学位論文要旨



No 113029
著者(漢字) 洪,完
著者(英字)
著者(カナ) ホン,ワン
標題(和) 高エネルギー重イオンTOF-ERDAの開発と機能性素材への応用に関する研究
標題(洋) A Study on the Development of High Energy Heavy Ion TOF-ERDA and Its Application to Advanced Materials
報告番号 113029
報告番号 甲13029
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4006号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 合志,陽一
 東京大学 教授 澤田,嗣郎
 東京大学 教授 二瓶,好正
 東京大学 助教授 樋口,精一郎
 東京大学 助教授 尾張,真則
内容要旨

 超伝導体や半導体などの固体材料の中の元素の分布に関する情報はその材料の物理的、化学的性質を研究する上に欠かせない。特にその物質の電気的性質や光学的性質が重要な研究対象になる場合には表面近傍の元素分布が大きな役割を果たすことが多い。RBSはイオンビームを用いる固体物質の表面の評価に主に利用される方法であり、固体表面の中、重元素の組成や深さ方向分布などの情報が得られるが軽元素に対する感度が低いという欠点を持っている。

 本研究では軽元素に対して高い感度を持つ表面分析法であるERDA(Elastic Recoil Detection Analysis)を開発することにより、これらの分析法では得られなかった軽元素に関する情報を得ることを目的としている。また、TOF(Time of Flight)をERDAに導入することによって、TOFとエネルギーを軸とする2次元スペクトルを得ることができた。その結果、エネルギーだけを測定したときに比べて優れた質量分解能を得ることができ、軽元素だけでなく中元素まで測定可能になった。

 Fig.1にTOF-ERDAの試料室を示す。試料の前に設置したコリメータでビームサイズを2mmにした。飛行時間(TOF,Time of Flight)測定のために2枚のMCPと10g/cm2の炭素膜を利用して時間検出器を製作し、SSB(Silicon Surface Barrier)検出器との組み合わせでTOF-energy spectrometerを構成した。多くの試料の基板であるSiによって散乱される入射粒子の分析妨害をさけるため、検出角は55°にした。また、ビームの入射角は55°であった。測定時の真空度は3×10-9torrであった。

Fig.1.Setup of the TOF-energy recoil spectrometer.

 Fig.2に計測系の構成図を示す。計測系はCAMACを利用して構成し、PCで制御した。制御にKODAQコードを用いることにより、飛行時間とエネルギーを同時測定するための2パラメータMCAを構成した。

Fig.2.Coincidence and data acquisition circuits for TOF-ERDA system.

 Si waferを試料として用い、製作した検出系で試験分析を行い、質量分解能と深さ分解能を計算した。その結果をTable1に示す。またSiO2とPlQ(Polyimide Quinone)試料を用い、H,C,N,O,Siに関して検出下限を測定した。その結果をTable2にまとめた。

Table 1.Comparison of the near-surface mass resolutions M and the surface-depth resolutions r(0)between the incident energies and probes.Table 2.The detection limits of several major light elements in a SiO2 sample and a PlQ sample obtained by TOF-ERDA and ERDA.YB is the background count of the sample surface.LD is the detection limit.ND is the detection limit in the atoms/cm2.The confidence level is 95%.

 Table1からわかるように、41.5MeV40Arの条件で質量分解能が、そして20.0MeV20Neの条件で深さ分解能が最も優れた結果を見せた。質量分解能は時間分解能を向上させることによって改善させることが出来る事も確認された。一方、検出下限は138.1MeV136Xeを利用したとき最もいい結果を示している。これは反跳断面積が入射イオンの原子番号の自乗に比例するためである。これらの結果は多くの実際の応用において適応可能な範囲であり、本測定装置の有効性を示している。

 この測定システムの分析能力を直接評価するため、実際の試料に対して分析を行った。Si waferの上に生成されたSi3N4試料を分析した結果、SiとNの組成比は3:4.03であった。また、窒化膜の厚さは1.52×1018atom/cm2であった。この試料表面の酸素と炭素不純物の評価を行った結果、その面密度はそれぞれ1.53×1013atom/cm2と1.73×1013atom/cm2であった。

 また、窒素を100keVのエネルギーで7×1015atom/cm2の条件で打ち込んだGaAs試料の分析を行った。実験前のシミュレーションでこの窒素の分布は表面から0.36mであることがわかった。実験結果、窒素ピークの中心の位置は1.48×1018atom/cm2(0.31m)であった。SIMS(Secondary Ion Mass Spectroscopy)で得られた参考値は0.22mであった。また、その分布範囲は6.90×1017atom/cm2から2.51×1018atom/cm2であった。窒素の含有量は5.31×1015atom/cm2であった。SIMSによる参考値は3.8×1015atom/cm2であった。これらの含有量は試料の製作条件より少ないことで一致している。

 SiPOS試料を測定した結果、表面のSiが酸化され、酸素の含有量が増加されていることがわかった。表面の酸素とシリコンの組成比は1:1.94であった。汚染されていないSiPOS膜の酸素とシリコンの組成比は1:0.15であり、膜の厚さは6.6×1018atoms/cm2であった。

 以上の様に、軽元素分析法であるTOF-ERDAを行うために、速いrising timeを持つ時間検出器を製作し、この時間検出器とSSB検出器を用いて、TOF-energy spectrometerを構成した。また、CAMAC system,PC,KODAQ codeを利用し、時間データとエネルギーデータを同時に保存、表示可能な2 paramater MCAを構成した結果、TOF-energy2次元スペクトルを得ることができ、TOF-ERDA分析のための装置として活用できることを確認した。この装置で、試料表面の軽元素H、C、N、Oのピークを分離することができ、軽元素分析へ適用可能であることを確認した。この測定系を用い、いくつかの入射イオンに対する質量分解能と深さ分解能をSiに関して求め、半導体試料及び有機試料における、H,C,N,O,Siの検出下限を測定した結果、この装置が広い応用範囲に適用可能であることがわかった。実際の分析への対応可能性を確認するため、半導体試料、超伝導体試料、金属試料、生物試料に対して、分析を行った。また、得られた分析結果をRBSによる分析値との比較を行った結果、比較的によく一致することがわかった。

 本研究で開発された軽元素表面分析装置TOF-ERDAの実用化のための基礎的な準備が完了した時点で、いくつかの改善が必要であることがわかった。時間分解能を向上させるためには、TOF-energy spectrometerにおいて時間分解能の優れた時間検出器をもう一台SSB検出器前部に設置し、SSB検出器をエネルギー測定専用に利用する必要がある。また、現在より有効面積の大きいSSB検出器を利用することによって、更に検出下限を低くすると共に、分析時間を短くすることが可能である。そして、より正確な分析正確度(accuracy)及び精密度(precision)の検証が必要である。その他に多くの試料に対して、ビームダメージによる試料変化を検証する必要があることがわかった。

 本研究で開発されたTOF-ERDAを実用化するためには、スペクトル解析を自動化させる必要があり、そのための解析プログラムの開発が必要である。これらの改善によって、本TOF-ERDA装置は固体材料や特殊機能素材などの開発、応用に関する研究分野において幅広く適用されることが期待される。

審査要旨

 酸化物超伝導体や半導体デバイスなどに代表される近年の機能性材料では物質の電気的性質や光学的性質が表面の物性特に試料中の微量元素により支配される場合が多い。一方、表面分析手法として既存の様々な方法が利用されているが、軽元素について非破壊的に表面近傍の情報を得る一般的な手法は存在していなかった。本研究では軽元素に対して高い感度を持つ表面分析法であるERDA(elastic recoil detection analysis)と飛行時間法を組み合わせることで炭素、窒素、酸素など隣接する軽元素を同時に測定可能な質量分解能を実現することを目的とした。さらに機能性材料中の微量軽元素について表面近傍での組成、深さ方向分布に関する分析を行う上で本手法の有効性を示すことを目的とした。

