学位論文要旨



No 113026
著者(漢字) 陳,仰光
著者(英字)
著者(カナ) チェン,ヤングァン
標題(和) メタンの炭酸ガスリフォーミング反応における高性能ニッケル系触媒の開発と活性劣化機構に関する研究
標題(洋) Studies on highly active and stable Ni based catalysts for methane reforming by carbon dioxide and deactivation mechanism
報告番号 113026
報告番号 甲13026
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4003号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 篠田,純雄
 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 助教授 辰己,敬
内容要旨 緒言

 天然ガスは石油に匹敵する可採埋蔵量を持つため、主成分とするメタンの化学的有効利用は重要な課題である。この方法の一つとして、天然ガスを合成ガスへ改質し、さらにメタノール、エチレン、高級炭化水素などの工業原料を合成する方法(間接法)がある。メタンの炭酸ガスリフォーミング反応(CH4+CO2→2CO+2H2)による合成ガス製造は、この手法の一つであると同時に、地球温暖化物質である二酸化炭素の再資源化の役割も兼ね備えているため、エネルギー・環境問題と関連し、注目を集めている。また、これまでの研究より、メタンのスチームリフォーミング反応(CH4+H2O→CO+3H2)用に開発された触媒を本反応に用いると、深刻な炭素析出(CH4→C+2H2,2CO→C+CO2)により、活性劣化、反応器閉塞といった問題を引き起こすことが明らかにされてきた。そのため、炭素析出に対して強い抑制力をもった新しい高性能Ni触媒の開発が期待されている。本研究室で開発されたNi0.03Mg0.97O固溶体触媒は析出炭素を生成することなく、長時間安定した高い活性を示すことを見い出してきた。本研究ではNi-Mg-O固溶体触媒が持つ炭素析出抑制機構を、担持Ni/MgO触媒と比較して検討した。さらに、Ni-Mg-O固溶体触媒への添加剤や表面処理の効果についても検討した。

実験

 固溶体触媒は炭酸塩の水溶液を用いて共沈法で調製した。十分に洗浄した沈殿は393Kで乾燥させた後空気中1223Kで10時間焼成した。担持触媒及び貴金属(Pt,Pd,Rh)添加触煤は固溶体と同じ方法で調製したMgO及びNi0.03Mg0.97Oを担体として、アセチルアセトナート塩のアセトン溶液に含浸し、393Kで乾燥して調製した。水処理は固溶体触媒を蒸留水に含浸し、393Kで乾燥して調製した。Ni及び貴金属の含有量は、M/(Ni+Mg)mol%で表記する。メタンの炭酸ガスリフォ-ミング反応には石英製の反応管を用い、固定床流通式反応装置を使用した。触媒は通常前処理として1123Kで水素還元して用いた。ガス成分はガスクロマトグラフで定量した。触媒のキャラクタリゼ-ションとして炭素析出の定量には昇温水素化(TPH)法を用い、触媒の構造解析にはXRD、また還元されたNiのキャラクタリゼーションとして、CO吸着のFTIR、水素及び酸素の吸着量測定、TEM観察を行った。

結果と考察1.NixMg1-xO固溶体触媒と担持型Ni/MgO触媒

 固溶体及び担持触媒のメタンの炭酸ガスリフォーミング反応における反応活性をキャラクタリゼーションの結果と共にTable1に示す。活性はNi含有量と共に増加し、Niの還元度は固溶体触媒ではNiの量と共に増加したが、担持型触媒担持量に依存せず60%程度と高い値であった。

 図1に様々な触媒上での反応1時間後のTPHプロファイルを示す。500-650K(-carbon)と750-1000K(-carbon)の温度領域でメタン生成が観測された。-carbonは反応時間と共に増大したが、-carbonは反応時間に対して大きな強度変化は観測されなかった。水素ガスへの反応性、反応時間依存性から、-carbonは析出炭素に帰属することができる。Ni0.03Mg0.97O固溶体触媒では、反応時間によらず-carbonは観測されなかったが、Ni量の増加に伴って炭素析出が進行してしまった。また一方で、担持触媒においては、いずれの担持量においても炭素析出が観測されたが、低担持量では比較的に抑制されることが分かる。Table1に示した分散度と対応させると、高分散な触媒ほど、炭素析出は進行しにくく、炭素析出の生成は還元されたNiの化学状態(粒径、担体との相互作用など)に大きく依存していると思われる。

Table1.Catalyst properties of NixMg1-xO solid solution and Ni/MgO supported catalysts.Fig.1.TPH profiles on nickel-magnesia catalysts after 60-min CH4/CO2 reaction.(a)Ni0.03Mg0.97O,(b)Ni0.05Mg0.95O(b)Ni0.10Mg0.90O,(d)0.3mol%Ni/MgO,(e)1.0mol%Ni/MgO,(f)3.0mol%Ni/MgO.

 次に、CO吸着のFTIRによりNi金属微粒子のキャラクタリゼーションを行った(図2)。下に示すように、これら(A,B,C)の吸着種はいずれもMgO表面と相互作用した吸着種であり、主にNi0.03Mg0.97O固溶体触媒上で特異的に観測された。分散性とあわせて考えると、高分散度のNi金属微粒子は担体と強く相互作用しており、これが炭素析出抑制に対して大きな役割を担っていることが示唆された。

Fig.2.FTIR spectra of CO adsorption on the samples.PCO=13.3kPa,resolution 2cm-1.

 

2.固溶体触媒への貴金属(Pt,Pd,Rh)の添加効果

 図3にNi0.03Mg0.97Oと0.021mol%M/Ni0.03Mg0.97O(M=Pt,Pd,Rh)触媒反応活性の時間依存性を示す。反応温度1123Kの場合には、Ni0.03Mg0.97O固溶体触媒上では、活性劣化がほとんどないのに対して、773Kでは、活性劣化が観測された。反応後の触媒の色が淡緑であること、また析出炭素が全く生じでないことがTPHから分かり、劣化の原因は還元されたNiがCO2及びH2Oにより酸化されたためと思われる。このことは、反応ガスの中に、5%H2ガスを導入することにより、劣化現象が観測されなくなった実験事実とよく対応している。一方、貴金属添加により、初期活性が2倍程度に増大し、活性劣化が顕著に抑制されたことが分かる。また、反応活性は貴金属の添加量に対して0.02mol程度で極大をとった。M/MgO触媒は非常に活性が低いことと併せて、貴金属とNiの協同効果が発現したことが確かめられた。さらに、Ni0.03Mg0.97O固溶体触媒上では、1123K水素還元により高活性が出現するのに対して、貴金属添加により、この還元温度が200Kほど低下することが分かった。これらの結果から、貴金属の添加効果は、触媒反応活性自身の向上と触媒の還元性の向上である。後者は、還元された貴金属微粒子により誘起された水素のスピルオーバーに伴い、Ni0.03Mg0.97O固溶体触媒が還元されやすくなったためと解釈できる。また、活性向上は添加量の依存性の結果から、貴金属-Ni合金微粒子が生成し、合金粒子の組成により活性が極大をとると考えられる。TPHの結果から、貴金属添加触媒上においても炭素析出はほとんどないことが分かった。図4に還元後Ni0.03Mg0.97Oと0.021mol%Pt/Ni0.03Mg0.97OのTEM像と微粒子の組成を示した。Ni0.03Mg0.97O固溶体触媒上では、観測されたNi金属粒子の数は非常に少ないのに対して、添加触媒では非常に多くのNi及び合金粒子が観測された。TEM観測からの平均粒子径はPt添加で2.6nm、Ni0.03Mg0.97Oで3.9nmであったが、これはTable 1と全く逆の傾向であった。また、FTIRの結果からも貴金属添加触媒のほうが粒径大が示唆されているため、Ni0.03Mg0.97O上では、主にTEMでは観測されない超微粒子からなっていることが示唆される。さらに、触媒活性の反応ガス分圧依存性を測定した結果、貴金属添加により、反応次数はからへ変化し、Ni0.03Mg0.97O上ではメタンの解離吸着が律速段階となっているが、添加触媒ではCO2の解離または、の吸着酸素による酸化が律速段階であることが示唆され、メタンの解離反応が促進を受けていることが分かった。

Fig.3.Activity as a function of time-on-stream for CH4/CO2 reaction over Ni0.03Mg0.97O solid solution and 0.021mol% M/Ni0.03Mg0.97O catalysts(M=Pt,Pd and Rh).□Ni0.03Mg0.97O(1123K),■Ni0.03Mg0.97O(773K)●Pt/Ni0.03Mg0.97O(773K),○Pd/Ni0.03Mg0.97O(773K),◆Rh/Ni0.03Mg0.97O(773K).Fig.4.TEM images of Ni0.03Mg0.97O solid solution and 0.021 mol% Pt/Ni0.03Mg0.97O catalysts reduced at 1123 K.
3固溶体触媒の改質における水処理の効果

 これまでの結果から、微粒子-担体の相互作用が重要であることが示唆された。そこ次に、担体の表面構造を変化させる目的で、水処理を行った。図5に厳しい条件(CH4/CO2/Ar=2/1/1)での反応活性の時間依存性を示す。水処理触媒は活性が高く、活性劣化も比較的少ないことが分かった。この触媒についてXRDを測定したところ、水処理によりNi(OH)2とMg(OH)2が生成し、還元後固溶体生成していることが分かった。水処理により、BET表面積の増加(2倍)と還元度の増加(3%→15%)と分散度の変化(O2(298K)/O2(873K):0.48→0.21)から、触媒表面構造の変化が生じていることが分かった。また、反応中炭素析出はほとんど進行していなかった。以下に反応次数の結果を示す。

Fig.5.Activity as a function of time-on-stream for CH4/CO2 reaction at 1023 K over water treated solid solution, solid solution and supported Ni/MgO catalysts.

