学位論文要旨



No 113016
著者(漢字) 柳,寅太
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,インテー
標題(和) ATMネットワークにおけるリアルタイム総合トラヒック管理技法
標題(洋)
報告番号 113016
報告番号 甲13016
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3993号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,忠夫
 東京大学 教授 羽島,光俊
 東京大学 教授 今井,秀樹
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 助教授 相田,仁
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
内容要旨

 高速ネットワークに対する最近の研究では、通信インフラのほとんどの部分に影響を与えられるアーキテクチャラルトレンドが注目されている.現在の主なテーマの1つはこの高速ネットワーク上で多様なサービスを統合することである.既存のトラヒックとは違い,最近の多くのサービスのトラヒック特性は正確に表せない.高速ネットワークには自己管理,回復の技術と共にサービス品質の維持や輻輳状態の回避,そしてネットワーク要素の変更を最小限とする動的な再構成能力があるべきであろう.従って,高速ネットワークに搭載されるアルゴリズムには幅広い適用性やトラヒック管理中にももっと適切なトラヒック管理ができる方法を探す学習能力などが必要になると思われる.多くの研究者たちは、これらの高速の新しいネットワークを管理するためには、既存の管理方式とは異なる方式が要求されることに対して異見がない.しかし、現在提案されているトラヒック管理やリソースマネージメントアルゴリズムは連続的に変動するトラヒックに対して適切に対処するのが難しく、且つネットワークが速くなればなるほど相対的に大きくなる伝播遅延の問題も解決されてない.

 本論文ではこれらの問題に注目し、ATM基盤の広帯域ISDNで展開されるATMサービスの中でトラヒック特性の予測が難しいVBRおよびABRサービスを効率よく管理するためのリアルタイム総合トラヒック管理(Real-time Integrated Traffic Management;RITM)方式を提案する.提案のトラヒック管理技法はトラヒック監視機能に加え、各コネクションのサービス品質を損なうことなく、ネットワークリソースを割り当てるように設計する.特に、ATMネットワークで正しく動作するため、統合しなければならないトラヒック制御技法検討を行なう.

 提案方式のユニークな要素であるATMセル制御ブロックでは、ATMトラヒックをリアルタイムで監視することができ、既存のアルゴリズムでセル到着率の測定から生じる遅延時間の問題を解決できる.なお、リアルタイム総合管理を行なうことにより、ネットワークリソースをセーブすることができ、優先度の高いサービスのQoSに影響を及ぼすことなく、ABRトラヒックをサービスすることもできる.即ち、RITMは効率的なデータ転送をするだけではなく、利用可能な時にリソースを利用するというABRサービス本然の目的を果たせる.一方、ABRサービスに割り当てられたネットワークリソースは、優先度の高いトラヒックやdelay-sensitiveトラヒックがそれを必要とする時には再び返還され、どんなネットワーク状況でもユーザコネクションに信頼性のあるQoSを提供するというVBRサービスの目的もかなえられる.

 一方、ネットワークノードへ入ってくるATMセル全体をリアルタイムで管理することにより、あるネットワーク状況の下で受容できるユーザコネクション数を決めることもできる.決められたこの最適のコネクション数はネットワークが輻輳状態に落ちることを事前に防ぐために、またコスト性能のいいATMスイッチバッファを設計するためのしきい値として用いられる.上記の特性から提案方式は既存のATMシステムアーキテクチャを変えることのなく、delay-sensitiveやloss-sensitiveアプリケーションを同時に支援することができると思われる.

 帯域要求やセル遅延、セル損失率等のユーザからの多様な要求が存在するATMネットワークでは、ユーザコネクションへのQoSを満たしながら様々なトラヒックソースから発生するATMセルを統計的に多重化するため、コネクション受付制御をはじめとし、帯域管理、輻輳制御、使用量パラメーター制御、そして優先制御等のトラヒック管理技術がITU-T及びATMフォーラムから勧告されている.しかし、ネットワークを通過するVBR及びABRトラヒックに一定レベルのサービスを保証することはトラヒックソースの大きく変わる統計特性を考えれば非常に難しく、膨大な作業である.

 Policingを始めとしてトラヒック制御機能はGCRA(Generic Cell Rate Algorithm)とかウインドウ制御メカニズムによって実行できると思われるが、ATMセル監視や制御及びリソース管理を行なう最もよい方法とは断言できない.これは、受け入れたコネクションに対し、正確なトラヒック制御を成し遂げるためには相当のバッファが必要であり、且つセル損失率に厳しいトラヒッククラスに対し、ネットワーク輻輳時に他トラヒッククラスよりセル損失率を軽減させるのに、一層複雑なバッファスペース優先制御機能を設けなければならないためである.従って、ATMトラヒック管理はもっと複雑となり、全体的にセル処理遅延が大きくなる.また、ほかにも主な理由としては、VBR及びABR、もしくはLANエミュレーションや典型的IP over ATM等のバースト性のあるアプリケーションに対し、予め決められたサービス品質を提供するため、ネットワークリソースの大半が無駄に使われることが挙げられる.これらの問題は、バッファ監視技法を採用して解決できるが、これはまたトラヒック管理を更に複雑にする.なお、現存のトラヒック管理機能を用い、ネットワーク全体のリソース利用率をリアルタイムで測定するのは非常に難しい.例えば、GCRAはバッファの占有率に基づき、増減パラメータ(リーキレートと同等)を調整することでセル到着率を抑えるトラヒック制御アルゴリズムであり、ATMセルの監視に使用するには相当のインプットバッファの設置やこれに伴う処理遅延の問題を避けることはできない.

 ATMトラヒック管理技術が抱えている上記の問題を解決するために、本論文はリアルタイム総合トラヒック管理及び仮想ゼロセルロスプロトコル(V-ZCLP)を提案するとともに、ATMセル制御ブロック、ルックアップテーブル、監視データ処理部などの設計方針に関する検討を行なう.提案のリアルタイム総合トラヒック管理技法の基本的な発想はトラヒック管理機能を3個所に分担することである.即ち、RITMはユーザデータセルを実際に監視及び制御するユニット(ACCB)やトラヒック管理情報を更新するためにトラヒックに関する統計資料を計算するユニット(MDPP)、そしてトラヒック管理情報が書き込まれるルックアップテーブルから構成されている.

 トラヒック監視情報はトラヒック管理技法を設計及び運用する時、取り入れるべき要素を決めるためには欠くことのできない情報である.即ち、トラヒック監視機能は受付けられたコネクションに適切なQoSを支援し、かつ効率的で信頼性のあるトラヒック管理を総合的にそしてリアルタイムで行なうための必須条件である.そこで提案の方式はセルクロックで駆動するセルカウンタを用いて入ってくるデータセルを監視するとともに、ルックアップテーブルに設定されたセル制御情報に基づきトラヒック管理を行なうように設計されている.一方、データセルの監視結果はB-ISDN参照モデルのATMコントロールプレーンに設けられたソフトウェア機能ユニットであるMDPPに選択的に報告することになっている.この報告機能に基づき、MDPPではセル到着率をチェックし、対応のユーザコネクションのトラヒックに関する統計情報を計算する.このMDPPには、ネゴシエーションパラメータが登録されており、理想的なシステムパフォーマンスを得るための新しいトラヒック管理情報を求める.ATMノードに入力されるトラヒックパターンがある既定値を超えて変化すると、新しく求められたトラヒック管理情報がルックアップテーブルの方に送られる.

 MDPPは前のトラヒック監視結果に基づいて求められる最適のトラヒック管理情報を持ってルックアップテーブルを更新しているため、ACCBはただこのルックアップテーブルを参照することでユーザトラヒックを管理することが可能になる.従って、トラヒックを監視するためのバッファを設ける必要がなくなり、これがトラヒック制御の観点から見られるRITMと従来のトラヒック制御アルゴリズムとの大きな相違点である.さらに、ハードウェアの構成が非常に単純であるため、ACCBは物理レイヤからセルヘッダ情報を受けると同時にセル制御シグナルを発生することができる.このような特徴から、最適なトラヒック管理が可能となり、コストパフォーマンスの良いATMスイッチシステムを設計することができると思われる.

 提案の総合管理技法の信頼性のある監視技能やネットワーク資源の効率的な割当技能につき、シミュレーションによる検証を行なった.コンピュータシミュレーションを用いた性能評価では、提案の方式がどの程度統計多重効率を向上するか、どの程度バッファサイズを減らすか、そしてネットワーク全帯域をどのように効率的に管理しているのかの問題に注目する.シミュレーション結果から、提案のリアルタイム総合トラヒック管理技法は、ATMネットワークユーザへの満足できるサービス品質の提供能力や高い多重利得の取得、そしてネットワーク輻輳状態の事前防止などの面で優れた性能を表わしていることを確認した.

