学位論文要旨



No 113027
著者(漢字) 金,英淑
著者(英字)
著者(カナ) キム,ヤンス
標題(和) 光化学反応系を応用した還元反応
標題(洋)
報告番号 113027
報告番号 甲13027
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4004号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 軽部,征夫
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 渡邉,正
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 講師 池袋,一典
内容要旨

 本論文は、光化学反応系を応用して新たな光化学エネルギー変換系の開発に関するものであり、全体6章より構成されている。

 本研究では光の中で、とくに可視光へ注目した。可視光を熱以外に有用な化学エネルギーへと効率良く変換する系の構築を目的とした。可視光の光エネルギーを有用な化学エネルギーへの変換をする場合、その最もよいモデルは自然界に見られ光エネルギーの変換・蓄積を行っている緑色植物と光合成細菌の光合成系がある。光合成は、光合成色素によって吸収された光のエネルギーを効率よく化学的エネルギーに変える過程であるが、これらの反応は連続的に起こる電子受容体の還元反応と考えることができる。本研究ではこの還元反応を利用して有用物質の生産する人工システムの構築を試みた。ここでは光感応反応物質としてオリゴチオフェンを用いた。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について延べ、本研究の目的と意義を明らかにした。

 第2章では、葉緑体と酵素の組み合わせその触媒活性を光で誘導する新たな光化学反応系を構築した。酵素としてシトクロムP450モノオキシゲナーゼを用いた。この酵素の基質としてエトキシクマリンを用いた。葉緑体の光化学反応系である光合成反応は、水を還元剤とし可視光をエネルギー源とする化学的エネルギー変換反応であり、一方では水が酸化されて分子状の酸素が発生し(光化学系IIの反応)、もう一方ではNADPを還元しNADPHを生成する(光化学系Iの反応)。ここで生成されたNADPHはシトクロムP450モノオキシゲナーゼの電子供与体となり、この酵素はエトキシクマリンにヒドロキシイオンを添加する反応を触媒し、ヒドロキシクマリンが生性される。ヒドロキシクマリンは抗癌性を持つ有用物質である。ここで用いたP450酵素は遺伝子工学的な方法でP450リダクターゼと融合させたものでミクロソーム中に存在する状態で用いた。P450融合酵素の活性は反応生成物であるヒドロキシクマリンの452nmにおける蛍光の強度から測定して評価した。反応液は37℃で行い、その間タングステンランプで7-8kluxの光を連続的に照射した。実際に葉緑体とP450融合酵素をカップリングさせ、光照射による反応を調べた。試料液は葉緑体、フェレドキシン、NADP、P450融合酵素を含み、光照射により葉緑体で生じた電子はフェレドキシン、NADPの順で移動すると予測された。光照射下と非照射下で酵素反応を行わせた所、非照射下ではほとんど反応が進まなかったのに比べ、光照射下では反応が進みヒドロキシクマリンが生成された。

 第3章では、より安定で効率よい光化学反応系の構築のために葉緑体の固定化を行った。P450酵素としてはP450とリダクターゼをミクロソム中に同時発現させたものを用いた。固定化方法ではアルギン酸カルシウムゲルで行い葉緑体を包括した場合が最も高い酵素反応が起きた。この場合、固定化してない葉緑体を用いた場合に比べて約2倍量の酵素反応生成物が得られ、反応は約2時間行うことができた。すなわち葉緑体を固定化することにより系の安定性を高めることができた。酵素反応は第2章のと同じく、ヒドロキシクマリンの生成量を計ることにより評価した。

 第4章では、効率よく光エネルギーを変換できる人工の光化学反応系の構築を行った。これまで光触媒として光に感応する半導体や有機錯体の様々な物質が使われているが本研究では新規に合成した水溶性オリゴチオフェンを光触媒とする新たな光化学反応系を構築した。オリゴチオフェンは二つ以上のチオフェンが共役してつながっている分子で、光電導性有機物質である。本研究ではその物性を水溶液系で利用するために、末端にアミノ基またはカルボキシル基を導入した3量体のオリゴチオフェンを用いた。このオリゴチオフェンの吸収スペクトルは360nmと280nmにピークを示す。反応系ではEDTAを電子供与体とし、オリゴチオフェンの光触媒反応でメチルビオロゲンを還元する。まず、水中でこの三つの物質を加え20kluxの可視光照射下のオリゴチオフェンとメチルビオロゲンの反応をスペクトルの変化から調べた。その結果、604nmのメチルビオロゲンの還元吸収ピークが照射時間の経過とともに高くなった。(MV2+→MV+)そこで、三つの物質、すなわちメチルビオロゲンとオリゴチオフェンそしてEDTA、の濃度を最適化し、この反応の解析を行った。本研究は新たな光触媒反応によりメチルビオロゲンを光還元する系を構築したという点で新規性がある。還元メチルビオロゲンは高い酸化還元電位を持つ様々な化学物質の電子供与体になる有用物質でありその応用範囲が広いと期待される。

 第5章では、オリゴチオフェンにより光還元されたメチルビオロゲンを酵素反応と組み合わせで新たな有用物質の生産を試み開発した。本系で酵素はフェレドキシン-NADPリダクターゼ(FDR)を用いNADPHの生成を試みた。オリゴチオフェンの光触媒反応により還元されたメチルビオロゲンはFDRの電子供与体になり、再酸化される。FDRはNADPを還元しNADPHを生性する(NADP→NADPH)。次にメチルビオロゲンとNADPに対する酵素のKm値を求め、さらにメチルビオロゲンの還元速度とNADPの還元速度を比較し反応の律速段階反応について検討した。律速反応はオリゴチオフェンによるメチルビオロゲンの光還元反応ではなく、その後の酵素反応であることが示唆された。

 第6章は総括であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめた。

審査要旨

 本論文は、光化学反応系を応用した還元反応による有用物質の生産に関するものであり、2部構成で6章より構成されている。

 第1章は緒論であり、本研究が行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにしている。

 第1部では、ホウレンソウから抽出した葉緑体を光感応体とし、酵素との組み合わせて有用物質を生産する光化学反応系の開発を行っている。これは第2章と第3章から構成されている。

 第2章では、葉緑体とシトクロムP450酵素を組み合わせ、その触媒活性を光で誘導し、抗ガン性を持つ有用物質であるヒドロキシクマリンを生産する新たな光化学反応系の開発を行っている。ここでP450酵素は遺伝子工学的な方法でP450リダクターゼと融合させたものをミクロソーム中に存在する状態で用い、酵素の基質としてエトキシクマリンを用いている。本系は、葉緑体の光化学反応系で可視光によってNADPHが生成され、ここで生成されたNADPHがシトクロムP450融合酵素の電子供与体となり、シトクロムP450酵素がエトキシクマリンにヒドロキシル基を添加する反応を触媒してヒドロキシクマリンが生成されると述べている。本系の酵素活性は、反応生成物であるヒドロキシクマリンが452nmで示す蛍光の強度を測定して評価している。試料液にはさらにフェレドキシンとNADPを加えている。

 葉緑体とシトクロムP450酵素をカップリングさせ、非光照射下の酵素反応に比べ、光照射下ではより高い酵素活性が得られたと述べている。しかし葉緑体が不安定で、シトクロムP450酵素の光駆動は長く持続しなかったと報告している。

 第3章では、より安定で効率よい光化学反応系を構築するために葉緑体の固定化を行っている。

 シトクロムP450酵素はP450とレダクターゼをミクロソーム中に同時発現させたものを用いている。アルギン酸カルシウムゲルで葉緑体を包括固定化した場合最もよい酵素反応が得られたと述べている。この場合、固定化してない葉緑体を用いた場合に比べて約2倍量の酵素反応生成物が得られ、その反応は約2時間持続したと報告している。したがって、葉緑体を固定化することにより光化学反応系の安定性を高め、有用物質の生成を増加させることが可能になったと述べている。

 第2部では、人工光化学反応系を用いて光エネルギーの変換で有用物質を生成する新たな系の開発を行っている。これは第4章と第5章から構成されている。

 第4章では、水溶性オリゴチオフェンとエチレンジアミン四酢酸(EDTA)の組み合わせてメチルビオロゲンを光により還元する新たな光化学系の開発を行っている。オリゴチオフェンは二つ以上のチオフェンが共役してつながっている分子で、チオフェンのパイ結合の共鳴による光電導性有機物質としてよく知られている。本系では、オリゴチオフェンを光感応物質とし、EDTAを電子供与体として用いている。

 水溶液中でこの3つの物質を加え、20kluxの可視光照射下で、オリゴチオフェンとメチルビオロゲンの反応を吸収スペクトルの変化で調べた結果、還元メチルビオロゲンの量が照射時間の経過とともに増加することを示している。そしてこれら3つの物質、メチルビオロゲン、オリゴチオフェン、EDTAの濃度を最適化し、溶液のpHがメチルビオロゲンの還元に与える影響を調べ、本系の反応の解析を行っている。還元メチルビオロゲンは高い酸化還元電位をもつ様々な化学物質の電子供与体になる有用物質であり、メチルビオロゲンを光還元する新しい系を構築したという点で新規性が高いと述べている。

 第5章では、オリゴチオフェンにより光還元されたメチルビオロゲンを酵素と組み合わせて、新たな有用物質を生成する系の開発を行っている。

 本系では、フェレドキシン-NADPリドクターゼをオリゴチオフェンによるメチルビオロゲンの光還元系と組み合わせることにより、光照射によるNADPHの生成を行っている。オリゴチオフェンの光触媒反応により還元されたメチルビオロゲンはフェレドキジン-NADPリドクターゼの電子供与体になり、ここでNADPが還元されNADPHが生成されると述べている。

 本研究ではミカエリスーメンテン式に基づいて、酵素のメチルビオロゲンとNADPに対するKm値を求め、さらにメチルビオロゲンの還元速度とNADPの還元速度を比較し反応の律速段階を検討している。その結果、律速段階はオリゴチオフェンによるメチルビオロゲンの光還元反応でなく、その後の酵素反応であると述べている。

 第6章は総括であり、本研究を要約して得られた研究結果をまとめている。

 このように本論文では、光エネルギーを用いて有用物質の生産をするために新たな光化学反応系を開発している。このような光化学系の開発により、巨大なエネルギー源である光を有効に活用することが可能になり工学的にその意義が高いと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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