学位論文要旨



No 113033
著者(漢字) 石,福臣
著者(英字)
著者(カナ) シー,フーチン
標題(和) 中国東北部におけるカラマツ属樹木の類縁関係および生態的特性の解明
標題(洋)
報告番号 113033
報告番号 甲13033
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1839号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 教授 八木,久義
 東京大学 教授 古田,公人
 東京大学 教授 梶,幹男
 東京大学 教授 井出,雄二
内容要旨

 カラマツ属(Larix)樹木は世界に15種が知られている。これらの多くは北半球において連続的に分布し,北方針葉樹林のなかでもより寒冷で乾燥した地域において優占している。ユーラシア大陸と北アメリカ大陸の北緯50°から71°にかけての地帯に広がるタイガ林の極相として成立しているが,低緯度に向かうに従って高標高域に出現し,北緯26°にまで達する。

 カラマツ属の分類体系については,数多くの説が提唱されている。これらの諸説においてカラマツ属は,カラマツ節(Sect.Paucerialis)とナガミカラマツ節(Sect.Multiseriales)からなることには異論がないが,種と種以下の分類群についてはまだ定説がない。例えばFarjon(1990)と杉本(1987)の分類体系では,北アメリカ大陸に分布するアメリカカラマツ(L.laricina),セイブカラマツ(L.occidentalis)とライアルカラマツ(L.lyallii)の扱いは共通しているが,中国の北部に分布するホクシカラマツ(L.principis-rupprechtii),マンシュウカラマツ(L.olgensis)とダフリアカラマツ(L.gmelinii),ならびに中国の南西部に分布するオニカラマツ(L.speciosa)とヒマラヤカラマツ(L.himalaica)の取り扱いについては,一致していない。とくに,本研究の調査対象地域である中国東北部に分布するダフリアカラマツとマンシュウカラマツでは,外部形態は非常に類似しており,分布地域も連続しているものの,形態的特徴の差よりも生態学特性の違いがより大きい。そこで,本研究では中国東北部におけるダフリアカラマツとマンシュウカラマツの類縁関係と生態的性質を解明することを目的とし,カラマツ群落の種組成,球果の形態およびDNA多型の調査を行った。

 カラマツ群落の種組成について明らかにするために,大興安嶺,小興安嶺および長白山におけるカラマツ林に20m×20mのプロットを46ヶ所設置した。植生調査は,各プロットに出現する植物を高木層,低木層および草本層に分けて行い,気象データは最寄りの気象観測所の資料を用いた。各プロット間の類似関係を解析するために,各プロットの種組成に基づいて,平方ユークリッド距離と完全結合法を用いてクラスター分析を行った。各地域におけるカラマツ群落の種多様性を評価するために,Shannon指数(H)を種多様性指数として用いた。各プロットの種組成に基づいてプロット間のクラスタリングを行ったところ,6つのグループに分かれ,それぞれ大興安嶺高地(DY),大興安嶺北部(DB),大興安嶺南部(DN),小興安嶺北部(XB),小興安嶺中部(XZ)および長白山(CH)の各地域に対応した。ダフリアカラマツの分布する大興安嶺の3地域(DY,DB,DN)と小興安嶺の2地域(XB,XZ)との間の類似度は高かったが,マンシュウカラマツの分布する長白山(CH)は他のグループと比較的類似度が低かった。このことから,カラマツ林では群落を構成する植物の種組成に地域的な特徴があることが示された。

 中国東北部に分布するカラマツ属樹木については,複数の変種や品種が報告され,長白山に分布するマンシュウカラマツを独立種(L.olgensis)にするか,あるいはダフリアカラマツの変種(L.gmelinii var.olgensis)にするかなどの解決すべき問題がある。これは,長白山に分布するマンシュウカラマツは分類の指標とされる球果の形質に著しい変異があり,一部はダフリアカラマツに類似していることに起因している。また,両樹種の分布が隣接する地域におけるカラマツについては,マンシュウカラマツとする場合と,変種(L.olgensis var.heilingensis)とする場合とがある。このように,中国東北部におけるカラマツの形態変異は大きく,形態に基づくカラマツ属の分類は困難であるとされる。

