学位論文要旨



No 113011
著者(漢字) 金,景煥
著者(英字)
著者(カナ) キム,キョンファン
標題(和) ロバスト・適応モーション制御に基づく複腕ロボットの協調作業
標題(洋) Cooperative Manipulation of Multiarm Robots Based on Robust and Adaptive Motion Control
報告番号 113011
報告番号 甲13011
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3988号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 教授 原島,文雄
 東京大学 教授 二宮,敬虔
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
内容要旨

 本論文は複腕ロボットのモーション制御において,その制御工学的な課題を把握すると同時に,ロバストな位置・力制御を用いることによって簡単かつ高精度の協調制御を実現することを目的としている。複腕ロボットは単腕ロボットの自然な拡張としてここ十年間多くの研究がなされてきた。ロボットを相互に協調運動させることによって得られる利点は人間の手足動作の機能性と器用さを観察すれば簡単に理解できる。さらに,未来の家庭用サービスロボットや宇宙用ロボットが担当するタスクの中には複数のマニピュレータを同時に使わないと実現できないものも多く考えられる。しかし,複腕ロボットの制御は単腕のものに比べて,そのダイナミックスが非常に煩雑であることが指摘されてきた。モーション制御の観点からみると,このような複雑なダイナミックスは制御プラントの不確かさとして作用し高精度の制御を困難にするものである。従来,この分野における研究例は数多くあるが,制御プラントの不確かさに積極的に対応するといった点では十分ではなかった。

 本論文では,モデリングの不確かさに対処するため研究されてきたロバスト制御と適応制御を取り上げ,複腕ロボットのモーション制御に関する議論を展開している。現在,単腕ロボットに関しては両手法の有効性は多いに認識されている。しかし,複腕ロボットの制御に際しては,依然として煩雑な制御則が用いられ,しかも制御性能も限られているのが現状である。本論文の主な貢献として,ロバスト・適応制御といった,従来,単腕ロボットの分野で確立された手法を複腕ロボットの制御問題に拡張し検討したことが挙げられる。

 第1章の序論では,複腕ロボット研究の必要性について簡単に述べた後,従来の研究動向について紹介しその問題点を指摘している。

 第2章では,複腕ロボットに関する議論を始める前に,その準備として,単腕ロボットの位置制御法について述べている。ここでは,ロボットのダイナミックスを制御する代表的な手法として,ロバスト制御と適応制御を取り上げ,それらの制御構造を明らかに示している。さらに,ダイレクトドライブ方式の二自由度ロボットマニピュレータを用いて,様々な項目について両手法の制御性能を比較検討している。第2章は単腕ロボットにおける制御手法を論じているが,その手法は複腕ロボットの制御に拡張され適用できることに注意したい。

 第3章では,ロバストな位置・力制御器を用いた複腕ロボットのモーション制御について述べている。まず,複腕ロボットを用いて平面運動を行った場合の力学について考察する.その結果,複腕ロボットの制御性能は,(1)式から分かるように,ロボットごとの位置制御および力制御の性能に左右されることが分かる.把握物体の現位置と接触力が正確に制御できれば,物体の把握力誤差EIを許容範囲内に抑えることが出来る.

 

 一つの提案として,例えば,双腕ロボットの場合,物体を把握し運搬するため,一方のロボットを位置制御することによって把握物体の移動軌道を決め,もう一方のロボットを力制御することによって把握力の上限を制御することが考えられる(図1).この場合,位置制御・力制御ともにロバストであるなら物体の安定な把握と運搬が可能であることを実験で示している.さらに,円軌道を描くような二次元モーションの場合は,運動方向によって制御量を位置あるいは力に設定する,いわゆる,ハイブリッド方式で制御できることを示している.

図1:複腕ロボットのモーション制御

 第4章では,多次元力制御の手法を述べており,第3章の多次元への拡張である.複腕ロボットのモーションを各方向ごとに自由空間と拘束空間に分離することができれば,各方向ごとの位置と力のハイブリッド制御が可能である.しかし,あるモーションに対しては自由空間と拘束空間を明確に指定できない場合がある.しかも,追従すべき位置指令が与えられない場合もある.ここでは,このようなケースを想定し,多次元モーションにおいて,力フィードバックのみによる複腕ロボットの制御手法について考察している.その結果として,一次元のロバスト力制御器を多次元のものに拡張することによって複腕ロボットの分散制御が可能であることを示す.しかし,多次元力制御を用いた場合,その分散制御には幾つかの限界があることを併せて述べている.

