超伝導体や半導体などの固体材料の中の元素の分布に関する情報はその材料の物理的、化学的性質を研究する上に欠かせない。特にその物質の電気的性質や光学的性質が重要な研究対象になる場合には表面近傍の元素分布が大きな役割を果たすことが多い。RBSはイオンビームを用いる固体物質の表面の評価に主に利用される方法であり、固体表面の中、重元素の組成や深さ方向分布などの情報が得られるが軽元素に対する感度が低いという欠点を持っている。 本研究では軽元素に対して高い感度を持つ表面分析法であるERDA(Elastic Recoil Detection Analysis)を開発することにより、これらの分析法では得られなかった軽元素に関する情報を得ることを目的としている。また、TOF(Time of Flight)をERDAに導入することによって、TOFとエネルギーを軸とする2次元スペクトルを得ることができた。その結果、エネルギーだけを測定したときに比べて優れた質量分解能を得ることができ、軽元素だけでなく中元素まで測定可能になった。 Fig.1にTOF-ERDAの試料室を示す。試料の前に設置したコリメータでビームサイズを2mmにした。飛行時間(TOF,Time of Flight)測定のために2枚のMCPと10g/cm2の炭素膜を利用して時間検出器を製作し、SSB(Silicon Surface Barrier)検出器との組み合わせでTOF-energy spectrometerを構成した。多くの試料の基板であるSiによって散乱される入射粒子の分析妨害をさけるため、検出角は55°にした。また、ビームの入射角は55°であった。測定時の真空度は3×10-9torrであった。 Fig.1.Setup of the TOF-energy recoil spectrometer. Fig.2に計測系の構成図を示す。計測系はCAMACを利用して構成し、PCで制御した。制御にKODAQコードを用いることにより、飛行時間とエネルギーを同時測定するための2パラメータMCAを構成した。 Fig.2.Coincidence and data acquisition circuits for TOF-ERDA system. Si waferを試料として用い、製作した検出系で試験分析を行い、質量分解能と深さ分解能を計算した。その結果をTable1に示す。またSiO2とPlQ(Polyimide Quinone)試料を用い、H,C,N,O,Siに関して検出下限を測定した。その結果をTable2にまとめた。 Table 1.Comparison of the near-surface mass resolutions M and the surface-depth resolutions r(0)between the incident energies and probes.Table 2.The detection limits of several major light elements in a SiO2 sample and a PlQ sample obtained by TOF-ERDA and ERDA.YB is the background count of the sample surface.LD is the detection limit.ND is the detection limit in the atoms/cm2.The confidence level is 95%. Table1からわかるように、41.5MeV40Arの条件で質量分解能が、そして20.0MeV20Neの条件で深さ分解能が最も優れた結果を見せた。質量分解能は時間分解能を向上させることによって改善させることが出来る事も確認された。一方、検出下限は138.1MeV136Xeを利用したとき最もいい結果を示している。これは反跳断面積が入射イオンの原子番号の自乗に比例するためである。これらの結果は多くの実際の応用において適応可能な範囲であり、本測定装置の有効性を示している。 この測定システムの分析能力を直接評価するため、実際の試料に対して分析を行った。Si waferの上に生成されたSi3N4試料を分析した結果、SiとNの組成比は3:4.03であった。また、窒化膜の厚さは1.52×1018atom/cm2であった。この試料表面の酸素と炭素不純物の評価を行った結果、その面密度はそれぞれ1.53×1013atom/cm2と1.73×1013atom/cm2であった。 また、窒素を100keVのエネルギーで7×1015atom/cm2の条件で打ち込んだGaAs試料の分析を行った。実験前のシミュレーションでこの窒素の分布は表面から0.36mであることがわかった。実験結果、窒素ピークの中心の位置は1.48×1018atom/cm2(0.31m)であった。SIMS(Secondary Ion Mass Spectroscopy)で得られた参考値は0.22mであった。また、その分布範囲は6.90×1017atom/cm2から2.51×1018atom/cm2であった。窒素の含有量は5.31×1015atom/cm2であった。SIMSによる参考値は3.8×1015atom/cm2であった。これらの含有量は試料の製作条件より少ないことで一致している。 SiPOS試料を測定した結果、表面のSiが酸化され、酸素の含有量が増加されていることがわかった。表面の酸素とシリコンの組成比は1:1.94であった。汚染されていないSiPOS膜の酸素とシリコンの組成比は1:0.15であり、膜の厚さは6.6×1018atoms/cm2であった。 以上の様に、軽元素分析法であるTOF-ERDAを行うために、速いrising timeを持つ時間検出器を製作し、この時間検出器とSSB検出器を用いて、TOF-energy spectrometerを構成した。また、CAMAC system,PC,KODAQ codeを利用し、時間データとエネルギーデータを同時に保存、表示可能な2 paramater MCAを構成した結果、TOF-energy2次元スペクトルを得ることができ、TOF-ERDA分析のための装置として活用できることを確認した。この装置で、試料表面の軽元素H、C、N、Oのピークを分離することができ、軽元素分析へ適用可能であることを確認した。この測定系を用い、いくつかの入射イオンに対する質量分解能と深さ分解能をSiに関して求め、半導体試料及び有機試料における、H,C,N,O,Siの検出下限を測定した結果、この装置が広い応用範囲に適用可能であることがわかった。実際の分析への対応可能性を確認するため、半導体試料、超伝導体試料、金属試料、生物試料に対して、分析を行った。また、得られた分析結果をRBSによる分析値との比較を行った結果、比較的によく一致することがわかった。 本研究で開発された軽元素表面分析装置TOF-ERDAの実用化のための基礎的な準備が完了した時点で、いくつかの改善が必要であることがわかった。時間分解能を向上させるためには、TOF-energy spectrometerにおいて時間分解能の優れた時間検出器をもう一台SSB検出器前部に設置し、SSB検出器をエネルギー測定専用に利用する必要がある。また、現在より有効面積の大きいSSB検出器を利用することによって、更に検出下限を低くすると共に、分析時間を短くすることが可能である。そして、より正確な分析正確度(accuracy)及び精密度(precision)の検証が必要である。その他に多くの試料に対して、ビームダメージによる試料変化を検証する必要があることがわかった。 本研究で開発されたTOF-ERDAを実用化するためには、スペクトル解析を自動化させる必要があり、そのための解析プログラムの開発が必要である。これらの改善によって、本TOF-ERDA装置は固体材料や特殊機能素材などの開発、応用に関する研究分野において幅広く適用されることが期待される。 |