 

 

 この結果から、水処理触媒上での反応機構は、3mol%Ni/MgOと類似しているとが分かった。このことは、固溶体触媒に比較して、水処理により、Ni粒子径の増大によるアンサンプルの拡大のため、メタン解離吸着が促進を受ける一方で、反応中間体である表面炭化水素種が選択的にCOに酸化されていることが分かり、この際にも、水処理により変化した表面構造がCO2の吸着活性化に寄与していることが示唆された。

まとめ

 メタンの炭酸ガスリフォーミング反応における高性能Ni触媒の開発においては、均一な高分散したNi金属微粒子の生成と、これと相互作用を持つ高いCO2の吸着活性化機能を備えた表面構造を作製することが重要であることが示唆された。

審査要旨

 本論文は、メタンの炭酸ガスリフォーミング反応における高性能ニッケル系触媒の開発と活性劣化機構を検討したものであり、全体で7章からなる。

 第1章は、緒言であり、メタンの炭酸ガスリフォーミング反応についての背景やこれまでの触媒開発の成果や問題点についてまとめており、特に本反応の最大の問題点とされている炭素析出の熱力学的側面からの検討や、析出炭素の性質などについて、反応機構と共に紹介し、この最大の問題点を解決することを本研究の目的とすることを述べている。

 第2章においては、炭素析出することなく安定した高い活性を持つことが見出されているニッケル-マグネシア固溶体触媒(Ni0.03Mg0.97O)について、触媒構造と炭素析出特性との相関を、より高いニッケル量を持つ固溶体触媒及び担持法により調製し、これらと比較することにより検討した。炭素析出は低分散度のニッケル粒子で進行しやすく、高分散のニッケルでは進行しにくいことを見出し、本反応系における炭素析出抑制機構として、二酸化炭素分子の金属-担体界面における活性化により生じた活性酸素種によるニッケル表面上に吸着した炭化水素種の選択的酸化が寄与が有る示唆を得た。

 第3章においては、ニッケル-マグネシア固溶体触媒へPt,Pd,Rh等の貴金属の添加効果を検討した。本固溶体触媒の問題点として低温反応領域における酸化による活性劣化が指摘されている。これに対して、貴金属添加は、触媒表面の還元性を向上させ、活性点の酸化による劣化を大きく抑制し、また、同時に還元されたニッケルと合金微粒子を形成することにより、メタンの解離反応が促進を受け、その結果として触媒反応活性がさらに向上することを明らかにした。

 第4章においては、ニッケル-マグネシア表面と水の相互作用及び水酸化物生成を利用し、表面構造の再構成に伴う触媒特性の向上について検討した。本固溶体触媒は水処理を施すことにより、低温領域での触媒反応活性及び安定性が向上することを見出し、その理由として、水酸化物の脱水反応による酸化物生成におけるBET表面積の増加、同時にニッケル還元度の増加が寄与していることを明らかにしており、固溶体触媒の調製における前駆体の重要性を指摘している。

 第5章においては、ニッケル-マグネシア固溶体及び担持触媒について、触媒反応中に触媒表面上に生成する炭化水素種を昇温水素化還元法を用いて検討したところ、2種類の炭素種が存在することを見出した。一方は、主に担体表面上に吸着した二酸化炭素に起因し、その濃度が触媒反応活性と比較的よく対応することから、反応中間体であるという示唆を得た。また、一方は析出炭素種であると帰属し、析出炭素種が反応時間に比例して増加するが、その反応性は触媒の種類によらずほとんど変化がないという結果を得ており、炭素種は触媒表面と相互作用をあまり持たないフィラメント上の炭素であると推定された。

 第6章においては、第5章で観測された析出炭素種の挙動をより詳細に熱重量分析法と透過型電子顕微鏡を用いて検討した。メタンの炭酸ガスリフォーミング反応における炭素析出反応であるメタンの分解反応及び一酸化炭素の不均化反応についても合わせて検討した。メタンの分解反応においては、粒径の大小によらず迅速に炭素析出が進行するのに対して、メタンの炭酸ガスリフォーミング反応下においては、粒径の大きなニッケルにのみ炭素の析出が進行することを明らかにした。これは、二酸化炭素共存効果が粒径により大きく異なることを示すものであり、第2章などで提案した、炭素析出の抑制に金属-担体界面における二酸化炭素の活性化が重要であることの直接証拠といえる。また、アルミナ担体との比較も行っており、担体の塩基性が重要であることを明らかにした。

 第7章では、全体総括を行っており、これらの研究がニッケル-マグネシア固溶体触媒における炭素析出抑制機構を解明するのみならず、メタンの炭酸ガスリフォーミング反応用高性能触媒の開発の指針となることを述べている。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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