学位論文要旨



No 113008
著者(漢字) 李,延権
著者(英字)
著者(カナ) リ,ジョングン
標題(和) 二相固体の破壊および損傷問題の計算メソ力学に関する研究
標題(洋)
報告番号 113008
報告番号 甲13008
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3985号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 教授 金原,勲
 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 助教授 吉成,仁志
内容要旨

 多相材料とは,二種類以上の異なる材料を組み合わせてそれぞれの長所を生かし欠点を補って,単相材料では得られない優れた特性を持たせるように設計できる材料である。多相材料の種類は多いが,力学的特性を向上させるための強化機構については,主として繊維強化型と粒子強化型に分類される。繊維強化型複合材料は強化材にガラス,カーボン,アルミナなどの繊維を,母材に樹脂,金属,セラミックスなどを用いた材料であり,粒子強化型複合材料は母材より高強度,高靭性の粒子(例えば,ジルコニア)を強化材として用いた材料である。

 特に,一方向長繊維型のように繊維の方向性がはっきり決められるとその力学的挙動はある程度予想できるが,自由な部材を作りにくいという難点がある。また,短繊維ランダム分散型,粒子分散型などの場合は,複雑な三次元形状の部品に加工し易いという利点があるが,組織内部に粒子の方向性,分散などによる局所的不均質性が発現するためその力学的評価は複雑になる。このように,繊維や粒子を含む二相固体においては,母材と強化材の種類と構成,異方性,含有率などのようなミクロ組織の不均質性がマクロ特性に与える影響が大きいので,それらをなるべく正確に把握する必要がある。

 本論文は,このように複雑な挙動を表わす短繊維分散型および粒子分散型二相固体の力学的特性を評価するに当たって,各二相固体モデル(短繊維モデル,インクルージョンモデルおよび変態塑性インクルージョンモデル)を提案し,その有用性を確認することを試みた。

 本メソ解析モデルにおいて,母材モデルについてはランダムな形状を表現するためにヴォロノイ(Voronoi)分割法によるメッシュの生成を行い,さらに短繊維モデルについては方向性を持つ短繊維を母材モデルの中にランダムに分散する。すなわち,図1に示すように,隣接する剛体要素の中心点(母点)間の距離を長さとする短繊維を考えることで短繊維の方向や配置を自由に設定できる。

Fig.1 Mesomechanics model for matrix and short fiber

 次に,インクルージョンモデルに対してはインクルージョンの形状を円形であると仮定し,その位置,大きさ,分布のランダム性を確保するため,インクルージョンの中心座標(x,y)および直径を一様乱数により与える。任意多角形要素の中心座標がその円形の内部にあるとき,その要素をインクルージョンの構成要素とみなす。すなわち,図2においては黒色の要素群が一つのインクルージョンを構成している。ここで,母材およびインクルージョンの弾性定数や破壊強度などを適切にコントロールすることにより二相固体の力学的性質を設定することが可能である。また,インクルージョンの変態塑性挙動を考慮する場合はインクルージョン自体が膨張するため,インクルージョンの内部要素に膨張変形率を与えることで応力が再配分される効果を表現できる。

Fig.2 Mesomechanics model for matrix and inclusion

 このような母材モデルと二相固体モデルを構築し,計算不連続体力学モデルである剛体・ばねモデルに基づいて剛性方程式の定式化を行い,さらに様々な応力下における二相固体の破壊および損傷問題に適用することで本モデルの有効性を確認した。

 まず,短繊維を含む二相固体において観察される様々な力学現象,すなわち,短繊維の方向性,含有率,アスペクト比,繊維端亀裂などが強度や剛性に及ぼす影響,あるいは母材亀裂,繊維破断,繊維の引き抜きなどによる亀裂偏向,繊維架橋のような力学的挙動に関しメソスケール(この場合は短繊維の長さスケール)の直接解析手法を拡張した。

