本論文は、原子炉事故時の放射能放出挙動を理解するために必要なアルカリ金属とウランの複合酸化物の蒸発特性と、それへの水素/水蒸気雰囲気の影響を解明するために行った実験の結果、及びその解析について記述したものである。論文は7章および総括から構成されている。 第1章は、序論であり、事故時放出元素のうち健康上もっとも問題となるのはヨー素、テルルに次いではセシウム、ストロンチウム、バリウムのアルカリ金属とルテニウムであること、そしてそれらのうちアルカリ金属は原子炉内ではウランとの複合酸化物として存在する割合が高いこと、しかし従来その蒸発特性、特に事故時雰囲気ガスの蒸発への効果は必ずしも十分明らかにされていなかったことを述べ、本研究の意義を提示している。 第2章は本研究で用いた測定方法について述べている。平衡蒸気圧測定用に用いられた従来のクヌーセン流出質量分析法に加え、クヌーセンセルの底部に細管を通して、外部より希薄な水素または水蒸気を導入できるようにした新たな実験システムを開発して、蒸発特性への雰囲気効果の研究のために用いたことを述べている。 第3章はBaUO3について、また第4章はSrUO3について、それぞれ蒸気種の同定及び蒸気分圧の測定をクヌーセン流出質量分析法によって初めて行った結果について報告している。蒸気圧測定データに基づいて、これらの化合物の生成ギブスエネルギを求めるとともに、標準エンタルピについても第2法則処理及び第3法則処理により求めた結果の比較を行うなどにより、信頼性の高い熱力学的諸量を決定することに成功している。ペロブスカイト型化合物一般の熱力学データをイオン半径に対してプロットしたカーブに本化合物で求められたデータがよく一致することから、それらの構造についても新たな知見を得ている。 第5章は、SrUO3とBaUO3の蒸発に対する雰囲気効果を調べた結果を報告している。まず、水素や水蒸気雰囲気の効果を調べるため、セル底部に貫通接続させた導入管に毛細管を接続させたクヌーセンセルを開発したことを述べている。この特殊クヌーセンセルを用い、軽水炉過酷事故条件を模擬する、水蒸気あるいは水素雰囲気での蒸発特性測定を行っている。水蒸気雰囲気ではSrUO3+UO2からのSr(g)及びSrO(g)の分圧は、BaUO3からのBaO(g)及びBa(g)の分圧と同様、真空中での測定値に比べ減少することを観測した。この結果は、水蒸気により各複合酸化物が、より高酸素含有量の状態まで酸化されたことを示すものと解釈された。一方、水素雰囲気においても主要蒸発種の分圧は減少することが示され、化学量論組成と蒸気圧の関係について新たな知見が得られている。 さらに、高温ガス炉の事故条件を模擬するため黒鉛セルを用いた蒸発挙動の測定を行っている。BaUO3の場合、Ba含有蒸発種の分圧は真空条件に比べ3桁程度も高く、著しい増加が見られた。他方SrUO3の場合は、2倍程度の増加にとどまり、両化合物の熱力学的特性の差により蒸発性に顕著な差が生ずることを明らかにしている。 第6章は、Cs2UO4の真空中蒸発特性及び雰囲気ガス効果について測定を行った結果について報告している。主要蒸発種はCs(g)であり、また蒸発後の残存固相はCs2U4O12+UO2であった。雰囲気ガスとして、D2とO2の2種類の気体を混合させてから質量分析器系へ導入するシステムを開発して用いている。D2O相当のD2+O2混合ガスの導入により、Cs(g)圧は増加し、D2雰囲気の場合に比べ、1桁程度の分圧の増加が示された。この結果は、Sr、Baに比べ、Csでは過酷事故時に炉心外へはるかに容易に放出されうることを示しており、事故時被爆評価などにおいて考慮すべき重要な因子たりうることを結論している。 第7章は、Cs2U4O12の真空中及び雰囲気ガス中の蒸発特性を調べた結果を述べている。Cs2U4O12はCs2UO4に比べ酸素ポテンシャルのやや高い条件での生成物に対応している。Cs2U4O12でも主要蒸発種はCs(g)であったが、D2やD2O雰囲気の効果はCs2UO4の場合に比べ僅かしか見られなかった。その理由は分解生成物のUO2+xがバッファー効果を持つためと説明づけられた。さらに、Csの事故時挙動について本研究で得られたデータを基に多成分多相平衡計算コードを用いた評価を行った結果、新たな展望を開くことができたとしている。 以上に続いて本研究の総括を述べている。 以上を要するに本論文は強放射能核分裂生成物であるアルカリ金属のSr、Ba、Csとウランとの各複合酸化物の蒸発特性を真空中及び水素あるいは水蒸気雰囲気条件で測定することにより、これらアルカリ金属元素の事故時挙動の特徴を明らかにすることに成功した。これらの成果はシステム量子工学、特に原子燃料工学及び原子力安全工学に寄与するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |