学位論文要旨



No 113007
著者(漢字) 徐,毅
著者(英字)
著者(カナ) シュ,イ
標題(和) 光造形における光硬化性樹脂の硬化プロセスに関する研究
標題(洋) Studies on Curing Process of Photopolymer in Stereolithography
報告番号 113007
報告番号 甲13007
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3984号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 教授 鯉渕,興二
 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 助教授 田浦,俊春
内容要旨

 光造形法は紫外線で光硬化性樹脂を硬化する原理を用い、デジタルデータに基づいて一層づつ順次に硬化することにより直接三次元立体模型を作る技術である。三次元CADデータより簡単かつ迅速に複雑形状を作れる特徴を持つため、すでに様々な分野で活用されている。最近、工業分野における応用が設計段階での形状確認から試作品および少量生産用金型へ変化しており、造形品の精度がより一層厳しく要求されるようになってきた。そのため精度向上に関して積層造形法特有なそり変形の解決は重要な課題になっている。従来までの研究では樹脂が硬化する時生ずる収縮現象のみが注目され、そり変形機構について以下ように単純に説明されて来た。『光造形品を一層づつ硬化させる事で、硬化層同士の硬化収縮が不均一になっている。つまり、上部の層が下部の層の後に硬化収縮するためそり変形が生ずる。』しかし、光硬化性樹脂の硬化過程はこの説明よりもっと複雑である。本研究は硬化メカニズムの解明とそり変形の制御を目的とし、硬化過程に生ずる諸現象、即ち、硬化収縮、反応熱による影響の実験観察、およびFEMによるそり変形の解析を行う。研究方法は従来の研究とは異なり、先ず造形物の基本構成である一本の線状硬化物について調べ、これを多層の造形物へ拡張して行くこととした。

 本論文は実験観察と解析をそれぞれ分割して二部に分け、全体として十章より構成されている。

 第一章は序論として、従来から行われてきた光造形品の精度向上に関する研究結果を纏め、それらの問題点を整理し、精度向上に及ぼす要因について分析を行った。この分析結果を基づき、本研究の目的を明らかにした。

 第一部は、第二章から第五章までで構成され、樹脂の硬化過程における諸現象、硬化収縮、硬化の不均一性、反応熱による温度変化、液体樹脂の流動などについて実験観察結果を纏めた。

 第二章では、硬化収縮挙動を把握するため、光硬化性樹脂の硬化収縮を測定した。光硬化性樹脂の重合反応過程では硬化収縮と熱膨張(収縮)が生ずる。硬化収縮と反応熱発生はほぼ同時に起るため、これまで正確な硬化収縮挙動の把握はできなかった。本章では熱膨張(収縮)挙動を解析し、その結果を用いて硬化収縮の実測結果を修正することで、より正確な硬化収縮を求めた。硬化の初期段階に硬化物は熱膨張が生じ、真実の硬化収縮速度が実測値より大きいことを明らかにした。

 第三章では、レーザ照射による硬化物の硬化不均一性を調べるため、ダイナミック微小硬度測定法で硬化物の硬化特性を実測した。硬化物の硬度は投入されたレーザ露光量に比例し、計測した露光量範囲内では線形であることが認められた。また、硬度分布測定より一本の線状硬化物断面での硬化状況が不均一であることを明らかにした。レーザビーム中心付近では硬度が高くなり、周辺は硬度が落ちている。従って、断面における硬化収縮も不均一であることを示した。これらの結果は従来の単純な収縮だけ説明できない一本の線状硬化物のそり変形現象解明の裏付けとなった。

 第四章では、重合過程に生じる反応熱を調べるために、微細な熱電対を用いて発生温度を計測した。一本の線状硬化物内部の温度分布の測定が可能となり、温度上昇は樹脂の硬化に伴い急激に起こり、後の熱拡散で徐々に低下することを明らかとした。温度の上昇は投入した露光量に比例していることも観察され、温度が変化することで熱膨張(収縮)が生じ、硬化物の機械的性能も変化し、そり変形の一因となることを明らかにした。

 第五章では、反応熱による温度変化の影響で、周囲の液体樹脂の密度が変化することにより、液体樹脂が大きく流動していることが明らかにした。この流動の影響で、隣にある硬化物が揺れる現象も観察され、この揺れ現象は精度低下要因の一つであることを確認した。

 第二部は、第六章から第九章までで構成され、実験観察で明らにした諸要因をモデル化し、有限要素法を用いてそり変形解析プログラムの開発し、その適用の結果を纏めた。

 第六章では、第一部で明らかにした実験観察結果に基づくそり変形のモデルを提案した。そり変形は単なる硬化収縮だけで発生するではなく、反応熱による温度変化も一因であり、硬化層および硬化層内部での硬化収縮と熱膨張(収縮)が不均一によってもそり変形が生じることを明らかにした。さらに、汎用解析プログラムADINAをベースとして提案したそり変形モデルを基づく三次元FEMプコグラムを開発した。このプログラムは次に述べる特徴を持つ。1)レーザ走査経路に基づく逐次造形、2)重合過程の動的な変化、3)硬化物のミクロ的な構造の考慮。

 第七章では、実験結果に基づく硬化収縮、反応熱による温度変化、ヤング率など要因を定量化した。これらの要因は露光量の関数であり、露光量の増加と共に増加し、さらにその変化はダイナミック過程である。

 第八章では、一本の線状硬化物および多層片持ち梁サンプルを対象にしてそり変形の解析を行い、本プログラムの適合性を検証した。一本の線状硬化物に対して、レーザビーム中心付近には露光量が高くなり、周辺へ行くと落ちていき、硬化収縮も同じ様に分布しているので、結果として上向きのそり変形が生ずることをFEM解析で明らかとした。しかし、温度も同様に分布するために、硬化の初期段階では、温度上昇と伴う熱膨張が生じ、そり変形を遅らせる事も明らかとした。

