学位論文要旨



No 113025
著者(漢字) タワニーティ,パージャリー
著者(英字)
著者(カナ) タワニーティ,パージャリー
標題(和) ガラス添加TZPの超塑性変形
標題(洋) Superplasticity in Glass-doped Tetragonal Zirconia Polycrystal(TZP)
報告番号 113025
報告番号 甲13025
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4002号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 幾原,雄一
内容要旨

 正方晶ジルコニア多結晶(TZP)は超塑性を示す代表的なセラミックスであり、これまでにも多くの研究がなされてきた。TZPの超塑性は高温および低ひずみ速度で発現するが、その実用化のためには、変形温度の低下、ひずみ速度の上昇が必要である。超塑性特性の改善法の一つとして、結晶粒界にガラス相を添加する方法が有効と考えられる。本研究ではTZPに種々のガラス相を添加することによって、ガラス相が微細組織、高温変形特性および延性に果たす役割について検討することを目的とする。

-spodumeneガラス添加による影響

 -spodumeneガラスの添加は、TZPの超塑性挙動に大きく影響する。図1に示すように、いずれの温度においても-spodumeneガラス添加TZPは無添加TZPに比べ変形応力が小さいことが分かる。図2は、-spodumeneガラス添加TZPの1400℃、初期ひずみ速度1.3×10-4s-1における応力-ひずみ曲線をガラス無添加TZPと比較したものである。ガラス無添加TZPは123%の破断伸びを示した。一方、-spodumeneガラス添加はTZPの変形応力を大きく低下させる効果はあるものの、破断伸びは23%程度と小さなものであった。このことは、高温延性が変形応力とは直接対応していないことを示している。この場合、その粒界破壊は、ガラス相内あるいはガラス相と母相の界面のいずれかで生じる。-spodumeneガラス添加TZPの高温延性は-spodumeneガラス-セラミックスよりかなり小さいことから、-spodumeneガラス添加TZPの延性の低下はガラス相の性質のみだけではなく、ガラス相と母相の界面の性質に大きく影響されるものと考えられる。

図1.TZPと-spodumeneガラス添加TZPの変形応力の温度依存性図2.TZPと-spodumeneガラス添加TZPの応力-ひずみ曲線
TZPおよびSiO2ガラス添加TZPの微細組織

 ガラス無添加高純度TZP焼結体は、直線的な粒界を持つ結晶粒であり、結晶同士が直接接合している。この材料では、Y3+が数nmの幅で粒界に偏析していることが観察された。一方、SiO2ガラス添加TZP焼結体の結晶粒形状は丸みを帯びており、SiO2アモルファス相が粒界多重点に存在することが分かった。図3にSiO2ガラス添加TZP粒界の高分解能電子顕微鏡写真を示す。このように、結晶粒は粒界において直接接合しており、アモルファスなどの第二相は存在しないことが分かった。この結果は現在までに報告されている粒界ガラス相添加TZPの結果と異なっている。しかし、SiO2ガラス添加TZPの結晶粒界における二面角が約80゜であるという事実は、アモルファス相がZrO2の結晶粒界を濡らしていないことを示唆しており、本実験結果と符合する。また、粒界において結晶粒が直接接合していることから、TZPの粒界エネルギーはかなり低いと考えられるが、図4のEDS分析の結果から分かるように、Si4+とY3+が共に粒界近傍に偏析している。偏析の幅は両者共数nm程度である。

図3.SiO2ガラス添加TZP粒界のHREM像図4.SiO2ガラス添加TZPの粒界と粒内のEDSスペクトル
ガラス相への微量の酸化物添加の効果

 純SiO2ガラス添加TZPは、1400℃以上において1100%以上の大きな破断伸びを示したが、図5に示すように、微量の酸化物の添加は、SiO2ガラス添加TZPの変形応力および高温延性を変化させる効果がある。特に破断伸びは、微量のMgOあるいはAl2O3を添加することによって大きく低下することが分かった。

図5.3種類のSiO2ガラス添加TZPの変形後の写真

 図6はSiO2-Al2O3ガラス添加TZP焼結体の高分解能電子顕微鏡写真である。純SiO2ガラス添加TZPと同様に、結晶粒界にはアモルファス相が存在せず、結晶同士が直接接合している。SiO2-MgOガラス添加TZPも純SiO2ガラス添加TZPおよびSiO2-Al2O3ガラス添加TZPと類似の微細組織であり、アモルファス相が結晶粒界を完全に濡らしておらず、粒界多重点のみに存在していることが観察された。SiO2-Al2O3ガラス添加TZPおよびSiO2-MgOガラス添加TZPの粒界におけるEDS分析を行った結果、Y3+、Si4+および添加元素(Al3+あるいはMg2+)が観察された。図7にSiO2-Al2O3ガラス添加TZPの粒界近傍の元素分布の一例を示す。この分布は、ZrのK線を基準として、各元素のK線とZr-K線の比を示したものである。この図から、Y3+、Si4+および添加元素Al3+は粒界直上および粒界近傍に偏析しており、いずれの元素においても数nmの幅で偏析していることが分かった。このような元素分布は、SiO2-MgOガラス添加TZPにおいても観察された。Si4+およびAl3+のイオン半径はZr4+のイオン半径より40%〜50%程度小さく、ZrO2結晶中には固溶しないと報告されている。このことから、これらの元素(Si4+およびAl3+)がTZPの結晶粒界近傍に存在するは、Y3+の共存による影響であると考えられる。

図6.SiO2-Al2O3ガラス添加TZPの粒界のHREM像図7.SiO2-Al2O3ガラス添加TZPの粒界領域の元素分布

 各ガラス添加TZPの粒界近傍におけるO-K edgeのEELSを図8に示す。これより、各試料間で、粒界直上におけるピーク位置が変化してることが分かる。すなわち、純SiO2ガラス添加TZPの粒界のピークに比べて、SiO2-Al2O3ガラス添加およびSiO2-MgOガラス添加TZPのピークは低エネルギー側にシフトしていることが観察される。このケミカルシフトは、添加した元素が粒界近傍に偏析することにより、その結晶粒界の化学結合状態を変化させることを示唆している。また、ケミカルシフトの方向および破断伸びの値から、低エネルギー側へのシフトは、添加した元素の偏析が結晶粒界を弱めるていることに対応するものと推定される。

図8.ガラス添加TZPの粒界のO-K edgeのEELSスペクトル

 以上の結果から、SiO2ガラス添加はTZPの超塑性変形において二つの役割を果たすものと考えられる。一つは、粒界多重点にアモルファス相のプールを形成することである。すなわち、このアモルファスプールは、粒界すべりに伴う応力集中の緩和に有効に作用するものと考えられる。したがって、ガラスプールの特性は変形応力の低下と密接に関係しているものと考えられる。二つめとして、添加したガラスおよび微量酸化物中の元素が結晶粒界に偏析することにより、その化学結合状態を変化させることが考えられる。

ガラス添加TZPの高温延性

 一般に、超塑性セラミックスの破断伸びは、Zener-Hollomonパラメターexp(Q/RT)で記述できることが知られている。一部のガラス添加TZPの破断伸びは、他の超塑性セラミックスと同様に、Zener-Hollomonパラメターと良い相関関係がある。このことは、つまり、変形応力の低下と共に破断伸びが増大することを意味している。しかし、種々のガラス添加TZPの実験結果から、変形応力の低下は必ずしも高温延性の改善には有効ではないことが明らかとなった。また、ガラス添加TZPの破断伸びは変形温度の上昇に伴い増大するが、ある臨界温度で最大破断伸びを示した後、減少することが分かった。この様な高温延性挙動は、Kondoらの提案した延性に関する理論的解析によって整理できることが分かった。

審査要旨

 本論文は、超塑性を示すガラス添加正方晶ジルコニア多結晶(TZP)について、ガラス相が微細組織、高温変形特性及び延性に及ぼす影響を系統的に検討した結果についてまとめたものである。本論文は全体として6章より構成されている。