 第5章では,位置と力の同時制御について述べている.第3章と第4章で示しているような手法では,位置か力の一方しか制御できないため,高速運転などの厳しい運動条件では,物体の安定な把握と運搬を果たせないことを指摘する.(2)式は,位置と力を同時に制御できることを示す.ロボットと物体が拘束状態に置かれる場合,その相互力は,物体を動かす力(運動力)と物体を把握する力(内力)に分離できることを意味する.運動力と内力を独立に制御するためには,依然として制御器のロバスト性が重要である.

 

 第6章では,ロバスト制御と適応制御を併用することにより複腕ロボットの制御性能が向上できることを示している.ロバスト制御は,制御プラントが予め設計した許容範囲内で変動することを前提にしている.もし制御プラントのダイナミックスが大幅に変動しその許容範囲を超えた場合は,制御器の安定性さえ脅かされる.第2章では,適応制御の性能をロバスト制御と比較検討しているが,両手法の融合については触れていない.ここでは,融合の一手法として,ロバスト制御器を用いて許容範囲内のプラント変動を抑制すると同時に,適応則を用いて環境のパラメータを同定している.その結果,ロバスト制御か適応制御の一方を用いたケースと比較して制御性能が向上できることを示す.さらに,提案の適応制御は,ロボットの各軸ごとに施されるため,その実装も容易である.

 第7章の結論では,本論文の主な成果および今後の課題について述べている。

 本研究の目的はロバスト・適応制御に基づいて複腕ロボットの制御をより高精度かつ簡単に行うことである。その結果,簡単な制御則を用いながらも,図2,3のように比較的高精度の運動軌道と相互力の制御が可能になった。図2は力フィードバックのみを施した場合,ロバスト力制御器によって生成される位置軌道を示している。図3は多次元力制御を施した場合,力フィードバックのみによって生成される円軌道である。これらは,例えば,人間とロボットが協調作業を行い,ロボットモーションを力フィードバックのみに依存し自ら生成しなければならない場合等を想定している。

 これからの課題としては,もっとインテリジェントな協調作業の実現が望まれる。本論文で提案した手法は「複腕を丈夫に動かす」ことに焦点を絞っており,「複腕をいかに動かす」かについては詳しく触れていない。一旦,複腕がダイナミックスの影響を殆ど受けずに動くようになった以上,どのようなモーション指令が協調作業に適切であるかを検討する必要があると考えられる。

図2:ハイブリッド制御による位置軌道図3:多次元力制御による位置軌道
審査要旨

 本論文は「Cooperative Manipulation of Multiarm Robots Based on Robust and Adaptive Motion Control(ロバスト・適応モーション制御に基づく複腕ロボットの協調作業)」と題し,英文で記述された論文で,全7章よりなる.複腕ロボットの多次元空間でのモーション制御における制御工学的な課題を追究したもので,単腕におけるロバストな位置・力制御を用い,簡単かつ高精度に協調制御を実現する手法を示し,さらに,ロバスト制御と適応制御を併用することにより一層の性能向上が達成できることを示したものである.

 第1章(Introduction)は序論である.複腕ロボット研究の必要性について簡単に述べた後,従来の研究例を紹介しその問題点を指摘している.複腕ロボットのダイナミクスは単腕ロボットに比べて非常に複雑であり,依然として煩雑な制御則が用いられ,しかも制御性能を決してよくないことを指摘している.複雑なダイナミクスは制御プラントの不確かさとして作用し高精度の制御を困難にする.本論文では,単腕ロボットにおいて有効性が認識されているロバスト制御と適応制御を取り上げ,これらを複腕ロボットの制御問題に拡張するという方向で研究を行うことを述べている.

