学位論文要旨



No 113037
著者(漢字) 二宮,靖典
著者(英字)
著者(カナ) ニノミヤ,ヤスノリ
標題(和) 開口放出性分泌小胞の膜融合における多様性
標題(洋) Kinetic diversity in the fusion of exocytotic vesicles
報告番号 113037
報告番号 甲13037
学位授与日 1997.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1243号
研究科 医学系研究科
専攻 第一基礎医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 高橋,智幸
 東京大学 教授 廣川,信隆
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 助教授 山下,直秀
内容要旨 [要約]

 神経細胞や内分泌細胞からの伝達物質やホルモンの開口放出は、細胞の種類により異なる時間経過で起きることが知られている。この開口放出は、細胞内Ca2+濃度上昇で誘発され、従って開口放出の時間経過はCa2+濃度上昇の時間経過に依存することが、多くの研究結果から明らかになっている。しかし、Ca2+濃度上昇後の分泌小胞の膜融合速度は、いずれの標本でも直接測定されていなかった。我々は、内分泌細胞にケイジド試薬を用い人工的に細胞内Ca2+濃度上昇をつくり、それにより誘発される開口放出を細胞膜容量の増加および分泌小胞の内容物の放出としてその両方を同時測定した。これにより、分泌小胞の種類を同定した上で、それぞれの分泌小胞の膜融合速度を求めることに成功した。その結果、膜融合時定数は、分泌小胞の種類および細胞の種類により1,000倍を超える違いがあることが初めて分かった。この様に、分泌小胞の開口放出の分子機構には速度的多様性があり、生理的刺激時の分泌調節には、細胞内Ca2+濃度上昇の多様性のみならず、膜融合機構自身の多様性も大きく関与する可能性が示された。

[標本]

 我々が実験に選んだPC12細胞は、副腎髄質細胞から得られた株細胞であり、内分泌細胞と神経細胞の両方の性質をもつ分泌細胞である。この細胞は、内分泌細胞の特徴であるlarge dense-core vesicles(LVs)のみならず、神経細胞にあるシナプス小胞と同一のsmall clear vesicles(SVs)も持ちそれぞれの小胞内に選択的にmonoamines(MAs)と acetylcholine(ACh)を含む。また、いずれの伝達物質もCa2+依存性に分泌されることが知られている。

[実験I]

 先ず、ケイジド試薬と膜容量測定法を組み合わせて、開口放出のCa2+依存性と時間依存性を調べた。この実験には二つの特徴がある。第一の特徴は、分泌を起こすのに生理的刺激でなく、パッチ電極から細胞内に注入したケイジドCa2+試薬を用いた点にある。生理的刺激で細胞固有のCa2+チャンネルを活性化した場合、Ca2+チャンネル近傍に鋭いCa2+濃度勾配ができ、分泌小胞に与えられるCa2+濃度を求めることは困難である。これに対し、ケイジドCa2+試薬を用いると、細胞内Ca2+濃度上昇を空間的に一様に起こすことができるので、Ca2+指示薬を用いて分泌小胞に与えられるCa2+濃度が実測可能になる。また、Ca2+濃度上昇を瞬時に起こすことができるので、細胞固有のCa2+チャンネルの存在様式に関係なく、開口放出の時間依存性を調べることができる。第二の特徴は、パッチクランプの膜容量測定法を用いて開口放出を測定したことである。膜容量測定法とは、開口放出に伴う分泌小胞の細胞膜との膜融合による細胞膜面積の増加を、膜容量の増加として電気的に測定する方法である。この膜容量測定法を用いると、開口放出およびエンドサイトーシスの時間経過をミリ秒単位の高い時間解像で調べることができる。

[結果I]

 PC12細胞に注入したケイジドCa2+試薬を急速に光分解し、Ca2+ジャンプを与えると、二相性の膜容量変化が観察された。即ち、膜容量は初め急速に増大し、続いて、緩やかに増大した。また、およそ半数以上の細胞で、急速な膜容量増大および緩やかな膜容量増大のそれぞれに引き続いて、膜容量の減少が観察された。これらの現象は、速い開口放出とエンドサイトーシスが起き、これに続いて遅い開口放出とエンドサイトーシスが起きたと解釈することができる。これら二種類の開口放出およびエンドサイトーシスは次のような性質をもつことが分かった。

