データとデータの整合性,データ内での整合性,ともに信頼できるものとはなっていない。危険度調査を行って的確な防災活動を進めていくためには,過去の災害に関する信頼できるデータが必要である。そこでこの論文では,過去のサイクロンに関する新聞記事や書物を改めて見直すことにした。その中にはバングラデシュ気象局によるサイクロンに関する情報も含まれている。

 一方,過去のサイクロンにおける被災度を知るため,災害対策省から被災度に関する報告書を収集した。この論文の分析に用いるに足るだけの信頼性のあるものに絞った結果,4つのサイクロンに関するデータが残った。

 サイクロンによる被害には,風によるものと高潮によるものの2つがある。風速データを収集する基地局は数が少なく散在しているため,風速データのない地域については最大風速を推定した。この風速推定モデルはGISソフトウエアであるARC/INFO上のマクロ言語(ARC Macro Language:AML)を用いてシステム化した。さらに,バングラデシュ地域をグリッド分割して海岸線を入力した電子地図を作成し,それを用いて各グリッドごとの最大風速を推定した。グリッドの推定最大風速は,サイクロンの速度,最も強い風速を記録する地点のサイクロンの目からの距離とその風速,サイクロンの進行方向,上陸地点,マルキンの圧力上昇公式,を用いて算定した。この風速推定モデルを1991年のサイクロンに適用し,風速等高線を描いてみたところ,実際の観測結果から得られたものとかなりの一致したものが得られた。

 さらに,風速については,家畜,民家,作物の被災度との関係を知るために回帰分析を行ったところ,避難活動など事前の防災活動の影響が無視できないものの,家畜の被災度は風速で説明できること,被害には地域差があることがわかった。また,最近の改善された収集方法によって集められたデータに対しては,より良い分析結果が得られていることから,データ収集方法の開発の重要性も裏付けられた。

 高潮の被害分析については高潮モデルを開発した。このモデルは均質な非圧縮性連続体流体の動きを扱う2次元式で定式化した。高潮は広域の自然システムを考慮する必要があるため,風速モデルで用いたものと同じ領域のグリッドに加え,より広い領域にわたるグリッドを用いた。新たにつけ加えられた領域については,計算量を減らすために大きなグリッドを用い,二つの大きさのグリッドを変換する処理を加えた。このモデルを用いて1991年のサイクロンについて高潮を推定してみたところ,他の研究事例と一致した結果となった。このモデルでは,計算処理の高速化をはかるために潮の干満については考慮していないが,このモデルを使えば干潮満潮時の潮の高さや各グリッドにおける波の位相などのデータベースを構築することが可能である。そうして得られた潮の干満のデータを高潮のデータに足し合わせると,推定値がやや大きくなる。

 海岸線における高潮の最大高さを推定した上で,波長の長い単一波の移動距離を近似する式を用いると,海岸沿いで洪水となり得る地域を予測することができる。この予測はやや粗いものではあるが迅速性がある。この予測手法を1991年のサイクロンに適用してみたところ,実際に洪水地域とおおまかに一致した。

 最後に,1960年から1994年の間にバングラデシュ沿岸を襲ったすべてのサイクロンについての気象データを用いて被災度地図を作成した。この被災度地図は沿岸の各地域ごとに相対的被災度を示したものである。サイクロンによって最も強い風にさらされる地域は,バングラデシュ南東部のチッタゴン平原であり,次に中央部のメグナデルタ平原の一部である。この被災度地図は防災活動に大いに役立てることができる。さらに,救援物資をより効率的に配送できるように倉庫を配置する問題を遺伝的アルゴリズムを用いて解いた。

 災害対策計画に携わっている人々は必ずしもコンピューター関連技術に精通しているわけではない。この論文で開発したサイクロン被災救援予測システム(Response Estimating System for Cyclones Under Emergency:RESCUE)では,グラフィカルユーザーインターフェースを採用することによって,データ入力などユーザーに利用しやすい環境を提示している。