 第2章(Motion Control for Single Robot Manipulators)では,単腕ロボットの位置制御法について述べている.ロバスト制御と適応制御を取り上げ,それらの制御構造や特長を明らかにしている.さらに,ダイレクトドライブ方式の二自由度ロボットマニピュレータを用い,様々な項目に関する実験を行って,両手法の制御性能を比較検討している.

 第3章(Robust Motion Control for Multiarm Robots)では,まず,複腕ロボットを用いて直線あるいは平面内での運動を行った場合の力学を解析し,制御方策について検討している.その結果,複腕ロボットの制御性能は,各ロボットの位置制御および力制御の外乱抑圧性能に大きく左右されることを示している.双腕ロボットの場合,一方のロボットを位置制御することによって把握物体の移動軌道を決め,もう一方のロボットを力制御することによって,物体を把握し運搬する方法を提案し,位置制御・力制御がともにロバストであるならば物体の安定な把握と運搬が可能であることを実験によっても確かめている.さらに,円軌道を描くような二次元モーションの場合は,運動方向によって制御量を位置または力に設定する,ハイブリッド方式が有効であることを示している.

 第4章(Multidimensional Motion Control for Multiarm Robots)は,第3章の手法の多次元への拡張,すなわち,多次元力制御の手法を述べたものである.複腕ロボットにおいても,各方向ごとのモーションを自由空間と拘束空間に分離することができれば,位置と力のハイブリッド制御が可能であることを示している.さらに,特定のモーションに対して自由空間と拘束空間を明確に指定できない場合や,追従すべき位置指令が与えられない場合においても,力フィードバックのみによる制御手法について考察し,その結果,一次元のロバスト力制御器を多次元にも用いることによって複腕ロボットの分散制御が可能であることを示している.しかし,その分散制御には幾つかの限界があることを併せ述べている.

 第5章(Simultaneous Control of Position and Force)では,単腕における位置と力の同時制御について述べている.第3章と第4章で示した手法では,1台のロボットは位置か力の一方しか制御していないため,高速運転などの激しい運動条件では,物体の安定な把握と運搬を果たせないことを指摘している.ロボットと物体が拘束状態に置かれる場合,その相互力は,物体を動かす力(運動力)と物体を把握する力(内力)に分離できることを述べ,運動力と内力を独立に制御するためには,依然として制御器のロバスト性が重要であることを示している.

 第6章(Combination of Adaptive Control with Robust Control)では,ロバスト制御と適応制御を併用することにより複腕ロボットの制御性能が向上できることを示している.ロバスト制御は,制御プラントの変動が予め設計した許容範囲内にあることを前提にしているため,制御プラントのダイナミクスが大幅に変動し設計許容範囲を超えた場合は,制御器の安定性さえおびやかされる.第2章では,適応制御とロバスト制御の性能を比較検討したのみであり,両者の融合については触れなかった.ここでは,融合の一手法として,ロバスト制御によってプラント変動を抑制すると同時に,適応則を用いて環境パラメータを同定して用いる手法を提案している.その結果,ロバスト制御または適応制御の一方を用いたケースと比較して一層の性能向上が可能であることを示し,さらに,提案の適応制御は,ロボットの各軸ごとに施されるため実装がきわめて容易であることを述べている.

 第7章(Conclusions)は結論であり,本論文の主な成果および今後の課題について述べている.これからの課題として,よりインテリジェントな協調作業の実現をあげている.本論文で提案した手法は「複腕を丈夫に動かす」ことに焦点を絞っており,「複腕をいかに動かすか」については詳しく触れていない.本論文の研究成果により,複腕がダイナミクスの影響をほとんど受けずに制御できるようになった.次なる課題として,どのようなモーション指令が協調作業に適切であるかを検討する必要があるとしている.

 以上をまとめると,本論文は,複腕ロボット制御の意義や重要性を論じ,多次元空間での挙動解析にもとづいて,位置と力の制御上の課題を追究し,単腕でのロバストな位置・力制御を用いた簡単かつ高精度の協調制御法を提案し,さらに,適応制御を併用することによって一層の性能向上が達成できることを示したものであり,ロボット工学,制御工学,電気工学などの分野において貢献するところが少なくない.よって,本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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