学位論文要旨



No 113006
著者(漢字) 佐藤,一穂
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,カズホ
標題(和) 画像処理技術を応用した速度・スカラー同時計測システムの開発研究
標題(洋)
報告番号 113006
報告番号 甲13006
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3983号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 助教授 飛原,英治
 東京大学 講師 鈴木,雄二
内容要旨

 工学・工業上で取り扱われる熱移動や物質拡散などを含む熱流動場において,温度,圧力,流速やそれらの乱れの信頼性の高い計測は,機器の設計や診断を行う上で非常に重要である.特に,複雑な熱流動場の熱輸送現象を実験的に理解するためには,温度,圧力,流速などの多点同時刻情報が必要である.

 近年では,画像処理技術の発達に伴い従来の一点計測手法に変わり速度およびスカラーのフィールド計測手法が数多く開発され,一点計測手法に付随する欠点を克服する新たな計測手法としてその実用化,高性能化が期待されている.現在まで開発されている速度計測手法は,測定精度の面からもおよそ確立しているものの,スカラー計測手法は流れ場に投入することができるトレーサが非常に少なく,また,光学機器の設定に強く依存し,測定精度を向上させることが困難であるため,速度・スカラーの同時計測手法として確立したものは少ない.

 本研究では,粒子画像流速計(以下,相互相関法PIV)とレーザ誘起蛍光法(以下,LIF法)を応用した速度・スカラー同時計測手法の高解像度化・高精度化を達成し,さらに2次元あるいは3次元的に熱流動場における熱輸送現象を解析する一手法として確立することを目的とする.まず,通常のTV(NTSC)方式による画像処理システムを利用して,3次元的なスカラー場計測のための走査LIF法を開発し,矩形ダクト内混合層の3次元濃度計測への本手法の適用を試みた.次に,速度およびスカラー計測の高精度化を図るため,高解像度を有するハイビジョンシステム(以下,HDVS)を応用した速度・スカラー同時計測システムを開発する.HDVSを用いることにより,NTSCと比較して相互相関法PIVにおける速度計測の空間分解能が向上するとともに,LIF法による温度計測では多数の画素の輝度平均値を温度情報に変換することによってランダム誤差を低減することが可能となる.そして,温度差を有する混合層の速度・温度同時計測へ適用を試み,本手法の有効性を確認する.

 走査LIF法の計測システムの構成図を図1に示す.本システムは,Ar-Ionレーザ(波長514.5nm)の連続光を音響光学素子(以下,AOM)を用いてパルス的に発光させ,それをステッピングモータ上に設置されたガルバノミラーおよびパラボリックミラーにより精密に制御し,シリンドリカルレンズによりレーザ光をシート光として測定領域内に垂直に照射することができる.そして,レーザシート光を測定領域内で走査し,CCDカメラを用いて熱流動場の3次元的なスカラー場を撮影・記録する.本システムは,レーザシート光の厚さ,移動間隔,照射時間幅および発光時間間隔を任意に設定することが可能である.実験終了後,撮影された映像をA/D変換し,Workstationに転送してスカラー情報を算出する.

図1 走査LIF法計測システム

 開発した計測システムの有効性を確認するために,ダクト内混合層の非定常濃度測定に本手法を適用した.流れ場は,一辺60mm(D)の正方形断面を有し,ダクト全長は1000mmである.本研究では,濃度情報を捉えるためのトレーサとして時間応答性に優れ,取り扱いも容易な,蛍光染料の一つであるローダミンBを選択した.そして,ダクト上方にローダミンB水溶液(濃度0.5mg/l)を,下方に純水をそれぞれ予混合のない状態で流した.測定領域の中心を分離板(以下,スプリッタプレート)後縁より下流65mmおよび515mmの位置に設定し,測定領域の大きさを60×60×40mm3とした.流れ場の座標系の原点はスプリッタプレート後縁およびダクト中心とし,流れ方向をx,鉛直方向をy,スパン方向をzとした.レーザシート光厚さを約600mに調整し,レーザシート光移動間隔およびレーザシート光の照射時間幅及び発光時間間隔をそれぞれ2mm,8msおよび1/30sとした.すなわち,測定領域内を20断面に分割した.よって,設定された全測定領域の走査に要する時間は2/3sである.また,CCDカメラには蛍光の励起光強度のみを捉えるため,バンドパスフィルターを装着している.実験条件は上下の流速を変化させて実験を行った.また,本実験では,スプリッタプレートの角度を流れ方向に30°上方に傾斜させることにより,さらに複雑な流れ場を作成した.本実験における瞬時濃度の計測に対する不確かさ(約95%包括度)は,無次元化された濃度に対して±4.3%となった.

