学位論文要旨



No 113020
著者(漢字) 黄,錦涛
著者(英字) HUANG,Jintao
著者(カナ) ファン,ジンタオ
標題(和) 核分裂生成物とウランとの複合酸化物の蒸発熱力学研究
標題(洋) Thermodynamic Study on Vaporization of Complex Oxides of Uranium with Fission Products
報告番号 113020
報告番号 甲13020
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3997号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 教授 石槫,顕吉
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 助教授 山口,憲司
 東京大学 助教授 寺井,隆幸
 東京大学 助教授 森田,一樹
内容要旨 1

 ウラン酸化物を照射燃焼させている間中、大量の核分裂生成物(FP)が生成することは良く知られている。それらの中でもI,Te,Cs,Sr,RuおよびBaは、人間環境へ広く拡散しやすく有害であるために最も重要視されている。原子炉炉心の重大な事故の時のこれらの物質の放出挙動は、公衆の健康障害を考えた場合、非常に重要である。一方、これらのFPと酸化物燃料とから生成される複合化合物も多量に発生する。さらに、これら生成物の化学的安定性は、燃料の熱伝導、スウェリング、クリープ、融点およびFPの揮発性、物理的特性に関して大きな影響を与える。多くのFP化合物について以前から研究されているが、BaUO3とSrUO3の蒸発特性に関する研究は少なく、さらにCs2UO4とCs2U4O12の蒸発特性に関しては、ほとんど明らかにされていない。しかしながら、これら化合物の熱力学的データは、定常と非定常の炉心における、材料の化学的状態の解析に重要である。この研究では、高温でのクヌーセン蒸発質量分析法によって、BaUO3、SrUO3、Cs2UO4およびCs2U4O12(s)の蒸発特性を調べた。質量分析の結果からBaUO3とSrUO3の標準生成エンタルピーを求めた。Perovskite化合物(Ba,Sr)(U,Th,Mo,Zr,Ti,Ce,Te)O3の熱力学的データをその特殊構造の特色に基づいて評価した。軽水炉(LWR)における事故状況を予測するために、被覆管のジルコニウムとH2Oの反応によって水素が生成されることから、H2OあるいはH2環境におけるこれらの蒸発挙動に関して研究した。また、高温ガス炉(HTGR)の安全解析のために、黒鉛環境におけるそれらの蒸発挙動の研究も行った。

2実験2.1試料の調製

 全ての試料は、日本核燃料開発株式会社に提供して頂いた。全ての試料は以下に示す生成反応によって合成したものである。

 

 

 

 純粋なBaUO3、Cs2U4O12(s)の生成は、X線回折により確認した。この実験では、純粋なSrUO3を合成することが難しいためSrUO3+23wt%UO2を用いた。Cs2UO4(s)の中にもすこしUO3が存在するのを確認した。全ての試料のX線回折パターンは、JCPDS/ASTMに示されているパターンと良く一致していた。

2.2質量分析実験

 この研究では、改良された12-90-HT型磁場走査型(90°)高温質量分析計を用いた。全ての測定で直径0.5mmの蒸気種測定用オリフィスを使用した。クヌーセンセルは、目的によって白金あるいは、グラファイト製のものを用いた。温度測定には、クヌーセンセル底部に溶接された白金-白金ロジウム熱電対を使用した。標準参照試料として、銀を使用することによって蒸気圧と温度を校正した。おのおのの蒸気圧測定前に試料表面の汚染物質を取り除くために400〜700℃で24時間真空中で熱処理した。使用した3つのタイプのクヌーセンセルの概略図を図1に示す。

図1:使用したクヌーセンセルの概略図
3.結果と考察3.1BaUO3とSrUO3の蒸発熱力学

 初めにクヌーセン高温質量分析法により、BaUO3とSrUO3の蒸発挙動について実験した。BaUO3とSrUO3のそれぞれについて主な蒸発種の蒸気圧の分圧の絶対値を測定した。平衡反応はおのおの次の(4),(5)式と(6),(7)式のように示される。

 

 

 

 

 BaUO3とSrUO3のエンタルピー増加量H°(T)-H°(298.15)とギプスエネルギー関数gef(T)、のいくつかの推定値から第二法則および第三法則処理により、これらの標準生成エンタルピーを計算した。結果をTable 1に示す。

