学位論文要旨



No 113030
著者(漢字) 久保田,孝幸
著者(英字)
著者(カナ) クボタ,タカユキ
標題(和) 微気候からみた市街地街区形態の評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 113030
報告番号 甲13030
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4007号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 助教授 梶井,克純
 東京大学 講師 貞廣,幸雄
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 助教授 坂本,雄三
内容要旨

 人口の集中、地表の人工物化、生活空間の地上・地下への拡大は、気候改変をもたらし熱環境を悪化させる。都市空間を質的に向上させるためには、人為的に生じた都市の熱環境を改善する必要がある。しかし、一度出来上がった都市を全面的に変えることは長期間を要する施策であり、また容易ではない。より現実的な方法としては街区スケールの再開発に伴って徐々に改善していくことが考えられる。

 本研究では、市街地街区における微気候を簡易に評価するためには、街区スケールでの微気候の形成および人体への影響を測定することが不可欠と判断し、街区や空地の形態別に測定を行った。また、微気候と街区や空地の形態の関係を明らかにするために、街区形態の指標と測定結果について定量的な評価を行うことを目的とする。また、その成果を用いて、現行の街区コントロール手法について検討をした。

 以上の様に、実測により街区形態の微気候への影響の関係を調べ、微気候からみた街区コントロールについて提言した点に、本論文の特徴があると言える。

 既往の研究では、街区スケールにおける微気候については実測例がいくつかあるものの、その多くは単一のキャビティ空間における熱性状を詳細に測定したものや、樹木等の環境緩和効果を測定したものが多く、街区の形態や空地の構成と微気候とを結び付けた研究報告は理論研究に一部みられるものの,実測についてはほとんどみられない。都市の広範囲における微気候について評価を行うには、現状の理論研究の数値計算では、計算機の能力などの問題からも、現状の正確な再現が難しい。

 また、街区形態と微気候との関係について調べる上で、微気候に対して影響があると思われる街区の分類法や街区の性質を表わす指標について、現状の街区形態に関わる制度、および都市・建築計画における形態の表現手法に関わる既往研究について調査を行った。これらから、街区の構成については大きく、「低層高密型」「高層低密型」「囲み型」に分類される。また、街区形態として容積率、建蔽率などの地面の面積を基本として求めた指標と、天空率、緑葉率などの空間の形態係数をもとに求めた指標があり、これらが定量的に街区の形態を表わし、算出に関しても比較的容易であることが分かった。

 微気候の測定と評価の方法については、屋外における温熱環境の指標として標準新有効温度(SET*)を用いることとした。また、放射については簡易に評価する手法について提案した。

 これらの手法を用いて、東京大学本郷キャンパスおよび東京都千代田区神田のオフィス街において街区の形態による微気候への影響について測定を行った。測定の結果を概括すると、夏季において低層高密型は、日照時間は高層低密型より短いが、風速の低下や長波放射量の増大を招き、高層低密地区よりSET*は高くなる。さらに囲み型ではこの現象が強く出る。囲み型は風速が非常に小さくなり、夏季には熱環境の悪化を招くが、冬季においてはSET*で2℃の上昇がみられることがあったことや、都心高密型では夏冬ともに平均気温が1℃高いことなどを明らかにした。

 さらに、同じく本郷キャンパスにおいて空地の構成による微気候への影響について測定を行った。建物等の人工物により閉鎖された空間は夏季は暑く、冬季は寒いが、樹木等により閉鎖された空間は夏季、冬季ともに熱環境の緩和が期待できる。また、サンクンガーデンやピロティはその配置により時間的な環境の変化を受けることなどを明らかにした。

 これらの測定データを用いて、街区指標と微気候との関係について重回帰分析を用いて定量的な評価を行った。微気候にとって天空は南北で性格が異なるため天空率を南北で分割して表現することは有効である。SET*に関しては建蔽率や天空率といった開放性を表わす指標により相関が大きくなることなどを明らかにした。また、夏季においては上側の緑がSET*の緩和に効果があることを明らかにした。

 また、これらの相関関係から現行の街区コントロール制度が微気候に及ぼす影響についてSET*を用いて評価を行った。これらには街区環境の改善につながるものもあるが、形態間の指標の交換を超えた用途による形態量の増加などの手法を用いた場合には必ずしも環境を改善しない例があることを示した。

 以上、主要な成果を整理すると、(1)街区形態の違いによる微気候への影響について定量的に明らかにしたこと、(2)空地の構成による微気候への影響を定量的に明らかにしたこと、(3)これらの測定よりえられた結果によって実際の市街地整備手法の微気候からみた評価を行った。

 これらの研究成果は、都市計画・都市環境設計、建築計画・建築設計において適用されうるものである。具体的には、以下のような事例が想定される。

 1)市街地の熱環境の簡易な予測

 2)市街地再開発における建築や空地の配置計画

 3)総合設計制度などにより生みだされる公開空地などの環境面からの評価

 4)都市マスタープランなどによる市街地の形態コントロールの基礎資料

 これらのうち空地インセンティブ制度などの公開空地の環境面での貢献度について算定を行う手法として、また計画段階におけるポケットパークの環境評価などについて、今後の適用が期待できる。一方、本研究では、測定器の台数や測定日数の面からある典型的な街区の形態についてしか測定出来なかった。特に、実際の市街地のオフィス街に関しては測定器の設置の問題からデータの量が十分だとは言えない。さまざまな街区において測定を重ねることにより、より一層と微気候と街区指標の関係が明確になることは明らかである。そのためには、測定システムの簡易化、測定環境の改善が求められる。