 図2は,スプリッタープレート角度0°および上下のバルク平均速度をそれぞれ20mm/sおよび40mm/sと設定した場合のx/D=8.5における平均濃度分布および濃度変動のrms値分布である.この結果,本手法を熱流動場に適用することにより,平均濃度および濃度変動のrms値などを効率よく,かつ3次元的に得ることができることが確認された.さらに,図3にスプリッタープレートの角度を30°上方に傾斜させ,上下のパルク平均速度を一定(30mm/s)とした場合の3次元濃度分布の時系列変化示す.流れは左方から右方に流れ,無次元化された濃度が90%となる部分を3次元等値面(ポリゴン)で示し,中心断面上(z/D=0)に2次元濃度分布の等値面を示す.本実験条件下では,レーザシート光が設定した測定領域内を走査するのに要する時間間隔よりも流れ場のタイムスケールの方が小さいため,可視化された画像は歪んで見える.一方,スプリッタプレートで合流する2つの流れに大きな速度差があるため,渦構造が形成されていることが明瞭に捉えられている.また,可視化画像から渦構造の中心部では混合が殆ど進行していない様子などを観察することができる.よって,本システムを熱流動場に適用することにより,任意の位置における2次元あるいは3次元的なスカラー計測が可能となった.また,3次元空間における低次の統計量まで比較的精度良く計測できること,および時空間的に発達する3次元的なスカラー情報を定性的・定量的な両面で理解・解明することが可能となった.

図2 矩形ダクト内混合層の2次元平均濃度分布および濃度変動のrms値:x/D=2.8図3 矩形ダクト内の混合層における濃度の時空間発展ポリゴン:濃度C/C1=0.9,等値面:Black to White

 次に,速度・スカラー同時計測手法として開発するために,速度計測手法に粒子画像流速計(PIV)の一つである相互相関法PIVを選択した.しかし,従来のTV方式を用いた場合,空間解像度が低いため相互相関法PIVによる速度計測では測定精度を向上させることが困難である.一方,ノイズの大きい輝度情報からスカラー情報を算出するため,不確かさが比較的大きい欠点がある.本研究では,約2000×1000画素の解像度をもつハイビジョンシステム(以下,HDVS)を相互相関法PIVおよびLIF法に適用し,速度・温度同時計測システムとして開発した.本システムは図4に示すように,2組のHDVS規格の白黒TVカメラおよびレーザディスクレコーダ,画像処理装置,2台のYAGパルスレーザ(波長532nm,繰り返し発光周波数30Hz)等から構成される.なお,温度測定については映像信号をビデオプリプロセッサで前処理し,輝度分解能が向上するように映像のゲインおよびオフセットを調整することが可能である.また,本手法は,レーザシート光を走査させて3次元的な速度とスカラーの同時計測も可能である.開発した計測システムの有効性を確認するために,まず,HDVSを用いた相互相関型PIVの速度計測精度について数値シミュレーションにより解析し,さらに実計測において測定精度の検証を行った.その結果,速度測定に伴う空間解像度が向上し,さらに従来の解像度の低いカメラ(NTSC)による相互相関型PIVの測定精度と比較すると,HDVSを用いることで速度測定精度が約50%向上することが確認できた.一方,HDVSによる温度測定精度について,ローダミンB水溶液の温度較正実験を通じて不確かさ解析により系統的に分析した.この結果をまとめて表1に示す.HDVSを用いることで多数の画素の輝度平均値を温度情報に変換することによってCCDカメラからの出力誤差(ランダム誤差)を低減することが可能となり,その結果,NTSCと比較して温度測定に伴う不確かさを約50%低減することが可能となった.

