本論文は、光化学反応系を応用した還元反応による有用物質の生産に関するものであり、2部構成で6章より構成されている。 第1章は緒論であり、本研究が行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにしている。 第1部では、ホウレンソウから抽出した葉緑体を光感応体とし、酵素との組み合わせて有用物質を生産する光化学反応系の開発を行っている。これは第2章と第3章から構成されている。 第2章では、葉緑体とシトクロムP450酵素を組み合わせ、その触媒活性を光で誘導し、抗ガン性を持つ有用物質であるヒドロキシクマリンを生産する新たな光化学反応系の開発を行っている。ここでP450酵素は遺伝子工学的な方法でP450リダクターゼと融合させたものをミクロソーム中に存在する状態で用い、酵素の基質としてエトキシクマリンを用いている。本系は、葉緑体の光化学反応系で可視光によってNADPHが生成され、ここで生成されたNADPHがシトクロムP450融合酵素の電子供与体となり、シトクロムP450酵素がエトキシクマリンにヒドロキシル基を添加する反応を触媒してヒドロキシクマリンが生成されると述べている。本系の酵素活性は、反応生成物であるヒドロキシクマリンが452nmで示す蛍光の強度を測定して評価している。試料液にはさらにフェレドキシンとNADPを加えている。 葉緑体とシトクロムP450酵素をカップリングさせ、非光照射下の酵素反応に比べ、光照射下ではより高い酵素活性が得られたと述べている。しかし葉緑体が不安定で、シトクロムP450酵素の光駆動は長く持続しなかったと報告している。 第3章では、より安定で効率よい光化学反応系を構築するために葉緑体の固定化を行っている。 シトクロムP450酵素はP450とレダクターゼをミクロソーム中に同時発現させたものを用いている。アルギン酸カルシウムゲルで葉緑体を包括固定化した場合最もよい酵素反応が得られたと述べている。この場合、固定化してない葉緑体を用いた場合に比べて約2倍量の酵素反応生成物が得られ、その反応は約2時間持続したと報告している。したがって、葉緑体を固定化することにより光化学反応系の安定性を高め、有用物質の生成を増加させることが可能になったと述べている。 第2部では、人工光化学反応系を用いて光エネルギーの変換で有用物質を生成する新たな系の開発を行っている。これは第4章と第5章から構成されている。 第4章では、水溶性オリゴチオフェンとエチレンジアミン四酢酸(EDTA)の組み合わせてメチルビオロゲンを光により還元する新たな光化学系の開発を行っている。オリゴチオフェンは二つ以上のチオフェンが共役してつながっている分子で、チオフェンのパイ結合の共鳴による光電導性有機物質としてよく知られている。本系では、オリゴチオフェンを光感応物質とし、EDTAを電子供与体として用いている。 水溶液中でこの3つの物質を加え、20kluxの可視光照射下で、オリゴチオフェンとメチルビオロゲンの反応を吸収スペクトルの変化で調べた結果、還元メチルビオロゲンの量が照射時間の経過とともに増加することを示している。そしてこれら3つの物質、メチルビオロゲン、オリゴチオフェン、EDTAの濃度を最適化し、溶液のpHがメチルビオロゲンの還元に与える影響を調べ、本系の反応の解析を行っている。還元メチルビオロゲンは高い酸化還元電位をもつ様々な化学物質の電子供与体になる有用物質であり、メチルビオロゲンを光還元する新しい系を構築したという点で新規性が高いと述べている。 第5章では、オリゴチオフェンにより光還元されたメチルビオロゲンを酵素と組み合わせて、新たな有用物質を生成する系の開発を行っている。 本系では、フェレドキシン-NADPリドクターゼをオリゴチオフェンによるメチルビオロゲンの光還元系と組み合わせることにより、光照射によるNADPHの生成を行っている。オリゴチオフェンの光触媒反応により還元されたメチルビオロゲンはフェレドキジン-NADPリドクターゼの電子供与体になり、ここでNADPが還元されNADPHが生成されると述べている。 本研究ではミカエリスーメンテン式に基づいて、酵素のメチルビオロゲンとNADPに対するKm値を求め、さらにメチルビオロゲンの還元速度とNADPの還元速度を比較し反応の律速段階を検討している。その結果、律速段階はオリゴチオフェンによるメチルビオロゲンの光還元反応でなく、その後の酵素反応であると述べている。 第6章は総括であり、本研究を要約して得られた研究結果をまとめている。 このように本論文では、光エネルギーを用いて有用物質の生産をするために新たな光化学反応系を開発している。このような光化学系の開発により、巨大なエネルギー源である光を有効に活用することが可能になり工学的にその意義が高いと考えられる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |