学位論文要旨



No 113022
著者(漢字) イエンセン,フレデリッキ
著者(英字)
著者(カナ) イエンセン,フレデリッキ
標題(和) 光ファイバー分布センシングによる新しい原子力計装
標題(洋) New Nuclear Instrumentation Based on Distributed Optical Fiber Sensingr
報告番号 113022
報告番号 甲13022
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3999号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 助教授 関村,直人
 東京大学 助教授 高橋,浩之
内容要旨

 通常の電気ケーブルと比較し、光ファイバーには、サイズが小さい、伝送可能な情報量が多い、電磁波に対して不感である、信号の多重化が容易である、というような長所があり、信号伝送や通信分野等で導入が進んでいる。また、光ファイバーを用いるセンシング手法も開発が行われており、連続分布の測定が可能であるという点が特長となっている。これらの点を考えると、将来の原子力プラントのおいて、光ファイバーによる計測や通信が、重要な選択肢になるものと考えられる。本研究の目的は、安全性の面での要求が非常に厳しい原子力プラントに対する光ファイバーセンシングの適用可能性を評価し、どの程度の範囲まで従来の測定技術を置き換えることが可能であるかについて検討を加えることにある。また、原子力プラントに光ファイバーセンシングを導入するに当たり、どのような光ファイバーが適しているのかを検討し、放射線環境下での光ファイバーの挙動に影響を与えるパラメータの抽出を行うことも目的とする。さらに、既存の光ファイバーセンシング手法に改良を加え、耐放射線性を向上させることも目的とする。最終的には、実際の原子力プラントの環境下において、長期間にわたって光ファイバーセンシングを行うことが可能であることを実証することを目指す。

2.放射線環境下での光ファイバーの特性評価

 放射線照射下における光ファイバーの特性評価を、Co-60線源、14MeV中性子源及び高速中性子源「弥生」を用いて行った。実験に当たっては、これまでの研究において十分な評価がなされなかった、高温(300℃)での挙動にも注目した。光ファイバーの挙動に対する、線量、線量率、線質、照射履歴、温度の影響についてデータが得られた。また、入射光の波長、強度がフォトブリーチング機構を通して耐放射線性に重要な影響を与えることを確認した。また、いくつかのモデルについて検討を加え、光ファイバーにおける放射線誘起損失と線量の関係がよく表現できるモデルの同定を行うとともに、寿命評価への適用を行った。(図1)

図1 モデルによるフィッティング結果
3.光ファイバーセンサー3.1光ファイバーによる放射線測定

 Optical Time Domain Refrectometry法(OTDR法)に基づく、放射線分布測定法について研究を行った。本手法では、後方散乱光の時間分布から光ファイバー中の損失分布が測定でき、その測定結果を用い、放射線の入射位置を検出できる。Ge-ドープ光ファイバーを用いた場合には、3nsecのパルス幅のレーザーを用いた場合で、10mよりも優れた空間分解能が得られた。(図2)

図2 OTDR法による放射線測定結果

 欠陥生成モデルの適用によって損失値から照射線量の計算を行うとともに、欠陥生成に対する温度、線量率の影響を明らかにした。また、将来的に光ファイバーによるドシメトリーを行うのに適した光ファイバーの特定を行った。何らかの発光体と光ファイバーを用いて放射線を測定しようとする場合には、放射線照射時に可視領域に生成される大きな放射線誘起損失が問題となる。そのため、中間的な赤外域において発光する物質に対する興味が高まっている。このような用途のために、通常のシンチレータを冷却する試みが行われているとともに、アルミナが長波長発光体としてテストされている。さらに、希土類をドープしたガラスについても検討が行われている。さらに、放射線測定のために石英光ファイバー固有の放射線起因発光を用いることも検討されている。また、ガンマ線サーモメトリーの可能性についても実証した。

3.2ラマン散乱を用いる温度分布測定

 原子力プラント内の温度測定は、熱電対のようなポイントセンサーを用いて行われているが、このような方法では多数の熱電対と、それぞれに対して1本の補償導線を用いることが必要であり、システムが複雑であるという問題点があった。一方、これまでの研究により、光ファイバーによる温度分布センサーが注目を集めているが、中でもラマンアンチストークス光を用いる温度分布センサー(DART)が実用化されている。DARTにおいては、後方散乱アンチストークス光、及び後方散乱ストークス光がOTDR法によって測定され、これらの比をとることによって温度分布を測定する。(図3)数kmにわたる温度分布測定において、空間分解能:1m、温度測定精度:±1℃という性能が得られている。