図4 HDVSによる速度・スカラー同時計測システム

 次に,開発したしたHDVSによる速度・スカラー同時計測システムの有効性を確認するために,水平に設置された矩形断面を有するダクト内混合層の速度・温度同時計測を行った.実験装置のダクト断面寸法は,幅50mm(D),高さ200mm(H)であり,全長は1200mmである.本研究では,速度計測用トレーサとしてポリエチレン粒子(粒径15±5m),温度計測用トレーサとしてローダミンB水溶液(濃度0.3mg/l)を使用した.レーザシート光の厚さを約1mmに設定し,等温混合層,安定成層および不安定成層の3条件で行った.安定成層および不安定成層では,上下層の温度差を約17℃(T)とし,高温側と低温(TL)側のバルク平均流速を変化させて計測を行った.なお,相互相関法PIVにおける相関係数算出のための参照領域の大きさ,およびLIF法における蛍光の励起光強度算出の為の平均化領域の大きさを12×24pixel(約35m/pixel)とし,2次元断面内で41×81点における瞬時速度および温度,それらの統計量を算出した.

 図5は,安定成層のダクト中心断面のx/D=1.35における流れ方向および鉛直方向の平均速度分布,平均温度分布及び温度変動のrms値分布である.各方向の平均速度分布は断面内のバルク平均速度(Ub)で無次元化している.これらの計測結果は,比較として行ったレーザドップラ流速計(LDV)および熱電対による測定データ良く一致しており,本計測システムの有効性が確認された.また,不安定成層では,図6に示すような瞬時速度変動分布および瞬時温度分布などの時空間的発展を定性的・定量的の両面で理解・解明することが可能となった.さらに,図7に示すように,熱流動場における熱輸送現象を理解・解明する上で必要とされる乱流熱流束の時系列変化も精度良く捉えることが可能となった.さらに,図8に示すように,レーザシート光を走査することで3次元的な速度と温度の同時計測も可能とった.従って,本手法は熱流動場の熱輸送現象を3次元的に解析するための一手法として確立できた.

 以上の結果から,開発した走査レーザ誘起蛍光法およびHDVSを用いた速度・温度同時計測システムは,熱流動場における熱輸送現象を解析・理解する上で有効な手法として確立できた.

表1 HDVS方式およびNTSC方式による画像処理技術を用いた温度計測に伴う不確かさ図5 安定成層のx/D=1.35における平均速度分布,平均温度分布および温度変動のrms値分布図6 不安定成層における瞬時速度変動分布と瞬時温度分布の時系列変化(画像の時間間隔:t=1/30s)図6 不安定成層における瞬時速度変動分布と乱流熱流束の時系列変化(画像の時間間隔:t=1/30s)図8 不安定成層における3次元瞬時速度・温度分布(画像の時間間隔:t=1/30s)
審査要旨

 本論文は,「画像処理技術を応用した速度・スカラー同時計測システムの開発研究」と題し,5章より成り立っている.

 工学・工業上の分野において,高効率で安全な伝熱技術の開発には,熱流動場における輸送機構の解明が基本となる.このためには,実験的あるいは数値的な解析技術の高精度化,高速化が要求される.このうち先端的な実験解析を可能とするためには,従来の一点計測手法に変わり,空間的に広い領域における速度およびスカラーの同時,非接触,3次元計測を,優れた空間分解能および測定精度をもって行うことが強く望まれる.近年,速度計測については,トレーサ粒子の画像から流体速度を得る粒子画像流速計(PIV)が開発され,様々な流れ場に適用されているが,スカラー計測については,適切なトレーサが少ないため開発が遅れている.

