学位論文要旨



No 113015
著者(漢字) バウダ,マルティン
著者(英字)
著者(カナ) バウダ,マルティン
標題(和) 光交換システムに向けたモノリシック集積デバイスのための面積選択MOVPE技術
標題(洋) Selective-Area MOVPE Technology for Monolithically Integrated Devices as a Key to Photonic Switching Systems
報告番号 113015
報告番号 甲13015
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3992号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 浅野,正一郎
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 荒川,泰彦
内容要旨

 ポイントツーポイントの光伝送技術と対象的に、光交換システムの開発はまだ初期の段階にある。通常、光交換システムへの要求は厳しい。それはデバイスパフォーマンスだけではなく、複雑な機能性が要求される。さらに伝送に必要なkeyテクノロジーだけではなく、ほかのkeyテクノロジーも必要とされる。光空間交換、波長変換及び波長多重と並びに光集積が同様に重要である。

 しかし、空間交換及び波長変換のデバイスパフォーマンスは実用のシステムのレベルからまだ距離が大きい。空間変換及び波長変換において画期的な飛躍を納めるには以下の二つの技術がなければならない、波長ドメイン多重化、PHASAR(phased array multiplexerまたはarrayed waveguide grating multiplexerと言う)デバイスを使って簡単に出来て、そして光モノリシク集積の利点をうまく利用したアーキテクチャを選べなければならない。図1に表されている光と電子交換の間の相違は光が電子に変わって最初に必要とされる所を示す。

図1 光と電気交換の比較。

 光技術への挑戦は、成熟期にある電子交換システムと同等のパフォーマンスを提供し、さらに将来電子交換を超越した数々のアドバンテージが増える見込みを示すことである。数々の光交換システムアーキテクチャのパフォーマンスを分析した結果、ハイパフォーマンスシステムの消費電力及びコストの見地から電子デバイスと競争出来る光集積技術が必要であることがわかった。それでも、光集積技術を使用しても低い消費電力と低いコストを実現する光交換システムの構築が難しい。しかしながら、図1に基づいてある機能を行なうために、各々の適合性による電子の間で機能を分けることによって非常に将来性がある光交換システムアーキテクチャが発見された。

 このアーキテクチャに於ける重要な構成要素として、半導体アンプスイッチが確認された。これは実際の製作に必要な条件を提供してくれることになる。

 本研究はシステムの側面から、不可欠とされる製造技術の開発まで広い分野において行われた。本研究は図2で概略的に示される。

図2 本研究の概要。

 目標は、必要とされる技術とツールを用いて高性能の光交換システムの完成に役立ち、さらにコストの適宜性をも満足させる光デバイスを実現することである。基本的な製造技術として面積選択有機金属気相エピタキシー(Metal-Organic Vapour Phase Epitaxy)を選んだ。本研究で開発されたシンプルで基本的な製造技術がコストの適宜性が必要とされる他の多くのアプリケーションのためにも適用することができる。例えば、たった一つのチップの上でアンプといくつかの受動デバイスによる波長変換デバイスを実現することが出来る。

 選択成長の基本は基板(本研究ではInP基板を使用)の特定の範囲をマスクして成長を行うことである。一回の成長ステップだけで、マスクを用いて成長速度及び組成の変化をコントロールできるので、面内で受動デバイスおよび能動デバイスの作製に利用できる。さらにマスクをつかって導波路のメサを形成できるので、フォトリソとエッチングを省略することは。

 選択成長は強力な作製技術であるといえども、プロセスの最適化は、非常にデリケートである。もっとも大きな問題は、成長の前のサンプルの表面準備にあった。浅いエッチングステップは、高品質な結晶成長を得るために、絶対に必要である。基板に直接バッファ材料を成長させる諸条件も大変デリケートである。研究の結果、表面準備と成長状態は、高品質と再現可能な成長を得るために最適化された。

 選択成長の性質を改善するために一つ新しいアプローチが提案された。非常に大きい面内バンドギャップシフト量は、優れた一様性,作製誤差許容度,ならびにより高い集積密度とともに、このアプローチの利点といえる。

 この技術は、WDMデバイスや導波路アレイのモノリシック集積化,および受動デバイスの作製に特に役立つ。実験はTBAとTBPを使ってIn GaAs/InPで行なわれた。