 微気候形成に寄与する人工排熱量については、測定の大半を本郷キャンパスにおいて行ったことにより、特に考慮せず分析を行ったが、都心高密型の測定例からも分かるように明らかに気温形成等に影響を与えていることがわかる。今後、市街地オフィス街などにおいての測定が重ねられ、街区指標との関係について解析を行う場合には、自動車道路率や利用形態別述べ床面積率などの指標についての検討が求められる。

審査要旨

 都市における人間の活動がますます盛んになり、都市においては人工的な気候、いわゆる都市気候が形成されている。街区規模で熱環境を見た場合、それは建物の密度や高さなどの街区形態に依存することが予測されるがその実態が十分に把握されておらず、とりわけ街区の形態との関連については解明が遅れている。そのため、熱環境の面で良好な街区を計画していく必要性は指摘されていても十分に実現していない状況にある。本論文は、実際上も重要である街区の熱環境の改善を対象とし、観測を中心としてそのメカニズムを解明することによって、実際の都市開発に役立てようとするものである。

 本論文は「微気候からみた市街地街区形態の評価に関する研究」と題し、全7章からなる。

 第1章は「序論」で、本研究の背景、目的、意義について述べている。

 第2章「市街地における街区形態の把握」では、現状の街区形態の構成の基本要素である建ぺい率、容積率、建物高さに関わる制度についてまとめるとともに、街区形態を表現する指標に関する既往の研究をレビューしている。

 第3章は「研究の方法」である。本研究は街区における熱環境の実測とその解析が中心的な部分となっている。従って、その実測方法及び実測計画が研究成果の有効性を左右する。本研究においては、東京大学のキャンパス内の複数の地点及び市街地のオフィスビルを実測対象にして固定観測を行っている。この種の研究の困難な点は時々刻々変化する気象条件の中で観測を行い、その結果から街区形態と熱環境の関係を抽出する点にある。本研究においては、キャンパス内の屋上において全体の気象場の気象要素を測定し、それを基準値としており、また、標準地点を含む複数の地点で同時に観測を行い、街区形態の効果を抽出できるように実測計画を立案し、実行するという方法を採っている。それぞれの観測にあたっては、個々の機器の特性を生かした観測計画を立てている。このような方法論は他の場の熱環境の実測に当たっても役立つものとなろう。

 本研究においては、観測された各種の気象要素から人間にとっての快適性を評価するに当たって、標準新有効温度(SET*)を用いている。本指標は室内の快適性を評価する際に用いられているものであるが、本研究ではそれを屋外環境に用いるものであり、それぞれの気象要素に対する感度に関する検討も事前に行っている。

 第4章は「街区の形態による微気候への影響の測定解析」である。この章では空地から見て高層低密、低層高密、囲み型と分類される3種の街区形態を持つ地区と都心の高密地区に対する観測結果を示し、考察を加えている。これらの地点に対して夏季と冬季に実施した実測結果から、建物密度の影響の比較、街路方向(南北または東西方向)の影響の比較、囲み型街区の影響の比較、高密市街地との比較、を行っている。

 これらの検討の詳細についての紹介は割愛するが、全体的には以下のようになる。夏季には風速が低く日射を受ける街区が、冬季には風速が高く日射が少ない街区が不快となり、特に低層高密地区でそのような熱環境が形成されていることを明らかにしている。また、囲み型の街区に対しては冬季は快適性が高まるが、夏季は風速が小さいため不快になることを示している。

 第5章は「空地の構成による微気候への影響の測定と解析」である。ここでは、さまざまなタイプの空地に対して行った観測結果を整理、比較している。緑地の影響の強い地点では夏季、冬季とも快適性が大きく、一方人工的な被覆の地点では逆に快適性が低いことを実測値に基づいて示している。

 第6章は「街区形態による微気候への影響の定量的評価」である。前2章においてはさまざまな街区形態と熱環境の間の関係を議論しているが、この結果を更に一般的なものにするためには街区形態を定量的に表現し、それと熱環境を比較することが必要となる。また、本来の気象場に観測結果は大きく影響される。そこで本章では、熱環境を目的変数とし、屋上の定点観測による気象場の気象要素、建物高さ、容積率、建ぺい率、天空率、自然被覆率を説明変数とする重回帰分析を行っている。とりわけ天空率に対しては、北側天空率、南側天空率という新たな指標を導入している。これらの解析結果を元に熱環境の試算を行うことは、熱環境面で優れた街区を整備していく際の助けになるであろう。また、この章ではセットバックなど、都市内でとられている方策が熱環境の面でどのような効果をもたらすかを例として試算している。

 第7章は「結論」であり、成果を総括すると共に、今後の課題を抽出している。

 本研究は街区規模での熱環境の改善という、実現性が高いが解明が遅れている分野に対して実測を元に定量的に解析を行ったものであり、極めて複雑な実際の街区の熱環境の解明の大きなステップになるものである。よって本論文は都市環境工学の発展に大きく寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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