 第1章は序論であり,従来の画像処理技術を応用した速度計測手法,スカラー計測手法および速度・スカラー同時計測手法の開発に関する研究を概観し,本研究の目的を述べている.既存の速度計測手法を分類し,中でも,自己相関型PIVおよび相互相関型PIVは,2次元断面内で高密度で速度2成分の多点同時計測が可能であるが,測定に伴う不確かさが比較的大きく,3次元計測への適用が困難であることを指摘し,一方,粒子画像追跡流速計(PTV)は速度3成分の同時計測および3次元性の強い流れ場への適用が可能でるものの,得られる速度情報が少ないことを指摘している.次に,スカラー計測の各手法を分類し,3次元計測に応用可能な感温液晶は,不確かさが比較的小さいものの,応答性が遅く,観察角度および光源の照射角度に呈色が依存することを,一方,分子スペクトルを応用したスカラー計測手法の中で,レーザ誘起蛍光法(LIF)は応答性に優れているものの,不確かさが比較的大きいといった点を指摘している.さらに,既存の速度・スカラー同時計測の各手法の特徴を概観し,相互相関型PIVとLIF法を組み合わせた速度・スカラー同時計測手法は,2次元断面内の任意の位置における速度とスカラー及びそれらの相関値を同時に計測することが可能であるが,3次元測定への適用が困難で,測定の空間分解能が低く,不確かさが大きいことを指摘している.以上の背景から,本論文では,第一に,3次元的なスカラー計測が可能な走査LIF法を開発し,第二に,空間分解能の高いハイビジョン・システム(HDVS)を応用して,速度およびスカラー計測の高解像度化・高精度化を図るとともに,相互相関型PIVと上述の走査LIF法を組み合わせ,熱流動場の速度・スカラー3次元同時計測システムを開発し,本手法を熱流動輸送現象を解明する一手法として確立することを目的としたことが述べられている.

 第2章では,3次元的スカラー計測のための走査LIF法の開発の詳細が述べられている.開発されたシステムでは,レーザシート光の照射位置を精密に測定領域内で走査させることにより,3次元濃度計測を可能としている.また,流れ場の諸条件に応じて,レーザシート光の厚さ,移動間隔,照射時間幅および発光時間間隔を任意に設定することを可能としている.本計測システムをダクト内混合層の非定常3次元濃度計測に適用し,乱流統計量を求め,不確かさ解析を行って手法の有効性を確認している.計測の不確かさは,CCDカメラの映像出力に伴うランダム誤差が支配的であることが確認され,無次元化された最大濃度差に対して,95%包括度で±4.3%程度であるとされている.さらに,実験で設定されたレーザシート光の諸条件は,濃度場の最小時間・長さスケールに比較して大きいものの,低次の乱流統計量の計測においてこの手法が有効であると結んでいる.

 第3章では,速度,スカラー計測の測定精度及び空間分解能の向上を目的として,HDVSを応用した計測システムを開発したことが述べられている.ここで,前章の走査LIF法と組み合わせて,速度とスカラーの同時計測が可能な速度計測法として,PIV法のひとつである相互相関型PIVを採用している.まず,HDVSを用いた相互相関型PIVの計測精度について数値シミュレーションにより解析し,さらに実計測において検証が行われている.その結果,従来の低解像度カメラ(NTSC)を用いた相互相関型PIVと比較すると,HDVSの採用によって不確かさは約50%に低減することが確認されている.さらに,HDVSを用いたLIF法の温度測定精度については,温度較正実験と不確かさ解析により評価されている.開発されたシステムでは,映像信号をアナログ映像処理装置により前処理し,その輝度分解能を向上させ,さらにデータ処理の段階で多数の画素の輝度平均値を温度情報に変換することによってランダム誤差の低減が可能であることを示している.その結果は,NTSCシステムと比較して,計測の不確かさは約50%低減すると結んでいる.

 第4章では,前章までに開発された速度・スカラー同時計測システムの有効性を実証するために,ダクト内の温度差を有する混合層,すなわち安定成層および不安定性層下の混合層の,2次元および3次元的速度・温度同時計測が行われたことが述べられている.本システムによる安定成層における速度および温度の計測結果は,比較のため行ったレーザドップラー流速計及び熱電対による測定結果と良い一致を示し,開発した計測システムの有効性が確認されている.さらに,強い3次元性を示す不安定成層においては,速度及び温度の乱流統計量に加え,熱輸送現象を解析するために必要とされる時空間的に発達する乱流熱流束や渦度変動の分布などを定量的に求めることが可能であると結んでいる.

 第5章は,結論であり,本論文で得られた成果をまとめている.

 以上要するに,本論文は,熱流動場の速度,スカラー(濃度・温度),それらの相関値の空間分布情報を高精度で効率よく得ることができる計測システムの実現を目的として,まず走査型LIF法を独自に開発し,これをHDVSシステムとして構築して高解像度化・高精度化を達成し,さらに相互相関型PIVと組み合わせて速度・スカラー3次元同時計測システムを開発し,温度差を有するダクト内混合層に適用することによって手法の有効性を実証している.従って,本論文は熱流体工学及び伝熱工学の上で寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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