審査要旨

 本論文は「ATMネットワークにおけるリアルタイム総合トラヒック管理技法」と題し、次世代ネットワークとして期待されているATMネットワークで使用するリアルタイム総合トラヒック管理(RITM)方式を提案し、その詳細な実現法を明らかにすると共に、その性能を評価したものであって、全7章から成る。

 第1章は「序論」であり、本研究の必要性を明らかにすると共に、研究の背景として、従来の研究を概括している。従来知られているトラヒック制御機能の代表的なものはGCRA(ジェネリックセルレートアルゴリズム)であるが、この方式では、リアルタイムのセルレートの監視はできず、バッファスペースが大きくなる。本論文で提案するRITMと仮想ゼロセルロスプロトコル(V-ZCLP)によれば、コネクションのトラヒックに関する情報をリアルタイムに把握して、ネットワークの全帯域を効率的に管理することができる。

 第2章は「ATM伝送方式のサービスモデルとトラヒック管理機能」と題し、本研究の前提となるATM方式とそれによるサービスを実現するためのトラヒック管理機能についての従来の研究を概括している。ATM方式にはネットワークリソースマネージメント、コネクション受付制御、使用量パラメータ制御、輻輳制御、トラヒックシェーピング等のトラヒック管理機能があるが、従来これらは個々に検討されている。実際にはこれらの機能は相互に関連しており、これらの機能を相互に協調的に運用する総合トラヒック管理が望ましいとして、本研究の必要性を説明している。

 第3章は「リアルタイム総合トラヒック管理(RITM)技法の課題」と題し、多様なトラヒック管理機能を総合化するために技術的に解決すべき問題を整理している。リアルタイムでトラヒックを管理するためには、セル間隔を測定し、ネットワーク管理を行うためには特殊管理セル(SMC)を使用する。SMCには各種のものを用意し、経路の状態、コネクションの状態等を測定・管理する。例えばSMCのペイロードに各ノードにおける遅延を書き込んで、発信元から宛先までを転送すれば、その間の遅延を測定できる。また各ノードでセル損失を書き込めば、セル損失の測定を行うことができる。また各ノードにおけるサービスクラスごとのバッファの輻輳状態も測定できる。

 第4章は「RITMの定義および動作原理」と題し、RITM技法の詳細と動作原理を説明している。RITMはATMセル制御ブロック内のトラヒック制御パート(TMP)およびモニタデータ処理パート(MDPP)から構成される。VBRトラヒックの場合にはデータセルは14ビットのカウンタで監視し、高速トラヒックから低速トラヒックまでの多様なトラヒックを扱うコネクションに対して、セル間隔を計測することによってデータセルのレートを求める。こうして得られた情報はコネクション設定時に登録されたパラメータと比較される。ABRトラヒックについてはこうした得られたセルレートの情報に基づいて、データセルのバッファ占有率を正確に管理することができる。単一ホッププロトコルモデルでは受信ノードにセルを受け入れるバッファがあることをリアルタイムで測定することによって、セル損失のない伝送を実現できる。これがV-ZCLPの動作原理である。この章では以上の原理に基づくセル監視と制御のアルゴリズムをフローチャートの形で明確化している。

 第5章は「RITMのアーキテクチャモデルと設計方法」と題し、RITMを実装するための機能ユニットとその設計方法について述べている。この章では、ATMセル制御ブロック等の構成、ルックアップテーブルの構造、管理情報処理ユニットの動作フローチャート等の各部の構成を明らかにしている。

 第6章は「シミュレーションによるRITMシステムの性能評価」と題し、本論文で提案しているトラヒック管理技法について、ビデオ電話、ビデオ会議、ビデオテックス、X線画像等の各種のサービスタイプについてのトラヒックソースの性質を想定して性能評価を行っている。この結果従来のGCRA方式に比べRITM方式ではバッファサイズの大幅な節約ができるなどの効果を明らかにしている。

 第7章はむすびであり、本論文の内容を要約すると共に残された課題をまとめている。

 以上本論文はATMネットワークにおける新しい総合されたトラヒック管理技法について提案し、従来の方法に比べ、高い能率のネットワークを実現できることを示したものであって、電子情報工学上貢献するところが少なくない。よって本論文は東京大学大学院工学研究科電子情報工学専攻における博士(工学)の論文審査に合格と認められる。

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