学位論文要旨



No 113034
著者(漢字) 申,准燮
著者(英字)
著者(カナ) シン,ジュンサブ
標題(和) オフィス古紙の脱墨に関する研究
標題(洋)
報告番号 113034
報告番号 甲13034
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1840号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,史彦
 東京大学 教授 岡野,健
 東京大学 助教授 磯貝,明
 東京大学 助教授 小野,拡邦
 東京大学 助教授 松本,雄二
内容要旨

 最近、オフィスの情報アウトプットの自動化や高速化がますます進展している。これに伴い、これらの記録媒体である紙の質的な発展と共に、その消費量もこの数年間はかなりの割合で増加しており、オフィスから出てくる使用済みオフィス関連用紙の古紙、すなわち、オフィス古紙の発生も急速に増加している。

 オフィス古紙には、上質系パルプが多く含有されており、再生資源としての利用価値が高いが、従来の脱墨方式ではトナーの剥離が困難で、脱墨処理の後にもトナー粒子が多量に紙に残留するという問題が残されている。

 一方、古紙の回収と利用率は年々向上しているが、紙・板紙の原料に占める古紙の割合は、板紙が87.6%と飽和状態に近いのに対して、紙は26.6%と少なく、この紙の利用率をどうして高めるかが今後の課題であり、その鍵はオフィス古紙の回収にあると言われており、コピー古紙の脱墨、利用技術の開発が期待される。

 オフィス古紙の脱墨技術および利用向上に一助となることを目指した本研究は、コピー古紙の基礎的特性分析を始め、再生紙中の残留インキ含量の測定法として熱分解GCを利用した新たな評価方法を検討、コピー古紙中の構成成分の挙動、酵素脱墨の試み、再生紙の色彩科学的考察などを行った。

 第2章ではコピー用紙およびトナーに対していろいろな機器を用いて分析を行ったところ、コピー用紙は炭酸カルシウム填料およびアルケニル無水コハク酸サイズ剤などで抄紙された中性紙であることが分かった。一方、コピートナーの形状は大きさ20mの丸形で、バインダーを構成している高分子はポリスチレンとポリアクリル酸エステル成分を含有しており、その割合はポリスチレン:ポリプロピレン:ポリメチルメタアクリレートが、約15:2:1の比率で、ポリスチレンがコピートナーバインダーの主成分であった。一方、DSC測定によるトナーのガラス転移点は65℃であり、また、熱分解GC測定では特徴的なピークが得られた。

 第3章では残留トナー量の測定法として熱分解GC(Py-GC)の応用の可能性を検討した。保持時間27.6と28.5分の位置に典型的なピーク2本が得られた。これらのピークを熱分解GC-MSによって分析したところ、トナーのバインダー成分の一種である分子量300〜400程度のベンゼン環を含むアルキル鎖であった。

 そこで、まず、熱分解GCによって、コピー面積と熱分解GCによるピーク面積との関係を調べた結果、コピー面積と熱分解GCによるトナー成分由来のピーク面積の間には良好な比例関係が得られた。この結果から、熱分解GCのピーク面積から、古紙中の残留トナー量を定量できる。トナー成分のピークの面積比とシートに残留しているトナー重量の関係は、再生紙のg当たりの残留トナーの重量(g)=熱分解GCで測定したトナー成分のピークの面積比×0.06であることが分かった。しかし、トナーバインダーの種類が複数混入した場合には、トナーの種類によって各ピークの量がやや異なるため、定量性は低下する可能性がある。これらの結果から、原紙の光学特性によらずに残留トナーの絶対量を求める場合には、熱分解GC及びk/s値が適していることが示された。また、本実験の条件では白色度によっても残留トナー量の変化を把握できることが分かった。

 第4章では、フローテーション脱墨によるトナー成分の定量的変化に伴い、コピー古紙の構成成分、すなわち、填料、デンプン、歩留り向上剤の残留量がどのように変化するかを調べてみた。その結果、脱墨処理の各段階による残留トナー成分量の変化は白色度、k/s値に対応しており、トナー成分は主としてフローテーション処理によって一部の繊維分と共に除去された。従って、パルプ収率をある程度維持しながら、残留トナー量を更に減少させるような処理が必要であることを示している。また、本研究における脱墨処理は、50%の面積でべた塗り状態にコピーした試料を用いたが、コピー面積の変化やコピー状態の変化(細かい点によるコピー等)によって変化する可能性がある。

 第5章では、アルカリセルラーゼとアルカリアミラーゼの2種類の酵素を用いて脱墨処理を行った場合、填料、デンプン、サイズ剤、トナーなどの古紙の構成成分と、ISO白色度、パルプ収率の変化について検討した。その結果、酵素の添加は白色度などの古紙パルプの品質の一部を向上させたと言える。離解時に酵素を添加した場合、化学脱墨と同じレベルの白色度であったが、収率が上がった。また、熟成時にアルカリセルラーゼを添加すると、酵素による一部の繊維成分の分解のため、パルプの収率は下がったが、化学脱墨より白色度は高かった。

