学位論文要旨



No 113010
著者(漢字) 中村,滋男
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,シゲオ
標題(和) マイクロマシンによる磁気ディスク装置の高記録密度化の研究
標題(洋)
報告番号 113010
報告番号 甲13010
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3987号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 原島,文雄
 東京大学 教授 鯉渕,興二
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 平本,俊郎
内容要旨

 本研究では,マイクロマシンという新しいメカトロニクス技術を用いた高度情報社会に向けての情報通信機器の開発指針を示すことを大きな目標とする。そのケーススタディとして,磁気ディスク装置の高記録密度化をマイクロマシンを適用して行なうことを具体的な研究対象とする。

 マイクロマシンは,半導体微細加工を主としたマイクロマシーニング技術により,アクチュエータや可動機構などの微小立体構造を作り,それをセンサや電子回路と集積化し,超小形の運動システムを構築するものである。そして,3つのM,すなわち「マイクロ化(Miniat uraization)」, 「マルチ化(Multiplicity)」,「マイクロエレクトロニクス(Microelectronics)の集積化」という特徴をもつ。

 入出力装置,記憶装置,通信機器等の情報通信機器の機械部品の特徴は,

 ●製品の開発動向が,小形,大容量化(または,高密度化)である。

 ●可動部が,比較的小形,軽量である。

 ●メカトロニクス部品である。

 などである。小形化が要求されるメカトロニクス部品であること,また当然,低価格が要求されることから,マイクロマシンの特徴である3つのMが極めて有効に働く分野である。

 中でも本研究でとりあげた磁気ディスク装置は,数年前までの年率30%の記録密度の増加率が,ここ数年は年率60%となり,機械部品に求められる位置決め精度や寸法精度などの性能は,従来の構造や製造方法により実現できる限界の一歩手前まで来ている。さらに,高記録密度化を実現するために,磁気ディスク装置及び部品の小形化も年々進み,機構系の実装密度も限界に近づいている。このように,磁気ディスク装置はまさに新しい技術の導入が望まれている状況であり,マイクロマシンの具体的な適用分野としては,最適である。

 本論文は全9章よりなる。

 第1章「序論」では,研究の背景と目的を述べ,さらに,研究の方法ならびに流れを示した。

 第2章「磁気ヘッド支持機構におけるマイクロマシン技術のフィージビリティの提案」では,記録密度向上を目的にマイクロマシン技術を磁気ディスク装置の最重要部品であるヘッド支持機構に適用した際のフィージビリティを検討した。ここでは,記録密度向上を阻害している根本原因を解決する手段を提案した。具体的には薄膜プロセスで作製した超小形ヘッド支持機構,高精度トラッキング用ヘッド素子駆動アクチュエータ,吸着防止用アクチュエータ,一定ヨー角制御用マイクロアクチュエータ,ダイナミックダンパ,吸着解除用サスペンション共振機構,耐環境用浮上量制御用アクチュエータは,コンセプトも含めて全く新たな提案である。そして,提案したフィージビリティの中から,新規性と重要性という観点から,マイクロアクチュエータの研究と小形ヘッド支持機構の研究を行なうこととした。

 第3章から第6章までは,具体的な研究成果について述べてある。

 第3章「ヘッド高精度位置決め用マイクロアクチュエータの研究」は,磁気ヘッドの先端に位置決め用のマイクロアクテュエータを搭載し,ヘッドの位置決め精度の向上を図るものである。このテーマは,磁気ティスク装置の高記録密度化には必要不可欠であり,多くの研究もなされているが,トラック密度40kTPI(Track Per Inch)という未着手の領域について行なった。本章では,アクチュエータ開発の際の,仕様の決定,方式の選択から実現性の検討に至るまでの手順を一通り示した。実現性の検討としては,まず,同一印加電圧あたりの発生力が従来の2倍以上である,2方向動作静電アクチュエータを考案し,駆動原理の確認を行った。次に,数値計算とプロトタイプモデルの試作により,トラック密度40kTPIを達成するアクチュエータの実現性を示すことができた。

 第4章「スライダ・円板吸着防止用TiNi薄膜アクチュエータの研究」は,全く新しいコンセプトのものである。昆虫の足のような環状アクチュエータをスライダの周囲に配置し,円板停止時に足が伸び,スライダが円板とコンタクトしないようにするものである。この足は,TiNi薄膜形状記憶合金で作製される。TiNi薄膜形状記憶合金,および加工法の開発を行い,環状アクチュエータの単体動作確認までを行った。

 第5章「スライダ・サスペンション一体形ヘッド支持機構の研究」は,適用時期が5年程度先の小形ヘッド支持機構の研究である。ここでは,集積化部品開発の際の,仕様の決定,方式の選択から実現性の検討に至るまでの手順を一通り示した。方式の選択では,集積化部品と,組み立て方法を改良した組立部品とを,浮上量誤差等で比較し,集積化部品の優位性を示した。実現性の検討では,数値計算による浮上特性の確認と,プロトタイプモデルの試作を行った。