 一方,分子生物学におけるPCRの開発等により,樹木についてもDNA分析が可能になった。カラマツ属樹木のDNAには変異が乏しいために,葉緑体DNAの分析などでは十分な種内変異を解析することが出来ない。そこで,中国東北部のカラマツの類縁関係を明らかにすることを目的に,多型の得やすい核ゲノムのRAPD分析を行った。

 材料は,大興安嶺の松嶺(以下,大興安嶺),小興安嶺の帯嶺(以下,小興安嶺),長白山系北東部の東京城(以下,東京城)および長白山系の長白山(以下,長白山)の4ヶ所において,採集した。

 球果の形態は球形,楕円形,広卵形,卵形,圧縮球形の5型に類別した。また,各個体ごとに9〜19個の球果について,種鱗の開出角度の測定を行った。種鱗の形態については先端の形を凹形,やや凹形,平坦形および円頭形の4つの型に区分した。さらに,球果中央部の苞鱗長と種鱗長の測定を行い,苞鱗長と種鱗長の比を求めた。針葉長は短枝について,それぞれ長いものから順に5本を測定し,平均値を求めた。

 各地域におけるカラマツの球果の形態を類別した結果,大興安嶺と小興安嶺では,楕円形の球果が多く,長白山系の両地域では主として広卵形と卵形の球果が多かった。大興安嶺と小興安嶺の球果は変異が小さく,他の地域と球果の形態が異なった。また,長白山系の両地域の球果の形態は互いに類似し,地域的な差異が認められなかった。種鱗の開出角度は,大興安嶺と小興安嶺のものは45°より小さく閉じた形だったが,長白山系の両地域のものでは変異が大きかった。種鱗の先端の形は,大興安嶺と小興安嶺のものは凹形が多数を占めたが、東京城のものは平坦形およびやや凹形が多く、長白山のものは円頭形が多かった。苞鱗長と種鱗長の比は,大興安嶺と小興安嶺のものは1/2以下の値を示したが,長白山系の両地域のものは2/3に近く、より高い値を示した。針葉長については,長白山の個体では2cm以下であったが,大興安嶺,小興安嶺,東京城のカラマツでは2.5〜3cmであった。

 以上のことから,大興安嶺および小興安嶺のカラマツの球果には固有の特徴がみられ,長白山系地域のものと区別された。従って,ダフリアカラマツとマンシュウカラマツは形態から,とくに種鱗の先端の形態および苞鱗長と種鱗長の比から区別できることが明らかにされた。一方,東京城と長白山のものは非常に類似しており,区別が困難であった。ただし,針葉長については,東京城のカラマツは大興安嶺,小興安嶺のダフリアカラマツに近かった。このように,中国東北部のカラマツを全て形態によって分類することは困難であることが再確認された。

 DNAの抽出は,新鮮な生葉からCTAB法を用いて行った。核DNAのRAPD分析については,DNAを10塩基長のプライマーによってPCR反応で増幅し,アガロースゲル電気泳動法によって分離した。41種のプライマーから得られたバンドの共有性によって,Ssm法により遺伝距離を算出し,この距離をもとにUPGMA法によってデンドログラムを作成した。

 カラマツ属樹種はRAPD分析の結果から,大興安嶺,小興安嶺,東京城,長白山という地域ごとのクラスターに大きく分かれた。しかし,地域集団間の遺伝距離の値は比較的小さかったことから,ダフリアカラマツおよびマンシュウカラマツの種分化はそれほど進んでいないものと考えられた。このことから,マンシュウカラマツを独立種とする根拠は乏しいものと考えられた。一方,各地域集団内の個体間の遺伝距離は比較的大きかった。このことは,中国東北部のカラマツ属樹木の形態に変異が著しいことを遺伝的に裏付けるものである。

 以上の結果から,中国東北部におけるカラマツ林の種組成は地域的な特徴があることが認められ,大興安嶺と小興安嶺に分布するダフリアカラマツと長白山に分布するマンシュウカラマツは球果と針葉の形態およびRAPD分析の結果から,マンシュウカラマツは独立の種ではなく,ダフリアカラマツの変種とするのが妥当であると考えられた。一方,東京城のカラマツはダフリアカラマツとマンシュウカラマツの分布の重なった地帯に分布し,球果と針葉の形態において両樹種の特徴をもち,また,遺伝距離は大興安嶺や小興安嶺の集団に近かったため,東京城のカラマツは過去にダフリアカラマツとマンシュウカラマツが交雑することで形成された集団であると推察された。

