学位論文要旨



No 113017
著者(漢字) 山本,健
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ケン
標題(和) 音響位相共役波の研究 : 発生、可視化と走査型映像系への応用
標題(洋)
報告番号 113017
報告番号 甲13017
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3994号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,堅志郎
 東京大学 教授 清水,富士夫
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 助教授 志村,努
 東京大学 助教授 酒井,啓司
内容要旨

 任意の入射波に対して周波数を保存し、伝搬方向を逆転させた波を位相共役波(phase conjugate wave)と言う。言い換えれば入射波の時間反転波である。光学における位相共役波の研究は非常に盛んであるが、超音波の位相共役波すなわち音響位相共役波の発生法もいくつか報告されている。位相共役波には広範な応用の可能性がある。代表的なものとして、時間反転性を利用した波面歪の実時間補正が挙げられる。本研究ではPZTセラミックスの非線形圧電性を用いて、音響位相共役波を高効率で発生させ、音場を可視化することにより音響位相共役波の時間反転性を検証した。さらに、この素子を超音波映像系に組み込み、実際に映像の歪を補正できることを示した。

 Fig.1に非線形圧電性を利用した音響位相共役波の発生系を示す。PZTセラミックスにトランスデューサを接触させ周波数10MHzのトーンバースト音波を送信する。音波がPZTセラミックス内を伝搬している間、電極に20MHz、〜104Vm-1の電場を印加し、トランスデューサの受信信号を観察した。

Fig.1音響位相共役波の発生系

 位相共役波の反射率はPZTセラミックスに電場を印加したときの音速変化率に関係する。そこで、8種類のセラミックスの音速変化率の測定から高次の圧電定数を決定し、非線形項を含む圧電基本式から導いた理論的な反射率と実験値を比較した。Fig.2に電場を印加したときの音速変化率を示す。

Fg.2電場に対する音速変化率

 入射音波に対して発生した音響位相共役波が真に時間反転波となっていることを確かめるために、水中の音場をシュリーレン法によって可視化した。トランスデューサから周波数10MHzのトーンバースト音波を水中に送信し、液面で反射させた後、水槽底面に固定したPZTセラミックスに入射させる。音波がPZTセラミックス内を伝搬している間、ポンプ電場を印加する。入射超音波励起に対してストロボの発光タイミングをわずかずつ遅延させていくと音波の伝搬をスローモーションで観察することができる(Fig.3)。

Fig.3シュリーレンイメージ

 現在、超音波を用いた走査型映像装置としては、超音波探傷装置、超音波診断装置、超音波顕微鏡等があり、広く実用化されている。しかし、これら既存の超音波映像装置にはひとつの共通した欠点がある。内部像と表面像の重畳という問題である。試料に照射された超音波は、試料表面を通過する際に、試料と超音波伝搬媒体との音速差のために屈折する。したがって、トランスデューサーに受信される音波の波面、ビーム位置は、トランスデューサー面からのずれを生じる。

 この問題の解決法として、位相共役波の波面歪補正能力を利用することを考えた。試料を透過した音波は位相共役鏡(PCM)に入射し、そこで発生した位相共役波は試料を再通過し、トランスデューサーで受信される。しかし、位相共役鏡で発生した位相共役波は試料の同一部分を再通過する際に波面歪が自動的に取り除かれる。音響位相共役波を利用した映像系は試料の表面凹凸に関係なく、試料を通過する際の音波の減衰量の積分値を画像化することができる。音波の波面を意図的に歪ませるために、NaCl水溶液で作った寒天の表面に凹凸をつけたものをターゲット上にのせた。音速は1700m/sで水(1500m/s)に対して1.13倍である。"IIS U.T."と文字の彫ってあるステンレスプレートをターゲットとした。この試料をパルスモータ駆動のXYスキャナーで2次元的に走査する。Fig.4(a)は試料の下に通常の反射板を置き、その反射波を受信して画像化したものである。試料表面の凹凸で音波の波面が歪み、表面像と内部像が重畳しているために、文字が確認できなくなっている。ところが、位相共役波を受信し画像化すると、Fig.4(b)の様に表面像と重畳することなく文字を読みとることができる。

Fig.4従来法と位相共役波による方法の比較

 光散乱現象の研究の急速な発展によって、未解決な問題が明らかにされるとともに、新しい散乱現象が次々と発見されるようになった。しかし、基本的な未解決問題として光の多重散乱現象がある。そのなかでも光の局在現象としてコヒーレント後方散乱現象が非常に注目を集めている。これは、不均一系に特有な波動の弱局在現象であり、電子、光波、音波などあらゆる波動についてその存在が予想されている。本研究において、そのコヒーレント後方散乱現象を超音波で観察することに成功した。