図3 ラマンOTDR法のシステム

 このような測定手法の原子力プラントへの適用制を検討するため、光ファイバーの照射実験を実施し、DARTシステムを原子力プラントへ適用するに当たって問題となる放射線誘起影響の特定等を行った。放射線環境下でのDARTシステムの寿命評価を行うため、種々の光ファイバーについて照射条件を変えて評価を行った。純粋石英コア光ファイバーを用いる場合には、90秒間の平均時間をとった場合で、温度測定精度:±4℃、空間分解能:5mという性能が確認された。

 使用したDARTシステムは放射線環境下でも使用可能であったが、線量率が高い場合には温度測定誤差が生じた。しかし、高出力のレーザー光によるフォトブリーチングを行うことにより、システムが使用可能な線量率領域を拡大することが可能であることが確認された。

3.2.1常陽への適用実験

 放射線環境下への適用性評価のため、DARTシステムをを高速実験炉[常陽]に適用し、一次冷却系の温度分布測定を行った。90m長の純粋石英コア光ファイバーを2本、一次系配管(断熱材の外側)に設置し、入射波長854nm、1047nmの2種類のDARTシステムを用いた。(図4)1本の光ファイバーにはフォトブリーチング効果を見るためにHe-Neレーザーを常時入射し、他方の光ファイバーとの比較を行った。測定の結果をもとに、フォトブリーチング効果について確認するとともに、長期間の使用可能性について検討を行った。

図4 常陽への設置状況
3.4赤外発光を用いる温度測定

 全ての物質は高温になると、温度、固有の放射率に依存した輻射が発生するが、このような現象を用いて、高線量率環境下での高温測定を行う手法について研究を行った。原研JMTRにおいて特に開発された耐放射線性光ファイバーを用いて実験を行い、出力上昇時とそれに続く50MWでの2週間の運転期間を通じ、炉心内の温度測定が可能であることが実証された。本手法によって光学的に測定された温度範囲は250℃から800℃に達している。最大出力(50MW)時の高速(E>1MeV)中性子束、熱中性子(E<0.678eV)束は、それぞれ1.5x1018[n/cm2/s]、及び3.6x1018[n/cm2/s]であった。また、その際の線量率は5.0x103[Gy/s]であった。高い線量率下に本手法を適用しようとする場合には、特に低温(<200-300℃)で、光ファイバー中での発光が誤差要因となる。このような問題を克服するために、参照用の光ファイバーを同じ場所に設置し、光ファイバー中での発光を補正しようとする試みを行った。他方、適用可能な温度上限は、センシングヘッドに用いられる物質によって決定されることから、サファイア結晶からなる光ファイバーの適用性について検討を行った。このようなタイプの光ファイバーをセンシングヘッドに用い、通常の大口径石英光ファイバーと併用することにより、1000℃以上の高温の光学的な測定に成功した。

4.結論

 本研究により、FBR及びPWR/BWRにおける冷却材漏洩検出へのDARTシステムの適用、OTDR法による放射線分布測定等の、光ファイバーセンシング技術の原子力プラントへの適用が提案された。他方、光ファイバーへの照射実験の結果、純粋石英コア光ファイバーが放射線環境下での使用に適していることが示された。近年開発の進んでいるフッ素をドープした純粋石英コア光ファイバーを用いれば、PWR/BWRの炉容器中にDARTシステムを適用した場合でも、数年間程度の寿命が期待できる。また、DARTシステムの寿命延長のためには、フォトブリーチング光源を併用することが有効であることから、DARTシステムを常陽の冷却系配管に設置し、測定を行う際にはフォトブリーチング用のレーザーも併用した。将来的には、高強度のフォトブリーチング用レーザーと、DARTシステムや併用することが求められる。さらに、BWR/PWRの冷却系配管のDARTシステムによる長期モニタリングについて、より長期間にわたるin-site試験を行うことが必要である。現在までに種々の光ファイバーセンサーが開発されているが、それぞれの原子力プラントへの適用性について今後検討することが必要である。また、これまでの研究によって光ファイバーの耐放射線性は非常に向上してきたが、今後、さらにこれを向上させることが可能であろうと考えられる。究極的には、プラント建設時に主要機器に光ファイバーを導入し、光ファイバーを直接、中央のプロセッサに接続することによってプラントをモニタリングすることが、「smart」な構造ではないかと考えられる。