審査要旨

 カラマツ属(Larix)樹木は世界に15種が知られていて、これらの多くは北半球に連続的に分布し、北方針葉樹林の中でもより寒冷で乾燥した地域において優占している。カラマツ属の分類体系については今までに多くの説が提唱されているが、中国北部に分布するダフリアカラマツ(L.gmelinii)、マンシュウカラマツ(L.olgensis)、ホクシカラマツ(L.principis-rupprechtii)、ならびに中国南西部に分布するオニカラマツ(L.speciosa)とヒマラヤカラマツ(L.himalaica)の取り扱いについては未だに定説がない。とくに、中国東北部に分布するダフリアカラマツとマンシュウカラマツは、外部形態は非常に類似して分布域が連続しているものの、形態的差違よりも生態的特性に大きな差違が認められ、今後の重要な課題である。

 本論文は、中国東北部におけるダフリアカラマツとマンシュウカラマツの類縁関係と生態的特性を明らかにしたもので、4章よりなっている。

 第1章は、序論にあてられ、北半球に分布するカラマツ属樹木の形態的特徴および生態的特徴について検討し、本論文の目的について述べている。

 第2章では、カラマツ属樹木の分類学的再検討を行い、とくに、中国の北部地域に分布するカラマツ属4種(ダフリアカラマツ、マンシュウカラマツ、ホクシカラマツ、シベリアカラマツL.sibirica)と南西地域に分布するカラマツ属6種(タイハクカラマツL.chinensis、シセンカラマツL.mastersiana、コウサンカラマツL.potaninii、チベットカラマツL.griffithiana、オニカラマツ、ヒマラヤカラマツ)について形態的特徴と地理的分布に関わる気候的要因について考察し、WI指数とCI指数の観点から分布域が区分されることを明らかにした。

 第3章では、中国東北部のカラマツ群落の種組成を明らかにするために、大興安嶺、小興安嶺および長白山において46ヶ所のプロットを設置して植生調査を行った結果、種組成に基づくプロット間のクラスタリングでは6つのグループに分かれ、それぞれ大興安嶺高地、大興安嶺北部、大興安嶺南部、小興安嶺北部、小興安嶺中部および長白山の各地域に対応することが明らかにされた。そして、ダフリアカラマツの分布する大興安嶺3地域と小興安嶺2地域の類似度は高く、マンシュウカラマツの分布する長白山は他のグループとの類似度が低かった。このことから、カラマツ林では群落を構成する植物の種組成に地域的な特徴があることが明らかにされた。

 第4章では、中国東北部に分布するダフリアカラマツとマンシュウカラマツについて類縁関係を明らかにするために形態的特徴の類別とDNAのRAPD分析を行った。その結果、大興安嶺および小興安嶺のカラマツの球果には固有の特徴がみられ、とくに種鱗の先端の形態および苞鱗長と種鱗長の比から長白山系地域のものと区別されることが明らかにされた。また、RAPD分析の結果から、各地域集団間の遺伝距離は比較的小さく、ダフリアカラマツおよびマンシュウカラマツの種分化はそれほど進んでいないものと考えられた。

 以上の結果から、中国東北部におけるカラマツ林の種組成には、地域的な特徴があることが認められた。大興安嶺と小興安嶺に分布するダフリアカラマツと長白山に分布するマンシュウカラマツは、球果と針葉の形態およびRAPD分析の結果から、マンシュウカラマツを独立の種ではなくダフリアカラマツの変種とするのが妥当であると考えられた。一方、東京城のカラマツはダフリアカラマツとマンシュウカラマツの分布の重なった地域に分布し、球果と針葉の形態において両樹種の特徴をもち、また、遺伝距離は大興安嶺や小興安嶺の集団に近かったため、東京城のカラマツは過去にダフリアカラマツとマンシュウカラマツが交雑することで形成された集団であると推察された。

 以上のように、本研究は学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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