 新しいマスクパターン設計を使うことによって、図3に示される200nmくらい大きいバンドギャップシフトのある非常に大きい組成変化が、通常の成長条件の元でbulk InGaAsで得られた。最も大きいマスク幅がたったの20umであった。そして成長で得た材料の品質が非常に良好であった。量子井戸を使うことによってプレーナ成長に比べ最大510nmもある大きなフォトルミネッセンス波長のシフトが得られた。

図3 InGaAsのPL最大のシフト

 成長エンハンスメントには二つのメカニズムがある;一つはマスク上から成長領域へ向けての表面マイグレーションであり、これは通常2〜3mのマイグレーション長を有する比較的短距離の効果である。もう一つは、拡散長が100mのオーダになる気相拡散の効果であって、影響は長距離に及ぶ。本研究の改善されたSAGの特徴は、マスクストライプの幅を増やすことなくマスクの表面カバレージを増やすことによって、気相拡散の効果を大きく高めることによって得られている。これはマスク上のマイグレーション効果の、成長エンハンスメントへの相対的な寄与を抑制することに相当している。

 図4は選択成長プロセスで得られたInP/InGaAsのダブルヘテロ構造を示している。

図4 選択成長プロセスで得られたInP/InGaAsのダブルヘテロ構造

 半導体光回路のシミュレーションを行うため、フレキシブルなシミュレーションシステムを開発した。シミュレーションシステムの主要な特徴は,パワフルなモード-ファインダー及びスクリプティング(Expect言語を使用)によってループを含む複雑なシミュレーションが出来たことにある。シミュレータは多モード導波路に使える。これは導波路に励振される膨大な数のモードでも、屈折率が大きな虚部を有する場合(例えばクラッド層へのドーピングによる自由キャリア吸収を考慮に入れる場合)などでも使えると言うことである。

 光軸方向に不変な異なる導波路間の結合は、通常の複素重なり積分を使うことによって扱われた。モード解を得る手法は,よく知られたコーシーの定理を使った複素位相定数平面(複素リーマン面)における導波路分散関数の周回積分に基づいており,複素平面のある領域に存在する全てのモードが見つけられる保証が出来る。

 シミュレータを使って、新しい多モード干渉(MMI)デバイスを研究した。このデバイスの特徴は,非常に大きい接続角度を持ち、高価なチップ面積で場所をとる曲がり導波路に取って代わって集積回路で使用出来ることにある。最初の接続界面のシミュレーションは、面白い結果を示している。例えば、接続角度を増やすと、低次モードへの結合効率が減少し、その分高次モードへの結合が増えて行く。図5は、極めてコンパクトなMMIパワー分割デバイスにおける、導波路間の高効率結合の応用を示す。

図5 -高密度のコンパクトMMIパワー分岐デバイス。

 非常に低い損失と良いバランスがシミュレーションで予想されている。計算したデバイスには、幅2.4umの入力と出力の導波路及び幅2.8mのMMIセクションがあり、両者の接続角度は45度である。出力導波路間の角度が大きいため、各出力導波路への結合を別々に計算することによって、モード展開法が適用可能である。

 角度が小さい場合は別々に計算することが出来ない。したがってビーム伝搬法を使用しなければならない。図は、長さ13.8umのMMI導波路の場合、過剰損失が-0.4dBしかなく、不平衡が0.5dBであるということを示す。このタイプのパワー分岐は、このようなパフォーマンスでもっともコンパクトなデバイスであろう。

 もう一つ重要なパラメーターは、デバイスの光帯域幅である。シミュレーションの結果によれば、パワー分岐1dBの光帯域幅は65nmぐらいで,出力の不平衡が1dBより優れていることが分かった。3dBの光帯域幅はデザイン波長1.54umの場合120nmで、不平衡は1dBより優れている。

 非ゼロ接続角度の使用がすでに報告されており、接続角度を大きくすると接続損失が増える。本研究で提案されたデバイスにはこのような問題はない。入力導波路の中心とMMIセクションの中心が、よくあるようにずれた場合、MMIセクション出口でのイメージが二つに分かれている。そのようなデザインでは、MMIセクションの出口の二つのイメージが交差方向に伝搬しようとする。非ゼロ接続角度のデバイスの場合、上側の界分布は、上側の導波路に結合せず、下側の界分布も、下側の導波路に結合しないため、より高い結合損失を出すことになる。本研究で提案したデバイスは両導波路のセンターにずれがないため、光の交差が発生せず、出力の結合損失がいかなる接続角度の影響も受けない。接続ポイントがセンターにあるもう一つのメリットは,入力モードのMMI固有モードへの展開が,今までのデバイスより優れている点にある。接続ポイントがセンターにあるため、より大きい接続角度でも今までのデバイスと同じ程度の損失に抑えることが出来る

 ここで、さらに通常のY-分岐との比較も行って見たい。Y分岐の問題点はジャンクションに光がぶつかるため、光の散乱が起こり、損失が大きい。特にY分岐の分岐点にぶつかる光強度がもっとも高いため光の損失も大きい。低い損失を得るために、Y分岐の分岐角度をより小さくしておかなければならない。しかし、そうするとデバイス自体が大きくなってしまう。それと対照的に、本研究で提案したデバイスは出力のセンターの光強度が低いため上述の問題が発生しない。

 光集積回路の製造コストを削減するために必要なもっとも大切なビルディングブロックとなる光デバイスを実現した。これらは将来必要とされるますます複雑な光集積回路の実現に非常に重要な役割を果たす。本研究で提案した成長とデバイスデザインに関する新しいコンセプトはより良い光集積回路の実現に大きく貢献できることであろう。

審査要旨

 本論文は,光波ネットワークにおける全光交換の実現を目指した,半導体モノリシック光集積回路に関する研究成果を英文でまとめたもので,7章より構成されている.

 第1章は序論であって,研究の背景,動機,目的と,論文の構成を述べている.これまでの情報通信ネットワークにおいては,ノード間のpoint to point通信に光技術を導入して多大な成功を収めることができたが,ノードにおける交換/スイッチングに関しては,依然電気による処理技術に依拠している.しかし今後に予想される情報伝送量の増大に電気技術だけで対処することはもはや難しく,光信号を電気信号に変換することなく高速にスイッチングする「光交換」が不可欠になる.光交換では,従来のpoint to point光通信に比べ極めて高度・複雑な機能が要求されるが,このような機能を個別光デバイスによって実現することは困難で,光回路を構成して必要な機能を得ることが最善の方策である.さらに,コストと性能を両立させるには,単一半導体基板上にすべての素子を一括形成する「モノリシック集積技術」が必須である.本論文は,光交換システム実現に向けて鍵となる半導体光デバイス/プロセス技術を明確化すると同時に,光交換用モノリシック光集積回路を作製するプロセス技術として面積選択有機金属気相エピタキシャル成長(MOVPE)に焦点を絞り,同成長技術を飛躍的に発展させたものである.

 第2章は"Requirements on photonic switching systems,devices,and fabrication technology"と題し,まず光交換システムが電子交換システムに対し有利になるための必要条件を論じている.光交換システムは,切り替え速度,通過帯域の点では問題ないが,むしろ電力消費とコストがネックになってしまうことが示された.これを解決する意味で,光交換への光集積回路の導入は必然である.次に,これまで多々提案,試作されてきた半導体光デバイスの利害得失を整理し,そのうちで光集積回路のビルディングブロックとして最適なものを選定している.さらに,光ATM交換方式のうち放送選択型のものをとりあげ,その実現を促進するシンプルな半導体モノリシック光集積回路を,上記の標準デバイスを構成要素として,提案している.続いて,モノリシック光集積のプロセス技術につき論じ,能動素子と受動素子の一括形成法が鍵になることを指摘し,そのための最有力な方法として,本論文では面積選択MOVPEを対象とすることが述べられている.

 第3章は"Development of selective-area metal organic vapor phase epitaxy with TBA and TBP"と題し,有機V族原料を用いた面積選択MOVPEについて詳述している.まず,MOVPE技術自体について概説し,さらに面積選択成長(selective area growth,SAG)の従来技術およびそのメカニズムに関して述べた後,本研究で対象とする新しいSAG,すなわち「有機金属気相拡散選択エピタキシー」を提案している.これは,広域化分割マスクにより,気相拡散効果が表面拡散効果に比べ支配的になるようにしたものである.次に,InGaAsP/InP材料の選択成長を行って得られる,微細かつ局所的に異なる性質を持つ多元エピタキシャル領域を,如何に測定評価するかについて論じている.また,選択成長の前工程であるシリコン酸化膜形成,ストライプ窓パターン形成,成長直前表面処理について,それら技術の詳細が記述されている.続いて,SAGによるInPバッファー層成長,InGaAs三元層成長,InGaAsP四元層成長のそれぞれについて,良好な表面モフォロジーを与える成長条件の探索過程とその結果を,詳しく論じている.