 図3の(a),(b)は引張り応力下での母材のみの場合および短繊維を40%含む場合のマイクロクラック進展図である。図において,太い線で書かれた要素境界線はマイクロクラックが発生していることを示している。母材のみの場合は負荷の増加に伴い最弱位置からマイクロクラックが発生し,さらに成長していく脆性的性質を表わす。短繊維を含む要素境界線においては,母材と短繊維の破断および母材・繊維間のはく離のそれぞれの条件により,母材のみにマイクロクラックが生じる繊維架橋,母材と繊維の界面にはく離が起こる繊維引き抜きなどが起こる。また,繊維補強により亀裂が生じにくくなる代わりに繊維がない所で亀裂が生じやすくなる亀裂の偏向などを再現している。

Fig.3 Microcracking patterns under uniaxial tension

 図4は巨視的応力・ひずみ関係に関する計算結果である。図より,短繊維含有率が増大するに伴い残留強度が高くなっていることがわかる。ここで用いた物性値は,Ef/Em=1.0,l/w=2.0, fc/mc=10.0,mfc/mc=9.0である。

Fig.4 Stress-strain relationship under uniaxial tension

 次に,インクルージョンが存在する二相固体において,変形の初期段階からインクルージョンの割れあるいは母材・インクルージョン界面のはく離などの損傷が進行する場合,これが材料の高靭性化において重要な役割を果たすことが知られている。界面が強固な場合は,母材における亀裂進展が界面に達した際に,インクルージョンの強度に依存して,亀裂がインクルージョンを貫通したり,迂回したりする。本研究ではこのような二相固体における様々な微視的損傷過程を,メソ解析法によりシミュレートした。以下にその一例として,インクルージョンと母材のヤング率Ei,Emと,母材,インクルージョンおよび界面の破壊強度(Sm)cr,(Si)cr,および(Sb)crに関し,表1に示すような4ケースについて計算した結果を示す。

Table.1 Mechanical properties of two-phase materials

 各ケースにおいて,図5には面積比(Ai)が32%の場合の引張り応力下でのマクロ応力・ひずみ関係を,図6にはモードI応力下でのR曲線を示す。また,図7にはケースAにおけるマイクロクラック進展図を示す。各計算条件により,母材への亀裂偏向,インクルージョンのはく離や粒内破壊等のようなマイクロクラッキング挙動に対し,ほぼ妥当と思われる結果を得ることができ,提示手法の有用性が示唆された。

Fig.5 Stress-strain relationship with different types of inclusion(Ai=0.32)Fig.6 R curves with different types of inclusion(Ai=0.32)Fig.7 Microcracking pattern with weakly bonded rigid,inclusion(Ai=0.32)

 次に変態塑性インクルージョンを含む二相固体において,インクルージョンが変態する場合は,インクルージョン半径方向に多くのマイクロクラックを伴いながら主亀裂がインクルージョンを回り込む亀裂偏向により材料の剛性や靭性の向上が期待される。

 このようなインクルージョンの変態塑性挙動において,インクルージョンの変態条件,大きさ,含有率などが二相固体の剛性およびマイクロクラキング挙動に及ぼす影響についてシミュレートした。図8にはインクルージョンの含有率Aiを8%,16%および32%に変化させた時のマクロ応力・ひずみ関係を示す。含有率を大きくすると変態するインクルージョンがより多くなるので膨張変形率は増加することが予想されるが,図においても同様な結果を得ている。図9の(a),(b)には面積比が16%の場合にそれぞれインクルージョンの変態を考慮した時と考慮しない時のマイクロクラック進展図を示す。図からわかるように,インクルージョンの変態を考慮しない場合は負荷の増加に従い母材内の最弱位置からマイクロクラックが発生し,それがインクルージョンに達するとそのままインクルージョンを貫通し進展していくので脆性的性質が顕著である。変態を考慮した場合はインクルージョンが変態限界値に達すると膨張が起こり,インクルージョンの近傍で半径方向に圧縮応力が生じるためクラックが生じにくくなる。また,要素の境界線がインクルージョンの半径方向に向いた場合は引張り応力を発生させ,その境界線における垂直ばね方向が荷重方向と一致すると,外荷重による応力と変態による応力が重複され,クラックが生じやすくなるため,多くのマイクロクラックが発生している。

