学位論文要旨



No 113004
著者(漢字) 李,錫憲
著者(英字)
著者(カナ) リ,ソクホン
標題(和) 酸化チタン光触媒を用いた消毒及び消毒副生成物の抑制に関する研究
標題(洋)
報告番号 113004
報告番号 甲13004
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3981号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 助教授 古米,弘明
内容要旨

 本論文では、水処理においての新しい消毒法として、また、消毒過程で生成する副生成物の抑制法として酸化チタン光触媒反応を検討した。本論文は6章からなっている。

 まず、第1章では本研究の背景と目的を述べた。

 第2章と第3章は、文献考察と実験装置及び実験方法についての記述である。

 第2章では酸化チタン光触媒反応においての既存の研究、研究の現状、研究課題などを概観している。第3章では本研究に用いた3種類の酸化チタン光触媒反応装置と実験方法について記述した。

 第4章と第5章は研究の内容についての記述である。

 第4章では、大腸菌RNAファージQを水中病原性微生物のモデルとして酸化チタン光触媒反応の消毒効果について調べた結果を記述した。

 懸濁及び薄膜固定化酸化チタンを使った光触媒反応によって、ファージQは不活化されることが確認できた。

 主波長365nmの近紫外線を光源とした酸化チタン光触媒反応によるファージの不活化現象は、初期濃度が約108pfu/ml以下の濃度範囲で1次反応に近似できた。

 また、薄膜固定化酸化チタンと主波長365nmの近紫外線を光源とした反応系において、不活化速度への光強度の影響について検討した結果、自然光の強度範囲である3-8mW/cm2の範囲で、データのばらつきはあるものの、反応速度定数が光強度応じて大きくなることを示した。

 反応溶液中の共存成分の影響を調べた結果、有機及び無機の成分が反応を抑制することがわかった。また、既存の研究ではF2+の鉄イオンの添加は酸化チタン反応をphoto-fenton反応的に促進する効果があるという報告があったが、低圧水銀ランプを光源とした低濃度の粉末酸化チタンの懸濁系光触媒反応ではむしろファージの不活化は抑制された。

 光源として、低圧水銀ランプを酸化チタン光触媒反応系に用いた実験において、固定化光触媒反応系では低圧水銀ランプの紫外線のみによる不活化能力を越える効果は確認できなかったが、P25粉末酸化チタンを用いた懸濁系酸化チタン光触媒反応においては、酸化チタン濃度が500mg/l以上で光触媒反応によると考えられる付加的な不活化が観察できた。また、懸濁系での、酸化チタン添加量と反応速度の関係を紫外線のみによる不活化と光触媒反応による不活化の和として説明できた。

 PFU法(ウイルスの感染によって形成されるプラックを測定する方法)とPCR/MPN法(ウイルスの遺伝子の一部を遺伝子工学的に増幅させてウイルスの存在の有無(存否)を調べることができるPCR法と存否を確率統計的に処理し計数するMPN法の組み合わせ)により、ファージQの酸化チタン光触媒反応による不活化において、紫外線のみによる遺伝子上の損傷とは異なる種類の損傷が生じている可能性を明らかにした。

 酸化チタン光触媒反応系によるファージQの不活化において、プラックライトランプによる近紫外線と低圧水銀ランプによる紫外線の比較より、低圧紫外線ランプの紫外線の方がエネルギーの利用効率が高いことを明らかにした。

 第5章では酸化チタン光触媒反応による消毒副生成物の生成抑制について記述している。反応表面積や物質移動の面で有利な固定化酸化チタン光触媒反応装置として、流動層酸化チタン光触媒反応装置を制作し、フミン酸や河川水中有機物質を対象として、消毒副生成物の生成能の抑制について低圧水銀ランプを光源とした酸化チタン光触媒反応を調べた。

 フミン酸と河川水中の溶存有機炭素(TOC)は酸化チタン光触媒反応によって減少した。また、消毒副生成物の生成指標として使われている波長260nmを吸光する成分(E260)は、さらに早い速度で分解された。しかし、これらの分解には限界があり、完全には分解できないことを明らかにした。

 フミン酸や河川水の光触媒反応において、反応初期にpHが若干低下し、その後反応の進行とともにpHが回復していくことが観察された。このことより、フミン酸や河川水中の有機成分が分解され、生成した低級脂肪酸のような成分が一時的に蓄積し、その後、反応の進行とともに分解されていくことが推察された。

 河川水において、塩素消毒を考えた場合の副生成物生成能の指標としてTHMFPは、光触媒反応によって低減できることがわかった。しかし、水質によっては、反応初期にその生成能が一時的に増加することもあり、水質に適合した反応時間が必要であることがわかった。また、THMFPもTOCと260nm吸光成分の分解と同じく、ある程度以上の分解はできないことがわかった。

 光触媒反応によって、臭化物イオンが発ガン性の臭素酸イオンに酸化される可能性を、河川水を使い検討した。TOC、E260、THMFPなどを可能なかぎり分解するような長い反応時間でも、初期濃度が約50ppbであった臭化物イオンの濃度はほとんど変化せず、また、臭素酸イオンの生成も観察されなかった。