 第4章は"Characterization of the vapor phase diffusion promoted selective area growth process"と題し,前章で提案された有機金属気相拡散選択エピタキシーに,やはり前章で得た最適化成長条件を適用して作られる狭ストライプ幅の選択エピタキシャル成長領域の,特性の面内分布を詳細に評価した結果が述べられている.まず,マスク幅の相違によるInPバッファーストライプの成長レートの変化を評価した後,活性層や量子井戸として用いられることになるInGaAsの狭ストライプ選択成長領域を評価している.マスク幅の違いによる成長レートの変化を精密に評価分析し,成長レートを与える表式を実験結果から抽出した.さらに,それにともなうInGaAs狭ストライプのバンドギャップ変化を,フォトルミネッセンス発光ピーク波長の変化から評価した.その結果,InGaAsバルク成長において,同一面内で単にマスク幅の違いによって200nmという大きな波長変化量が得られ,またInGaAs単一量子井戸においては成長レートの違いによる量子サイズ効果の変化も加わって,同一面内で380nmという極めて大きな波長変化量を得ることに成功した.これらの値は,いずれもこれまで報告されている値の中で最大であって,世界記録になっている.能動素子と受動素子の一括形成を行うにあたって必要なバンドギャップシフト量をゆうに上回る値である.続いて,SAGによるInGaAs/InP多重量子井戸の形成および,光デバイス作製時の分離閉じ込め層として用いる波長1.25m組成のInGaAsP四元混晶のSAGについて,実験結果を論じている.特に四元混晶成長においては,SAGによってIII族元素の取り込み効率が変わるのみならず,V族元素の取り込み効率も変化することが明らかになり,これに十分留意しないと所望の四元層をSAGで得ることができない.

 第5章は"Design and fabrication of active and passive waveguide structures"と題し,ここまでに述べてきたSAGを応用した,能動および受動光導波路の設計および予備試作結果について論じている.まず,選択成長実験により得られた知見を,導波路設計向けに整理・体系化し,次にそれに基づいて,二種の多モード干渉(MMI)カプラと,2章に論じた光ATM向け集積回路パターンの設計を行っている.さらに,SAGによる導波路デバイスの予備試作実験を行って,受動導波路の伝搬損失を評価し,能動導波路(光アンプ)のエレクトロルミネッセンスを確認した.また,SAGに基づく一般的な能動/受動集積プロセス技術の提案を行っている.

 第6章は"A simulator for photonic integrated circuits and novel ultra-compact MMI power splitters"と題し,比較的規模の大きい光集積回路における光波伝搬を,モード展開法に基づいて解析するシミュレーションツールを開発したことについて述べている.特に,損失のある導波路におけるモード探索法と,異種導波路間結合の扱いについて,本シミュレータの特徴的な点が論じられている.次に,これを応用して,MMI合分波器の特性解析を行った.その結果,MMI導波路に大きな入射角で単一モード導波路を結合すると,極めてコンパクトな分岐デバイスや90度折り畳みミラーを構成できることがわかり,半導体光集積回路に有益であることが示された.

 第7章は結論であって,本研究で得られた成果を総括している.

 以上のように本論文は,光交換システムの実現へ向けて,半導体光デバイスのモノリシック集積が必須要件であることを示し,その設計用CADツールの開発を行うとともに,モノリシック光集積回路作製の最大の課題である能動素子と受動素子の一括形成法に関して,広域化分割マスクによる「有機金属気相拡散選択エピタキシー」という新たな方法を提案し,その成長条件と成長層の評価,およびそれを利用した能動および受動導波路の予備試作実験を行って,有効性を検証したものであって,光デバイス集積化技術の発展に寄与し,電子工学分野へ貢献するところ多大である.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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