 (1)速い開口放出と遅い開口放出は、異なるCa2+親和性を示した。

 (2)速いエンドサイトーシスは、速い開口放出で加わったのとほぼ同じ程度の膜面積を取り込む傾向があった。

 (3)遅いエンドサイトーシスは、遅い開口放出で加わったのとほぼ同じ程度の膜面積をを取り込む傾向があった。

 (4)速い開口放出と遅いエンドサイトーシスの大きさの間には、相関関係がなかった。

 (5)遅いエンドサイトーシスにだけ、LVsの開口放出の後に特異的に起きることが知られている大きな膜容量ステップおよび膜容量フリッカー現象が観察された。

 これらの結果から、PC12細胞には、メカニズムの異なる二つのエンドサイトーシス機構が備わっており、この二つの機構が、速い開口放出と遅い開口放出に伴い加わった膜を識別して、膜の取り込みを行なっていることが推定された。つまり、速い開口放出と遅い開口放出で加わる膜の性質には何か違いがなければならず、それぞれを担う分泌小胞の種類に違いがあると推定された。PC12細胞にはSVsとLVsの二種類の分泌小胞の存在が知られているので、SVsが速い開口放出を起こし、LVsが遅い開口放出を起こすという仮説が導かれた。

[実験II]

 次に、この仮説を証明するために、PC12細胞のSVsとLVsの小胞内にそれぞれAChとMAsが選択的に含まれることを利用した。AChの測定は、ニコチニックACh受容体を豊富に発現している培養骨格筋細胞をバイオセンサーとして用い、MAsの測定は、炭素繊維電極を用いて行なった。

[結果II]

 先ず、AChの分泌測定実験の結果から説明する。ケイジドCa2+試薬を用いて強いCa2+ジャンプを与えると、PC12細胞は、速い膜容量の増加を示した。このとき、このPC12細胞に接触した培養骨格筋細胞からは、神経-筋シナプスにおける終板電流によく似た波形の一過性内向き電流が記録された。この電流はクラレで阻害されることから、ニコチニックACh受容体を介しており、PC12細胞からのAChの放出を検知したものと考えられる。この終板電流様電流は、Ca2+ジャンプの刺激を与えなくても記録されることがあった。すなわち、神経-筋シナプスと同様に、PC12細胞が自発性のAChの放出をしていると考えられる。これら終板電流様電流の時間経過は、PC12細胞表面に点ACh放出源を仮定しAChが単純拡散するモデルで考えるとよく説明された。即ち、この終板電流様電流は、PC12細胞からのAChの量子的放出によって起きると言うことができる。そこで、我々は、AChの量子的放出頻度の時間分布図と膜容量変化の時間微分とを比較したところ、

 (1)AChの量子的放出のピークと膜容量の時間微分のピークは、いずれもCa2+ジャンプから20〜25ms後にあった。

 (2)AChの量子的放出減衰の時定数と膜容量の時間微分減衰の時定数は、いずれも24〜29msとなった。

 以上のように、AChの量子的放出は、速い膜容量の増加に時間的によく対応しており、我々の結果は、(1)PC12細胞からのAChの量子的放出がSVsの開口放出により起きるという小胞仮説を支持し、(2)SVsの開口放出は、速い膜容量増大に伴って起き、(3)PC12細胞のSVsの膜融合時定数が約24msであることを明らかにした。

 次に、MAsの分泌測定実験の結果について説明する。ケイジドCa2+試薬を用いて強いCa2+ジャンプを与えると、PC12細胞は、速い膜容量の増加に引き続き、遅い膜容量の増加を示す。このとき、このPC12細胞に接触した炭素繊維電極からは、酸化電流が記録される。これは、PC12細胞からのMAsの放出を検知したものと考えられる。我々は、MAsの量子的放出頻度の時間分布図と膜容量の時間微分とを比較したところ、

 (1)MAsの量子的放出は、Ca2+ジャンプから100msの間では検知されず、即ち速い膜容量の増大時にはMAsの放出は観察されなかった。

 (2)MAsの量子的放出も遅い膜容量の増大も緩やかな時間経過で持続性に起きた。

 (3)MAsの量子的放出は、10s経過しても減衰せずに持続しており、MAsの量子的放出減衰の時定数は、10s以上と推定された。

 以上のように、MAsの量子的放出は、遅い膜容量の増加に時間的にほぼ対応しており、我々の結果は、(1)PC12細胞からのMAsの量子的放出が、LVsの開口放出により起きるという小胞仮説を支持し、(2)LVsの開口放出は、遅い膜容量増大に伴って起き、(3)PC12細胞のLVsの膜融合時定数が10s以上であることを明らかにした。

 最後に、我々は副腎髄質細胞のLVsの開口放出によるMAs分泌に関しても、炭素繊維電極を用いて同様の実験を行なった。その結果、副腎髄質細胞のLVsの開口放出の時間経過は、PC12細胞のそれより著しく速く、その膜融合時定数は、約1sであった。この様に、小胞の種類が同じでも、細胞の種類が異なると膜融合時定数が大きく異なることが明らかとなった。

 我々の実験で測定している開口放出は、細胞内のATPに依存せず、既にprimeされた小胞の開口放出をみていると考えられる。形態的には、PC12細胞や副腎髄質細胞には、細胞膜にdockした分泌小胞が、膜容量測定から推測されるに充分な程存在しており、我々の実験では、このように細胞膜にdockした分泌小胞の開口放出をみている可能性が高い。

[結論]

 【1】 我々の結果は、PC12細胞からのAChおよびMAsの分泌は、それぞれ、SVsおよびLVsの開口放出によるとする小胞仮説を支持する新たな証拠を与える。

 【2】 分泌小胞の膜融合時定数の大きさは、分泌小胞の種類および細胞の種類により下表のようにオーダーにして3桁を超える違いがある。

図表

 この多様性の分子的微細形態的基礎を明らかにすることは、今後の神経および分泌細胞研究の大きな課題である。

審査要旨

 本研究は、開口放出における分泌小胞の膜融合速度を測定し定量化するために、PC12細胞および副腎髄質細胞にケイジド試薬を利用しCa2+シグナルの多様性を回避して膜容量測定法と単一小胞分泌の直接測定法を組み合わせて分泌小胞の種類を特定したうえでその膜融合時定数の直接測定を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 I.PC12細胞には速い開口放出とエンドサイトーシスおよびそれに続く遅い開口放出とエンドサイトーシスが存在し、その膜面積の大きさにおいてそれぞれが強い相関関係を持ちよくバランスしていることが示された。

 この結果とこれら二種類の開口放出とエンドサイトーシスの特徴から、PC12細胞にはメカニズムの異なる二つのエンドサイトーシス機構が備わっており、この二つの機構が、速い開口放出と遅い開口放出に伴い加わった膜を識別して膜の取り込みを行なっていることが推定された。

 さらにPC12細胞はsmall clear vesicles(SVs)とlarge dense-core vesicles(LVs)の二種類の分泌小胞を持ちそれぞれの小胞内に選択的にacetylcholine(ACh)とmonoamines(MAs)を含むことが既に生化学的に知られており、膜容量トレースの特徴からSVsが速い開口放出を起こし、LVsが遅い開口放出を起こしているという仮説が導かれた。

 II.この仮説を証明するために、AChおよびMAsの分泌の直接測定が行われ、それぞれの時間経過を速い膜容量増大および遅い膜容量増大の時間経過との対応をとることにより確かめられた。AChの測定は、ニコチニックACh受容体を豊富に発現している培養骨格筋細胞をバイオセンサーとして用いて行い、MAsの測定は、炭素繊維電極を用いて行われた。

 1. AChの量子的放出頻度の時間分布図と膜容量変化の時間微分とを比較した結果AChの量子的放出は、速い膜容量の増加に時間的によく対応しており、

 (1) PC12細胞からのAChの量子的放出がSVsの開口放出により起きる。

 (2) SVsの開口放出は、速い膜容量増大に伴って起きる。

 (3) PC12細胞のSVsの膜融合時定数が約24msである。

 ことが示された。

 2.MAsの量子的放出頻度の時間分布図と膜容量変化の時間微分とを比較した結果MAsの量子的放出は、遅い膜容量の増加に時間的にほぼ対応しており、

 (1) PC12細胞からのMAsの量子的放出が、LVsの開口放出により起きる。

 (2) LVsの開口放出は、遅い膜容量増大に伴って起きる。

 (3) PC12細胞のLVsの膜融合時定数が10s以上である。

 ことが示された。

 3.さらに副腎髄質細胞のLVsの開口放出によるMAs分泌に関しても、炭素繊維電極を用いて同様の実験が行われた。その結果、副腎髄質細胞のLVsの開口放出の時間経過は、PC12細胞のそれより著しく速く、その膜融合時定数は、約1sであることが示された。この様に分泌小胞の種類が同じでも細胞の種類が異なると膜融合時定数が大きく異なることが示された。

 以上、本論文はPC12細胞という同一細胞内の二種類の異なる分泌小胞を同定したうえで、それぞれの分泌小胞の膜融合時定数の直接測定に初めて成功したものであり、この膜融合時定数は分泌小胞の種類および細胞の種類により1000倍を超える違いがあることを明らかにしたものである。この様に本研究はこれまで調べられていなかった膜融合機構の速度的多様性を直接定量化して示したものであり、今後の開口放出機構の解明に重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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