Table1:Standard enthalpies of formation of BaUO3 and SrUO3

 質量分析実験後、X線回折により決定した格子定数の変化によっておのおのの試料の化学形は、BaUO3.02からBaUO3.12に、SrUO3からSrUO3.1に変化したことが分かった。第三法則処理によって得られたBaUO3.12(すなわちBaUO3-xに対するx=0.12)は、第二法則処理で得られた値よりも、確かな値と思われる。これは、文献値Williamsらの結果(x=0.06と0.20)からの内挿値とよく一致することから明らかである。これまで、SrUO3.1に対する我々の結果は、低い酸素含有量におけるSrUO3-x(x=0-1)に対して図2に示すように(x<0.5では)唯一のデータである。

図2:BaUO3+x、SrUO3+x標準生成エンタルピーの比較
3.2Perovskite化合物の熱力学評価

 実験結果に基づいて、1983年Morssによって報告されたようにイオンの半径Rと関係づけてPerovskite化合物BaMO3とSrMO3(M=U,Th,Mo,Zr,Ti,Ce,Te)の標準生成エンタルピー1H°(298.15)を確定した。カチオンの半径Rが大きくなるにつれて、1H°(BaMO3)-{1H°(BaO)+1H°(MO2)}の結果は小さくなる。この関係の処理によって、いくつかの未知のSrMO3化合物の値が図3に示すように精度良く評価できた。

図3:Perovskite化合物の熱力学データ
3.3BaUO3とSrUO3の蒸発に関する環境効果(A)グラファイト環境の効果

 参照として白金製クヌーセンセルにおける蒸発挙動と比較することによって、グラファイトセル中のBa(g)の分圧は白金セルにおけるBaを含む蒸気種の全圧よりも約3桁も高くなることが明らかになった。グラファイトセルでのBaO(g)の蒸気圧は、検出するにはあまりに低かった。SrUO3に対してもSr(g)の蒸気圧の上昇が確認されたけれども、白金セルの時に比較しての増加量は、BaUO3における増加に比べると非常に小さく、約2倍程度高くなっただけであった。SrO(g)の蒸気圧は装置の検出限界以下に減少することが分かった。グラファイトセルによる金属蒸気種分圧増加効果は図4に示すように、BaUO3のほうがSrUO3+UO2混合物よりはるかに大きいことが示された。

図4:BaUO3とSrUO3の蒸発に対するグラファイト環境の効果
(B)水蒸気雰囲気での蒸発特性

 D2O(g)が、外部よりクヌーセンセル内に導入されると、SrUO3+UO2からのSr(g)とSrO(g)の分圧も、BaUO3からのBaO(g)とBa(g)の分圧と同じように、白金セル中の分圧に比較して、図5に示すように、減少した。D2O(g)環境で質量分析測定した後のX線回折結果に基づいて、SrUO3.597とSrUO3の2つの相がSrUO3試料の中に見出された。BaUO3のBaUO3+xへの酸化についてもまた、同様にX線回折で示された。それは、D2O(g)環境においてBaUO3、SrUO3が、反応(8)および(9)で示されるように、より高い酸素含有量の化合物へと酸化されたものである。

 

 

図5:BaUO3とSrUO3の水蒸気雰囲気での蒸発特性
(C)水素雰囲気での蒸発特性

 D2(g)が、クヌーセンセルに導入されると、主たる蒸発種の分圧、すなわち、BaUO3からのBaO(g)とSrUO3からのSr(g)は減少する。D2(g)導入時のBa(g)とSrO(g)の分圧は、図6に示すように、余りにも低くて、検出不可能であった。Cordfunkeによって与えられている相図からの評価によれば、BaUO3あるいはSrUO3は、非常に低い酸素ポテンシャルの条件下でのみ存在できる。そのため、高温の質量分析計中では、クヌーセンセルに少量のD2(g)が導入されても酸素ポテンシャルはあまり大きくは下らない。そのため、これらは、水素雰囲気中の測定中に、高酸素含有化合物のBaUO3+xとSrUO3+xへと酸化された。水蒸気雰囲気、水素雰囲気中での主な蒸気種の蒸気圧が減少したことが示唆されることから、化学量論的BaUO3とSrUO3は、その超化学量論的化合物BaUO3+xとSrUO3+xよりも、より高い蒸気圧をもつことが示された。

図6:BaUO3とSrUO3の水素雰囲気での蒸発特性
3.4D2あるいはD2O存在下でのセシウム・ウラン酸化物の蒸発特性

 Cs-U-Oシステムの中でCs2UO4、Cs2U4O12の高温での特性は、まだ完全には、知られていない。そこで、600℃から1300℃の温度範囲でCs2UO4、Cs2U4O12の蒸発について、D2あるいはD2Oのある場合と無い場合とで研究した。Cs2UO4あるいはCs2U4O12の主要な蒸気種はCs(g)だけであった。Cs2O(g)とCsO(g)の圧力は、Cs(g)の分圧よりそれぞれ約3桁低かった。平衡反応はおのおの次のように示される。

 

 

 Cs2UO4の蒸発について、クヌーセンセルにD2(g)あるいはD2O(g)のどちらかが導入されると主な蒸気種はCs(g),CsOD(g),D2O(g)であった。UO2(g)とD2(g)が非常に少なかったと同様に、Cs(g)の圧力が、D2/D2O導入なしの場合に比べて、D2(g)あるいはD2O(g)のいずれかが導入された条件で上昇することは、図7に示すように、注目すべきものであった。D2(g)あるいはD2O(g)環境における酸素ポテンシャルの計算値は、D2/D2Oなしでの酸素ポテンシャルよりも低く、これは、Cs(g)圧の上昇に起因する。D2/D2O(g)でCs2UO4からのCs(g)圧の上昇は、かなり大きい。これは、核分裂により生成したセシウムが、LWRのシビアアクシデント状況下で、炉心から高い可能性で漏洩することを示唆している。一方、Cs2U4O12の蒸発に関しては、共存するUO2+xのせいでD2(g)あるいはD2O(g)環境における酸素ポテンシャルの変化はちいさくおさえられたので、Cs2UO4の場合のような強い影響は示さなかった。

図7:D2(g)あるいはD2O(g)環境によるセシウム・ウラン酸化物の蒸発特性の変化
4まとめ4.1.

 まず初めにBaUO3とSrUO3の蒸発特性を高温クヌーセン蒸発質量分析計を用いて研究した。この実験で得られた、BaUO3とSrUO3の標準生成エンタルピ1H°(298.15)の値は、BaUO3+xとSrUO3+x1H°(298.15)と良く一致した。Perovskite型化合物の構造特性に基づき、BaMO3とSrMO3(M=U,Th,Mo,Zr,Ti,Ce,Te)型化合物についても1H°(298.15)の値を評価した。

4.2.

 原子炉のシビアアクシデント状況を予測するために、BaUO3,SrUO3とCs2UO4の蒸発に対する水素、水蒸気の環境効果について、研究した。D2/D2O雰囲気でCs(g)圧は上昇し、Ba(g),Sr(g)の圧力は、全て減少することが分かった。このことから、核分裂生成Csは、LWR事故時には、BaとSrよりも、より多く放出されることが示された。一方、グラファイト環境は、BaUO3の蒸発に関して大きな効果をもち、Ba(g)圧は、白金セ中のBa(g)圧よりも、約4桁も高かった。一方、SrUO3の蒸発に関しては、このような強い影響は示されなかった。

審査要旨

 本論文は、原子炉事故時の放射能放出挙動を理解するために必要なアルカリ金属とウランの複合酸化物の蒸発特性と、それへの水素/水蒸気雰囲気の影響を解明するために行った実験の結果、及びその解析について記述したものである。論文は7章および総括から構成されている。

 第1章は、序論であり、事故時放出元素のうち健康上もっとも問題となるのはヨー素、テルルに次いではセシウム、ストロンチウム、バリウムのアルカリ金属とルテニウムであること、そしてそれらのうちアルカリ金属は原子炉内ではウランとの複合酸化物として存在する割合が高いこと、しかし従来その蒸発特性、特に事故時雰囲気ガスの蒸発への効果は必ずしも十分明らかにされていなかったことを述べ、本研究の意義を提示している。