 第九章では、そり変形の制御を目的とし、本プログラムを用いて光硬化性樹脂の材料特性およびレーザ走査パターンの改良の効果を調べた。1)樹脂の露光吸収率Dpに関して、小さいDP樹脂の場合、露光は深さ方向に到達しにくく、同じ深さでの樹脂の硬化程度が低くなる。また、硬化層の間の結合力も低くなるので、そり変形量は少なくなる。2)硬化収縮率に関して、露光量が同一の場合、収縮率が低くほど、そり変形が減少する。3)反応熱による膨張はそり変形を遅らせる効果がある。反応熱が高い場合、硬化の初期段階での熱膨張量が多いために見掛けの収縮量が減少する。その結果、多層硬化物のそり変形を減少する。4)従来の連続レーザ走査パスを分割させ、未接続部分は次の上層を硬化させる時に照射させる露光で硬化させる走査パターンを提案し、そり変形量が減少する効果があることを実験およびFEM解析で検証した。以上の結果、開発したプログラムは樹脂の開発とレーザ走査パターンの改良などのそり変形の制御に活用できることを確認した。

 第十章では、本研究の成果をまとめて示した。

審査要旨

 本論文はStudies on Curing Process of Photopolymer in Stereolithography(光造形における光硬化性樹脂の硬化プロセスに関する研究)と題し、第1章の序論および第10章の結論を含め全体で10章より構成されている。

 光造形法は3次元CADデータより、直接立体造形を行う新しい方法である。この方法では紫外線露光により固化する液状の光硬化性樹脂に点状のレーザ光を照射し、これをCADスライスデータにしたがって走査することにより一層づつ固体化して、その薄い固化層を積層して立体を造形する。しかしながら造形体はCADデータとは完全には一致せず、わずかにゆがみ変形を生ずる。このゆがみ変形は液体樹脂が固体化するときに生ずるわずかな硬化収縮の影響とされ、立体造形品が試作品に広く利用されるようになると共に、産業上重要な欠陥とみなされるようになってきた。このゆがみ変形の原因の解明は、多くの研究者の取上げることとなり、これまでの説明では一たん固化した層の上に新しい固化層が創成され、その新しい固化層が収縮するため全体として曲げを受けてゆがみ変形を生ずるというものであった。本論文はこの単純な説に疑問を懐き、ビーム照射による硬化現象の詳細な実験的解明と、それを基にして有限要素法解析で全体的なゆがみ変形を予測する手法を確立しょうとしたものである。

 本論文は、第1章でこれまでのゆがみ変形に関する研究を振り返り、その中での解析の問題点を抽出し、より詳細な実験と解析の必要性を指摘し、本研究の目的を述べている。

 第1部では一条硬化物の実験観察と題し、第2章から第5章まで硬化現象の詳細を主として実験的解明している。

 第2章では、ゆがみ変形の最大の原因と考えられている硬化収縮量を実験により求めている。硬化現象は重合反応で生ずるものの、同時に熱の発生を併ない硬化による収縮と熱による膨張と冷却による収縮が同時に起きてるが、この中から純粋な硬化収縮を求めることに成功している。

 第3章では、一条の硬化物でも内部的に硬化程度が不均一であることを明らかとし、硬度分布がレーザビーム露光量に比例することを明らかとした。この実験観察より、これまでに説明されていない一条硬化物のそり変形が解明されることとなった。

 第4章では、硬化に併なう重合反応による反応熱を測定し、100℃程度の反応熱が生じていることを明らかとした。類似の温度測定は他にも試みられているが、このような詳細な測定分布の測定は初めてのものであり、また同時にゆがみ変形解析にこの温度発生は当然考慮すべき要因であることを明らかとした。

 第5章では、この温度上昇により液体樹脂が硬化物の周囲で対流によりかなり激しく流動する現象を観察した。硬化物がこの流動により揺れ動く現象も明らかとされ、これまでに解明されていなかったある種の不良現象の原因が明らかとされた。

 第2部は硬化過程の有限要素解析と題し、第1部での実験観察を基に実際現象に出来るだけ即したシミュレーションを行っている。

 第6章ではゆがみ変形のモデルを提案し、3次元有限要素解析プログラムを開発した。このプログラムは、単なる収縮だけでなく反応熱の影響および断面内の不均一性も考慮し、さらに造形は現実に促した逐次過程を導入した。

 第7章は実験結果に基づく材料定数の定量化を行った。これらの定数が露光量の関数であり、そのために実際の硬化過程はダイナミック過程であるとした。

 第8章では一条の硬化物および多層硬化物を対象として、上記の有限要素解析を行い、幾つかの実験結果とほぼ一致することを示し、本プログラムの有効性を明らかとした。

 第9章ではゆがみ変形を制御するため、材料特性およびレーザ光走査パターンの影響を本プログラムによるシミュレーションで明らかとし、さらに一部は実験結果との一致を確認した。その結果、本開発プログラムがゆがみ変形制御方法開発に活用できる可能性があることを明らかとした。

 第10章では本論文の結論をまとめている。

 以上要するに本論文は、これまで十分に解明されていなかった光造形法における光硬化樹脂の詳細な硬化のメカニズムを主として機械工学の面より実験観察し、その結果に基づいて実際現象の予測に役立ち得る有限要素解析プログラムを開発したもので、精密機械工学と精密機械工業に大きな貢献となるものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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