 第6章「超小形ヘッド支持機構の研究」では,10年程度先の適用を想定し,薄膜プロセスで作製したヘッド支持機構の研究を行なった。ここでは,開発ツールとして薄膜(ポリシリコン)の3次元変形加工の形状解析法を開発した。

 第7章と第8章は研究成果のまとめである。

 第7章「マイクロマシン技術による記録密度向上の試算」では,第3章から第5章で開発した技術を製品化した場合の,記録密度の向上を試算し,マイクロマシン技術の有用性を示した。

 第8章「結論」では,本研究の総括を行う。研究の成果を,磁気ディスク装置の高記録密度化の研究,マイクロマシンの研究,情報通信機器の開発指針の研究,という3つの観点から評価した。

 本研究は,マイクロマシンという新しいメカトロニクス技術を用いた高度情報社会に向けての情報通信機器の開発指針を示すことを大きな目的とし,ケーススタディとして磁気ディスク装置の高記録密度化に取り組んだ。そして,「マイクロマシン技術の活用が,機構部品の開発に有効である。」という開発指針の有効性を実験および解析で示すことができた。

審査要旨

 本論文は、「マイクロマシンによる磁気ディスク装置の高記録密度化の研究」と題し、マイクロマシン技術が情報通信機器の小型高性能化に最適であることに着目し、磁気ディスク装置を例として、マイクロマシンを適用することで記録密度の格段の向上が可能なことを示すものである。

 本論文は全7章より構成されている。

 第1章「序論」では、研究の背景と目的を述べ、さらに、研究の方法ならびに流れを示している。

 第2章「ヘッドにおけるマイクロマシン適用可能技術の提案」では、記録密度向上を目的にマイクロマシンを磁気ディスク装置の最重要部品であるヘッドに適用した際の適用可能技術を検討している。具体的には薄膜プロセスで作製した超小形ヘッド、高精度トラッキング用ヘッド素子駆動アクチュエータ、吸着防止用アクチュエータ、一定ヨー角制御用マイクロアクチュエータ、ダイナミックダンパ、吸着解除用サスペンション共振機構、耐環境用浮上量制御用アクチュエータなど、コンセプトも含めて新規な提案を行っている。

 第3章から第5章までは、新規性と重要性という観点から、マイクロアクチュエータと小形ヘッドの研究に絞り実験的な研究成果について述べている。

 第3章「ヘッド高精度位置決め用マイクロアクチュエータの研究」は、トラック密度40kTPI(Track Per Inch)という高記録密度実現のため、ヘッドの先端に位置決め用のマイクロアクチュエータを搭載し、ヘッドの位置決め精度の向上を図るものである。本章では、アクチュエータ開発の際の、仕様の決定、方式の選択から実現性の検討に至るまでの手順を定式化し、それに従って研究を進めている。実現性の検討として、まず同一印加電圧あたりの発生力が従来の2倍以上である、2方向動作静電アクチュエータを考案し、駆動原理の確認を行っている。次に、数値計算とプロトタイプモデルの試作により、トラック密度40kTPIを達成するアクチュエータの実現性を示している。

 第4章「スイライダ・円板吸着防止用TiNi薄膜アクチュエータの研究」は、全く新しいコンセプトであり、昆虫の足のような環状アクチュエータをスライダの周囲に配置し、円板停止時に足が伸び、スライダと円板のコンタクトを防ぐ方式を提案している。この足として用いる環状アクチュエータについて、素材のTiNi形状記憶合金薄膜の製膜法および加工法の開発を行い、アクチュエータの単体動作を確認している。

 第5章「スライダ・サスペンション一体形ヘッドの研究」は、適用時期が5年程度先の集積化小形ヘッドを対象に、集積化部品開発の際の仕様の決定、方式の選択から実現性の検討に至るまでの手順を示している。製造方式の選択では、集積化部品と、組み立て方法を改良した組立部品とを、浮上量誤差等で比較し、集積化部品の優位性を示し、実現性の検討では、数値計算による浮上特性の確認と、プロトタイプモデルの試作を行っている。

 第6章「マイクロマシンによる記録密度向上の試算」では、第3章から第5章で開発した技術を製品化した場合の、記録密度の向上を試算し、マイクロマシンの有用性を示している。

 第7章「結論」では、本研究の総括を行い、研究の成果を、磁気ディスク装置の高記録密度化の研究、マイクロマシンの研究、情報通信機器の一般的開発指針への展開、という3つの観点から評価している。

 以上これを要するに、本論文はマイクロマシンによる磁気ディスク装置の高記録密度化を目的として、記録密度の向上に有効な、ヘッド高精度位置決め用マイクロアクチュエータ、スライダ・円板吸着防止用アクチュエータとスライダ・サスペンション一体形ヘッドを提案し、プロトタイプモデルの作製と数値計算により実現性と有用性を示したものであり、電気工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54604