 第2章は本研究で用いた測定方法について述べている。平衡蒸気圧測定用に用いられた従来のクヌーセン流出質量分析法に加え、クヌーセンセルの底部に細管を通して、外部より希薄な水素または水蒸気を導入できるようにした新たな実験システムを開発して、蒸発特性への雰囲気効果の研究のために用いたことを述べている。

 第3章はBaUO3について、また第4章はSrUO3について、それぞれ蒸気種の同定及び蒸気分圧の測定をクヌーセン流出質量分析法によって初めて行った結果について報告している。蒸気圧測定データに基づいて、これらの化合物の生成ギブスエネルギを求めるとともに、標準エンタルピについても第2法則処理及び第3法則処理により求めた結果の比較を行うなどにより、信頼性の高い熱力学的諸量を決定することに成功している。ペロブスカイト型化合物一般の熱力学データをイオン半径に対してプロットしたカーブに本化合物で求められたデータがよく一致することから、それらの構造についても新たな知見を得ている。

 第5章は、SrUO3とBaUO3の蒸発に対する雰囲気効果を調べた結果を報告している。まず、水素や水蒸気雰囲気の効果を調べるため、セル底部に貫通接続させた導入管に毛細管を接続させたクヌーセンセルを開発したことを述べている。この特殊クヌーセンセルを用い、軽水炉過酷事故条件を模擬する、水蒸気あるいは水素雰囲気での蒸発特性測定を行っている。水蒸気雰囲気ではSrUO3+UO2からのSr(g)及びSrO(g)の分圧は、BaUO3からのBaO(g)及びBa(g)の分圧と同様、真空中での測定値に比べ減少することを観測した。この結果は、水蒸気により各複合酸化物が、より高酸素含有量の状態まで酸化されたことを示すものと解釈された。一方、水素雰囲気においても主要蒸発種の分圧は減少することが示され、化学量論組成と蒸気圧の関係について新たな知見が得られている。

 さらに、高温ガス炉の事故条件を模擬するため黒鉛セルを用いた蒸発挙動の測定を行っている。BaUO3の場合、Ba含有蒸発種の分圧は真空条件に比べ3桁程度も高く、著しい増加が見られた。他方SrUO3の場合は、2倍程度の増加にとどまり、両化合物の熱力学的特性の差により蒸発性に顕著な差が生ずることを明らかにしている。

 第6章は、Cs2UO4の真空中蒸発特性及び雰囲気ガス効果について測定を行った結果について報告している。主要蒸発種はCs(g)であり、また蒸発後の残存固相はCs2U4O12+UO2であった。雰囲気ガスとして、D2とO2の2種類の気体を混合させてから質量分析器系へ導入するシステムを開発して用いている。D2O相当のD2+O2混合ガスの導入により、Cs(g)圧は増加し、D2雰囲気の場合に比べ、1桁程度の分圧の増加が示された。この結果は、Sr、Baに比べ、Csでは過酷事故時に炉心外へはるかに容易に放出されうることを示しており、事故時被爆評価などにおいて考慮すべき重要な因子たりうることを結論している。

 第7章は、Cs2U4O12の真空中及び雰囲気ガス中の蒸発特性を調べた結果を述べている。Cs2U4O12はCs2UO4に比べ酸素ポテンシャルのやや高い条件での生成物に対応している。Cs2U4O12でも主要蒸発種はCs(g)であったが、D2やD2O雰囲気の効果はCs2UO4の場合に比べ僅かしか見られなかった。その理由は分解生成物のUO2+xがバッファー効果を持つためと説明づけられた。さらに、Csの事故時挙動について本研究で得られたデータを基に多成分多相平衡計算コードを用いた評価を行った結果、新たな展望を開くことができたとしている。

 以上に続いて本研究の総括を述べている。

 以上を要するに本論文は強放射能核分裂生成物であるアルカリ金属のSr、Ba、Csとウランとの各複合酸化物の蒸発特性を真空中及び水素あるいは水蒸気雰囲気条件で測定することにより、これらアルカリ金属元素の事故時挙動の特徴を明らかにすることに成功した。これらの成果はシステム量子工学、特に原子燃料工学及び原子力安全工学に寄与するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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