 酸化チタン光触媒反応による有機炭素成分の分解速度を高めるために、オゾンとの併用を試みた結果、反応は促進されオゾンと光触媒反応各々の効果の和よりも高い分解率が得られることがわかった。

 最後の第6章では研究の成果から導かれる結論をまとめた。

審査要旨

 本論文は、水処理の新しい消毒手法、および、消毒過程で生成する副生成物の抑制法として酸化チタン光触媒反応を検討した研究の成果である。本論文は6章より構成されている。

 第1章では、研究の背景と目的を述べている。

 第2章は、文献調査の結果である。酸化チタン光触媒反応に関する既存の研究、研究の現状、研究課題などを概観している。

 第3章では、本研究に用いた3種類の酸化チタン光触媒反応装置と各実験方法について記述している。

 第4章と第5章は、研究の成果についての記述である。

 第4章では、大腸菌RNAファージQを水中病原性微生物のモデルとして、酸化チタン光触媒反応の消毒効果について調べた結果を述べている。

 懸濁及び薄膜固定化酸化チタンを使った光触媒反応によって、ファージQは不活化されることを確認している。主波長365nmの近紫外線を光源を用いた場合、懸濁および薄膜の両系において、酸化チタン光触媒反応によるファージの不活化現象は、初期濃度が約108 pfu/ml以下の濃度範囲であれば、不活化過程を1次反応で説明できることを示している。

 また、薄膜固定化酸化チタンと主波長365nmの近紫外線を光源とした反応系において、不活化速度への光強度の影響について検討した結果、自然光の強度範囲である3-8mW/cm2の範囲で、データのばらつきはあるものの、反応速度定数が光強度に応じて大きくなることを示している。

 反応溶液中の共存成分の影響を調べ、有機及び無機の成分が反応を抑制することを示している。また、既存の研究ではF2+の鉄イオンの添加は酸化チタン反応をphoto-fenton反応的に促進する効果があるという報告があるが、低圧水銀ランプを光源とした低濃度の粉末酸化チタンの懸濁系光触媒反応ではむしろファージの不活化は抑制されることを観察している。

 低圧水銀ランプとP25粉末酸化チタンを用いた懸濁系酸化チタン光触媒反応においては、酸化チタン濃度が500mg/l以上で光触媒反応によると考えられる付加的な不活化が観察できること、また、懸濁系での、酸化チタン添加量と反応速度の関係を紫外線のみによる不活化と光触媒反応による不活化の和として説明できることを示している。さらに、PFU法(ウイルスの感染によって形成されるプラックを測定する方法)とPCR/MPN法(ウイルスの遺伝子の一部を遺伝子工学的に増幅させてウイルスの存在の有無を調べることができるPCR法と存否を確率統計的に処理し計数するMPN法の組み合わせ)により、ファージQの酸化チタン光触媒反応による不活化において、紫外線のみによる遺伝子上の損傷とは異なる種類の損傷が生じている可能性を明らかにしている。

 第5章では、酸化チタン光触媒反応による消毒副生成物の生成抑制についての研究成果を述べている。実験装置は、反応表面積や物質移動の面で有利な固定化酸化チタン光触媒反応装置として、流動層酸化チタン光触媒反応装置を工夫し制作している。対象物質は、フミン酸と河川水中有機物質であり、消毒副生成物の生成能の抑制について低圧水銀ランプを光源とした酸化チタン光触媒反応を調べている。

 フミン酸と河川水中の溶存有機炭素(TOC)は酸化チタン光触媒反応によって減少し、消毒副生成物の生成指標として使われている波長260nmを吸光する成分(E260)は、さらに速い速度で分解されること、しかし、これらの分解には限界があり、完全には分解できないことを明らかにしている。

 さらに、フミン酸や河川水の光触媒反応において、反応中におけるpHの変化から、フミン酸や河川水中の有機成分が分解され、生成した低級脂肪酸のような成分が一時的に蓄積し、その後、反応の進行とともに分解されていくことを推測している。

 河川水を対象とした場合、THMFPは、光触媒反応によって低減できるが、しかし、水質によっては、反応初期にTHMFPが一時的に増加することもあり、原水水質に適応した反応系の設定が必要であることを示している。

 光触媒反応によって、臭化物イオンが発ガン性の臭素酸イオンに酸化される可能性を、河川水を使い検討した結果、臭化物イオンの濃度はほとんど変化せず、また、臭素酸イオンも生成しないことを確認している。

 酸化チタン光触媒反応による有機炭素成分の分解速度を高めるための、オゾンとの併用処理により、反応は促進されオゾンと光触媒反応各々の効果の和よりも高い分解率が得られることを示している。

 第6章は研究の成果から導かれる結論である。

 以上の成果は、水道の浄水処理における光触媒反応の応用にあたって必要となる基礎的知見を与えるものであり、都市環境工学の学術の進展に大きく貢献するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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