任意の入射波に対して周波数を保存し、伝搬方向を逆転させた波を位相共役波(phase conjugate wave)と言う。言い換えれば入射波の時間反転波である。光学における位相共役波の研究は非常に盛んであるが、超音波の位相共役波すなわち音響位相共役波の発生法もいくつか報告されている。位相共役波には広範な応用の可能性がある。代表的なものとして、時間反転性を利用した波面歪の実時間補正が挙げられる。本研究ではPZTセラミックスの非線形圧電性を用いて、音響位相共役波を高効率で発生させ、音場を可視化することにより音響位相共役波の時間反転性を検証した。さらに、この素子を超音波映像系に組み込み、実際に映像の歪を補正できることを示した。 Fig.1に非線形圧電性を利用した音響位相共役波の発生系を示す。PZTセラミックスにトランスデューサを接触させ周波数10MHzのトーンバースト音波を送信する。音波がPZTセラミックス内を伝搬している間、電極に20MHz、〜104Vm-1の電場を印加し、トランスデューサの受信信号を観察した。 Fig.1音響位相共役波の発生系 位相共役波の反射率はPZTセラミックスに電場を印加したときの音速変化率に関係する。そこで、8種類のセラミックスの音速変化率の測定から高次の圧電定数を決定し、非線形項を含む圧電基本式から導いた理論的な反射率と実験値を比較した。Fig.2に電場を印加したときの音速変化率を示す。 Fg.2電場に対する音速変化率 入射音波に対して発生した音響位相共役波が真に時間反転波となっていることを確かめるために、水中の音場をシュリーレン法によって可視化した。トランスデューサから周波数10MHzのトーンバースト音波を水中に送信し、液面で反射させた後、水槽底面に固定したPZTセラミックスに入射させる。音波がPZTセラミックス内を伝搬している間、ポンプ電場を印加する。入射超音波励起に対してストロボの発光タイミングをわずかずつ遅延させていくと音波の伝搬をスローモーションで観察することができる(Fig.3)。 Fig.3シュリーレンイメージ 現在、超音波を用いた走査型映像装置としては、超音波探傷装置、超音波診断装置、超音波顕微鏡等があり、広く実用化されている。しかし、これら既存の超音波映像装置にはひとつの共通した欠点がある。内部像と表面像の重畳という問題である。試料に照射された超音波は、試料表面を通過する際に、試料と超音波伝搬媒体との音速差のために屈折する。したがって、トランスデューサーに受信される音波の波面、ビーム位置は、トランスデューサー面からのずれを生じる。 この問題の解決法として、位相共役波の波面歪補正能力を利用することを考えた。試料を透過した音波は位相共役鏡(PCM)に入射し、そこで発生した位相共役波は試料を再通過し、トランスデューサーで受信される。しかし、位相共役鏡で発生した位相共役波は試料の同一部分を再通過する際に波面歪が自動的に取り除かれる。音響位相共役波を利用した映像系は試料の表面凹凸に関係なく、試料を通過する際の音波の減衰量の積分値を画像化することができる。音波の波面を意図的に歪ませるために、NaCl水溶液で作った寒天の表面に凹凸をつけたものをターゲット上にのせた。音速は1700m/sで水(1500m/s)に対して1.13倍である。"IIS U.T."と文字の彫ってあるステンレスプレートをターゲットとした。この試料をパルスモータ駆動のXYスキャナーで2次元的に走査する。Fig.4(a)は試料の下に通常の反射板を置き、その反射波を受信して画像化したものである。試料表面の凹凸で音波の波面が歪み、表面像と内部像が重畳しているために、文字が確認できなくなっている。ところが、位相共役波を受信し画像化すると、Fig.4(b)の様に表面像と重畳することなく文字を読みとることができる。 Fig.4従来法と位相共役波による方法の比較 光散乱現象の研究の急速な発展によって、未解決な問題が明らかにされるとともに、新しい散乱現象が次々と発見されるようになった。しかし、基本的な未解決問題として光の多重散乱現象がある。そのなかでも光の局在現象としてコヒーレント後方散乱現象が非常に注目を集めている。これは、不均一系に特有な波動の弱局在現象であり、電子、光波、音波などあらゆる波動についてその存在が予想されている。本研究において、そのコヒーレント後方散乱現象を超音波で観察することに成功した。 波動を波長程度の直径をもつ粒子の不均一分散系に入射させると、多重散乱強度は散乱体サンプル濃度が小さいうちは前方が強い。濃度が増加すると入射方向とちょうど反対の方向、すなわち逆反射方向に強度のピークが生じる。これがコヒーレント後方散乱現象である。我々は周波数10MHz、水中での波長150mの超音波をポリスチレン粒子(直径200m)/水の分散系に入射させ、コヒーレント後方散乱ピークを観察した。その空間的なピーク幅からは音波の輸送平均自由行程l*を決定することができる。また、入射パルスに対する後方散乱パルスの形状の時間的な変化からもl*を決定することができる。音速が光速よりも非常に遅いという特性を利用することで、光波では困難な波動の散乱現象の時間的な挙動を検証することができる。 |