審査要旨

 この論文は,地理情報システム(GIS)を応用した災害対策支援システムを開発することを目的とし,災害時に立案する緊急対策計画や事前の対策計画さらには防災長期計画といった,国家レベルで行う一連の災害対策計画を支援するシステムを,バングラデシュのサイクロン災害を例として開発している。

 災害対策では効率性と迅速性がきわめて重要であり,これを可能にする有効なツールが望まれている。迅速性を求められる対策行動には被災度調査と救援活動があり,被災度調査に基づいて救援需要を把握し実際の救援活動を展開する。一方,効率性を求められる対策行動には救援物資の配送があり,救援物資に限りがあるため,できるだけ少ない量の救援物資でおさまる計画を立案する必要がある。この論文では,効率的かつ迅速な災害対策の実現を目指して,まず過去の災害事例でどの程度の被害がどの地域に広がったのかを分析し,災害危険度の分布を調べている。この災害危険度分布を用いることによって各地域の被災度を予測することができ,それを基に長期計画を含めた対策計画を立案することが可能になる。

 バングラデシュにおける過去のサイクロンに関する記録データに関しては,過去のサイクロンに関する新聞記事や書物を改めて見直し,その中にはバングラデシュ気象局によるサイクロンに関する情報も含まれている。さらに,過去のサイクロンにおける被災度を知るため,バングラデシュ災害対策省から被災度に関する報告書を収集し,4つのサイクロンに関するデータを分析に採用している。

 サイクロンによる被害には,風によるものと高潮によるものの2つがある。風速データを収集する基地局は数が少なく散在しているため,風速データのない地域については最大風速を推定している。この風速推定モデルはGISソフトウエアであるARC/INFO上のマクロ言語(ARC Macro Language:AML)を用いてシステム化している。推定最大風速は,サイクロンの速度,最も強い風速を記録する地点のサイクロンの目からの距離とその風速,サイクロンの進行方向,上陸地点,マルキンの圧力上昇公式,を用いて算定している。この風速推定モデルを1991年のサイクロンに適用し,風速等高線を描いた結果は,実際の観測結果から得られたものとかなりの一致している。

 高潮の被害分析については高潮モデルを開発している。このモデルは均質な非圧縮性連続体流体の動きを扱う2次元式で定式化されている。高潮は広域の自然システムを考慮する必要があるため,広い領域にわたるグリッドを用いている。このモデルを用いて1991年のサイクロンについて高潮を推定して結果は,他の研究事例と一致している。このモデルでは,計算処理の高速化をはかるために潮の干満については考慮していないが,このモデルを使えば干潮満潮時の潮の高さや各グリッドにおける波の位相などのデータベースを構築することが可能である。

 海岸線における高潮の最大高さを推定した上で,波長の長い単一波の移動距離を近似する式を用いると,海岸沿いで洪水となり得る地域を予測することができる。この予測はやや粗いものではあるが迅速性がある。この予測手法を1991年のサイクロンに適用した結果は,実際の洪水地域とおおまかに一致している。

 最後に,1960年から1994年の間にバングラデシュ沿岸を襲ったすべてのサイクロンについての気象データを用いて被災度地図を作成している。サイクロンによって最も強い風にさらされる地域は,バングラデシュ南東部のチッタゴン平原であり,次に中央部のメグナデルタ平原の一部である。この被災度地図は防災活動に大いに役立てることができる。さらに,救援物資をより効率的に配送できるように倉庫を配置する問題を遺伝的アルゴリズムを用いて解いている。

 災害対策計画に携わっている人々は必ずしもコンピューター関連技術に精通しているわけではない。この論文で開発したサイクロン被災救援予測システム(Response Estimating System for Cyclones Under Emergency:RESCUE)では,グラフィカルユーザーインターフェースを採用することによって,データ入力などユーザーに利用しやすい環境を提示している。

 以上から分かるように本論文は極めて斬新な方法を開発したもので,その成果は都市工学に大いに貢献するものであり,よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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