審査要旨

 光通信用に用いられている光ファイバーを、特徴のある光センサーとして用いることが最近、盛んに研究され一部は実用化され始めている。この光センサーは、分布センサーと呼ばれ、光ファイバーに沿って一次元的な長さ方向の分布量が測定できるのが、最大の特徴で、例えば温度分布を長さ1〜2kmに渡って測定するという例が代表的なものである。

 このような光ファイバーを用いた分布センシングを用いて、新しい原子力計装システムの研究を行うというのが、本論文の目的で論文は、結論を含めて10章で構成されている。

 第1章は緒言で、本論文の目的について述べており、光ファイバーを、原子力環境にて利用するため、中性子、ガンマ線に対する放射線損傷を評価すること、これが向上してきたので原子力計装に利用できるようになってきたことが述べられている。

 第2章は、光ファイバーの特性、製作法や機械的強度などについてまとめており、特に、各不純物と光吸収体の波長について詳しい。

 第3章は、シリコンをベースにした光ファイバーの放射線損傷についてまとめており、ガンマ線によって生ずる電子励起型のものと、中性子によって生ずる反跳型損失を区別して説明し、最後に電子の再配置型についても紹介している。次に、Si中のカラーセンターについて紹介し、拡散やアニーリング効果の影響についても触れている。次に、この光ファイバーをCo-60ガンマ線照射の場合につき、温度効果を10℃〜300℃について示し、またフォトブリーチング効果を説明している。更に、同様な放射線照射効果について、高速中性子の場合を示し、ガンマ線とは様相が異なって、数時間のオーダーでは、飽和現象を示さない蓄積型の損傷になることを示している。いずれにしろ、この放射線損傷については、あらかじめ適用できるような一般的モデルがないので、その都度、測定せざるを得ないことが説明されている。

 第4章は、原子力環境で使用するような光ファイバーセンサーについての、一般的な得失、必要性、可能性についてまとめたもので、特に配管系の漏れの測定に適しているとの検討結果を示している。

 第5章は、光ファイバー分布センシングに一般的に用いられる手法としてのOTDR(Optical Time Domain Refractometry)について紹介している。その原理、応用について説明し、特に放射線の線量分布を測定する際のRayleigh散乱による方法について詳しく検討している。

 第6章は、ラマン散乱を用いて温度分布を測定する方法について紹介しており、特に、放射線照射に伴って生ずる光ファイバーの損傷効果や、温度測定上の誤差について検討している。放射線照射によって、ラマン散乱波長自身がずれるかどうかについては詳しく議論している。また、測定法についても単純な開放端型からスタートして、両端の閉じた端部処理法についてそれぞれ考察している。

 部処理法についてそれぞれ考察している。

 第7章は、純石英ファイバーについて、これをラマン散乱型温度計に用いた場合の放射線損傷の効果についてまとめたものであり、これが温度効果を持つことから、その補正法と誤差についてまとめている。

 第8章は、日立電線の光ファイバー型温度計FTRの放射線環境への適用性、特に高速実験炉、常陽の一次ループまわりでの適用性について実験的にまとめたものである。現在、本実験は更に進行中であるが、7.23×103R/hで150hrの利用経験、サーモカップルとの比較、この測定系の誤差についてまとめ、その適用は順調としている。

 第9章は、光ファイバー温度計として、全く新しい原理についての紹介で、プランクの黒体ふく射の公式を用いた500〜2000℃で利用可能な方式の説明である。これは著者自身の独創的な方式で、分布センサーとしての特質は失われるが、より高温迄、利用可能という点に大きなメリットがある。

 第10章は、結論で、このような光ファイバーの原子力計装へ利用が可能であることを初めて実証したことについては、大きな意義があるとまとめている。

 本研究は、光ファイバーによる配管表面の温度分布測定という計測システムが可能であることを示した点で、原子力計装の新しい方向性を示したことについてのその意義は大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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