Fig.8 Stress-strain relationship:effect of total area fraction of the inclusionsFig.9 Microcracking patterns for the case of containing 16% inclusions

 最後に,三次元の近似理論モデルを平面ひずみ条件で二次元化し,メソ解析の結果と比較を行う。しかし,二次元メソ解析における介在物(クラック,インクルージョン,ホール等)を含む二相固体モデルは,三次元モデルから誘導される二次元モデルとは相違する。例えば,三次元モデルから誘導される二次元モデルでは球形ホールを分散したモデルであるが,二次元メソ解析モデルでは円筒形のホールになる。このような相違による誤差を考えて考察を行う。主な計算例を以下に示す。

 図10の(a),(b)にはそれぞれランダム分散クラックおよび一方向分散クラックの時の近似理論解とメソ解析結果を示す。一方向分散クラックのときに,メソ解析ではクラックの方向を一方向に完全に一致させることができないため,限界角度が22.5°の時の結果を示す。有効ヤング率の低下率は両者ともDifferential法の結果にかなり接近している。

Fig.10 Effective Young’s modulus;Result for meso analysis vs micromechanics models

 次に,強いインクルージョンを含む二相固体に,クラックが一方向に分散する場合の結果を図11および図12に示す。この場合にはインクルージョンの剛性が母材の剛性より強いため,母材にクラックが分散する場合にインクルージョンまたはクラック同士の相互作用が強くなるのが予想される。Ai=0.16の時はメソ結果と理論解は良好に対応しているが,面積比が大きくなると(Ai=0.32),理論解の結果はインクルージョンの影響をより過大評価していることが確認できる。

Fig.11 Effective Young’s modulus with weak inclusionsFig.12 Effective Young’s modulus with stiff inclusions

 次に,材料中に円形ホールを含む固体においてホールの大きさを変化させ,その弾性定数を評価した。図13にはホールの半径rHを0.025L,0.05L,0.075Lおよびランダムにした時のメソ解析および近似理論解の結果を示す。ここに,Lは全体モデルの辺長である。両者の結果においてホール密度(p)の増加に従い,マクロヤング率は顕著に低下する。マクロポアソン比の結果は大きな相違がみられないが,メソ解析の方が過大評価していることが確認できる。

Fig.13 Effective elastic properties with randomly distributed holes

 以上の研究を通して,短繊維分散型および粒子分散型二相固体の破壊および損傷挙動をメソスケールで解明し,メソ解析手法の有用性を確認した。

審査要旨

 一般に、二相固体は一つの材料では達成し得ない性質を複合効果により得られる利点を有するが、固体内部の不均質性が発現するため、力学的挙動はより複雑になる。また、マイクロクラックなどの微視的損傷が進行する場合の力学的評価は多くの困難を伴う。

 連続体損傷力学では損傷変数の導入により、損傷の発展や構成式挙動を連続体力学の枠内で取扱うことを可能にしたが、定式化において必要とされる損傷発展方程式や損傷変数と弾性定数の関係などの微視的情報を理論解析あるいは実験により得るのは容易でない。他方、マクロ連続体力学とミクロ分子動力学の中間スケールに位置するメソ解析手法によれば、このような微視的損傷情報の把握がある程度まで可能であり、メソ解析結果を仮想実験データと見なすことにより、損傷力学モデルの評価や改良を行うこともできる。

 本研究では、短繊維分散型および粒子分散型の二相固体に対し、従来のメソ解析手法を拡張した。すなわち、短繊維、脆性体インクルージョンおよび変態塑性体インクルージョンを含む二相固体に対するメソ解析モデルを提案し、計算例を通じ、損傷および破壊挙動に対する提案モデルの有用性を検討した。以下にその成果を簡潔に述べる。

 ランダム分散型短織維を合む二相固体の弾性定数評価およびマイクロクラッキング挙動に対し、ランダムな方向性を有するマイクロクラックの陽的表現が可能な二次元メソ解析モデルを提案した。このモデルにより、巨視的弾性定数および引張り、せん断、曲げ応力下におけるメソスケール(短繊維の長さスケール)のマイクロクラッキング挙動を解析した。これらの計算から、本メソ解析モデルにより、短繊維の方向性、含有率、先端亀裂などがマクロ弾性定数に及ばす影響、亀裂偏向、繊維架橋、繊維の引抜けなどを伴うマイクロクラッキング挙動をほぼ適切にシミュレートし得ることが確認された。

 脆性体インクルージョンを含む二相固体のマイクロクラッキング挙動に対し、二次元メソ解析モデルを提案した。本モデルにおいては、内部をさらに複数要素に分割したインクルージョンを母材中に分散させることにより、母材とインクルージョン間の諸性質の相違に対する詳細な解析を可能にした。すなわち、母材、インクルージョン、母材・インクルージョン界面の弾性定数、破壊強度などがマイクロクラック損傷およびマクロな応力・ひずみ関係に及ぼす影響に関するパラメータ計算を行った。その結果、母材への亀裂偏向、インクルージョンのはく離や粒内破壊などのようなメソスケール(インクルージョンの大きさスケール)のマイクロクラッキング挙動に対し、ほぼ妥当と思われる結果を得て、提案手法の有用性が示唆された。

 高靭性化材料として知られる、変態塑性ジルコニアを含む二相固体の強靭化機構問題に対し、二次元メソ解析手法を適用した。まず、母材とインクルージョンの弾性定数を等しいと仮定し、マイクロクラックの発生を無視することにより、変態塑性挙動のみを解析した。変態塑性による膨張変形率は変態塑性条件よりもインクルージョンの含有率に強く影響される。さらに、膨張変形率と含有率の関係は線形に近いことが定性的に評価された。次に、引張り応力下でのマイクロクラッキング挙動において、インクルージョンの膨張により亀裂偏向が起こるとともに、インクルージョン半径方向により多くのマイクロクラックが発生し、破壊強度は低下するが延性は向上することがシミュレーションにより再現された。これらの結果により、二次元メソ解析手法の適用が可能であることが示された。

 応用例として、インクルージョンを含む二相固体におけるモードI応力下のマクロクラック伝播挙動をシミュレートし、計算されたR曲線およびクラック進展図から、母材とインクルージョン間の諸性質が破壊靭性に及ぼす影響を明らかにした。すなわち、変態塑性インクルージョンを含む二相固体においては、マクロクラック先端近傍のインクルージョンが正方晶から単斜晶へマルテンサイト型相変態することにより体積膨張し、クラック先端の高応力場が緩和される。また、マイクロクラックの偏向が起こり、インクルージョンの半径方向に多数のマイクロクラックが発生し、高靭性化が達成されることが確認された。これらの計算例により、この種の強靭化機構問題の解明に対するメソ解析手法の有用性が示された。

 マイクロクラックおよび第二相粒子(短繊維、インクルージョン、特殊な場合としてホール)が独立に存在する場合および同時に存在する場合におけるマクロ弾性定数を評価し、既存の近似理論モデルとの比較を行うことにより、提案した二次元メソ解析モデルの有用性を検討した。マイクロクラックの分布パターンについてはランダム分散と一方向分散の2ケースを想定し、マクロ弾性定数の低下率に及ぼす影響を考察した。すなわち、二相固体においては、マイクロクラックと第二相粒子間の相互作用がマクロ弾性定数に及ぼす影響をメソスケール(第二相粒子の大きさスケール)で評価した。さらに、二次元化したDilute法、Self-Consistent法、Differential法、Mori-Tanaka法などの既存理論モデルと比較することにより、理論解の適用範囲およびメソ解析の有効性が議論された。

 以上に述べたように、本論文では、二相固体に対する二次元メソ解析手法が提案され、短繊維、脆性体インクルージョンまたは変態塑性体インクルージョンを含む各種の二相固体の損傷および破壊挙動がメソスケール(第二相粒子の大きさスケールまたは結晶粒スケール)で解明され、メソ解析手法の有用性が示唆された。今後、開発される様々な新素材に対しても、適切なモデルの構築により本メソ解析手法は適用可能であり、本論文は高い工学的および工業的価値を有するものと判断される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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