 波動を波長程度の直径をもつ粒子の不均一分散系に入射させると、多重散乱強度は散乱体サンプル濃度が小さいうちは前方が強い。濃度が増加すると入射方向とちょうど反対の方向、すなわち逆反射方向に強度のピークが生じる。これがコヒーレント後方散乱現象である。我々は周波数10MHz、水中での波長150mの超音波をポリスチレン粒子(直径200m)/水の分散系に入射させ、コヒーレント後方散乱ピークを観察した。その空間的なピーク幅からは音波の輸送平均自由行程l*を決定することができる。また、入射パルスに対する後方散乱パルスの形状の時間的な変化からもl*を決定することができる。音速が光速よりも非常に遅いという特性を利用することで、光波では困難な波動の散乱現象の時間的な挙動を検証することができる。

審査要旨

 位相共役という概念は1970年代に光学において形成されたもので,入射波と同一の波面を持ち逆向きに伝搬する波、即ち時間反転性の波動を意味する。1980年代以降、音波においても位相共役波の発生方法がいくつか提案された。なかでもLiNbO3の非線形圧電性を用いた発生方法は、超音波映像系への応用に適する特質を備えている。しかし、位相共役波の強度が低く広く実用化するには至っていない。本研究はPZTセラミックスの大きな非線形圧電性を用いて音響位相共役波を発生させ、その基礎的性質を調べること及び時間反転性を確認し、超音波映像系へ応用することを目的としている。

 本論文では、第2章において波動一般の位相共役波現象を概説し、さらにこれまで多くの研究がなされている光の位相共役波との比較において音響位相共役波を解説する。また従来なされてきたいくつかの位相共役波発生原理を紹介する。第3章では高次の圧電性を利用して、材料内で音波と電場の非線型相互作用を起こさせ、それによって音の位相共役波を発生する方法について述べる。本研究で用いたPZTセラミクスの圧電体について具体的に解析を行った。Nelsonの解析に基づいて2次の項まで含んだ圧電結合方程式を扱い、入射波から位相共役波への振幅変換効率の理論を導く。特に圧電体の分極方向と電極の方向との関係から伸び振動子として扱える場合について変換効率の定式化を行う。この式中の重要な項は、材料に電場を印加したときの音速の変化率であり、変換効率はこれでほぼ記述できる。この新しい知見をもとに、実際に直流および交流電場を印加しながら音速変化を測定し、数種のPZTセラミクスについて効率の理論値を評価した。第4章では、PZTセラミクスを用いた音響位相共役鏡を作製し、実際に位相共役波を発生させる実験について述べる。これは40x10x5mmのPZTブロックに電極を着けたものである。圧電トランスデューサを直接接触させてで角周波数(実験では10MHz)の超音波パルスを入射させ、同時にそれと直交するように2の電場を加える。トランスデューサの出力をオシロスコープで観察すると、入射波の底面からのエコーの少し前に位相共役反射が現れる事が確認され、その高さから変換効率の実験値が得られた。これらの値はほとんどの材料について、前章の理論値とよく一致した。

 第5章の実験では、ストロボシュリーレン法を用いて超音波を可視化し、位相共役波の特徴的な現象を観察した。入射音波は平面波の他、実際の映像装置で用いられる収束音波についても、効率よく位相共役波が発生することを確かめた。さらに音波伝播経路中に波面を乱す反射板等を置き、それによる波面歪みが自動補正される様子をスローモーション・ビデオにより観察した。これによって位相共役波の時間反転性が明確に確認されたことになる。この位相共役鏡を走査型超音波映像系に組み込んで、無歪み映像を得ることに成功した。第6章その結果について述べる。表面に凹凸のあるアガロースの固まりの中にターゲットをおいて水中で映像化する。ターゲットは薄い金属板等に大きさ約3mmの英文字を打ち抜いたもので、通常の反射型映像系では表面の凹凸のため像が乱れてほとんど文字が読み取れなくなる。しかし位相共役映像では凹凸による波面歪みが補正されるため、明瞭な像が得られた。この実験によって、本研究で開発された位相共役鏡が実際の診断装置等に応用できうるものである事が証明された。

 第7章は、やや異なった内容のもので、音波のコヒーレント後方散乱現象を初めて観察した実験について述べてある。ポリスチレン粒子の縣濁液に超音波を入射し、その散乱強度の角度分布を光学的に測定すると後方にもどる成分が他の方向の2倍になることを確かめ、その角度幅から輸送平均自由行程を求めた。

 以上を要するに本研究で得られた成果は、応用物理学上非常に重要なものであり、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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