 一方、熟成時にアルカリアミラーゼを添加すると、化学脱墨と同じレベルの収率で、白色度が高くなった。アルカリアミラーゼ添加による収率の増加の効果は、フローテーションの際の酵素の界面活性作用、すなわちトナー除去の選択性によるものと見られる。

 第6章ではコピー古紙から再生紙を製造する際、フローテーション後に漂白処理を行い、漂白段階における漂白剤が再生紙の白色度やカラースペクトルに及ぼす影響を分光測色計及びイメージスキャナーを用いて色彩科学的に考察した。その結果、コピー古紙を脱墨して再生紙として利用する際、過酸化水素漂白を併用することによりトナーの除去率が低くても古紙パルプを直接漂白して再生紙の白色度を増加させることが期待できる。また、漂白剤の種類によって、異なったL*、a*、及びb*値が得られることから、単一波長で測定するISO白色度では再生紙の評価は十分ではない、特に、亜ニチオン酸漂白では白色度は未漂白パルプよりわずかに低くなるが、b*値の増加が大きく、これが感性評価では逆に白いと判断させる傾向を示した。すなわち、ほぼ同じ白色度でもL*、a*、及びb*値の変化にしたがって人間が認識する白さは異なることが分かった。

 本研究手法に示されたように、分光測色計とイメージスキャナーを用いた画像解析法を組み合わせることにより、白色度測定のみからは得られない多様なデータが得られ、コピー古紙の光学的な物理量を人間が視認し、受容する白さとの関係が得られることが示唆された。

審査要旨

 最近オフィスにおける情報化の進展と共にオフィス古紙の発生が急激に増大しているが、従来の方法では白色度の向上が行えず、新たな脱墨法の開発が急がれている。

 本論文は紙の再利用に於いて問題となるオフィス古紙の脱墨を多面的に研究したものであり、将来の紙のリサイクル率の向上に於いて特に重要な実用性の価値の高いものである。

 全体は6章よりなっており、以下、章を追って内容を説明する。

 第1章は序論であり、古紙の定義・分類・処理の概要および既往の古紙の研究をまとめたものであり、研究の問題提起を行っており、本論文の目的が書かれている。

 第2章は<コピー用紙およびトナーの分析>を扱ったもので、FTIRやSEM-EDXAなど最新の各種の分析法を組み合わせ複写用紙とトナーの詳細な構造と組成を明らかにし、脱墨における問題点を明確化した。特に熱分解ガスクロマトグラフィーにより得られるトナーに特有なピーク値のデータを利用することにより従来とは異なった方法で、トナーの紙中での残留量を高精度に測定可能なことが分かった。

 第3章は<熱分解GCを用いた残留トナーの測定法>を扱ったもので、前章で得られたデータの中から特に熱分解GCに注目したものであり、コピー面積と熱分解GCによるピーク面積の関係から、熱分解GCのピーク面積を用いることにより古紙中の残留トナー量を定量する手法を確立した。また白色度やk/s値などの光学的な値や画像解析により得られる値と、残留トナー量との関係を明らかにした。

 第4章は<フローテーション脱墨過程における古紙の構成成分の変化>を扱ったもので、脱墨処理の各段階における残留トナー量の変化が白色度やk/s値に対応していることを明らかにし、トナー成分は主としてフローテーション処理により一部の繊維分と共に除去されたことが分かった。これらの実験結果からパルプ収率をある程度維持しながら、残留トナー量を更に減少させるような処理の必要性を明らかにした。

 第5章は<酵素によるコピー古紙の脱墨>を扱ったもので、アルカリセルラーゼとアルカリアミラーゼを用いて脱墨処理を行い、古紙の構成成分、ISO白色度、パルプ収率の変化について検討した。特にアルカリアミラーゼでは収率の低下を起こさず、再生紙の白色度を向上させることが分かったが、これは紙中に含まれるデンプンが一部分解することにより、フローテーションの際にパルプ繊維とトナーの分離効率が向上したための考えられる。今後の環境調和型の脱墨に於いて特に酵素は重要な役割を果たすと考えられるが、本章の実験から基礎的なデータが得られた。

 第6章は<コピー古紙による再生紙の色彩科学的分析>を扱っており、再生紙の白色度やカラースペクトルに及ぼす影響を分光測色計およびイメージスキャナーを用いて色彩科学的に考察し、更にモニターによる官能検査の値と比較したものであり、漂白過程を経た再生紙のデータから複写古紙の光学的な物理量を人間が視認し、受容する白さとの関係がある程度明らかになった。

 以上、本論文は将来の紙パルプ産業における資源問題の中でも特に重要で解決の急がれているオフィス古紙の問題を扱ったもので、オフィス古紙脱墨法と従来の脱墨法との違いの明確化、オフィス古紙の新たな分析法の開発、脱墨に伴う構成成分の変化の追跡法の確立、更に環境調和型脱墨法としての酵素の利用の可能性の探索、残留トナー量と人間の視認との関係まで、体系的に扱った創造性が高く、かつ実用性の高い研究と認め、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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