 第1章は序論で、ジルコニア、ガラス、超塑性変形機構、ガラス添加セラミックスの超塑性変形などについての従来の知見を述べている。

 第2章は、-spodumeneガラス相を添加したTZPの超塑性形挙動及び延性についての結果を示している。その中で、-spodumeneガラスの添加は、TZPの超塑性挙動に大きく影響し、その変形応力を著しく低下させることを見出している。一方、その破断伸びはガラス無添加TZPより小さいことを示し、TZPの高温延性が変形応力とは直接対応しないことを明らかにしている。この場合、粒界破壊を示すが、破壊がガラス相内あるいはガラス相と母相の界面のいずれかで生じることについて考察している。また、-spodumeneガラス添加TZPの高温延性は-spodumeneガラス-セラミックスより小さいことから、-spodumeneガラス添加TZPの延性の低下はガラス相の性質のみだけではなく、ガラス相と母相の界面の性質に大きく影響されることを指摘している。

 第3章は、TZPおよびSiO2ガラス添加TZPの微細組織について述べている。その中で、ガラス無添加高純度TZP焼結体は、直線的な粒界を有す結晶粒から構成されており、結晶同士が直接接合していることを明らかにしている。また、その粒界には、Y3+が数nmの幅で偏析していることを確認している。一方、SiO2ガラス添加TZP焼結体の結晶粒形状は丸みを帯びており、SiO2アモルファス相が粒界多重点に存在すること、また二粒子境界にはアモルファス相が存在しないことなどについても明らかにしている。この結果は、現在までに報告されている粒界ガラス相添加TZPの結果と異なっている。しかし、SiO2ガラス添加TZPの結晶粒界における二面角が約80゜であるという事実は、アモルファス相がZrO2の結晶粒界を濡らしていないことを示唆しており、本実験結果と符合する。また、粒界において結晶粒が直接接合していることから、TZPの粒界エネルギーはかなり低いものと考えている。さらに、EDS分析の結果から、Si4+とY3+が共に粒界近傍に偏析しており、偏析の幅は両者共数nm程度であることを明らかにしている。

 第4章は、純SiO2ガラス相への微量の酸化物添加の効果について検討を行った結果について述べている。微量の酸化物の添加が、SiO2ガラス添加TZPの変形応力および高温延性を大きく変化させる効果について議論し、特に破断伸びは、微量のMgOあるいはAl2O3を添加することによって著しく低下するという結果を得ている。また、SiO2-MgOガラス添加TZPおよびSiO2-Al2O3ガラス添加TZPは、純SiO2ガラス添加TZPと同様に、アモルファス相が結晶粒界を完全には濡らしておらず、粒界多重点のみに存在していることを明らかにしている。さらに、SiO2-MgOガラス添加TZPおよびSiO2-Al2O3ガラス添加TZPの粒界近傍にY3+、Si4+および添加元素(Mg2+あるいはAl3+)が数nmの幅で偏析していることについても明らかにしている。以上の結果から、SiO2ガラス添加はTZPの超塑性変形において二つの役割を果たすことを指摘している。一つは、粒界多重点にアモルファス相のプールを形成することである。すなわち、このアモルファスプールは、粒界すべりに伴う応力集中の緩和に有効に作用するものと考えている。したがって、ガラスプールの特性は変形応力の低下と密接に関係しているものと結論づけている。二つめの役割として、添加したガラスおよび微量酸化物中の元素が結晶粒界に偏析することにより、その化学結合状態を変化させる効果を考えている。

 第5章は、ガラス添加TZPの高温延性について述べている。種々のガラス添加TZPの実験結果から、変形応力の低下は必ずしも高温延性の改善には有効ではないことを明らかにしている。また、ガラス添加TZPの破断伸びは変形温度の上昇に伴い増大するが、ある臨界温度で最大破断伸びを示した後、減少することについても見出している。この様な高温延性挙動は、Kondoらの提案した延性に関する理論的解析によって整理できることを示している。

 第6章は、本論文の総括である。

 以上を要するに、本論文の研究はガラス添加セラミックスの超塑性と微細構造に関する基礎的知見を与えたものであり、材料学の進歩に寄与するところ大であり、よって本論文は博士(工学)の学位論文請求論文として合格と認められる。

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