 本論文は全6章で構成されている。

 第1章には、序論として、本研究の背景と、目的が記されている。

 第2章には、TOE-ERDAの詳細な理論的な機構がRBSのそれと比較しながら述べられている。本分析法の定性や定量に関する理論的背景と、深さ方向分析を行う際に考慮すべき事に関して数式を用い、説明している。またERDAが軽元素に対して優れた感度を持つ理由についても述べている。2章の最後には本分析法で得られるスペクトルの解析法について述べている。

 第3章には本研究のために用いられた装置について詳細に述べている。まず3.1節にはイオンビーム分析法であるERDAのイオン源として用いられた加速器の特性や性能について説明している。また3.2節には試料チャンバーの構成に関して説明している。2つの回転可能なアームとターンテーブルの上に検出器やビームコリメータを設置することによって、測定中に検出角を変えることが可能である。続く3.3節には飛行時間検出のために作られた時間検出器の構成と特徴、性能について述べている。この時間検出器の時間分解能は50ps以下と見積もられる。また、この検出器を用いることにより、4kVの電圧を負荷した場合、水素以外のイオンに対して90%以上の検出効率を得ることが出来る。更に3.4節には反跳イオンの飛行時間とエネルギーを同時に測定するためのTOF-energy spectrometerの構成や配置に対して述べている。最後の3.5節にはTOF-energy spectrometerから送られてくる反跳イオンの飛行時間とエネルギーデータを同時に処理し保存できる2パラメーターMCA(Multichannel Analyser)の構成に関して説明している。この2パラメーターMCAはCAMACシステムとパーソナルコンピューター、そしてKODAQ(Kakuken On-line Data Acquisition system)コードを用いて構成されており、データをイベントごとに保存するようになっている。また、時間とエネルギーのそれぞれのスペクトルと、その二つのデータを両軸にする2次元scatter plotを同時にコンピューター画面に表示できるようになっている。これにより、長時間の積算後にデータが取得できていないような事態を防ぐことができるようになった。

 第4章には本研究で開発されたTOF-ERDA分析装置の性能や特徴を確認するために行われた様々な試料を用いた実験について述べている。行われた実験の背景と目的、用いられた試料の説明、それから、実験方法や条件について詳しく述べている。

 第5章には4章で説明した実験の結果と考察が書かれている。5.1節には本分析装置の質量分解能と深さ方向分解能の測定結果とその評価を表している。5.2節には飛行時間法を導入した結果改善された検出下限の測定結果を、飛行時間法を用いないで得た結果と比較しながらその違いに関して述べている。その結果、飛行時間を用いた場合のバックグラウンドは利用しない場合に比べて50倍改善されていることが明らかになった。5.3節にはERDA分析法の重要な応用分野の一つとして期待される半導体試料への適用例の結果を示している。Si3N4や窒素を打ち込んだGaAs、そしてSIPOS(Semi-Insulating Polycrystalline Silicon)などの試料の軽元素分析結果を示している。5.4節にはこの分析法のもう一つの応用分野である高温超伝導体の軽元素分析の結果と考察が述べられている。5.5節には金属試料中の軽元素分析の結果と考察が述べられている。そして最後の5.6節にはすでに多くの応用分野において幅広く利用されているRBS分析結果との比較による分析結果の検証を行っている。その結果、本研究で開発されたTOF-ERDA分析法は信頼できる事が明らかになった。

 第6章はまとめとして本論文で得られた成果を要約すると共に、結論とこれからの研究課題や展望について述べたものである。

 以上を要約すると、本研究では飛行時間法を用いることで質量分解能、検出限界共に従来法と比べて大幅な改善が実現された。本手法は既に様々な材料への応用を進めており応用化学、物理工学など広い分野の材料研究への貢献が大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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